二谷友里恵の現在は?再婚相手は平田修!郷ひろみとの離婚理由は? エンタメ

二谷友里恵の現在は?再婚相手は平田修!郷ひろみとの離婚理由は?

二谷友里恵さんは、父親が俳優の二谷英明さんであり、母親が女優の白川由美さんです。二谷友里恵さんは、1987年に歌手の郷ひろみさんと結婚して、2人の娘をもうけていますが、1998年に離婚しています。二谷友里恵さんはその後、家庭教師トライの創業者と結婚しました。

目次

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二谷友里恵の現在は?郷ひろみとの関係や再婚相手や娘について

二谷友里恵さんは、1987年に歌手の郷ひろみさんと結婚していますが、11年間の結婚生活の後、離婚しています。その後の二谷友里恵さんはどうなったのか調べました。

二谷友里恵のプロフィール

二谷友里恵さんは、1964年11月16日生れの54歳、東京都の出身です。本名は平田友里恵です。父親は俳優の二谷英明さん、母親は女優の白川由美さんです。二谷友里恵さんはひとり娘で、姉妹はいません。

慶応義塾幼稚園、慶応義塾中等部、慶応義塾女子高等学校、慶応大学文学部英米文学科を卒業している才女でもあります。

二谷友里恵さんは、二世タレントとして高校3年から大学4年まで、約4年間の女優活動をしていました。

1987年に郷ひろみと結婚し女優業を引退

二谷友里恵さんは、大学を卒業と同時に郷ひろみさんと結婚し、2人の子供を授かります。二谷さんは、結婚と同時に芸能界も引退しました。

二谷友里恵さんと郷ひろみさんとの出会いは、1985年9月に郷ひろみさんが六本木のクラブ(当時はディスコ)で合コンしていました。

その時偶然来店していたのが二谷友里恵さんで、郷さんはひと目惚れしてアタックしたそうです。

二谷友里恵と郷ひろみの結婚式は?写真はある?

二谷友里恵さんと郷ひろみさんは、1987年6月に結婚し、結婚披露宴はフジテレビで生中継され、その視聴率は47.6%で、皆が注目する中で行われました。

「夜のヒットスタジオ」で共演した時の画像がありましたので紹介します。

二谷友里恵は郷ひろみとの間に2人の娘を授かる

二谷友里恵さんと郷ひろみさんとの間には2人の娘がいます。長女は薫子(ゆきこ)さんで1989年生まれ、次女新子(わかこ)さんは1992年生まれです。ともに学校は慶応義塾幼稚園に入学しています。

1998年郷ひろみと離婚!その理由は?

二谷友里恵さんは、ニューヨークに3年間移住したあと、郷ひろみさんとの結婚生活を暴露した本、「愛される理由」を1990年に刊行しています。この本は、1990年度の売上が1位となりベストセラーでした。

二谷友里恵さんはニューヨークでの新婚生活がうまくいかず帰国しました。帰国後も結婚生活を立て直すことができず、離婚してしまいました。

しかし、直接の離婚原因は、二谷友里恵さんの浮気(不倫)といわれてます。その事が分かったのは、郷ひろみさんが発行して話題となった「ダディ」でした。

二谷友里恵の「楯」郷ひろみの「ダディ」が話題に

郷ひろみさんは、二谷友里恵さんが郷さんとの結婚生活を暴露した本、「愛される理由」に対抗するように、再婚相手となった平田修さんとの関係を暴露した著書、「ダディ」が1998年に刊行しました。

「ダディ」は、ミリオンセラーの大ヒットとなりました。この「ダディ」の刊行によって、離婚原因が郷ひろみさん側の女性問題とされていたのを、覆す形となり、逆に二谷友里恵さんがバッシングされてしまいました。

二谷友里恵さんは、2001年に「盾」を刊行し、郷ひろみさんが書いた「ダディ」で友里恵以外の数人の女性と肉体関係をもったという記述に、「数」と「人」の間に十や百が入ってないとやりかえしています。

