菊容子殺害事件の真相!なぜ殺された?婚約者・藤沢陽二郎の現在は? エンタメ

菊容子殺害事件の真相!なぜ殺された?婚約者・藤沢陽二郎の現在は?

1970年代に石森章太郎さんの実写ドラマでブレイクした人気女優の菊容子さんが殺害される事件が起こりました。人気女優を殺害したのは婚約者の藤沢陽二郎。ここでは菊容子殺害事件と、菊容子さんを殺害した犯人の現在についてまとめました。

目次

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婚約者が犯人だった菊容子殺害事件・なぜ殺されたのか?

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菊容子さんは、1970年代に活躍した日本の女優です。菊容子さんの代表作は「日本の青春」「好き!すき!!魔女先生」「連想ゲーム」など。

漫画家の石ノ森遼太郎さん原作の「好き!すき!!魔女先生」の実写でヒロイン役を演じブレイクし、当時の清純派女優として人気のあった女優が「好き!すき!!魔女先生」でブレイクした4年後に、殺害されました。

菊容子さんを殺害したのは、菊容子さんの婚約者で俳優の藤沢陽二郎。

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当時の大人気女優が殺害され、しかもその犯人が芸能人の婚約者という事もありこの事件は当時世間にも芸能界にも大きな衝撃を与えました。

彼女はなぜ、婚約者に殺されなければならなかったのでしょうか?このページでは菊容子殺害事件について見ていきます。

菊容子のプロフィール

本名は「菊洋子」で1950年9月26日生まれの女優です。神奈川県横浜市出身で、所属は「東京俳優生活協同組合」

2才の時に富士フィルムのモデルのモデルをはじめ、6才の頃に雑誌「少女クラブ」の表紙モデルで本格的に芸能活動をスタートさせました。

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1959年の映画「城ヶ島の雨」で子役として出演後、女優としてデビューしますが中学に進学したときに一時芸能活動を休止しています。

中学3年生の秋にNHK主催の新人オーディションで2位合格したことで、女優に転身し芸名を「菊容子」に変えました。

1971年に放映された映画「好き!すき!!魔女先生」でヒロインの月ひかる役でブレイクし、その後はドラマ、舞台、映画など幅広く活躍をしました。

婚約者・藤沢陽二郎に殺害された菊容子

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1970年代に活躍した当時の人気女優の菊容子さんを殺害したのは、菊容子さんの婚約者で俳優の藤沢陽二郎という男です。

藤沢陽二郎は菊容子さんが「自分を裏切って、プロデューサー、マネージャー、または共演者の男と浮気をしているに違いない。」と一方的に思い込んでいました。

そして、嫉妬心などから菊容子さんの首に電話コードを巻きつけ絞殺。翌朝、菊容子さんにモーニングコールを頼まれていた菊陽子さんの父親が、菊容子さんが電話に出ない事を不審に思い事件が発覚しました。

菊容子と藤沢陽二郎の交際は格差があった?

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6才の頃から本格的に芸能活動を始め、TBSドラマ「好き! すき!!魔女先生」で大ブレイクをした菊容子さんの当時の月収は100万円以上とも言われていました。

それに対し、俳優で菊容子さんの婚約者でもある藤沢陽二郎は鳴かず飛ばずの売れない舞台俳優。収入は無いに等しい状態です。

誰が見ても二人の格差は一目瞭然でしたが、それでも菊容子さんは藤沢陽二郎の真面目な性格に惹かれ順調に交際を続けていました。

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しかし、いつまでたっても藤沢陽二郎は俳優として売れる事はなく、逆に菊容子さんの女優としての人気、知名度は上がるばかり…二人の貧富の格差はどんどん広がっていきます。

それでも藤沢陽二郎は菊容子さんとの結婚を望んでおり、菊容子さんの父親に二人の結婚を認めてもらうようお願いします。

当然の事ですが、菊容子さんの父親はほぼ無収入の男との結婚を認めませんでした。

なぜ殺害された?事件の謎①:菊容子は藤沢陽二郎との交際を断りたいと言っていた?

