市毛良枝の元旦那・小川敏夫との離婚理由は?登山家なの?母を介護?

女優として活動している市毛良枝さんですが、元旦那の小川敏夫さんとなぜ離婚したのでしょうか?また実は登山家でもある彼女の活動、そして母親を介護しているという噂についてまとめていきます。若い世代の人は知らない彼女の若かれしころの画像もみていきましょう!

市毛良枝の結婚した元旦那は小川敏夫?離婚理由は?

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まずは市毛良枝さんがどのような人物なのかみていきましょう。結婚していたお相手、小川敏夫さんという方についても調べてみました。

市毛良枝のプロフィールは?身長、事務所は?何歳なの?

  • 市毛良枝(いちげ よしえ)
  • 1950年9月6日生まれ
  • 静岡県出身
  • 女優、登山家
  • 所属事務所はアミューズ、元ハーキュリーズ所属
  • 特定非営利活動法人日本トレッキング協会理事。

市毛良枝さんは2019年現在68歳の、女優さんです。身長は156cm、静岡県伊豆市修善寺町に生まれで、医者の娘として生まれました。

現在はアミューズに所属しており、ドラマや映画などで犯人役から素敵なお母様役まで幅広くこなす女優さんです。

市毛良枝と結婚・離婚した小川敏夫とは?弁護士だった?現在は政治家?

市毛良枝さんと結婚離婚したお相手は、小川敏夫さんという方です。小川さんは立教大学法学部を卒業して判事、検事を経験その後1981年に弁護士に転身しています。

結婚をしたのは1988年6月で、当時小川さんが弁護士として活躍している時だったと言います。お見合い結婚の末約2年間の結婚生活を共にしたと言われており、離婚しています。

結婚生活については、2年間と言われていますが、はっきりといつ離婚をした蚊などの記述はありませんでした。

新党さきがけに入党するも1996年に離党し、同年の第41回衆議院議員総選挙に旧民主党公認で東京都第9区から出馬したが、新進党公認の吉田公一に敗北し、比例復活も果たせず落選。

(引用:Wikipedia)

小川さんは、弁護士を経験した後政治家へと転身しています。1998年に民主党公認で参議院議員選挙に初当選し、2012年には法務大臣として入閣もしており、現在は立憲民主党常任顧問に就任しています。

市毛良枝と小川敏夫の離婚原因はDV?子供はいたの?

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市毛良枝さんと小川敏夫さんが離婚した原因ですが、小川さんによるDVだと言われており、2012年週刊新潮にて1990年に市毛さんの母親に対し暴力を振るったと報道されています。

暴力を振るい、パトカーを呼ばれてしまった旨を掲載され、新聞広告にもそのタイトルが掲載されてしまいました。

小川敏夫は新潮社をプライバシーの侵害で提訴?

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しかし小川さんは、これをプライバシーの侵害として新潮社を提訴、東京地検は記事をプライベート侵害と新聞広告を名誉毀損だと認め、慰謝料220万円が払われました。

この報道がなされたのは離婚して12年経った頃、しかも法務大臣となった頃でした。実際にDVをしていたかどうかは定かではありませんが、慰謝料の220万円で和解したのです。

現在、小川敏夫は再婚した?市毛良枝は独身?

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市毛良枝さんは離婚後再婚していないということですが、元旦那の小川敏夫さんは1994年(46歳)ごろに子供が生まれたとブログにて報告しています。

そのため、現在元旦那の小川さんは再婚しており、市毛さんは独身生活をしているとみられています。

市毛良枝の若い頃がエロかわいいと話題に?ヌードや濡れ場も?

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現在市毛良枝さんは、お母さん役などのあたたかい役を演じられていることが多いですが、実は若い頃とても可愛い女優さんで、さらにはヌードや濡れ場シーンを撮っていることもあったことをご存知でしょうか?

市毛良枝は昔、「お嫁さんにしたい女優 No.1」だった?

