三浦リカの現在は病気の後遺症?夫は堤大二郎?三國連太郎との関係?

女優の三浦リカさんは、テレビドラマなどの時代劇で活躍していましたが、最近はあまり表舞台には出ていません。というのが三浦リカさんは現在、特殊な病気の後遺症で、夫である堤大二郎さんが支援しているそうです。その病気とは、どんな病気なのかを調べてみました。

三浦リカの現在は病気の後遺症?夫の堤大二郎が支えている?

女優の三浦リカさんは、現在は病気の後遺症があるそうですが、どんな病気だったのでしょうか。夫の堤大二郎さんが、三浦リカさんを支えていることについても紹介します。

三浦リカのプロフィール

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女優の三浦リカさんは、1958年11月15日生まれの60歳です。岩手県下閉伊郡岩泉町出身で、本名は早島康代です。

夫は俳優の堤大二郎さんで、姉は女優の三浦真弓さんです。1975年から本格的に女優として活動しています。

4代目キリンレモンのイメージガールとしてデビュー、女優として活躍

三浦リカさんは、4代目キリンレモンのイメージガールとして芸能界にデビューしています。キリンレモンのイメージに合ったさわやかな美人です。

三浦リカは病気?患っている「全身性エリテマトーデス」ってどんな病気?

三浦リカさんが患っていた病気は、「全身性エリテマトーデス」という膠原病の一種でした。三浦さんは、2004年に手の甲にかさぶたができたのを心配して、病院に行ったそうです。

その診断の結果、「全身性エリテマトーデス」と分かりました。この病気は、突然のかさぶたがきっかけで、気がつくこともある病気です。免疫システムがおかしくなり、自分自身の正常な細胞を攻撃してしまう難病です。

また、この病気は全身のさまざまな臓器に、炎症や組織障害が生じてしまう病気でもあります。

三浦リカは現在でも病気の後遺症がある?夫の堤大二郎が支えている?

三浦リカさんは、「全身性エリテマトーデス」と診断され、ステロイドによる治療を勧められましたが、当初は副作用が気になり、治療を受けませんでした。

ステロイドを拒否した結果、その半年後に高熱と共に多臓器不全を併発してしまいました。一時は危険な状態になったこともあるそうで、その時の生存率が5%ほどだったそうです。

ステロイド治療を受ける

その後、ステロイド治療を受けることになりましたが、現在も手足のしびれなどの後遺症が残っているといいます。

現在、「全身性エリテマトーデス」の後遺症により、芸能活動を休業している三浦リカさんを支えているのが、夫である堤大二郎さんです。

三浦リカの夫・堤大二郎との結婚や馴れ初めは?

三浦リカさんと堤大二郎さんが結婚したのは、2001年でした。出会いのきっかけは、舞台での共演でしたが、仲が深まると共に芝居を観たり、デートをするようになったそうです。

2人については、堤大二郎さんの方が美人の三浦リカさんのことを、最初から好きだったといいます。堤大二郎さんからの熱列なアピールもあって、交際4ヶ月のスピード結婚でした。

堤大二郎さんといえば、アイドルとして活躍していた時期もあり、後に俳優として活躍するようになりました。

堤大二郎さんのプロフィール

堤大二郎さんは、所属事務所の社長である渡辺正次郎さんに直接スカウトされたのがきっかけで芸能界に入っています。1980年の「ぼくら野球探偵団」で主演の星空天馬役を演じ、芸能界デビューしています。

また、堤大二郎さんは、1981年には「燃えてパッション」で歌手デビューしています。当時はNHKの「レッツゴーヤング」は人気の番組でしたが、「サンデーズ」のメンバーとしてレギュラー出演しています。

同期の歌手には、近藤真彦さんや沖田浩之さん、竹本孝之さん、ひかる一平さんなどがいます。1981年から1994年まで、ABC夏の高校野球オープニングソングとなった「君よ八月に熱くなれ」を歌っています。

三浦リカさんの後遺症が残ってからの2人のルール

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三浦リカさんと堤大二郎さんには2人のルールがあるそうです。それは、後遺症のある中では出来ることは堤大二郎さんがすることと、2人で出来ることはなるべく2人でする。というルールです。

そうやって、三浦さんと堤さんは、2人の時間を大切にしようと決めました。三浦リカさんと堤大二郎さんは、2人のルールを守りながら、合気道をしたりハイキングをしたり、仲のいい夫婦生活を送っているそうです。

三浦リカは堤大二郎と結婚以降、女優は引退状態?油絵をチャリティーに?

三浦リカさんは堤大二郎さんと2001年に結婚してから、女優業は休業状態です。正式に引退はしていないようですが、活動はしていません。

たまに夫婦で番組にも出演し、三浦リカさんは趣味の油絵をチャリティーに出品したこともあります。

三浦リカと三国連太郎は何か関係があったの?