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順調に交際を続けていた菊容子さんと藤沢陽二郎ですが、その後も菊容子さんは売れ続け、対して藤沢陽二郎は変わらず無名役者のまま…二人の収入格差は広がり続けます。

仕事が無いので時間を持て余している藤沢陽二郎と、人気絶頂で多忙の菊容子さんは次第にすれ違いが増え始めます。

藤沢陽二郎は「彼女は浮気をしている」という一方的な思い込みを抱くようになり、菊容子さんの仕事現場のテレビ局へ彼女を観察するために行きましたが無名俳優ですのでテレビ局から追い出され出入り禁止にされます。

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出入り禁止になり、菊容子さんの様子を見る事ができなくなった藤沢陽二郎は「マネージャーや共演俳優と浮気をしているのでは?」という思い込みがさらに強くなっていきます。

そして、深夜に菊容子さんに電話をかけたり、自宅に忍び込むなどストーカーのような行動をし始めます。

菊容子さんは、そんな藤沢陽二郎と「別れたい」と思い始め、「藤沢陽二郎に対して冷たく当たるなどして交際を断ろうとしてた。」などと当時報道されています。

なぜ殺害された?事件の謎②:藤沢陽二郎は菊容子の電話の相手を勘違いした?

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事件当日、藤沢洋二郎は冷たい態度を取る菊容子さんとよりを戻す話し合いするため、菊容子さんのマンションへ行きました。

その時、菊容子さんは誰かと電話で話しており「指輪が欲しいの」「明日、9時に起こしてね」と言っているのを聞き藤沢陽二郎は「プロデューサーや共演した俳優と菊容子さんが浮気をしている!」と決めつけます。

そして「裏切られた!」と激高した藤沢陽二郎は菊容子さんを絞殺しました。

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しかし、藤沢陽二郎が「浮気相手だ!」と思っていた菊容子さんの電話の相手は彼女の実の父親でした。

菊容子さんは翌日に舞台の仕事があり、父親に「明日9時に起こしてね」とモーニングコールをお願いしていただけでした。

「指輪が欲しいの」という会話の意味は、菊容子さんの亡き母の指輪を父親が「娘が結婚するまで自分が大切に持っておくから。」と娘と約束を交わし、菊容子さんが結婚するまで大切に父親が持っていた指輪の事。

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その母親の形見の指輪を「自分が結婚するときは、(母の形見の)指輪をちょうだいね」という意味の会話でした。

別れ話しのもつれではなく、藤沢陽二郎はこの菊容子さんの会話の内容から「電話の相手は男だ!裏切られた!」と思い込み、激高。そのまま菊容子さんを絞殺してしまった。という報道もあります。

なぜ殺害された?事件の謎③:菊容子は石ノ森章太郎(石森章太郎)の愛人だった?

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菊容子さんがブレイクしたキッカケでもある「好き!すき!!魔女先生」の原作者である漫画家の石ノ森章太郎さんは、菊容子さんの死後に「愛人の女優が惨殺された」と自伝的エッセイで発表しました。

エッセイには、「菊容子は、自分相手に枕営業をしていた。」などの内容も書かれており、菊容子さん、石ノ森章太郎さん、藤沢陽二郎の奇妙な三角関係について記されています。

菊容子さんと石ノ森章太郎さんとの出会いは、菊容子さんが「少女クラブ」でモデルをしてい10代の頃からで、石ノ森章太郎さんは少女雑誌の「少女クラブ」で漫画を連載していました。

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石ノ森章太郎さんは菊容子さんの事を気に入っていたということもあり、菊容子さんを自身の作品である「好き!すき!!魔女先生」「変身忍者嵐」「人造人間キカイダー」に出演させました。

菊容子さんがモデルから女優に転身する前に、本名である「「菊洋子」はさんずいがある為「水に流れる」という意味で縁起が悪い。」と「菊容子」という芸名をつけたのも石ノ森章太郎さんです。

当時、清純派女優として人気の菊容子さんでしたのでこの「愛人をしていた」という石ノ森章太郎さんとの三角関係発表の暴露は世間に衝撃を与えようです。

なぜ殺害された?事件の謎④:藤沢陽二郎との別れ話のもつれで殺害された?

