桂木文の現在は?林家しん平との離婚理由やその後の結婚情報について

皆さんは、かつてアイドルとして人気のあった桂木文さんをご存知ですか?さまざまな学園ドラマに出演、ヌードまで見せました。そん桂木文さんの現在の姿、結婚した林家しん平との離婚理由を中心にまとめました。

ヌードで有名だった桂木文の現在は?離婚した林家しん平との関係は?

アイドルとしてデビューして、多くの「翔んだカップル」などドラマなどに出演していた桂木文さんですが、実はその後に発表されたヌードの方がインパクトが強く残っているかもしれません。

あとは、落語家の林家しん平さんと結婚後わずか7ヶ月で離婚ということも話題になりましたが、その後の桂木文さんとの関係性などについても見ていただきたいと思います。

ヌードを披露し話題となった桂木文のプロフィール

まずは、桂木文さんのプロフィールについてご紹介します。桂木さんの父親は日本人、母親は日本人とインド人のハーフで、愛知県名古屋市出身です。中学まで名古屋にいましたが、高校から東京に移っています。

そんな桂木さんが芸能界デビューを果たしたのは、1978年のことでした。デビューのきっかけは、「ムー一族」というドラマのオーディションに合格したことです。

このドラマは、郷ひろみさんや樹木希林さん、伊東四朗さんなど長く活躍されている芸能界の大御所的な方々が多く出演していましたが、桂木さんはこのドラマで郷さんの恋人役として4万人の中から選ばれました。

「ムー一族」の後は歌手としてもデビューしアイドルとして人気

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桂木さんは、その後にもドラマに出演して、デビューの同年にさだまさしさんが作詞・作曲した「前略、ごめん」という楽曲でデビューを飾っていて、合計3曲が発売されていました。アイドルとしても人気がありました。

そして代表作「翔んだカップル」に出演

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しかし、桂木文さんの名をこの世に知らしめることになったのは、1980年のドラマ「翔んだカップル」です。このドラマで桂木さんはヒロイン役で一躍人気を集めることになりました。

このドラマで人気を博すことになった桂木さんは、翌年ファースト写真集を出版しました。この写真集では、ヌードを披露していまして、ここでも注目を集めることになりました。

2002年以降芸能活動をしていない

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写真集発売後も、女優として桂木さんは多くのドラマに出演しています。「必殺仕事人」などにも出演しています。

その後も安定して女優としての活動を続けていて、人気女優のひとりであったことは間違いありません。

最後に出演したドラマは「温泉名物女将!湯の町事件簿2」

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最後に出演したドラマは、2002年フジテレビの金曜エンタテイメント「温泉名物女将!湯の町事件簿2」に「史恵」役として出演したのが最後だったといわれています。

その後は今日まで、ドラマはもちろんバラエティなども一切テレビなどに露出することはなくきています。

現在の画像はなし?若いころの美貌は?

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ネット上で、桂木さんの写真を検索してみても、現在の画像が一切出てくることはありません。そもそも、芸能界から去って20年近くになるわけですから、ある方がおかしいといえるくらいではないでしょうか。

しかし、人気絶頂だったころの桂木さんの画像は多く見受けられますので、ぜひあの美しさは見ていただきたいものです。そもそも芸能界から事実上の引退をしていますので画像を見つけることは不可能かもしれません。

拒食症のうわさもあった?現在は一般人として首都圏で主婦をしている?

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時期は、噂のレベルにおいてさまざまありますが、ふっくらした印象が強かった桂木さんでしたが、写真集発売時期などにおいてはかなり痩せてしまっていたため、拒食症ではないかといわれていました。

元旦那、林家しん平の現在は?2人の仲は?

桂木さんの元の旦那さんである林家しん平さんは、落語家さんで、初代林家三平さんの弟子のおひとりです。1955年生まれで桂木さんよりは少し年齢は上です。

今では、落語家だけではなく、最近は映画監督や脚本家としても活躍している一面もあり、稀代の落語家としても有名です。2012年には、テレビアニメの監修も担当しています。

桂木さんとの離婚の後は、特に会っていたりということもなく、今も再婚はしていないということです。

桂木文は現在結婚している?子供は?

