鮎川いずみの現在は?結婚している?事故や引退の理由について エンタメ

鮎川いずみの現在は?結婚している?事故や引退の理由について

鮎川いずみさんは、「大岡越前」の準レギュラーだった1992年にプライベートでの事故で3ヶ月の入院をし、そのまま芸能界を引退しています。その後、鮎川さんは結婚し、自身では化粧品の会社を立ち上げ、現在エスティシャンなどの資格を取って熱心に営業しています。

鮎川いずみは現在何をしている?

ドラマ「必殺シリーズ」などでお馴染みだった鮎川いずみさんは、現在何をしているのかを調べてみました。

現在の年齢など鮎川いずみのプロフィール

鮎川いずみさんは、1951年3月8日生れの67歳、本名を玉尾千枝(たまおちえ)といいます。東京都港区榎坂町の出身で、芸能界活動は1967年から1992年でした。

鮎川いずみさんは、1968年にはミス宝くじ・幸運の女神のメンバーとなって活躍していました。

1992年プライベートで事故に遭いその後突如芸能界を引退

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鮎川いずみさんは、「大岡越前」の準レギュラーだった1992年、プライベートで事故に遭い、足を骨折して3ヶ月の入院をした後、途中降板しました。その後、表舞台には立たず芸能界を引退しています。

その事故は、撮影中だったという記載もありますから、どちらが本当なのか詳しい状況や真相は分かっていません。しかし、撮影中の事故であるなら、それなりの詳しい状況を説明するはずです。

プライベートでの交通事故だった可能性が高いようですが、後のインタビューでも「この事故が原因で引退を決意しました」と本人が語っています。

事故だけが原因だった?女優としての演技力も影響していたのか

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鮎川いずみさんは、事故で3ヶ月の入院中に、「自分自身は芝居が下手だという気持ちがどこかにあった」と振り返っています。この言葉からすると、芸能界引退は、原因は事故だけではないようです。

芸能界引退後は広告代理店を経営

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鮎川いずみさんは、芸能界を引退後は、広告代理店の会社を立ち上げ経営の仕事を始めました。

2004年には化粧品「チッリ・ラメラ」をプロデュース

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鮎川いずみさんは、広告代理店の会社を興してからは、経営の手腕を徐々に発揮していきます。そして、2004年に「リッチラメラ」という化粧品会社を立ち上げています。

その会社で鮎川いずみさんは、自らの商品をプロデュースするなど、精力的に活動しています。また、この化粧品事業を始めるにあたり、鮎川いずみさんは、エスティシャン、管理美容師、調理師の資格を取得しています。

宣伝ビデオでは、女優時代に撮影のために無理なメイクをして肌を傷めて、皮膚科の先生に相談して自分にあった化粧品を探し、肌荒れを改善した経験などを話しています。

インタビューでは「オヤジ臭」も消すと笑っていた

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鮎川いずみさんは会社の商品についてインタビューに答えています。その中で鮎川さんの会社の石鹸についての話しがありました。

自身の会社である「リッチラメラ」の商品(石鹸)について、「オヤジ臭」も消すと言って笑っています。「そのことは我が主人で証明済みですから、ぜひお試し下さい」と答えています。

鮎川いずみの現在結婚している?子供は?

鮎川いずみさんは、女優業をやめてから起業や結婚をしています。1995年に一般の男性と結婚していますが、子供はいないようです。

1995年野村総合研究所元専務の玉尾豊光さんと結婚

鮎川いずみさんは、芸能界を引退後、1995年に結婚していますが、その旦那さんは野村総合研究所元専務の玉尾豊光さんといいます。玉尾豊光さんは芸能人ではなく一般の方ですから、画像等はないようです。

実はこの1995年の結婚は鮎川いずみさんにとって2度目の結婚でした。最初の結婚の事や、どんな理由で離婚したのかについては、詳しい事が分かっていません。

子供はいるのか?

