露口茂の現在は?死亡説の真相や引退宣言って?結婚や子供は? エンタメ

露口茂の現在は?死亡説の真相や引退宣言って?結婚や子供は?

露口茂さんと言えば、人気刑事ドラマ「太陽にほえろ!」の渋い山村刑事の役で有名です。近年は出演作がなく、「いったい今どうしているのか」と気になっているファンも多いのではないでしょうか。露口さんのこれまでの活躍と、現在や引退説・死亡説なども含め、お話ししましょう。

目次

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太陽でほえろでお馴染みの露口茂の現在は?死亡説も浮上している?!

露口さんは「太陽にほえろ!」でベテラン刑事役を好演すると同時に、個性派俳優として時代劇でも活躍したり、海外ドラマの吹き替えやアニメ声優もしていました。

寡黙な物思いにふけるスタイルで大きな存在感がありましたが、最近見かけないので、引退説・死亡説がささやかれています。

露口茂のプロフィール

露口さんは1932年4月8日生まれ、2019年4月で87歳。東京都出身だが、戦争で両親の故郷の愛媛県松山市に疎開。身長175センチ、血液型はB型。

愛媛県立松山東高等学校、スポーツ万能でバスケットボールでは国体代表候補。愛媛大学文理学部人文学科甲類(文学課程英語・英文学専攻)2年で中退。

趣味は、クラシック音楽鑑賞、そしてゴルフ。

1995年「耳をすませば」のバロン役を最後に現在まで芸能活動はしていない

露口さんはアニメ声優もしています。挿入歌「カントリーロード」が印象的なスタジオジブリの作品「耳をすませば」の猫バロン役です。バロンの正式な名前は、フンベルト・フォン・ジッキンゲン男爵です。

当初は声優を引き受けて本当にうまく出来るだろうかという気持ちで躊躇しましたが、宮崎駿監督から是非にと口説かれ、また監督の魅力と人柄に触れ、引き受けたい気持ちが決まり出演したと話しています。

ただ、なかなか自身で納得がいかず、何度も録り直しをしたそうです。1995年公開、このアニメ作品が露口さんの現在までの最後の仕事となっています。

2009年の「週刊文春」ではオファーがあれば出演したいと語っていた

露口さんは2009年愛媛県松山市の実家で、「週刊文春」(8月13日・20日 夏の特大号)のインタビューに応じて、次のような近況を話しています。

現在も元気にされていること、仕事はどうしてもとオファーがあればまた出演したい気持ちがあることなど、インタビュー当時は、もう一度芸能活動をしてみたいという意欲が感じられます。

2013年の「週刊女性」では事実上の俳優引退宣言

「週刊女性」2013年5月14・21日合併号の企画「GW総力取材‘80年代に輝いていたあの芸能人の今でしょ!!」のインタビューでは、毎週ゴルフをするくらい元気な生活を送っているようすが書かれています。

いっぽうで「役者としてもう一度ということは特に考えていません」と述べ、事実上俳優業から引退ととれる発言をしています。

また露口家に近い者の話として、オファーは多数あったが、今の時代に復帰をしてまで演じたい役がなかったのでは、と記されています。

死亡説も浮上しているがその真相は?

露口さんは1995年の「耳をすませば」に声優で出演後、ドラマ、吹き替え、声優のどれででも出演がありません。

現在86歳(2019年3月現在)、高齢なだけに死亡説や健康状態、今のようすが気になるところです。

これまでもそうですが、露口さんのプライベートの情報はほとんど聞こえて来ません。昔から「便りが無いのは良い便り」と申しますので、相変わらず元気に暮らしておられることでしょう。

86歳の現在は老後を楽しんでいる

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露口さんは現在86歳、2019年4月で87歳になります。

たいへん高齢ではありますが、「週刊女性」のインタビューのとおり、元気でゴルフも楽しまれているようです。

露口茂は現在結婚している?妻や子供は?

