松坂大輔の全盛期はいつ?高校時代怪物と呼ばれた男の何が凄いのかを徹底解剖!

日本球界復帰後苦しい時間を過ごしてきた松坂大輔投手ですが、ようやく復活の兆しが見えてきました。高校野球、プロ野球、メジャーリーグどこを見ても大活躍した松坂大輔。輝かしい成績を残す松坂大輔の全盛期はいつなのかという事を色んな角度から徹底分析して見てました。

松坂大輔の高校時代 語られる伝説の夏の甲子園

春の甲子園で優勝していた横浜高校は春夏連覇を目指す。その横浜高校のエース松坂大輔は追いつけ追い越せとほかの学校、選手らの目標となった。そんな中でも松坂大輔はドラマティックであり小説でも真っ青なストーリーで勝ち上がり優勝したのです。

数々の注目選手との対戦

1回戦を勝ち上がった横浜高校は2回戦は1回戦ノーヒットノーランを達成した杉内俊哉投手率いる鹿児島実業と対戦し勝利する。準々決勝では延長線にもつれ込み何度も横浜がリードする展開になるもPL学園も追いつき延長17回の死闘の末横浜高校が勝利する。松坂は17回250球を一人で投げ抜いたのです。

次の日の明徳義塾との試合もドラマティックであった。8回表まで6点リードを許す展開から8回の裏に4点取り9回にはマウンドでテーピングを剥がす姿を見せ、9回に逆転サヨナラを呼び込む。そして決勝戦ではノーヒットノーランを達成し優勝を決めるというびっくり仰天な甲子園となったのです。

松坂大輔のプロフィール

  • 生年月日:1980年9月13日
  • 経歴:横浜高校ー西武ライオンズーボストンレッドソックスーニューヨークメッツー福岡ソフトバンクホークスー中日ドラゴンズ
  • ポジション:投手
  • 右投げ右打ち

1998年度のドラフト会議で日本ハムファイターズ、横浜ベイスターズ、西武ライオンズの3球団に1位指名され西武ライオンズが交渉権を獲得し入団。高校野球、日本プロ野球、メジャーリーグ、WBCとすべて頂点を経験しています。またプロ野球ではタイトルを獲得し、WBCでは世界でただ一人2大会連続のMVPを獲得しています。

高校球児 松坂大輔のここが凄かった!

まずは松坂大輔の高校時代から振り返ってみます。まずは学校の成績からですが松坂選手3年生の公式戦は44試合行い1度も負けていません。日本の高校野球はすべてトーナメントでの大会となっていますので1度も負けてないという事はすべての大会で優勝しているという事です。神宮大会、春の甲子園、夏の甲子園、国体のすべてに優勝しています。

では松坂選手個人ではどうなのでしょう。高校3年間での公式戦での成績です。59試合 防御率1.12 40勝1敗 379回 423奪三振 という成績です。野球を知っている人が見れば異常な数字、わからない人でも何となくとんでもない数字というのがわかるのではないでしょうか?

松坂大輔 高校野球でのインパクト

松坂選手の素晴らしい高校時代の成績を見ましたがインパクト、印象の面でもいろいろと記憶に残っています。甲子園での伝説的な戦い、劇的な逆転勝利、決勝戦でのノーヒットノーラン。個人的な印象もありますしチームとしての印象もありますがいつも中心に松坂選手が居たことは間違いありません。

唯一の負けも印象に残る負け方なのです。2年生時にエースになった松坂選手ですが、県予選の準決勝でサヨナラ負けを喫してしまいます。それもサヨナラ暴投というなかなか無い自身のミスで負けてしまい先輩たちの最後の夏を終わらせてしまっているのです。そこからの成長が松坂選手の3年生時代の公式戦無敗というものを生んだのかもしれません。

松坂大輔の全盛期 高校野球派

高校時代の松坂選手が全盛期だという意見をまとめてみました。ここまで高校時代のとんでもないエピソードを紹介してきましが松坂選手は『松坂世代』とまで言われこの世代の中心となっていましたので納得です。