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菊容子さんは一方的に「浮気をしている」と思い込む藤沢陽二郎と別れようとしていましたが、藤沢陽二郎は「どうしても別れたくない」と復縁を迫ります。

事件当日に父親と電話をしている時に「(藤沢陽二郎との)交際を断りたい」と言っていたという報道もあり、そのまま二人は別れ話へ。

そして別れ話がもつれてしまい、激高した藤沢陽二郎は菊容子さんを絞殺た。という報道もあります。

菊容子殺人事件の犯人・藤沢陽二郎の現在

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菊容子さんが浮気をしていると一方的に思い込み、勘違いの末に自分の大切な人を絞殺してしまった藤沢陽二郎。現在はどのように生活しているのでしょうか?

藤沢陽二郎の出演作品

藤沢陽二郎の主演作品は以下の通りです。主に特撮映画の脇役や悪役で出演している事が多かったようです。

「柔道一直線」「仮面ライダー」「好き!すき!!魔女先生」「シルバー仮面」「仮面ラーダーV3」「ロボット刑事」「それぞれの秋」「イナズマン」「プレイガール(第257回)女が男を寝かすとき」

菊容子さんが女優としてブレイクしたきっかけでもある「好き!すき!!魔女先生」では、ゲストとして出演していました。

現在は更生し社会復帰している?

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1975年11月18日、藤沢洋二郎は東京地裁で懲役7年の判決を受けました。

服役後「寿司屋の娘と結婚し、家庭を持っている」「藤沢陽二郎の実家が整体医院をしているので、家業を継いでいる」などの情報もありますがどれも未確認情報です。

仮に結婚していたとしても、家業を継いでいたとしても自分の犯してしまった殺人という取り返しのつかない罪としっかりと向き合って更生している事を願いたいですね。

菊容子殺害事件の概要

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ここからは、菊容子殺人事件の概要をみていきましょう。

1975年4月29日11:20頃、父親が死亡しているのを発見し事件発覚

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1975年4月29日11時20分頃、「娘が死んでいる」と菊容子さんの父親から110番通報があり事件が発覚。

菊陽子さんは自宅マンションのベッドの上で下着姿(白い花柄シャツとうい報道もある)で、首には細い紐のような物で絞められた跡があり、仰向けで死んでいるのを発見されました。

1975年4月29日午前3時頃、藤沢陽二郎が来ていると父親に電話

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菊容子さんが殺害された1975年4月29日午後3時頃、「今、藤沢さんがマンションに来ている。どうしよう…」「結婚したいと言っている。わたしは交際を断りたい。」と父親に電話をかけます。

この時父親は「はっきりと交際を断れ」と忠告をしました。

モーニングコールを頼まれた父親が電話するも応答がなかった

事件直前に菊容子さんは「新宿コマ劇場」の水前寺清子公演「姉ちゃん仁義」に出演中で、殺害された日は千秋楽でした。

その為、菊容子さんは殺害された1975年4月29日に父親に電話で「明日9時に起こしてね」とモーニングコールをお願いしていました。ところが、約束の時間に電話をしても菊容子さんは電話に出ません。

そこで父親は不審に思い菊容子さんが出演している新宿コマ劇場へ様子を見にいきます。

新宿コマ劇場に行くも姿はなく自宅で発見、死因は絞殺

電話に応答しない娘を心配した父親は、直接新宿コマ劇場へ向かいましたが「まだ来ていない」と言われ、父親は菊容子さんの住むマンションへ向かいます。

そして合鍵を使って家の中に入り、自宅のベッドの上で変わり果てた娘の姿を発見。菊容子さんの死因は窒息死でした。

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藤沢陽二郎は菊容子さんに復縁を迫りましたが、菊容子さんに冷たい態度をとられ、別れ話しになり激高した藤沢陽二郎は菊容子さんの首を両手で絞め、その後電話機のコードでさらに首を絞めました。

