叶和貴子の現在は病気?芸能活動に復帰した?結婚した旦那は?

叶和貴子さんをご存知でしょうか?ピンクレディーや郷ひろみさんのバックコーラスを務め、女優に転身後は「和服の似合う美人」として演技も艶やかであるととても有名でした。こちらでは叶和貴子さんの現在や病気、芸能活動や結婚についてご紹介します。

叶和貴子の現在は結婚した旦那と離婚?その後病気に?

叶和貴子さんと言えば、「和服美人」として選ばれ女優になったので、「水戸黄門」や「新・必殺仕事人 」やなどの和服で登場する役としてとても人気です。

そんな叶さんの私生活ではプロ野球選手・俳優・医師たちとの交際が噂され「恋多き女」と呼ばれていました。

そんな恋多き女性である叶和貴子さんのプロフィールや選んだ旦那様、病気ついてご紹介していきます。

叶和貴子のプロフィール

  • 本名:高松 和貴子(たかまつ わきこ)
  • 生年月日:1956年4月23日
  • 出身地:北海道函館市
  • 血液型:B型
  • 活動内容:女優/タレント/声優・ナレーター
  • 所属事務所:アキヤマ・オフィス
  • 好きな色:オレンジ・白・紺・桜色
  • 趣味:音楽鑑賞・映画鑑賞・旅行・ガーデニング・写真撮影・愛犬と過ごすこと

北海道函館市で生まれ、中学・高校時代は陸上競技女子80mハードルで北海道記録をマークするなど活躍しました。

1977年に桐朋学園短期大学音楽科を卒業後、バックコーラスを務めていました。

「和服の似合う美人女優」を探していた久世光彦が郷さんに声をかけ郷さんが叶さんを紹介したのが女優への転身のきっかけとなりました。

叶和貴子はライブハウスを経営する実業家・白浜雅昭と結婚

当初、叶和貴子さんは白浜雅昭さんが経営するライブハウスに遊びに行くといった程度でした。そこで白浜さんとで会いましたが、長い間白浜さんにとっても「叶はオレの妹分」といったものでした。

そこから知り合って8年目である1987年2月に白浜さんから叶さんへとプロポーズ、1988年3月27日に叶さんは白浜さんと挙式を上げ結婚しました。

しかし、離婚を経験し苦労して女手一つで育ててきた叶さん母親は、結婚による叶さんの収入減やライブハウスの経営状況によって将来何が起こるかわからないという不安の声もあったようです。

1991年に離婚、子供はいない?離婚理由は?

結婚前からあった2人の将来の心配の声が的中し、結婚から3年後である1991年2月に叶和貴子さんと白浜雅昭さんの離婚が成立しました。

二人に授かった子供はなくライブハウスの経営の白浜さんは連日の朝帰り、ドラマの撮影で早朝出勤や地方ロケで家を空けることが多くなった叶さんの生活のすれ違いが離婚の原因とされています。

叶和貴子はその後リウマチを発症?

叶和貴子さんが離婚した年である1991年の冬に、熱が出て全身の関節が痛むという体調不良が叶さんを襲いました。

自宅近くの病院で「関節リウマチ」と診断されましたが「仕事をやめなさい」と言われることを恐れそれから病院に行けませんでした。

それから2年後、症状がひどくなったらどうしようという不安から病院を訪ね受診しました。診断結果は節リウマチで、寝たきりになるほど症状は悪化していました。

1997年には芸能活動を一時休止

時代劇の舞台やドラマで重いかつらや衣装を身に着けることに病状は良くなるどころか悪化していきました。

鎮痛剤や点滴を使用して舞台に立っていた叶和貴子さんですが、1997年に舞台「船遊女」を最後に活動の一時休止しました。

この時の叶さんは、「舞台の出演に穴を開けることなくやり通したら休もう」と痛む体に鞭を打ち、幕が下りて楽屋に戻ると倒れ込むような状態で舞台にたっていたようです。

叶和貴子はリウマチ闘病中に父も病気に?