市毛良枝さんは昔、ライオン奥様劇場『小さくとも命の花は』から始まった作品「嫁姑シリーズ」で、1984年の『喜劇 女の戦争』まで9作に出演していました。

このシリーズで演じた新妻のイメージから『お嫁さんにしたい女優No.1』とう呼ばれたことがありました。写真を見ていただけるとわかるように、若い時から綺麗で可愛い女優さんだったということがわかります。

市毛良枝はドラマ・ライオン奥様劇場「小さくとも命の花は」で話題に

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先ほども紹介した、ライオン奥様劇場『小さくとも命の花は』で市毛さんは一躍有名になりました。1977年ににフジテレビい列で始まったこのドラマは、市毛さんに撮って大切な作品となったのです。

清純派がヌードを突然披露で世間騒然?濡れ場も名演技?

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『お嫁さんにしたい女優No.1』と言われた市毛良枝さんですが、そんな彼女も大胆な姿を見せています。清純派として名が通っていた彼女もヌードを披露することになったのです。

1980年男性誌『GORO』で、市毛さんはフルヌードを披露しました。これは大変話題となり、2017年時点でも1950年代から1960年代に生まれた団塊の世代男性の間で語り草になっているのです。

さらに1984年7月7日に放送された『松本清張の証言』に出演した時、大胆な濡れ場も演じています『GORO』でヌードを後悔してはいましたが、やはり濡れ場のシーンは衝撃的だったのです。

市毛は29歳の独身OL役で、5年の不倫関係を持つ上司(柳生博)がいる。ベッドで抱き締められ、みずから唇を貪るように吸い、小ぶりな乳房をわしづかみにされる。さらに感度が高まった市毛は、みずからが上になり、長い髪を振り乱しながら、許されざる肉欲に溺れてゆく‥‥。

(引用:Asagei+)

市毛良枝の性格は?

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『お嫁さんにしたい女優No.1』とも呼ばれながらも離婚を経験し、濡場シーンも演じている市毛さんですが、彼女は一体どんな人なのでしょうか?

見た目からは優しそうで、慈悲のありそうな型に見えます。実は市毛さんは、現在母親の介護をしているため、優しい方だと言われています。

後ほど詳しくお届けしました、介護をしていると辛い思いばかりになってしまいがちですが、彼女の起点で明るく介護ができているようです。そんなところから明るく優しい方なのでは、と言われています。

市毛良枝は登山家としても活躍?始めたきっかけは?どんな活動をしてるの?

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市毛良枝さんには、女優というだけでなく登山家という一面があることを皆さんはご存知ですか?テレビ朝日で放送されている『百名山』など様々な登山番組に出演するほど、登山家としても活躍しているのです。

市毛良枝の登山家としての活動は?屋久島の永田岳への登山に挑戦?

2017年2月市毛良枝さんは、屋久島にある永田岳への登山に挑戦しています。永田岳は標高1886mで、この登山の様子をテレビ朝日系列『人生で大事なことは〇〇から学んだ』で放送しています。

番組内で「登山と出会えたことで人生が180度変わった」「山のおかげでどんなことも楽しめるようになった」とおっしゃっていました。

日本の全ての気候が体験できてしまうほど、気候が多様となる永田岳は、岩場が多く冬場は特に難しいルートなのだそうです。登山から前向きな考え方を学んだ市毛さんは、登山家としても大活躍なのです。

市毛良枝は登山には興味がなかった?始めたきっかけは?

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現在は登山家として有名な市毛さんですが、当初登山には興味もなく、山に登ろうなどと行った考えは全くなかったそうです。そんな市毛さんが登山を始めることになったのはお父様の担当医との出会いでした。

お父様は医師であり、生前第4次中東戦争で被弾した経験がありました。そのため、自分が死んだ際はからさを献体とてほしいと言い残していたと言います。

献体を希望していた父の解剖に担当した担当医が趣味としていた登山に誘ってきたことで、登山を始めることとなりました。

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初めは、社交辞令的に「今度登山に行かれる時は、私も誘ってください」と担当医に行ったのですが、その返事が「では9月の連休はいかがですか」というものでした。

まさかすぐに誘われるとは思わず市毛さんも迷っていたのですが、先生から聞いていた登山の話は楽しそうだったということもあり、その誘いにのったのです。

市毛良枝は現在特定非営利活動法人日本トレッキング協会理事を務めている

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このように登山家としても活動の場を広げている市毛良枝さんは、2019年現在、特定非営利活動法人日本トレッキング協会理事を務めています。

このことから彼女が登山やトレッキングに対して、本気で取り組んでいることがよくわかります。

市毛良枝は登山家としてもテレビ出演?本の執筆や講演もしている?