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露口さんはプライベートをあまり公表していません。

実生活では、結婚して奥様と娘さんがの3人家族、娘さんが結婚された後は奥様との二人暮らしをしています。

結婚しているが太陽にほえろスタッフさえも知らない人が多かった

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露口さんは「太陽にほえろ!」出演時に結婚しましたが、その事実を周囲に伝えていなかったといいます。

親しい人にも個人的なことはほとんど話さず、長年出演していた「太陽にほえろ!」のスタッフや関係者でも、露口さんが結婚していることを知らない人が多かったようです。

子供は娘が一人いる

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露口さんの子供は娘さんが1人いて、2013年の「週刊女性」のインタビューでは、仕事の関係でアメリカに住んでいるとされていました。

ドラマや映画では、妻子ある役柄もたびたび演じていますが、露口さん本人の家族についてはほとんど情報がありません。やはりプライベートは口外しないという主義を貫いているのでしょう。

現在はアメリカに住む娘夫婦に会うことを楽しみにしている

同じく2013年のインタビューでは、現在アメリカに住むお孫さんと年1回会うことを、何よりも楽しみにしているそうです。

そのために高齢の今でも英会話の勉強をしており、それも元気の秘訣かもしれません。

露口茂の経歴

露口さんの経歴をたどると、紆余曲折はありましたが、まさに俳優になるための道を歩いてきたことがわかります。

大学在学中に「NHK松山放送劇団」の劇団員として活動

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露口さんは愛媛大学在学中から、「NHK松山放送劇団」の劇団員(主にラジオドラマ)として活動しています。

大学2年の時には、先輩に誘われて大学を中退し、1955年23歳の時、劇団「俳優座演劇研究所付属俳優養成所」に第7期生として入所しました。

この時は、生活のために同期だった田中邦衛さんと、ポスター貼りのアルバイトをして、よその会社の壁にポスターを貼って、よく守衛に追いかけられたというエピソードがあります。

その後劇団「俳優小劇場」を結成

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1958年に「俳優座演劇研究所付属俳優養成所」を卒業すると、劇団「新人会」に入団します。

しかし1960年には、劇団「新人会」から分裂し、小沢昭一さん、小山田宗徳さん、小林昭二さん、山口崇さん、山谷初男さんらと、「俳優小劇場」を結成しました。

1971年に劇団「俳優小劇場」が解散するまで、小劇場を中心に活動を続けています。

劇団「俳優小劇場」解散後は舞台やテレビドラマ・映画などに出演

劇団「俳優小劇場」解散後は、舞台のかたわら、テレビドラマや映画にも出演していました。

1964年、日活映画「赤い殺意」(今村昌平監督)では、人妻を強姦し、やがて心臓病で死ぬ役を演じています。

映画「四畳半物語 娼婦しの」では第12回ホワイト・ブロンズ賞助演男優賞を受賞

1966年、東映の成人映画「四畳半物語 娼婦しの」では、主人公を売春宿に売り飛ばす男を演じて、「第12回ホワイト・ブロンズ賞助演男優賞」を受賞しています。

1969年のテレビドラマ「水戸黄門」では、黄門様を狙う刺客など、死ぬ役、暗い役、犯人役、クズ役など、一般受けしない役ばかりを演じる、アクの強い個性派俳優でした。

「太陽にほえろ!」で女性ファンを多く獲得し一躍人気者に

そして運命の「太陽にほえろ!」への出演です。

企画の段階でプロデューサーの岡田晋吉さんが、テレビドラマ「文五捕物絵図」(1967年~1968年NHK)の露口さんを見て感動し、多くの女性視聴者を獲得するために、最優先で露口さんと出演交渉をしました。

実際、「太陽にほえろ!」で山村刑事を演じる露口さんは、主婦層から理想の男性と絶大な人気を博しました。

「文五捕物絵図」の婦人会のイベントで女性ファンの多さに本人も驚き

露口さんの将来を決めたドラマ、「文五捕物絵図」の婦人会のイベントでの面白いエピソードがあります。

イベント会場で黄色い声援が飛んできたのを、「当初は主演の杉良太郎と間違えているのではないのかと思い、その後自分にこんなにたくさんの婦人層のファンが居たことに驚いた。」と語っています。

二面性が同居するあくが強い個性を持ち、いつもどこかが醒めている不器用さ、静かさと男の強さと優しさを感じさせる演技と雰囲気が、女性に人気だと評されていました。

露口茂はどのような人物だった?性格は?