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鮎川いずみさんと、旦那である玉尾豊光さんとの間には、子供はいないようです。鮎川いずみさんが結婚したのは、40歳を超えていましたから出産は難しかったのかもしれません。

現在も夫婦仲は良好の様子

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鮎川いずみさんと夫の玉尾豊光さんは、子供がいませんが、夫婦の仲は良いようです。ある程度の人生経験をつんでからの結婚ですから、お互いの事を理解した上で結婚しているのではないでしょうか。

鮎川いずみの経歴!若い頃が美しい?事故で引退?

鮎川いずみさんは、若い頃から芸能界で活躍していました。特に時代劇に多く出演しています。若い頃は、目鼻立ちの整った正統派の美人といったイメージの女優でした。

特に「必殺シリーズ」での印象が深い女優です。しかし「大岡越前」の準レギュラーの時に事故に遭って、3ヶ月入院した後、引退しています。

1967年映画「また会う日まで 恋人の泉」で女優デビュー

鮎川いずみさんは、1967年の映画「また会う日まで 恋人の泉」(松竹)で、芸能界にデビューしています。

またテレビドラマでも同年の1967年に「てなもんや三度笠」の296話(四日市暮色)で武家娘の香織役で出演しています。当時鮎川いずみさんは16歳でしたから随分早いデビューです。

鮎川いずみの若い頃の画像は?

鮎川いずみさんの若い頃というのは、1970年前後になりますが、その頃の画像は少ないもののいくつかあります。特に時代劇での着物姿の鮎川いずみさんの画像が多いようです。

ミス宝くじ・幸運の女神のメンバーになり芸名を改める

鮎川いずみさんは、デビュー当時「鮎川いづみ」の芸名でした。1980年に「いづみ」から現在の「いずみ」に改名しています。

「必殺仕事人III」ではテーマソング「冬の花」を歌い日本有線大賞新人賞を受賞

必殺シリーズのレギュラーとして定着した鮎川いずみさんは、必殺シリーズの主題歌もいくつか担当しています。担当していたのは、「仕事人Ⅲ」、「仕事人Ⅳ」、「仕事人Ⅴ激闘編」でした。

中でも「仕事人Ⅲ」の主題歌である「冬の花」では、日本有線大賞新人賞を受賞しています。

他にも必殺仕事人で「花の涙」「女は海」を歌っている

「冬の花」以外でも「仕事人Ⅴ激闘編」の主題歌の「女は海」や「花の涙」といった歌も担当しています。

脚を骨折し時代劇ドラマ「大岡越前」を降板しその後芸能界を引退

鮎川いずみさんは、数々の時代劇ドラマに出演していますが、「大岡越前」の準レギュラーだった1992年、プライベートの事故で入院したことから、芸能界を引退しています。

鮎川いずみの主な出演作

鮎川いずみさんは、テレビドラマの「必殺シリーズ」など数多くのドラマに出演しています。その中でも特に人気のあったドラマを紹介します。

必殺シリーズ

鮎川いずみさんの代表作でもある「必殺シリーズ」は、依頼人に雇われ、晴らせぬ恨みを晴らす闇稼業の物語です。1972年から放送され、アウトローで魅力的な登場人物たちに人気があり、長期間続いたシリーズです。

鮎川いずみさんは、この「必殺シリーズ」の何でも屋のお加世の役で、長く演じていました。ちょっとお茶目で、しっかりもののお加世の役柄は、このドラマには欠かせない存在でした。

鮎川いずみさんは、その後のシリーズでも数多く出演し、彼女の代表作となっています。

ザ・ハングマンシリーズ

鮎川いずみさんは、1987年のザ・ハングマン6とハングマンGOGOで、アイリス(立花愛)を演じていました。

水戸黄門

ドラマ「水戸黄門」は、東野英治郎さんと、助さんが里見浩太朗さん、格さんが大和田伸也さんでした。鮎川いずみさんは、このドラマ「水戸黄門」では、「百合の方」を演じています。

鮎川いずみさんは1978年12月23日公開の映画「水戸黄門」(東映)にも出演しています。この映画は、ナショナル劇場「水戸黄門」の放送開始10年を記念して制作されています。

