水戸事件の概要!赤須正夫社長と会社のその後と現在について

水戸事件は有限会社アカス紙器の社長赤須正夫が起こして、テレビドラマ「聖者の行進」のモデルになった事件です。今回はその水戸事件の概要と社長であった赤須正夫の裏と表の顔、そしてアカス紙器と赤須正夫社長のその後と現在に迫ります。

水戸事件の概要

水戸事件とは会社社長が知的障害者である従業員に対し経済的虐待や暴行、性的虐待などを行った事件です。

1995年に起きた障害者を狙った詐欺

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水戸事件とは1995年に茨城県水戸市にある有限会社アカス紙器の社長である赤須正夫が、障害者に対して起こした事件です。

従業員である知的障害者にろくに給与を払わずにいたにも関わらず、特定求職者雇用開発助成金を着服していた詐欺が発端となった事件です。しかし詐欺は事件のほんの入り口に過ぎませんでした。

他にも障害者に対して暴行や強姦などの虐待を日常的におこなっていたことが発覚したのです。本来は守らなければならない障害者の方々の人権まで侵害した事件といってもいいでしょう。

特定求職者雇用開発助成を与えられながらも障害者に給与未払い

有限会社アカス紙器の社長赤須正夫は特定求職者雇用開発助成金を受給しておきながら、障害者である従業員のほとんどにまともに給与を支払いませんでした。

本来であれば助成金を給与に補填して支払うべきもので、そうすることで障害者の雇用と平等な機会など権利が守られるのです。

しかし有限会社アカス紙器の社長赤須正夫は給与を払わずに、特定求職者雇用開発助成金を懐に入れていたのです。立証されただけでも800万円もの金額を着服し私腹を肥やしてたのです。

特定求職者雇用開発助成金とは

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障害者や高齢者など仕事がみつけることが困難な人を継続して雇用することにより、事業主は特定求職者雇用開発助成金を受けられます。

本来はその助成金を給料に補填して十分な給料を支払うことにより、障害者など就職困難者の雇用を促進する目的で設けられたものです。

しかし赤須正夫は補填するどころか給与をほとんどまともに払わずに、特定求職者雇用開発助成金をまるまる懐に入れていたのです。

有限会社アカス紙器とは

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有限会社アカス紙器とは茨城県水戸市に工場があるダンボール製品を扱う会社です。障害者を積極的に雇い入れることで、障害者雇用制度に理解があるとして地元に評判が高かった会社です。

知的障害者の従業員全員に寮を提供して工場で働かせていたことでも知られていました。職場だけでなく寮まで提供してくれるこの会社は、障害者を持つ親からすると大変ありがたい存在でした。

この会社の社長をしていたのが赤須正夫なのです。

何故水戸事件と呼ばれるのか

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事件は茨城県水戸市で起こりました。事件を捜査したのは水戸警察署で起訴したのは水戸検察庁、裁判は水戸地方裁判所で行われました。

また福祉関連など水戸市全体の行政のあり方などがマスコミを通じて世間から問われました。その後法律改正など国の行政や立法にも関わる事件となりました。

こうして注目を受けたことにより大規模な事件となり、水戸事件と呼ばれるようになったのです。

水戸事件の時系列

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詐欺に始まり暴力や強姦に至るまで虐待をしていた赤須正夫ですが、最初の頃は地元の名士として尊敬されていました。そのような水戸事件を時系列で追ってみます。

有限会社アカス紙器の社長赤須正夫は障害者雇用に熱心と尊敬されていた

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赤須正夫は知的障害者を多く雇用し全員に寮も提供していました。障害者を寮に入れるということは生活全般に関してまで面倒を見ることになるので大変なことです。

また障害者を持つ親は子供が将来一人で社会で生きていけるのかとても不安に思っています。仕事と住居を提供してくれる赤須正夫はその面からもとても感謝されていました。

そのように福祉活動に協力的な赤須正夫は地元の名士として表彰を受けるなどして、赤須正夫が経営する有限会社アカス紙器は地元水戸では優良企業として名が知れていました。

1990年代は知的障害者の社会参加が難しかった

現在ではダイバーシティのようにどのような境遇の人も均等に就業機会を得られるという考え方が浸透してきています。

また現在は企業に社会的義務を全うさせるべく法整備が進められたり、世論も平等に機会を与えようという機運が高まっています。

しかし事件があった1990年代は知的障害者の社会参加への理解は今とは違い厳しいものがありました。

1995年10月に知的障害者従業員に賃金を支払っていないことが発覚

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有限会社アカス紙器は特定求職者雇用開発助成金を受給していたにも関わらず、雇用する知的障害者に対し賃金が支払われていないことが1995年10月に発覚しました。