郷ひろみは娘に会う面会権を妨害されたとして訴訟を起こす

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2004年に郷ひろみさんは、二谷友里恵さんと平田修さんに対して、訴訟を起こしています。

訴訟の内容は、2人の養育費についてのことと、娘に会う面会の権利を妨害されて精神的障害を受けたことで、各2,000万円を要求しました。

しかし、2006年5月に、娘2人が「父親に会いたくない」という証言が決め手となり、郷ひろみさんは訴えを取り下げました。

郷ひろみが娘と再会できたのは二谷英明の葬儀

郷ひろみさんが、離婚後、自身の子供に初めて会えたのが、2012年の二谷英明さんの葬儀の時でした。

子供達も成長して郷さんに対する考え方も変わったようで、この再会をきっかけにして、関係が良くなったといわれています。

2000年家庭教師のトライ創業者平田修と再婚

二谷友里恵さんは、2000年に「家庭教師のトライ」の創業者である、平田修さんと再婚しています。二谷友里恵さんは、現在、株式会社トライグループ代表取締役を務めています。

二谷友里恵さんと平田修さんは、お互いが再婚同士であり、平田修さんは1997年に前妻と離婚しています。2人の間には、子供はいません。

2人の子供の現在は?

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二谷友里恵さんの長女、二谷薫子(ゆきこ)さんは、慶應大学卒業後(幼稚舎から内部進学一貫教育)、2011年4月に日本テレビに入社しています。アナウンサーの仕事ではなく、事務を担当しています。

二女の二谷新子(わかこ)さんは、姉と同じく慶應大学卒業後(幼稚舎から内部進学一貫教育)、テレビ朝日に入社しています。

二谷友里恵は現在何をしている?

二谷友里恵さんは、家庭教師トライの創業者、平田修さんと再婚しましたが、その後はどんな人生を選んだのかを調べました。

2005年トライグループの代表取締役社長に就任

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二谷友里恵さんは、2000年に家庭教師トライの創業者、平田修さんと再婚した後、2005年に家庭教師トライの社長に就任しています。

2007年My Gym Japan代表取締役社長に就任

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二谷友里恵さんは、2007年に「My Gym Japan」の代表取締役社長に就任しています。

「My Gym Japan」とは、アメリカのカリフォルニアで生まれた、0歳から13歳までの子供達の元気な身体と心を育む、子供向け教育プログラムの日本版です。

アメリカの「My Gym」から、日本での営業権を取得した二谷友里恵さんは、この「My Gym」を日本で広めようとしています。

2010年トライ式高等学院学院長に就任。

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二谷友里恵さんは、2010年にはトライ式高等学院の学院長に就任しています。夫の平田修さんは、学院長の座を友里恵さんに渡し、自らは会長に就任しています。

現在は実業家として活動している

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また、現在では二谷友里恵さんは、実業家としての肩書きを持って、活動を続けているようです。

ファッションブランドも現在まで続けている

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二谷友里恵さんは、1988年に初めてファッションブランド「YURIE NITANI」を立ち上げています。その後はライセンス事業を展開し、イトマン株式会社と洋服関連ライセンス契約を結んでいます。

そこから10数社と、数年をかけてライセンス契約を締結させ、自身のファッションブランドである2つ目の「SOLOPLUS/YURIE NITANI」を立ち上げています。

また、このブランドは今でも成長しています。

二谷友里恵の経歴

二谷友里恵さんは、父親が俳優の二谷英明さん、母親が女優の白川由美さんという家柄のひとり娘として育っています。

父親は俳優の二谷英明

父親の二谷英明さんは、1930年1月28日生まれ、京都府舞鶴市の出身です。同志社大学文学部英文学科中退後、1954年にラジオ佐世保に入社しました。

1956年に小林旭さんと第3期ニューフェイスとして日活に入社しています。1956年「沖縄の民」で夜襲の少尉役でデビューし、その後は「特捜最前線」の主演、神代警視正役として親しまれました。