能力的なところに目を向けても当時の高校生の中ではかなり早い最速152キロという速球を投げていました。また切れ味鋭いスライダーで三振の山を築いていました。甲子園の段階ですでにプロで通用するとまで言われていました。

松坂大輔の全盛期 日本プロ野球派

高校を卒業しプロ野球に進んだ松坂選手ですが高校時代よりも成長し、プロ野球でも数々のタイトルを獲得していきました。初登板の片岡選手へ投げた球が155キロを記録し球場をどよめかせ、イチロー選手との初対決では3打席連続三振に打ち取りました。

松坂大輔の全盛期 メジャーリーグ派

メジャーリーグに移籍した松坂選手ですが1年目から活躍します。1年目から15勝と200奪三振を記録します。チームの地区優勝にも貢献し2年目も18勝3敗と順調に活躍しています。しかし3年目以降は少し苦しい成績となってしまいました。

松坂大輔の全盛期はいつなのか?

では松坂大輔選手の全盛期がいつ頃なのかという事を考えてみました。色々な意見があります。チームスポーツでの成績でもありますし、対戦している選手のレベルは高校野球、プロ野球、メジャーリーグと違います。

能力的な部分で言うとメジャーリーグ時代が球も一番速かったです。また色々な変化球も覚えていました。しかしプロ野球時代もメジャーリーグ時代もケガが付きまとっている印象です。特にメジャーリーグ時代にトミージョン手術をしてからの成績は日本球界復帰後の現在も華々しい成績とは程遠くなっているのも事実です。

松坂大輔の全盛期を成績で考えてみる

高校時代の成績は「高校球児 松坂大輔のここが凄かった!」で書いているのでそこを見ていただければと思い省略させていただきます。日本プロ野球での成績ですが西武ライオンズ時代の8年間で108勝60敗 防御率2.95 1355奪三振という成績です。メジャーリーグでは8年で56勝43敗防御率4.45 720奪三振です。

松坂大輔は何が凄いのか?

松坂選手の魅力と言えば速いストレートと切れ味抜群のスライダーそれにスタミナではないでしょうか?またダイナミックなフォームも魅力の一つだと思います。以上のような点を松坂選手の魅力、武器という視点で見ると個人的にはやはり高校時代が魅力的に活躍できた全盛期なのではないかと考えてしまいます。

松坂大輔のライバル 高校野球編

では松坂選手がどのような選手と対戦してきたのかを見てみます。神宮大会の決勝で新垣渚選手、春の甲子園で村田修一選手、夏の甲子園で杉内俊哉選手と対戦しています。特に村田選手が「投手としては松坂に勝てない」と考えて野手に転向するまで影響を与えています。

松坂世代のプロ野球選手

実は松坂と同世代のプロ野球選手はなんと投手が20人野手が17人もいるのです。直接対戦した選手も居れば全く接点がないまま松坂選手を雲の上の存在としながらも、プロでいつかという形で意識していた選手もいるかもしれません。

松坂大輔のライバル 日本プロ野球編

ライバルバッターとの名シーン

プロ野球に進むと何度も対戦するようになりますのでライバルという関係がよりはっきりしていると思いました。打者で言うとイチロー選手や松中選手との対戦は意識しあっているようなコメントが多々見られました。

イチロー選手が初めて松坂選手と対戦した時に3打席連続三振を喫したシーンは松坂選手を語るうえで何度も出てきますし、松中信彦選手のエピソードには松坂選手の速球をバット折りながらもホームランにしたというシーンが何度も流れます。

ライバルピッチャーとの名シーン

また投手では投げ合いという意味では黒木知宏選手や斉藤和巳選手とのライバル関係があったようです。前回負けたので次は絶対に負けない、相手より先にマウンドを降りたくないといった直接対決をしないながらも意識しあっていたようです。