障害者を雇用するといい助成金を着服して障害者には給与を支払わず私腹を肥やしていたのです。その後立証されただけでもおよそ800万円もの着服があったのです。

そして翌年社長の赤須正夫は詐欺容疑で逮捕されました。

知的障害者の従業員への虐待が暴かれる

事件は詐欺事件だけでは留まりませんでした。赤須正夫が逮捕後、知的障害者への長年にわたる行為が虐待にあたるのではないかということが世間に注目されたのです。

赤須正夫は社会的な評価があったことから捜査が進みにくい状況でした。しかし世論を受けて警察の捜査が進むにつれて、殴る蹴るなどの暴行を行っていたことが徐々に明らかになっていきました。

中には両膝の裏に空き缶や角材を挟んで正座させ、膝上に漬物石など重たいものを乗せて長時間座らせたりもしたようです。

満足な食事も与えず強姦被害もあった

暴力だけに留まらず白飯にタバスコをふりかけたものを食べさせたり、腐ったバナナを食べさるという満足な食事を与えないどころか人として許せない行為を行っていたのです。

またそれだけではありませんでした。驚くことに工場勤務の知的障害者の女性達少なくとも10名に対して強姦や性的虐待を行っていたのです。

その中には中学を卒業してすぐアスカ紙器に就職した少女も含まれていたという、何とも許しがたい行為をしていたのです。

水戸警察署と水戸地方検察庁は消極的だった

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被害者である従業員は知的障害者であるために、記憶が曖昧で信頼性に欠けるとして証拠として立証することが困難とされていました。

そのために水戸警察の捜査は遅々として進みませんでした。また水戸地方検察庁では公判を維持できる確証を持てなかったので消極的でした。

重ねて赤須正夫は地元で社会的信用があったことも捜査が進まなかった理由になったのです。

裁判について

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1997年水戸地方裁判所の赤須正夫に対する判決は懲役3年執行猶予4年でした。起訴されたのは補助金の不正受給詐欺、暴行2件、傷害1件のみとなりました。

他の暴行や傷害、強姦など多くの余罪が疑われましたが、目撃情報や証拠がないという理由で不起訴となったしまいました。

執行猶予がついたことで公正な裁判が行われたのか疑問の声があがりましたが、赤須正夫が長年福祉活動に尽力していたことが加味されてしまったのです。

赤須正夫と弁護士について

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赤須正夫は地元の名士として尊敬されていたことで捜査が消極的になったようですが、赤須正夫の弁護士もまたそれ以上に代議士をしていたなどの経歴の持ち主だったのです。

赤須正夫とは?顔画像はある?

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赤須正夫は茨城県水戸市にあったアカス紙器の社長です。画像はをはじめ人物の詳細は本当に不思議なくらいに出てきません。個人情報のため守られているのでしょうか、明らかになっていません。

福祉活動に理解があり熱心だと表彰を受けていた

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赤須正夫は地元では福祉活動に熱心な事業主として見られていました。それは知的障害者を多く雇用し全員に寮も提供していたからです。

障害者を寮に入れるということは生活全般に関してまで面倒を見ることになるので大変なことです。そういったことなどの活動が評価され表彰されるほどでした。

地域では名士とされたことで捜査が難航

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赤須正夫は地元に根を下ろした会社経営者であり、熱心に長年障害者福祉活動に貢献してきたと見られていた実績もありました。

このように地域の名士であるという理由から赤須正夫に対する「忖度」が働きやすかった事情がありました。そうしたことで警察の捜査が難航していたのです。

裏の顔は10名近くの従業者に虐待を与える人物

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福祉活動に理解があり熱心だと表彰を受けていたのは表の顔でした。裏の顔は虐待や強姦などを繰り返す許しがたい人物だったのです。

虐待や強姦などを受けた被害者は10人以上とされています。しかし長年にわたり日常的に繰り返し行われていたことを鑑みると被害者はもっと多くなるという見方もあります。

弁護士の種田誠について

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弁護士の種田誠は茨城県水戸市生まれで中央大学法学部卒業後、司法試験に合格して1979年に水戸市内で独立開業しました。

1989年に参議院議員選挙で社会党から出馬してトップ当選しましたが1995年の参議院議員選挙で落選して政界を引退しました。

このように地元で国会議員にもなるほどの地元で有力な弁護士を付けて裁判は行われたのです。

水戸事件の問題点について

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水戸事件の問題点はどこにあるのでしょうか。警察や検察などの行政機関が事件の捜査に積極性を欠いていたと言われています。

何故警察と検察庁は消極的だったのか?