女優の白川由美さんとは1964年に結婚しています。2012年1月7日に肺炎で亡くなっています。81歳でした。

母親は女優の白川由美

白川由美さんは、1936年10月21日生まれ、本名は二谷安基子(にたにあきこ)で、東京都品川区出身です。

1956年にスカウトにより東宝に入社、清楚で整った顔立ちから「日本のグレース・ケリー」のキャッチフレーズで、同年の三船敏郎主演の映画「ならず者」でデビューしています。

多くのドラマに出演していた白川由美さん

その後は、「サザエさん」シリーズや、「サラリーマン出世太閤記」シリーズや特撮ものなど幅広い作品に出演しています。その清楚さと知的な風貌を活かした役柄が多く、家庭的な女性役を多く演じています。

2016年6月14日に浴室内で倒れ、心肺停止状態で病院へ搬送され、心不全のため急逝しています。79歳でした。この時、友里恵さんが喪主を務めています。

資生堂エクボデオドラント」のCMで父親と一緒に出演しデビュー

二谷友里恵さんの芸能界デビューは、高校3年生の時に父親の二谷英明さんと共に出演した「資生堂エクボデオドラント」のCMでした。

ドラマ「青が散る」で主演で女優デビュー

二谷友里恵さんは、ドラマ「青が散る」で女優デビューしています。このドラマは、二谷友里恵さんが大学在学中に出演した連続ドラマで、主演を演じています。共演は石黒賢、主題歌を松田聖子が歌っていました。

引退後はファッションブランド「YURIE NITANI」を展開

二谷友里恵さんは、郷ひろみさんと結婚したあと、1988年に自身でファッションブランド「YURIE NITANI」を立ち上げています。この事は二谷友里恵さんの今後の事業にも良い意味で影響しています。

母親の死後相続税2憶を払ってでも土地を売らないその理由とは

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二谷友里恵さんの母親である、白川由美さんは2016年6月14日に心不全で亡くなっています。二谷友里恵さんは、白川由美さんの遺産として、都内の豪邸を相続しています。

その豪邸は、二谷友里恵さんが前夫の郷ひろみさんと結婚していた1993年に建てられた家です。土地は白川由美さんの名義ですが、家を建てるために夫の郷ひろみさん名義で30年の地上権を設定していました。

二谷友里恵さんは家を売りたくても、地上権が設定されていますから簡単に売ることができません。郷さんの合意がないのかもしれませんが、亡き母の思い出が詰まった土地と家を売りたくない気持ちもあるようです。

二谷友里恵の主な出演作

二谷友里恵さんは、4年間という短い女優活動でしたが、それでもいくつかのテレビドラマに出演しています。その中でも特に有名なドラマを紹介します。

ドラマ「家族ゲームⅡ」で母親や長渕剛と共演

二谷友里恵さんは、ドラマ「家族ゲームⅡ」の中で母親の白川由美さんや長渕剛さんと共演しています。このドラマは1984年4月20日から、TBS系で放送されたドラマで、前作の好評を受けての制作されました。

しかし、物語は前作の「家族ゲーム」とは無関係で、設定を完全に変更して吉本のキャラクターを活かしたスピンオフ作品で、TBSのオリジナルドラマでした。

この中の二谷友里恵さんは、ヤクザの娘という理由で、卒業式に出られない殿村梨絵役を演じています。

ドラマ「はね駒」

NHKの連続テレビ小説「はね駒」(はねこんま)は、1986年4月7日から10月4日まで放送されました。

明治から大正にかけて活躍した女性新聞記者の半生を描いたドラマで、主人公を当時アイドルとして人気絶頂だった斉藤由貴さんが演じています。二谷友里恵さんは、当時21歳で出演しています。

ドラマ「翔んでる警視Ⅱ」

ドラマ「翔んでる警視Ⅱ」は、1987年1月3日に放送されたドラマです。このドラマで二谷友里恵さんは、郷ひろみさんと父親の二谷英明さんと共演していますから、ある意味貴重なドラマです。

ドラマ「翔んでる警視Ⅱ」は、郷ひろみの正月ドラマの第二弾で、原作は胡桃沢耕史の代表作「翔んでる警視」であり、1981年から1994年に出版されています。

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