黒木知宏選手に負けた後にリベンジしますと宣言しリベンジが新語・流行語大賞にもなっているようです。また斉藤和巳選手とは同率の成績でタイトルを分け合ったり、プレーオフですさまじい投手戦を行った試合はまさにライバルという関係と言っていいと思います。

松坂大輔とダルビッシュを比較してみる

松坂選手の高校時代は甲子園での成績が2度優勝。プロ野球でのタイトルは最多勝3回、最多奪三振4回、最優秀防御率2回獲得。メジャーではタイトル無しです。ダルビッシュ選手は甲子園での成績が4度出場し準優勝1回。プロ野球では最多奪三振3回、最優秀防御率2回。メジャーでは最多奪三振1回獲得。

負けない投手ダルビッシュ

松坂選手のプロ野球通算成績は9年で108勝60敗勝率.642 1357奪三振 防御率2.96です。メジャーでは8年で56勝43敗勝率.566 720奪三振 防御率4.45です。メジャーではやや苦しんでいます。

ダルビッシュ選手はプロ野球通算7年で93勝38敗勝率.710 1250奪三振 防御率1.99です。メジャーでは6年間で56勝42敗勝率.571 1021奪三振 防御率3.42で日本時代のダルビッシュ選手は負けないという感じです。

投手としての能力の比較

松坂投手の球速は約156キロ、変化球はスライダーとチェンジアップに縦に曲がるスライダーです。ダルビッシュ選手の球速は159キロ変化球もスライダー、カットボール、スプリット他にも多数の変化球を操ります。

二人を比べるとコントロールは両投手ともやや荒れ気味。ほかの部分はダルビッシュ選手の方が優秀というように見えてしまいます。安定感もダルビッシュ選手の方が良いように見えメジャーでもよい成績を残していてやや上なのかと感じます。

松坂大輔と菅野智之を比較してみる

同じように菅野選手とも比較してどうなのかという声があったので同じように比較してみました。松坂選手の成績はダルビッシュ選手の部分で確認してください。菅野選手は高校時代甲子園の出場がありません。また高校から大学さらに浪人を経て巨人に入団しています。

プロ野球でのタイトルは最多勝1回最多奪三振1回最優秀防御率3回です。現在も日本プロ野球で活躍中でメジャーの成績はもちろんありません。日本での通算成績は5年間で61勝33敗勝率.649 防御率2.18 763奪三振という成績です。

安定感抜群の菅野

日本プロ野球での成績のみになりますが安定した成績を残す菅野選手です。菅野選手が少し言われていることがあるようで、試合での援護点が少ないようで、1点取られて負けてしまうという試合が多々あるようです。

ピッチャーとして比べる

では投手としての能力はどうなのかという部分ですが、菅野選手は球速157キロ、スライダーとシュートを主体に多彩な変化球を投げているようです。また思い通りに投球する抜群の制球力を持っています。

皆さんが松坂選手と菅野選手を比べていたのは安定感の部分だと思います。現在の日本のプロ野球でナンバーワン投手といってもいい選手の一人の菅野選手。大崩れする試合をあまり見ることがありませんが松坂選手は良い試合と悪い試合の内容がはっきりしているイメージです。

松坂大輔の日本球界復帰後

ソフトバンクホークスでは苦しい成績となりましたが中日ドラゴンズに移籍してようやく復活の兆しが見えてきた松坂大輔。画像を検索すると中日ドラゴンズ松坂大輔だらけです。全盛期のような圧倒的なストレートと大きく鋭く曲がる変化球は影を潜めていますが年齢を重ねたテクニックで勝利に貢献しています。

オールスターファン投票も中間発表時点でもセリーグ投手部門1位とファンの心を鷲掴みです。晩年は思うような投球ができずにやはり全盛期は高校時代なのかと思ってしまいます。それでも現在はすごく楽しそうに野球をしている、そんな松坂大輔のこれからにまだまだ注目です。