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被害者の従業員は知的障害者であるために、記憶が曖昧で信頼性に欠けるとして立証することが困難でした。そのために水戸警察の捜査は遅々として進みませんでした。

水戸地方検察庁では公判を維持できる確証を持てなかったので消極的でした。また赤須正夫は地元で社会的信用があったことも捜査が進まなかった理由になったのです。

弁護士の種田誠は地元選出の元国会議員です。地方で国会議員といえばその影響力は絶大なものがあります。そうしたプレッシャーが捜査機関にはあったのではないでしょうか。

強姦行為が起訴されなかったことが大きかった

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赤須正夫に執行猶予が付いた背景には、より罪の重い強姦行為で起訴されなかったことが大きく影響しています。旧強姦罪では懲役3年以上の有期懲役刑と定められています。

障害者の証言に検察が確証を持てず公判を維持することができないと判断したからです。弁護士は逆に障害者の証言の信用性の低さを狙ったのではないかと容易に推測することができます。

現在は検察審査会の強制起訴制度がある

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一般市民が検察官の不起訴処分の妥当性を審査する組織が検察審査会です。検察官が不起訴にした事件について市民の意見を反映した検察審査会の起訴議決により強制起訴が可能です。

これは2009年に司法制度改革の一環で導入された制度で、国会議員の小沢一郎の資金管理団体「陸山会事件」で話題になりました。

ただし水戸事件の当時は、まだこの検察審査会による強制起訴の制度はありませんでした。制度があれば赤須正夫は強制起訴されていたかもしれません。

虐待を行った理由は自主退職目的だったのか?

赤須正夫は2重帳簿をつけていて表向きは1人につき約10万円の給料を支払っていたことにしていましたが、実はほとんどといっていい程支払っていませんでした。

就職困難者を継続して雇用すると、事業主は1年半にわたり国から賃金の半分を特定求職者雇用開発助成金として受給できます。

1年半を過ぎたら特定求職者雇用開発助成金を受給できなくなるので、障害者の従業員が自主的に辞めるよう仕向けるために虐待を行ったとの見方があります。

弱みに付け込み

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障害者を持つ親御さんは自分がいなくなったときに我が子が自立して生きていけるかを心配しています。アカス紙器は職場だけでなく寮まで提供してくれていました。

親御さんはそういった藁にもすがる思いで我が子をアカス紙器に託していたので、なかなか赤須正夫に対してモノを言うということができなかったのです。

赤須正夫は障害者本人の主張をうまくできないことや、親御さんの我が子に対する思いなどをいいことに、弱みに付け込み虐待をしていました。

水戸事件のその後

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水戸事件のその後はどうなったのでしょうか。刑事裁判の判決は被害者やその関係者にとって到底納得できるものではありませんでした。そして被害者は民事裁判へ訴え出たのです。

判決に激怒した被害者関係者と支援者が現行犯逮捕

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赤須正夫は執行猶予付き判決となったことで、被害者やその関係者と支援団体などから激しい抗議の声が上がりました。

赤須正夫と弁護士の種田誠が乗る車を取り囲み1時間半にわたり謝罪を要求しました。また車のフロントガラスを割ってしまい、種田誠のネクタイを掴んだりしました。

この行為により監禁罪、器物損壊、暴行容疑となり逮捕者を出してしまったのです。

この重い刑罰に「不当逮捕・不当判決」の声が上がる

逮捕された支援団体事務局長は裁判により監禁の罪で1年4ヶ月、暴行容疑の支援者に至ってはなんと2年も拘留されたのち1年8ヶ月の実刑判決が言い渡されました。

このように赤須正夫には執行猶予が付いた軽い判決なのに、支援者たちには赤須正夫の刑罰を大幅に超える重い実刑が言い渡されるという判決が言い渡されたのです。

当然ながらこの支援者たちへの刑罰に対して重すぎるのではという不満が当事者たちに沸き起こったのです。それが民事裁判への訴えに繋がることになるのです。

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