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そして、登山家としてテレビ出演や講演会も行なっているという市毛さんですが、特に登山番組などにも出演している姿を見ることができます。

また、ご自身で登山に関する本を執筆するなど、登山への愛を惜しげも無く表現しているのです。

市毛良枝は環境庁の環境カウンセラーにもなった?

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市毛さんは、登山を経験したことで、地球の環境問題にも興味を持つようになりました。そのため、現在は環境庁の環境カウンセラーにも選出されています。

市毛良枝の著書①:山なんて嫌いだった

山好き故に市毛さんが書かれた本が『山なんて嫌いだった』です。日本トレッキング協会の理事を務める市毛良枝さんが山と出会い心ひかれ、過程を素直に綴った初の書き下ろしエッセイとなっています。

運動嫌いだったはずの彼女が、山に登ることによって人生や考え方さえも大きく変わってゆく様子が、飾りのない文章で描かれています。

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初登山は燕岳、南アルプス塩見岳から八甲田山、安達太良山や八ヶ岳、双六岳、キリマンジャロなど、10年間の山旅はについて描かれています。

さらに、『山と溪谷』取材の裏話や、登山家たちとの交友の様子、エコロジー問題について、自身の内面変化などを詳しく描ききっ多内容となっています。

市毛良枝の著書②:市毛良枝の里に発見伝 - 関東近郊の里山21コースを徹底ガイド

さらにもう一冊!市毛さんは登山本を出版しています。時こちらは関東近郊にある山のコースをガイドしている一冊となっています。

ウォーキングマアジンで連載された内容を、1冊にぎゅっと詰め込んでおり、登山を始めたい方にもおすすめな内容です。

市毛良枝の母親の介護がすごい?

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市毛良枝さんで話題に上がってくるのは、離婚や登山についてだけではありません。お母様の介護をしていることでも有名なのです。

市毛良枝は母親の介護も頑張っている?

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市毛さんの母親はずっと寝たきりで過ごしていたと言います。そんなお母様を介護しているのは、市毛さん本人で、常にお母様の介護を頑張っていると言います。

市毛良枝の母親が病気で市毛良枝に病気説?一時は寝たきり状態に?

市毛さんお母様は、2度の脳梗塞や骨折へて、寝たきりとなってしまいました。要介護状態になったのは2003年ということで、それを支え続けたのが市毛さんだったのです。

市毛良枝の母親はリハビリで回復?アメリカ旅行も達成?

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市毛さんとお母様はリハビリをするにあたり、大きな目標を立てました。それが、アメリカ旅行です。この目標に向かって母娘で介護リハビリに立ち向かっていったのです。

当初は脳梗塞や骨折の影響で寝たきりの生活が続いていました。しかしこの目標を持ったことで、目の前は常に明るくいられたと言います。

寝たきりから、歩行ができるまで回復し、等々本当にアメリカ旅行が現実のものとなるのです。これは、劇的な回復であり、アメリカ旅行が現実したことは奇跡とも言えることでした。

市毛良枝は介護のために登山を控えている?現在は社交ダンスにハマっている?

お母様の介護を優先しているため、現在市毛さんは登山を控えています。登山の経験からどんなことにも立ち向かえる力を得たということでしたが、現在は社交ダンスにはまっているそうです。

登山だとすぐには帰ってこれない場合があるため、家からも通える趣味を見つけたのです。市毛さん自身も年齢を重ねていますが、介護で大変な経験をしながらも人生を楽しんでいることがよくわかります。

市毛良枝の家族は?兄弟や学歴は?

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ここからは市毛良枝さんのご家族についてまとめていきたいと思います。結婚離婚経験はありましたが、ご兄弟などはいらっしゃるのでしょうか?

市毛良枝の家族は?兄弟はいたの?生い立ちは?

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市毛さんには年の離れた兄が2人おり、家族の末っ子の長女として誕生しました。小学校時代は体が弱く、よく熱を出しては学校を休んでいたといいます。

市毛良枝の学歴は?出身中学校、高校は立教女学院?

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市毛さんは中学・高校と、立教女学院似通っていた、いわずと知れたお嬢様です。

松任谷由実さんの姉と同じクラスだったと言い、当時を振り返った松任谷由実さんは、立教女学院在学当時から市毛良枝さんはとても目立つ存在だったと語っています。

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