三浦リカさんと三國連太郎さんの間にどんな関係があったのかを調べました。

三國連太郎さんと三浦リカさんは、「ザ・スキャンダル女子高生と老教授 謎の4日間」というドラマで共演したのがきっかけで知り合っています。

三浦リカの主な出演作品まとめ

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三浦リカさんのこれまで、多くのドラマに出演していますが、その中の主な作品を紹介します。

三浦リカの出演作品①:映画「スパイダーマン」

三浦リカさんは、特撮テレビドラマ「スパイダーマン」に出演しています。「スパイダーマン」は、1978年5月17日から1979年3月14日にかけて全41話が放送されました。

三浦リカさんは、佐久間ひとみ役で主人公の山城拓也(スパイダーマンの正体)の恋人という役柄で、純粋な人間という設定でした。

三浦リカの出演作品②:ドラマ(時代劇)「水戸黄門」

三浦リカさんは、ドラマ(時代劇)「水戸黄門」では、ゲストとして最多の出演回数を果たしています。ゲスト出演が多い理由については「貧しい娘役が似合うと思われたのではないか」と自身がコメントしています。

三浦リカの出演作品③:ドラマ(時代劇)「暴れん坊将軍シリーズ」

ドラマ(時代劇)「暴れん坊将軍シリーズ」では、三浦リカさんは、合計16回出演しています。

1979年吉宗評判記 暴れん坊将軍第81話の「まき」役から、1999年の暴れん坊将軍IXの第14話の「君竜」役まで出演しました。

三浦リカの出演作品④:ドラマ「暴力中学I・ある教師の詩」

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ドラマ「暴力中学I・ある教師の詩」は、1984年木曜ゴールデンドラマ読売テレビで放送されていました。

このドラマは、校内で暴力が横暴する東京近郊の中学校で、伊藤肇(柄沢次郎)をリーダーとする少年と教師の沢井定行(若山富三郎)の物語で、沢井定行はひたすら非行少年達の暴力に抵抗せず耐えていました。

しかし、そこには沢井定行の過去が影響していたことが分かりました。

「サチコの幸」ではヌードや濡れ場も?

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「サチコの幸」は、1976年日活ロマンポルノ全盛期から4年程経った頃の映画ですが、三浦リカさんは、当時の赤線地帯で働く「サチコ」役を演じ、美しい裸体を披露しています。

ドラマ「軽井沢シンドローム」の事故の真相

1988年8月、ドラマ「軽井沢シンドローム」の撮影中に、堤大二郎さんが自ら運転する自動車で事故を起こし、スタッフの一人が死亡する事故が起こりました。

本人も共演者も重軽傷を負ったため、ドラマは制作中止となりました。

堤大二郎さんは、当時26歳で4WDのワゴン車を運転し、助手席に乗せた林家こぶ平さん(現正蔵)や後部座席に乗る女性と振り返りながら会話するシーンを撮影していました。

事故の状況とは

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堤さんが運転する車が道路の右側の中央分離帯に乗り上げ、立ち木に激突し横転しました。後部荷台に乗っていたスタッフは投げ出され、車の下敷きとなり音声担当のスタッフが亡くなりました。

また、俳優を含む他の6人が重軽傷を負い、堤さん自身も全身打撲、口内を20針縫う裂傷の他、鼻骨、肋骨、前額部などを骨折し全治2ヶ月でした。

共演者のこぶ平さんも右足靭帯切断、右まぶたや右こめかみに傷を負い60針を縫う重症でした。

事故の原因とは

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この事故は、制作サイドの安全管理のずさんさがあり、無謀な撮影スタイルにも原因がありました。

堤大二郎さんは運転するだけでなく、牽引車が撮影車を引っ張り、前方からはライトが照らされ、定員5人にワゴン車に7人が乗車するという悪条件が重なった上での事故でした。

更に一般道路の撮影にもかかわらず、道路使用許可申請も出していませんでした。この事故は国会でも取り上げられ、労災適応がテレビ局員1人だったことで、社員しか労災申請できなかったことが問題視されました。

三浦リカさんは夫の支えで安心して生活している

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三浦リカさんは、「水戸黄門」のテレビドラマでレギュラー以外での出演が最も多かった女優で、それくらい「水戸黄門」との関係が深い女優です。その他三浦リカさんは時代劇ドラマに多く出演しています。

現在は、「全身性エリテマトーデス」の後遺症で、なかなか芸能活動ができないようです。しかし、夫の堤大二郎さんの支えもあって、テレビにも出演することもあります。

難病による後遺症は、なかなか全快するのは難しいようですが、堤大二郎さんと仲良く支えあっている様子が窺えます。