露口さんは真面目を絵に描いたように、愚直に、真正面から俳優業に取組んできました。

真面目でストイックな性格

露口さんは仕事に対しては準備稿の段階から台本を受け取り、かなり早い段階から役作りに臨んでいます。

積極的に監督とディスカッションするなど、妥協を許さず、ストィックに俳優という職業に向き合っていました。

普段は優しくアドバイスをしたり鼻歌を歌ったりしていた

いっぽう仕事場での普段は、ひょうきんで、冗談をとばしたり、鼻歌を歌うこともありました。

また演技に行き詰っている若手には、さりげなくアドバイスをしたりと、優しい一面もありました。

「太陽にほえる!」では、定期的に若手俳優が加わってきます。よき先輩としての思いやりを発揮していたのでしょう。

シャイな性格でオファーを断り続けていたこともある

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露口さんはたくさんのCMのオファーがあったようですが、何かと理由をつけて固辞し続けていました。また、マスコミがあまり好きではなく、「写真・インタビューお断り」をキャッチフレーズにしていました。

シャイな性格のため、出演作品以外の写真や記事が極端に少なく、有ったとしてもほとんどが映像からの流用なのです。

プライベートをとても大切にしている

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露口さんはプライベートをとても大切にしています。

関係する作品や役に関わること以外は、親しい人にもほとんど話をしません。

ですので、仕事を離れた普段の姿や家族の事など、私生活は全くと言っていいほどベールに包まれています。

露口茂の主な出演作品

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ここからは、露口さんの主な出演作品を紹介して行きましょう。

デビューはNHKドラマ「東京の虹」

露口さんは1957年のNHKドラマ、「東京の虹」で芸能界デビューを飾りました。

映画俳優デビュー作は、1959年の日活映画「逃亡者」です。

また同年には東宝映画「女子大学生 私は勝負する」にも出演しています。

ドラマ「水戸黄門」に刺客として出演

1969年、露口さんはTBSナショナル劇場「水戸黄門」第一部に出演しました。

そこでは、主演の東野英治郎が演じる黄門様の命を狙う刺客、沈着冷静な古川兵庫の役でした。

側用人柳沢吉保の懐刀で横目付の古川兵庫は、手裏剣の名手で腕が立ち、さまざまな手段を講じて黄門様の命を執拗につけ狙いましたが、かないませんでした。

ドラマ「太陽にほえろ!」

露口茂さんといえば、やっぱり日本テレビ系のドラマ「太陽にほえろ!」です。1972年~1986年14年に渡り、警視庁七曲署のナンバー2、ベテラン刑事山村精一として出演しました。

ボスを演じていた石原裕次郎さんからの信頼も厚く、現実に裕次郎さんが解離性大動脈瘤で入院して長期間不在だった1981年には、春から暮れまで山さんが司令塔役を演じていました。

「太陽にほえろ!」が長期に渡って続けられた原動力として、露口さんの存在が非常に大きかったのではないでしょうか。

国民的人気ドラマ「おはなはん」

露口さんは1966年〜 1967年、平均視聴率45.8%、最高視聴率56.4%を記録した、NHK連続テレビ小説「おはなはん」に出演しました。

その人気故に毎朝放映時間になると、水道の使用量が激減する現象が全国で見られたという、国民的人気ドラマでした。

「おはなはん」並みの人気だったドラマ「繭子ひとり」

露口さんは1971年〜1972年、平均視聴率47.4%、最高視聴率55.2%、NHK連続テレビ小説視聴率で歴代2位の「繭子ひとり」に出演しました。

主人公繭子が記者として勤める雑誌社の北川編集長役です。北川編集長は職場で倒れ死ぬ役柄でしたが、NHKに視聴者からの延命嘆願が多数寄せられました。

さらには、助命嘆願の男性ファンがNHKに直接押しかけてスタッフを驚かせました。男の優しさと悲しさを併せ持つ魅力的な男性像が絶大な人気を博し、ナイスミドルと評されました。

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