関口房朗の現在は岐阜県在住?死亡した?会社や馬主としての活動は?

「フサイチ」で有名な競走馬馬主、会社社長として時の人となった関口房朗さんが、かなり波乱万丈な人生を歩んでいると評判だったので、どんな人物で、どれ程の資産を持ち、どこに自宅があり、また現在はどうしているのか気になったので調べてみました。

「フサイチ」で知られる関口房朗の現在は?岐阜県在住?死亡説も?

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戦後の厳しい時代に自分で道を切り開き、何度もアップダウンを繰り返し、メディアでも露出の多かった関口房朗さんですが、現在はどこで何をしているのでしょうか?プロフィールから見ていきましょう。

関口房朗のプロフィール

関口房朗さんは1935年に兵庫県尼崎市で生まれました。高校を中退した後、経営者として成功や失敗を繰り返しながら、株式会社名古屋技術センター(現・株式会社メイテック)を設立しました。

経営者として安定した後に、「房朗が一番」という意味から「フサイチ」を冠号として馬主生活をスタートしました。

日米ダービーを制覇した関口房朗、2007年頃から本業も馬主も撤退開始?

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1996年にフサイチコンコルドで日本ダービーを制覇し、2000年にはフサイチペガサスでケンタッキーダービーを制し、日米ダービーを制覇しました。

その後メイテックで競馬事業をやろうとしたことから、メイテック社長をダービー制覇後に解任されたと言われています。

原因は本業の資金繰り悪化と競合禁止業務違反による5億円の支払い命令?

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2007年頃から本業の経営状態が悪化し、馬主としてもフサイチブランドを売り会社を立て直したりしましたがどちらも撤退し始めました。

派手な大盤振る舞いのせいでしょうか、会社の資金繰りが悪化したこと、また競合禁止業務違反で裁判所から5億円の支払い命令を受けた事が原因ではないかと言われています。

関口房朗は中央競馬場で2011年9月、地方競馬で2013年7月が最後のレースに

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それ以降馬主として結果を残す事は出来ず、2011年9月4日の札幌競馬場で10着が中央競馬での最後のレースとなり、2013年7月16日船橋競馬場で12着が地方競馬での最後のレースとなってしまいました。

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