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桂木文さんは結婚の後、すぐに離婚するのですが、その後結婚しているのでしょうか?また、子供はいるのでしょうか?ここからは、桂木さんの結婚と離婚について見ていくことにしましょう。

1985年に落語家の林家しん平と結婚

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1985年に落語家の林家しん平さんと結婚をすることになるのですが、結婚のなれそめなどについては、どこにも語られていないというこのネット社会の現在においては、非常に珍しいことであるといえます。

まさに、ネット時代とは全く無縁のような時代だったからかもしれませんが、あまりに離婚の方がインパクトが強すぎたからかもしれませんが、結婚のことはわからないことが非常に多いようです。

7ヶ月のスピード離婚をする

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結婚からわずか7ヶ月後にスピード離婚をすることになってしまいました。今では、短期間で離婚するということも少ないものではあるものの、そこまで驚くことは少ないものでした。

しかし、その当時から考えてみれば、相当珍しいことでかなりのインパクトの強いものとなっていたといえるでしょう。恐らく芸能界でここまでは約離婚するということは初めてのことだったかもしれません。

当然、それだけのインパクトがありましたので、離婚会見も行われて、ワイドショーをはじめとするテレビ局も大挙したものでした。

離婚会見に海老名香葉子までもが同席したその内容とは

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この2人の離婚会見には、しん平さんの師匠の奥さんである海老名香葉子さんも同席していました。しかも、会見時における発言は香葉子さんも積極的に発言をしており、理由なども発言しています。

そして、香葉子さんは離婚の理由については、桂木さんに原因があるとして、桂木さんのことを全面否定するかのような理由などを挙げ発言していました。

また、「ぬいぐるみを抱いて寝るような女とギンギンの男がうまくいくわけがない」というような驚くべき発言までしています。

子供はいた?海老名香葉子が口にした「女性器奇形」が原因か

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桂木さんとしん平さんとの間には、子供はいませんでした。このことが離婚の理由のひとつともいわれています。

しかし、この記者会見中において、香葉子さんは本来触れるべきではないデリケートなことについても発言をしています。

それは、「桂木文さんは女性器奇形によって子供を産むことができない」ということでした。ただ、こういったことは女優としても、一人の女性としても触れられるのは嫌なことといえるでしょう。

桂木文自身は口を開かなかった

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実際に、本当に子どもを産むことができないということが、真実なのかということは定かではありませんが、この会見中においては桂木さんが口を開くことは一切ありませんでした。

どのような意図があってまったく口を開かなかったのかは不明ではあるのですが、結果としては口を閉ざしていたことが吉となることになったのです。

モラハラのような会見に世間は桂木文を擁護する声が多かった

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こんな事実かどうかも定かではなくしかも、踏み込まれることで絶対にいい気にはならないことを言いたい放題されることによって、その会見についての一般の方の評価というのは、桂木さんを擁護する声が多かったです。

香葉子産の発言はかなり行き過ぎているもので批判が多く寄せられていました。元来エッセイストなどで活躍する香葉子さんは、発言自体が毒舌傾向になり評判も良くありませんでした。

自身のことに触れるのであればともかく、自分の弟子の嫁のことでそこまで踏み込む必要があるのかということはそれ自体が間違いだという厳しい意見も多くありました。今の時代ならモラハラで訴えられるでしょう。

桂木文の処女を奪ったのは轟二郎?

桂木文さんの処女を奪ったのは轟二郎さんではないかという噂が出ていたようです。轟二郎さんは、桂木さんの代表作の「翔んだカップル」で共演していた一人で恐らく仲は良かったということなのでしょう。

しかし、だからと言って、轟さんが処女を奪ったということについては、真実はわかりませんし、あくまでも噂レベルの話としておけばいいぐらいの話ということでいいと考えることができます。

桂木文の活動経歴や主な出演作・ヌード作品

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それでは、改めて桂木文さんの活動経歴をもう少し掘り下げて、どんな作品に出演していたのかということも少し触れてみたいと思います。

ドラマなどだけではなく、話題となったヌード作品についても触れていくことにします。

桂木文はインドのハーフ

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桂木文さんは、先ほども触れましたが、1960年12月16日生まれで愛知県名古屋市の出身です。血液型はO型で、身長は159.8㎝です。父親は日本人ですが、母親は日本とインドのハーフなのです。

若い頃は端正な顔立ちをし女優やアイドルとして人気が高かった

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デビュー当時は、ハーフということもあってか非常に端正な顔立ちで、かわいさときれいさのどちらも持ち合わせた端正な顔立ちを持っていて、女優やアイドルとして非常に人気がありました。

