芦川いづみの現在の画像は?藤竜也との結婚の馴れ初めや子供は? エンタメ

芦川いづみの現在の画像は?藤竜也との結婚の馴れ初めや子供は?

元女優の芦川いづみさんは、1950年代後半から石原裕次郎さんと数々の共演作品に出演し代表作も生まれました。1968年に当時無名だった藤竜也さんとの結婚後は、女優業を引退しています。芦川いづみさんにはひとり息子がいるようですが、一般人で詳しい情報はありません。

目次

[表示]

芦川いづみの現在は?画像は?年齢はいくつになったの?

1950年代後半から1960年代に、石原裕次郎さんの相手役を数多く務めていた、元女優の芦川いづみさんについて、その画像や現在の芦川いづみさんのことを調べてみました。芦川いづみさんは現在83歳です。

現在の年齢は?芦川いづみのプロフィール

芦川いづみさんは、本名を伊藤幸子といい、1935年10月6日生まれです。出身は東京都滝の川区です。女優としての活動は1953年から1968年で、夫は俳優の藤竜也さんです。

松竹歌劇団時代の愛称は「おムギ」で、その理由が当時有馬稲子さんの顔だちが似ていて彼女よりもたくましいということから、「稲」ではなく「麦」だということでつけられたそうです。

子供は息子が一人いるようですが、芸能人ではなく一般人ということもあり、詳しい情報は公開していません。

1968年に芸能界を引退

qimono / Pixabay

芦川いづみさんは、1953年にデビューしていますが、1968年に藤竜也さんとの結婚と同時に芸能界を引退しています。

芦川いづみさんの最後の映画は吉田憲二監督の「孤島の太陽」で、上村聖恵役を演じていました。またテレビドラマでは「花の恋人たち」が最後の出演作品でした。

最近の画像は?2017年日活のスタッフの集いに参加していた

Macb3t / Pixabay

芦川いづみさんは、結婚直後に引退してメディアには顔を出していませんでしたが、2007年に「日活OB会」が開かれ、久々に公の場に姿を見せて、注目を集めていました。

神保町シアターの総選挙2017で2位に輝いていた

Georg11 / Pixabay

名画座「神保町シアター」は、2017年7月に開館10周年を迎えていますが、その劇場が3月に総選挙を行っています。過去10年間に上映した約140を対象にして、観客による人気投票を実施しました。

その結果、第1位に輝いたのが高峰秀子さんでした。第2位となったのが、芦川いづみさんで、7月中旬に劇場で特集が組まれていました。

ゲリラ豪雨に見舞われながらの平日午後にも関わらず、劇場ロビーには上映時間を心待ちにする男性の姿が数多くあったそうです。

永遠のマドンナの現在は一般人として夫を支えている

Free-Photos / Pixabay

芦川いづみさんは、1968年に当時無名だった藤竜也さんと結婚して女優業を引退して以来、ずっと一般人として藤竜也さんを支えてきました。

芦川いづみの現在の結婚生活は?夫の藤竜也との間の子供は?

芦川いづみさんと藤竜也さんとの間には、ひとり息子がいるようですが、芸能人ではなく一般人のようですから、詳しい情報などは分かっていません。

2015年エッセイ「現在進行形の男」で現在も夫婦仲が良好なことが判明

藤竜也さんが、これまでの人生の楽しみ方を綴ったエッセイ本「現在進行形の男」(宝島社)を刊行しています。その内容に、ストレートに打ち明けている妻で元女優の芦川いづみさんへの思いがあります。

結婚したと同時に女優を引退して以来、50年近くも寄り添ってきた妻に対し、藤竜也さんは「結婚前は当然、カノジョ好きで、それはとてもスペシャルな感情でした」と回想しています。

そして、現在も「時間が経つに連れ、ものすごくプレシャス(大事)でかけがえのないものになって来る。それがなんともいえない愛しさになるのです」と、最愛の妻への愛をストレートに表現しています。

1968年に藤竜也と結婚!馴れ初めは「四つの恋の物語」の共演

芦川いづみさんは、1968年に俳優の藤竜也さんと結婚しています。当時芦川いづみさんは、既に日活の看板女優として活躍していました。

しかし、藤竜也さんは当時まだ無名の俳優(1962年に日活に入所)でしたから、日活からは結婚を反対されていました。

芦川いづみさんと藤竜也さんの出会いのきっかけとなった映画が「四つの恋の物語」で、1965年に公開されています。

映画「四つの恋の物語」とは

結婚のきっかけとなった映画「四つの恋の物語」では、4人姉妹では芦川いづみさん、十朱幸代さん、吉永小百合さん、和泉雅子さんが出演しています。藤竜也さんは、十朱幸代さんの恋人役を演じています。

