関口房朗の現在は岐阜県在住?死亡した?会社や馬主としての活動は? エンタメ

関口房朗の現在は岐阜県在住?死亡した?会社や馬主としての活動は?

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人情味溢れる男、関口房朗

かなり波乱万丈な人生を歩んできた関口房朗さんですが、成功も失敗もたくさんしてきた社長の中でもかなり人情味溢れるエピソードがあるようなので、紹介していきます。

どんなところに人情味があるの?

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関口房朗さんは、お金持ちとしてはかなり有名になりましたが、倒産やたくさんの裏切りを経験してきました。その中で、「人を大切にしてたら、人からも大切にされるしね。」と、人間味のある名言を残されています。

他にも「諦めたら、前進をやめたら、人生はそこで終わりや。」という名言も残していて、成功も失敗も前進があったからだという事がわかりますね。

チョコレートの逸話から人情味が垣間見える?

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ある日いつももらっていたチョコレートを大人に取られてしまい、それを見た米兵が大人を殴ろうとしたところ、関口房朗さんはそれを制したそうです。その大人も貧しいという事を知っていたからだと言われています。

また、この米兵が亡くなった事を知った関口房朗さんは、長い帰り道の中で人目を憚らず、「自分は何も彼にお礼ができなかった。」と号泣して帰ったそうです。この話からも、人情味を垣間見る事ができますね。

裏切られたのに反省していた?

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信頼していた仲間、部下からの裏切りによってメイテックを解任されてしまった関口房朗さんですが、その際「嫌な仕事こそ、自分が進んでやらなきゃイカン」と反省していたそうです。

ここから見てわかる通り、人を責めず、自分に悪かった理由がある事をしっかりと見つめることのできる、とても懐の大きい人間である事が見て取れます。

ファンサービスもすごい良かった?

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フサイチが優勝した際、ファンサービスを兼ねて握手を求める多くの競馬ファンに対して気さくに握手をするなど、ファンサービスに対して高い意識を持っていた事が伺えます。

また地方競馬のファンから「地方競馬の窮状を救ってほしい。」と言われた際も「レースの協賛スポンサーに就任します。」と話していたそうです。困った人を放っておけない、優しい心の持ち主だったんですね。

入社式にボブ・サップを招待し自ら対戦?

2004年の入社式では格闘家のボブ・サップさんを招待したイベントも開催されました。そして、関口房朗さんは自ら「マスクド・F」と名乗り、マスクを被ってボブ・サップさんと対戦もしていたのです。

こうした自らが表に出て盛り上げることで人気となっており、関口房朗さんは知名度も上げ、世間に知られるようになっていったのです。

馬主になった理由も初めは優しさ?

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元々馬主になったのも、メイテック時代に同社の女性従業員から「実家の牧場にいる競走馬を買って欲しい。」という懇願があった為、と言われています。

一般従業員のこんなお願いを聞くという所からも、彼らしい優しさを感じる事ができますね。

波乱万丈な人生!関口房朗の逸話まとめ!

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実業家としても馬主としても、成功と失敗を経験した関口房朗さんですが、その波乱万丈な人生の中で様々な逸話が生まれていきました。紹介していきましょう。

フサイチコンコルドの日本ダービー制覇で5000万当たった?

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重賞初勝利の日本ダービーを制覇した際に、もちろん優勝賞金も手にした関口房朗さんですが、応援馬券として単勝に200万円かけていたそうです。

まだデビュー3戦目の馬にいくら自分の持ち馬だったとしても、それだけの金額をかける事が出来るでしょうか。結局、配当金だけで5000万円を手に入れたと言うのですから、相当な強運の持ち主ですよね。

日本の競馬界に一言物申す?

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関口房郎さんは、派手なパフォーマンスが好きで目立ちたがり屋なのは周知の事実ですが、それを感じさせる逸話がありました。

競馬界は、馬が勝った際に脚光を浴びるのはそれを育てた馬主ではなく、馬や騎手であるという点に彼は異論を申し立てていました。馬主が脚光を浴びないのはおかしい、もっと目立って行くべきだと言っていたそうです。

英国ダービーも狙っていた?

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関口房朗さんは、日本ダービーを制覇し、ケンタッキーダービーも制覇し、日本人として初のダービー2冠を成し遂げましたが、実はもう一つ英国ダービーも狙っていたという話がありました。

英国の馬は質が良いから、バーっと買って英国の芝に慣れさせれば英国ダービーは獲れる、と本人は言っていたそうですが、結局それは叶いませんでした。

関口房朗は逮捕歴あり?

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2001年の選挙活動において、元ベンチャーセーフネット社員と関口房朗さんの秘書であった選対幹部が、運動員買収、未成年者使用などで公職選挙法違反により逮捕・有罪判決を受けてしまいました。

結局本人の逮捕はありませんでしたが、これにより連座制適用の対象となり、同選挙区からの立候補が5年間禁止されてしまいました。

一流には一流の理由がある?

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アデコの川崎さんは、関口房朗さんから「一流に学べ」と言われたそうです。彼がフェラーリが好きだった理由は派手だったからではなく、車の中で最高峰でいろんな技術が詰まっているから、だと言っていたそうです。

車も服も食事も、一流には一流の理由があると言っていたそうです。このことからも、物事の見方が一般的な人たちとは違った事がわかりますね。

国務長官のコリン・パウエルと親友?

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米兵の逸話を防衛庁幹部候補生向けの講演会でした際に、その場で聞き入っていたダイク中将がとても感動し、紹介されたのが後の国務長官のコリン・パウエルだったと言われています。

その後パウエルに米兵に対する感謝をしたいと申し出たところ、2人は親密になり、慰問団体USOを紹介され関口房朗さんは国際理事として活動したそうです。

アデコ・川崎健一郎社長は関口房朗の闘牛入社式を経験していた?

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アデコの川崎健一郎社長は、大学を卒業後にベンチャーセーフネットに入社しました。入社後営業職を務め、好成績を残し関口房朗さんの目に止まったそうです。あの闘牛入社式も経験したそうです。

関口房朗は何を残したのか?

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関口房朗さんは戦後の厳しい時代を生き抜き、メイテックという会社を起こし、現在でも残っています。競馬界では馬主として、フサイチブランドを作り上げ、海外挑戦にも成功し、日本人としての快挙を成し遂げました。

息子達は社長として現在も働いており、資産は残らなかったようですが、関口節を残しました。その魅力的なその人柄は、これからも語り継がれて行く事でしょう。競馬に関する記事はこちらです。

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