関節リウマチと診断された1993年に、叶和貴子さんの父親が脳梗塞と心筋梗塞を発病し入院しました。叶さんは寝たきりとなったの父親の看病を毎日しました。

その時の叶さんは、自分も無理がたたって父親と同じく寝たきりになるかもしれないとは思いもしなかったでしょう。

父の死後、叶和貴子のリウマチは悪化、活動休止へ

叶和貴子さんの父親が発病、そして入院しての3年後に息を引き取りました。父親を亡くした叶さんは、悲しみによるストレスで今まで効いていた薬が効かなくなり寝たきりとなりました。

父親を亡くした心の痛みと、体の痛みという想像もできない辛い闘病生活が叶さんを襲い、そして1997年にリウマチの悪化による活動休止となりました。

叶和貴子が活動再開へ?現在の芸能活動は?

ドラマに舞台に忙しい生活を送っていた叶和貴子さんのプライベートも、とても凄まじいものでした。結婚に離婚、父親の死に自身の病気と叶さんの人生はとても波乱万丈です。

長い闘病生活が伝えれれていた叶さんですが、病気を克服し活動を再開しました。

今現在、叶さんがどのような活動をしているのか気になるところです。こちらでは叶さんの現在の芸能活動についてご紹介します。

2000年に叶和貴子は芸能活動を再開、現在の活動は?

たくさんのドラマや舞台に出演してきた叶和貴子さんですが、病気と上手に向き合うことに成功し2000年にナレーションの仕事を中心に復帰しました。

心と体が落ち着いてきたら「もう一度仕事がしたい」となったそうです。リウマチから舞台に立つのは難しいと考えた叶さんは、コーラスから芸能界に入ったのを思い出し声の使う仕事を選びました。

現在は自身の闘病経験や健康をテーマにしたテレビやラジオのトーク番組を中心に活動しています。座右の銘は「いっぽ いっぽ」と語っています。

叶和貴子は講演活動も行っている?

現在リウマチ歴が約20年の叶和貴子さんは、自身が苦しんだ関節リウマチの闘病経験をもとに健康をテーマにしたテレビ、ラジオのトーク番組出演や講演を中心とした活動を行っています。

様々なプライドを捨て、素直に病気と向き合うことで自分自身とも向き合え、「自分の話を聞いた人がどう受け止めて、何を言われてもいいや」という「諦めと潔さ」が大事だということに気が付きました。

寝たきりになった人にしかわからない苦しさや、リウマチになったことのある人にしかわからない痛みの辛さを知る叶さんの講演は多くの共感を得ています。

叶和貴子のプロフィール・経歴は?話題の出演作品は?濡れ場も?

叶和貴子さんは着物の似合う美人として、ドラマや舞台と大変人気な女優でした。水戸黄門や必殺仕事人と言った、着物美人の役といえば叶和貴子さんだといっても過言ではないでしょう。

一見着物美人だけかと思われがちですが、叶さんのこなした役は着物美人だけではなく可愛らしいキャラクターから妖艶な人物まで様々でした。

こちらではそんな叶さんのプロフィールや経歴、話題の出演作品についてご紹介します。

叶和貴子は大学卒業後はバックコーラスを務めていた?

叶和貴子さんは1997年に桐朋学園短期大学音楽科を卒業した後、ピンクレディーや郷ひろみさんのバックコーラスを務めました。

郷さんの「地上の恋人・ハリウッド・スキャンダル」の辺りから叶さんがコーラスとして活動を開始しているとされています。

「源氏物語」でデビュー

源氏物語とは、紫式部によって書かれた長編物語です。主人公である光源氏を通して、恋愛・栄光・没落・権力・闘争などの平安時代の貴族社会が描かれています。

そんな主演である光源氏役に沢田研二さん、脚本は向田邦子さん、演出は久世光彦さんで贈る時代劇「源氏物語」ですが、プロデューサーも兼ねていた久世さんは「和服の似合う美人女優」を探していました。