女優としてのキレイさと、アイドル的な立ち位置でのかわいさの両方を持つタレントさんというのは、当時ではあまりいなかったタイプではないかと思い出されます。

1978年にドラマ「ムー一族」でデビュー

桂木さんのデビューは、1978年のTBSドラマである「ムー一族」における郷ひろみさん演じる役の恋人役としてでした。

この役は4万人も応募のあったオーディションから選ばれるという非常にハードルの高いところから合格したというものでした。

同年にさだまさしの「短篇小説」歌手デビューを果たしCDをリリース

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桂木さんは、女優としてドラマ出演を果たすことで芸能界デビューすることになるのですが、同じ年に歌手としてもデビューを果たします。

なんと、作詞・作曲はシンガーソングライターのさだまさしさんで、「短篇小説」(c/w「前略、ごめん」こちらもさだまさしさんの作品です)という曲名で歌手デビューしました。

1981年1st写真集「ひと粒」でヌードを披露し話題に

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デビューから3年後の1981年には、ワニブックスから初めて写真集を発売することになります。このファースト写真集は、「ひと粒」というタイトルがついて、発売されるのです。

しかも、この写真集では、なんと桂木さんはヌードを披露しています。世間からの大きな注目を集めていました。

当時大人気と言えた桂木文さんのヌードというものには、大変多くの人が注目していたということは容易に想像することができるでしょう。

雑誌「GORO」のグラビアで登場し男性を喜ばせた

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当時男性の中では、グラビア雑誌の代表格ともいえる「GORO」でグラビアにおいて登場もしていて、男性にとっては夢の時間を過ごさせてもらえた瞬間だったといえます。

この雑誌は、当時トップにいるアイドルや女優さんがグラビアとして登場する雑誌で、ある意味桂木さんもこの雑誌に登場することでトップタレントの仲間入りをしたということとも言えます。

熱愛疑惑を浮上した轟二郎とのドラマ「翔んだカップル」

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まさに「翔んだカップル」が桂木さんの人気を急上昇させたものといっても過言ではありません。このドラマで、初めてヒロイン役としてテレビドラマに出演することになるわけとなりました。

まさに、桂木文さんにとっての代表作といえる作品であるといえるのですが、これを機にさまざまなドラマに出演するきっかけともなっていきますので、桂木さんにとっては、出世作ともいえるかもしれません。

また、のちに熱愛疑惑や処女をささげたともいわれている轟二郎さんともこのドラマで共演しています。

ドラマ「銭形平次」で知名度を上げた

桂木さんは、当時水戸黄門や大岡越前らと同様に人気時代劇のひとつだった、「銭形平次」にも出演することになります。

シリーズの中で、レギュラーとして大岡越前に参加していました。これによって若者層だけではなく、老若男女に支持される女優さんとしてもステップアップしていきます。

「愛しい女」「リコレクション」などプロモーションビデオも発売

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桂木文さんは、「愛しい女」や「リコレクション」というような映像作品も発売しているのですが、エロスが前面に画面いっぱい広がる展開する大人のためのプロモーションビデオに仕上がっているといえる作品です。

「翔んだカップル」はさまざまなタレント・女優が演じていた

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実は、「翔んだカップル」という作品は、元は漫画が原作でその実写版なのですが、この作品のヒロインは、桂木文さんだけではないのです。

実は、映画版では、薬師丸ひろ子さん、ドラマ版の桂木さんの続編では、薬丸裕英さんの奥さんで元アイドル歌手の石川秀美さんも演じています。

いわば、新人女優やアイドルの登竜門的作品となっていたといっても決して間違いではないでしょう。

このドラマが発祥のことがある?

桂木文さんがヒロインの時の「翔んだカップル」では、今ではよく見かけるものの、当時では一切なく画期的なものがありました。それが「NG集」でした。

もちろん、映画版ではできませんが、テレビでは、大げさかもしれませんが、革命的な出来事とも言えます。このNG集が始まったのが、また面白い理由からのものでした。

スタッフが、誤って2分ほど繰り上げて編集をしてしまい、どうしようかという時に苦肉の策として最後にNG集をつけて時間調整した結果、好評で定番化してしまったというのが真相だそうです。

桂木文は多くの話題を提供してきた伝説のアイドルといえる

桂木文さんは、4万人が受けたオーディションに合格してヒロインとして芸能界において華麗にデビューした時からもうすでに話題を提供してきました。その後は、まさにとんとん拍子に階段を上がっていきました。

しかし、結婚を機に、何か箍を外されてしまったかのようにすべてが崩されてしまった感は正直否定できないということは言えます。言われもないようなことを離婚会見で元旦那の師匠の妻から言われたこともありました。

そこから復活を目指すものの、現実は厳しく、まるでフェイドアウトするかのように芸能界から消えていってしまいました。今はきっと新たな人生を楽しんでいらっしゃると信じたいものです。