藤竜也さんは、「四つの恋の物語」に共演した芦川いづみさんを見た時に人目惚れしてしまい、芦川さんが6歳年上であることなど気にせず、猛アタックしたそうです。そして1968年の結婚まで発展していきました。

超スピード結婚を後押ししたのは石原裕次郎だった

日活は芦川いづみさんと藤竜也さんとの結婚を最初は反対していましたが、石原裕次郎さんが2人の結婚を認めてくれるように、会社に口添えしてくれたことで、2人は結婚することができたそうです。

芦川いづみさんは、結婚と同時に芸能界を引退してしまいましたが、ファンからかなり惜しまれての引退だったようです。

子供は息子がいるが情報はほぼ出ていない

芦川いづみさんと藤竜也さんとの間には、2019年現在、50歳前後の息子がひとりいるといわれています。あまり詳しい情報がないのは、芸能関係ではなく、一般の仕事をされているからのようです。

芦川いづみのプロフィールや経歴

元女優の芦川いづみさんは、東京都の出身ということです。その他のプロフィールや経歴について調べてみました。

1952年高校を中退し「松竹歌劇団付属松竹音楽舞踊学校」に入学

芦川いづみさんは、1952年に法政大学潤光女子高校(現在の法政大学女子高等学校)に入学し17歳の時に中退しています。

高等学校を中退したあと、松竹歌劇団付属松竹音楽舞踊学校に入学しています。この学校は、宝塚歌劇団の宝塚音楽学校的な存在だったようで、同期に野添ひとみさん、姫ゆり子さん、山鳩くるみさんらがいます。

1953年松竹の川島雄三にスカウトされ「東京マダムと大阪夫人」で映画デビュー

芦川いづみさんは、松竹歌劇団付属松竹音楽舞踊学校に入学したあと、翌年の1953年に、ファッションショーに出演しています。

その際、偶然居合わせた「松竹」の川島雄三監督にスカウトされ、同年の「東京マダムと大阪のマダム」で、映画デビューしています。

その後松竹から日活へ移籍

1955年には、川島雄三監督の勧めで、松竹を退団して日活に移籍しています。同じく松竹から移った女優に、北原三枝さんがいます。その後は、共に日活の中心的な女優となります。

石原裕次郎と共演し大ブレイク

芦川いづみさんは、日活に移籍してからさっそく1956年の「洲崎パラダイス赤信号」や1957年「幕末太陽傳」といった川島監督の映画に出演しています。

一方で、1956年には「乳母車」で石原裕次郎さんと初共演を果たしています。芦川いづみさんは、この映画でヒロインの桑原ゆみ子役をさわやかに演じ、石原裕次郎さんと共に一躍人気となりました。

芦川いづみさんは、多くの映画で石原裕次郎さんの相手役を務め、その清楚な美しさで人気を不動のものとしました。芦川いづみさんと石原裕次郎さんとの共演の映画は合計26回にも上っています。

日活パールラインを呼ばれる

当時日活では、男性の石原裕次郎、赤木圭一郎、小林旭、和田浩二らを「日活ダイヤモンドライン」と呼ばれていました。

また、日活の女性たちの中で、芦川いづみ、中原早苗、吉永小百合、笹森礼子、浅丘ルリ子、清水まゆみ、といったメンバーを「日活パールライン」と呼んでいました。

若い頃は日本のオードリー・ヘップバーンと呼ばれていた

数々のドラマや映画に出演していた芦川いづみさんは、「日本のオードリー・ヘップバーン」と言われるほどの美人でキュートな女優でした。

芦川いづみさんは、浅丘ルリ子さんや裕次郎さんの妻である北原三枝さんと共に日活の花でした。1968年に結婚して銀幕を卒業する頃には、吉永小百合さん、和泉雅子さん、十朱幸代さんらにバトンタッチしています。

若い頃の芦川いづみと吉岡里帆は似ている?