東映株式会社と俳優座映画放送の提携作品で、テレビ版の制作会社であるC.A.Lが協力して、名を連ねています。封切りされた当時はテレビの「水戸黄門」第9話が放送中でした。

七人の女弁護士

「七人の女弁護士」は、テレビ朝日系の木曜ドラマで、1991年に放送されました。鮎川いずみさんは、第2シリーズの第5話「過去からの殺人者!離婚妻へ恐怖の匿名電話が…」に出演しています。

鮎川いずみさんは、このドラマでは大林貴子を演じています。このドラマ「七人の女弁護士」は、2006年と2008年にリメイクされ、他のキャストで新シリーズとして放送されました。

武田信玄

テレビドラマの「武田信玄」は、1991年1月1日にTBSで放送されたTBS大型時代劇スペシャルでした。作成の背景には、1988年のNHK大河ドラマ「武田信玄」の放送があります。

TBSの大型時代劇スペシャルの6作目であり、武田信玄が川中島の戦いを経て戦国大名として成長していく姿を描いていいます。主演の信玄役を役所広司さん、ライバルの上杉謙信役を佐藤浩市さんが演じています。

鮎川いずみさんがこのドラマで演じていた役は、武田氏の家臣である真田幸綱の正室である「恭雲院」でした。

時代劇以外の出演のテレビドラマ

鮎川いずみさんは時代劇ドラマを中心に女優活動をしていますが、時代劇ドラマ以外では、1978年の「バンパイヤ」の第14話で、外村真由役で出演しています。

また、「非情のライセンス第2シリーズ」で、第21話1975年の「兇悪の白い花」で窪川恵子役、第50話1975年の「兇悪の金」で牧小枝子役、第113話1976年「島原哀歌」で砂田マキ役を演じています。

鮎川いずみさんはバラエティー番組にも出演していた

鮎川いずみさんは、時代劇での活躍が印象的ですが、バラエティー番組にも出演していた頃がありました。

たとえば、「三枝の愛ラブ!爆笑クリニック」(1984年~1985年KTV)の4代目アシスタントを務めています。

また、「料理バンザイ」(1984年~1988年ANB)では、2代目のアシスタントをしています。「わいわいスポーツ塾」(1987年~1989年TBS)にも出演しています。

舞台やCMにも出演

鮎川いずみさんは、舞台やCMにも出演しています。舞台では1970年の「女沢正あほんだら一代」、1976年「夫婦坂」、1980年「大川橋蔵特別公演」に出演しています。

他に北島三郎特別公演や森進一特別公演などにも出演しています。CMでは、「アデランス」に出演していました。

「必殺シリーズ」の人気のわけ

テレビドラマの「必殺シリーズ」は、1972年9月2日の「必殺仕掛人」から数多くシリーズ化し、2009年6月までの「必殺仕事人」まで、実に31シリーズ37年間もの長きに渡って続いた人気ドラマ時代劇です。

シリーズを通して多種多様な殺し技が存在し、各ドラマのクライマックスを彩るものとなっていました。もともとは、「必殺仕掛人」での主人公が針医師で医学に精通していたことから、針を用いた暗殺を行っていました。

その後、刃物系、刺突系、紐系、怪力系など職業ごとに特徴ある武器が登場していました。また、殺人が現実的なものとなって真似をして事故が起きないように、非現実的な殺し技に変っていきました。

鮎川いずみさんは現在別の世界で活躍している

鮎川いずみさんは、若い頃から映画やテレビドラマ、舞台で活躍した女優で、主に時代劇で活躍しました。目立った役どころというよりは、水戸黄門や必殺シリーズなどで、なくてはならない存在の女優でした。

そんな鮎川いずみさんでしたが、ドラマ「大岡越前」の準レギュラーの時に、プライベートで事故を起こし、3ヶ月間の入院を余儀なくされました。その後、鮎川さんは突然芸能界を引退してしまいます。

詳しい引退理由は分かりませんが、事故だけが原因ではないようです。映画やドラマの出演に限界を感じていたのかもしれません。鮎川いずみさんは、引退後、化粧品の会社を立ち上げるなど精力的に活動しています。