そんな久世が郷さんに声をかけ、郷さんが叶和貴子さんを紹介したことがきっかけとなり、叶さんは「源氏物語」紫の上として1980年にデビューしました。

叶和貴子は「天国と地獄の美女 江戸乱歩の「パノラマ島奇談」」でヌードが話題に

パノラマ島奇談とは、江戸川乱歩が書いた中編小説です。売れない小説家が、自分と瓜二つの金持ちの友人の墓を掘り起こしてその友人になり代わる話です。

1982年にテレビ朝日系、土曜ワイド劇場「天国と地獄の美女 江戸川乱歩の「パノラマ島奇談」」は脚本・ジェームス三木さんが担当しています。

パノラマ島では美女の裸と死体が入り乱れる作品で、その作品で叶和貴子さんは大胆なヌードを披露し話題となりました。

叶和貴子は特撮テレビ番組「宇宙刑事ギャバン」ミミー役でも有名

宇宙刑事ギャバンとは、1982年3月から1983年2月までテレビ朝日系列で放送されていた東映製作の特撮テレビ番組です。叶和貴子さんは、宇宙刑事ギャバンのミミー役でした。

ギャバンとは主人公の名前で、失踪した父であるボクサーの後任として地球に派遣された宇宙刑事のことです。地球人名は一条烈で、声のキャストは大葉健二さんです。

叶さんの演じるミミーはギャバンと同じく宇宙人で、バード星人というで銀河連邦警察の最高責任者の一人娘でギャバンに好意を寄せる女性でした。

叶和貴子の出演CMまとめ

叶和貴子さんは着物美人として多くのドラマや舞台に出演しています。その中でも「源氏物語」の紫の上役はとても有名です。

しかし、叶さんはテレビや舞台だけではなくCMにも多数出演しています。そんなことから叶さんの人気ぶりが伺えます。

こちらでは叶さんの出演していた出演したCMである黄桜酒造と緑効青汁のCMについてご紹介します。

叶和貴子の出演CM①:「黄桜酒造」

黄桜酒造とは、京都府京都市伏見区横大路にある大手日本酒製造会社です。初代である松本治六郎が大正14年に伏見の名水の恵みを生かし、酒蔵として創業しました。

着物を着た叶和貴子さんの黄桜酒造のCMは有名です。艶のある唇を寄せ、黄桜の酒を呑む叶さんの姿は大変色っぽいです。CMに流れる曲も情緒があります。

1982年から黄桜酒造のイメージキャラクターを務めていて、「人が好き、夢が好き」のセリフに酔った人も多いのではないでしょうか。その他には、牛乳石鹸、資生堂など様々なCMにも出演しています。

叶和貴子の出演CM②:「緑効青汁」

株式会社アサヒ緑健から販売されている青汁です。緑効青汁は日頃の食生活のバランスを補うための健康補助食品で、とても人気な商品です。

不溶性食物繊維やミネラルなどがたくさん入っている大麦若葉を独自の技術で粉砕し、水溶性食物繊維・乳酸菌・オリゴ糖を加えたバランスのいい青汁となっています。

そんな緑効青汁のテレビCMに2010年7月頃に叶和貴子さんが出演していました。

叶和貴子とヨークシャテリア

叶和貴子さんは、仕事に復帰したころからヨークシャテリアを飼い始めました。名前はサッポロからの命名でポロです。

そんなポロを迎えて、叶さんの生活は変わっていきました。迎えた当初のポロは子犬で、「この子を育てるためにもしっかりしなければ!」という気持ちになったそうです。

それから気持ちに張り合いが出来、リハビリも兼ねていた散歩もポロと言う散歩仲間が出来てとても楽しくなりました。叶さんにとってポロはかけがえのない存在と言えるでしょう。

叶和貴子という人物

叶和貴子さんという人は、着物の似合う美人で自分に厳しく仕事に一生懸命な人でした。しかし、離婚・病気・父親の死と人生のどん底を経験しました。

しかし、長らく休養をすることで叶さんの心にゆとりが生まれ、当初あった焦りは消えていき「また仕事がしたい」と言えるまで回復しました。

今では病気と上手に向き合い、仕事も無理をせずにこなせています。そんな叶さんは昔よりももっと輝きのある、素敵な女性であると言えるでしょう。

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