1993年生まれの25歳の女優である吉岡里帆さんが、若い頃の芦川いづみさんによく似ていると評判だそうです。

吉岡里帆さんは、女優やグラビアタレント、モデル業をしていて、映画やドラマ、CMなどに引っ張りだこの女優です。幼い頃から映画、演劇、歌舞伎、能、日本舞踊、落語などに触れて育っています。

芦川いづみさんと吉岡里帆さんは、写真を見ても分かりますが、顔が小さく頭の形が卵型で、顎の先がくびれているところなど、そっくりです。また、パーツ毎にみても、目や鼻や口元なども似ていることが分かります。

芦川いづみと芦川よしみは血縁関係はあるの?

芦川よしみさんは、1958年12月13日生まれで東京都出身、女優であり歌手でもあります。しかし、芦川いづみさんとの血縁関係があるといった事実はないようです。

宮崎駿が芦川いづみに永遠の恋?ジブリのヒロインが完全に芦川いづみ

宮崎駿さんは、芦川いづみさんのファンで、ジブリ映画のプロデューサーの鈴木敏夫さんは、「宮崎駿監督のジブリ作品に出てくるヒロインは芦川いづみさんをベースとしていると思う」と言っていたそうです。

そうして見てみると、宮崎駿監督作品のヒロインは、みな清純で澄んだ目の素敵な、心ときめかせる少女が多いようです。

芦川いづみの代表作、出演映画は?

芦川いづみさんがこれまで多くの映画に出演していますが、その中でも代表作といわれている作品を紹介します。

映画「乳母車」

映画「乳母車」は、芦川いづみさんが、初めて石原裕次郎さんと共演した作品です。田坂具隆監督の作品で、原作は石坂洋二郎さんの同名の小説を映画化しています。

芦川いづみさんは、愛人のいる娘の役を演じ、その愛人の弟役を石原裕次郎さんが演じています。芦川いづみさんが日活の看板女優となっていく中で、数多くの作品で石原裕次郎さんとの共演がありました。

映画「若草物語」

日活映画「若草物語」は、世界中で愛されている同じ題名の小説とは、内容的には異なる映画です。芦川いづみさんは、長女の瀬川早苗役、次女の高村由紀役に浅丘ルリ子さんが演じています。

また、三女の高村しずか役に吉永小百合さん、四女の高村チエコ役に和泉雅子さんが演じています。嫁いだ長女の家に家出してきた姉妹たちにより、繰り広げられる物語で、愛と結婚を描いた青春映画となっています。

映画「陽のあたる坂道」

映画「陽のあたる坂道」は、当時石坂洋次郎さんが読売新聞に連載された小説を、映画化したものです。ヒロインの大学生、倉本たか子役を北原三枝さんが演じ、画家を目指す田代信次役を石原裕次郎さんが演じています。

また、高校生の田代くみ子役を芦川いづみが演じています。田代家の信次は自分が愛人の子であることを知り、周囲の人達が変化していく青春ドラマで、この映画はブルーリボン賞を受賞しています。

映画「あいつと私」

映画「あいつと私」は、1961年の石坂洋二郎さんの同名の小説を映画化した映画です。やんちゃな大学生・三郎役を石原裕次郎さんが演じています。また、三郎の同級生のけい子役を芦川いづみさんが演じています。

けい子の妹役は吉永小百合さんが演じています。仲良くなった三郎とけい子は、夏休みにグループで軽井沢に行ったのはいいのですが、三郎と年上の女との関係を知って別れるといったストーリーです。

映画「結婚相談」

映画「結婚相談」は1965年日活の作品で、芦川いづみさんは鶴川島子役で出演しています。

「結婚相談」は、円地文子さんの同名の小説を映画化したものです。同僚の幹子の結婚式に出席した鶴川島子は、いつの間にか婚期を逸して30歳となって、わが身を顧みるようになります。

それまで母や姉弟の面倒を見てきた島子でしたが、新聞広告の結婚相談所を訪ねるといったストーリーです。

映画「あじさいの歌」

映画「あじさいの歌」は、1960年に日活で制作された映画です。主演の石原裕次郎さんは、河田藤助役で芦川いづみさんは、その恋人役の倉田けい子を演じています。

石坂洋次郎さんの原作を、裕次郎さんと芦川いづみさんとで描く爽やかな青春映画です。封建的な父親と暮らす娘を芦川さんが演じ、そこに青年デザイナーの裕次郎が屋敷に来て芦川さんに一目で惹かれていきます。

NEXT:石原裕次郎さんとの共演回数
1/2