菊容子さんの遺体の脇には次のような内容の書かれたメモ用紙が置かれていました。

「おれの人生でもっとも愛した女、それが容子です それゆえの結末です 互いに愛し合わなければよかった 互いに 神様 あの世で二人を幸福にして下さい 少なくとも容子だけは 愛していればこそです みなさん、どうもすみません 今日でちょうど三ヵ月目の恋でした」(引用:SeeSaa BLOG)

1975年4月29日、犯人・藤沢陽二郎は世田谷区の友人の家で殺害を漏らす

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菊容子さんの父親が110番通報をした15分前の11時15分頃

「友人の藤沢が家に来て、高田馬場近くのマンションで「女性を殺してきた。」といって立ち去った。被害者は新宿コマ劇場に出演している女優らしい」という通報が入ります。

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藤沢陽二郎は菊容子さんを殺害後、世田谷区に住む友人の自宅を訪れ友人に殺人を犯してしまったことを話しました。

そして友人に「午後に自首をするので同行してほしい」と頼んだことから警察は藤沢陽二郎を重要参考人として行方を追いました。

1975年4月29日13:35頃、藤沢陽二郎が乗用車を橋の欄干に二度ぶつけ自殺未遂

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4月29日13時35分頃、小田原市早川の箱根ターンパイク有料道路内で藤沢陽二郎は自身の運転する車を橋の欄干に二度ぶつけ、自殺未遂をしている所を発見されました。

これにより藤沢陽二郎は右足骨折など四ヶ月の重症を負いました。

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警察の調べに対し藤沢陽二郎は「自殺しようと思い、わざと橋に車をぶつけた。」「自分は菊さんが好きで結婚したかった。しかし菊さんが他の男と交際しているため、注意したが聞かなかったので殺した」と話しました。

他に女優が殺された事件

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他にも女優が殺されるという衝撃的な事件がおこっていました。

誘拐されて殺された女優ミナクシ・ターパル

ボリウッド(インド映画界)で注目されていた若手女優ミナクシ・ターパル(26)は、「404(原題)」というホラー映画でデビューした当時注目されていた女優でした。

ターパルは裕福な家庭で育ち、彼女の両親が大金持ちだという事で誘拐されてしまいます。

彼女を誘拐した犯人は、「404(原作)」の映画で共演した俳優の殺されました。犯人は彼女と映画で共演していた俳優アミット・ジャイスワールとプリーティ・スリンの二人。

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犯人はターパルを誘拐、監禁後に両親に150万ルピー(約236万円)を要求しました。ターパルの母はすぐに6万ルピー(約9万4000円)を用意しましたがターパルは二人によって殺害されます。

殺害後、遺体をバラバラに解体し、ゴーラクプルからムンバイへの道中2ヵ所で遺棄しましたが、ターパルの頭部は未だ発見されていません。

夫に殺害されたドロシー・ストラットン

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ドロシー・ストラットンは1980年のプレイメイト・オブ・ザ・イヤーに選ばれた人気女優です。SFパロディ映画「ギャラクシーナ」でタイトル・ロールを演じ、「ニューヨークの恋人たち」にも出演しています。

ストラットンは夫と別居しており、殺害された1980年8月14日は夫のスナイダーに離婚を申し出るため、スナイダー宅を訪れます。

ストラットンはスムーズに離婚について話し合いができるようにと、離スナイダーに渡すための1,000ドルを用意していました。

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しかし、話し合いは上手くいかずストラットンはスナイダーにショットガンで射殺、スナイダーもその後ショットガンで自殺を図っています。

彼女の死後、映画評論家のヴィンセント・キャンビーは「「ストラットン嬢はスクリーン上で魅力的な存在で、時間と仕事に恵まれれば一流の喜劇女優になったかも知れない。」 と言っています。

また、ストラットンの殺人事件は1983年に「スター80」で映画化されています。

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