ヤマギシ会に有名人・芸能人はいるの?歴史や現在の実態は? エンタメ

ヤマギシ会に有名人・芸能人はいるの?歴史や現在の実態は?

終戦後の日本人は「この苦境から幸せになれるか?」という感情と戦いながら生活していました。そんな状況のなか、幸せになれると謳う宗教・団体があちこちで結成ます。ヤマギシ会もその一つでした。

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ヤマギシ会とは?有名人・芸能人はいるの?

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昭和28年(1953)故・山岸巳代蔵が提唱する社会理念を基に結成されました。「すべてのひとが幸福である社会を」の社会理念のもと自給自足、共同生活を始めます。有名人や芸能人はいるのか?調べてみました。

ヤマギシ会には現在、有名人・芸能人はいない?

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昭和60年(1985)に「ヤマギシズム学園」を提唱し設立にかかわった「元早稲田大学教授 新島敦良氏」が有名人で広告塔でした。2002年1月12日にヤマギシ会の村(実顕地)において逝去されてます。

宗教学者で大学教授、YouTubeなどで活躍する島田博巳氏が在籍していた時がありました。結局ヤマギシ会が窮屈になり脱会します。後はオウム真理教を擁護していましたが、サリン事件前に命を狙われました。

現在、ネット上でヤマギシ会員の有名人、芸能人は見つかりません。

ヤマギシ会は農作業や家畜の世話などがあるため芸能人の入会は無理?

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ヤマギシ会は「全人類幸福社会の実顕」謳っており、「ヤマギシズム」を実践しています。朝から晩まで、自己の欲を捨て、養鶏などの畜産、農業や林業関係の仕事を皆で自給自足、共同、共存して生活します。

芸能人のままで会員になるのはかなり難しいといえるでしょう。多忙な有名人や芸能人がヤマギシ会に入会するのは、休業や引退をしてからかもしれませんね。

元ヤマギシ会の有名人・芸能人:島田裕巳

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YouTubeに出演し、時々「先生」と呼ばれて、新興宗教や怪しげな団体を客観的にかつわかりやすく語る島田博已氏。彼もまた、元ヤマギシ会の会員でした。

東京大学卒業の宗教家

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島田氏は東京大学で宗教学宗教学史課程を卒業後、同大学院にて人文科学研究科修士課程修了、博士課程を満期退学しています。専攻は宗教学で宗教における通過儀式に強く関心を持ち研究に没頭しました。

研究対象として島田氏は「もぐり調査」の為にヤマギシ会に入会します。潜入を続けていくうち島田氏本人がヤマギシズムに傾倒していきます。半年後「生活が窮屈だった」として、自ら退会しました。

大学教授と宗教家、オウム真理教との関わり

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退会後は、宗教に限らず幅広い分野で活躍し、マスコミで解説、評論を始めます。1991年オウム真理教が話題となり、その時島田氏はオウム真理教を擁護する発言をし、各所から批判をあびていました。

翌92年に教え子の家族とオウム真理教とトラブルに遭遇した島田氏は以降もたびたびオウム真理教やの関わりを発言します。「利用されている」「発言に重みが無い」などの批判をされながらも彼らを擁護し続けました。

自身も後に命を狙われます。オウム真理教のテロ的行動をのちに「こんな犯罪事件が明るみになるならもっと積極的に対処すべきだったかもしれない」と後悔の念を述べています。

ヤマギシ会とは?カルト村なの?

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未知の集団ヤマギシ会はどんな歴史があるのでしょう。調べてみました。

ヤマギシ会は農事組合法人である

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昭和28年(1953)、創設者の山岸巳代蔵が独自の社会理念により「山岸式養鶏会」を説立、10日後に「山岸会」に改名しました。農事組合法人として登録されています。

養鶏を通して皆等しく自然の恩恵を受けてこそ、真の幸福があると呼び掛けていきました。一家全員で団体生活を送ることが前提であり、実顕地とよばれる村で生活するのが真の幸せであるとしています。

平成7年(1995)に「幸福会ヤマギシ会」と名を改めます。ヤマギシズムと呼ばれる思想に耐えられない人もおり退会者も多いようです。現在は財産返還請求や子供への教育方針などを巡り問題が起こっています。

ヤマギシ会の村はカルト集団なのか

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全国に実顕地と呼ばれる「村」を所有し、ヤマギシズムの理想を実現すべく生活する会員が自給自足無報酬で生活しています。人と自然の恵みは誰のものでもなく、みな平等に共用するもの、というのがヤマギシズムです。

しかし理想と現実は違っているようです。思想のコントロール、暴力、勧誘上の問題、ヤマギシズム学園の状況などカルト集団では?と、取り沙汰され度々問題になりました。

ヤマギシ会は所有の概念を否定している?

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人間を自然と対峙するものでなく、自然との一体のものとして自然と調和すべきもの、人も単独では存在し得ないから他者と一体の中の一員として、人と人も 調和すべきものであるとの考え方から、会旨に「われ、ひとと共に繁栄せん」(ひととは、日<ひ>と土<と>と人の両方を意味する)を掲げています。

(引用:幸福会ヤマギシ会の概要 幸福会の基本理念より )

その行動原理とする「ヤマギシズム」は、無所有・共用・共活(あたかも、太陽や空気が誰の所有物でもなく、誰もそれらを所有しているとは考えていない、 生けとし生きる物すべてが、その恵みを共に用い、共に活かしている状態)の生き方によって、全人(自己を含む現在および将来の全人類)幸福の「真実社会」 を実現することができるとするものです。

(引用:幸福会ヤマギシ会の概要 幸福会ヤマギシ会の基本理念より)

入会してヤマギシズムに基づき生活を始めるものは、全財産は「ヤマギシ会共有のもの」として差し出し、心の幸せを求め実践していきます。

創設者の山岸巳代蔵氏は、自身の社会理念を講演し語ることで、参加者をその気にさせる力があったようです。

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ヤマギシ会の歴史や現在の実態は?

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戦後、養鶏により自然と人が平等に幸福をもたらす団体として発足しました。

山岸会は山岸巳代蔵により創設された

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明治34年滋賀県に農家の子として生まれ、大正11年より養鶏を中心に農業を始めます。

昭和26年(1951)に全国を襲ったシェーン台風で大きな被害が出たなか、山岸の田畑だけが無傷だった体験を、全国をまわり講演を開始します。

ヤマギシ会の歴史

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ヤマギシ会は昭和28年(1953)山岸会と山岸会養鶏普及会が発足しました。草創期の会員はとても貧しく、醤油もおかずもない生活を送っていたそうです。

草創期

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昭和31年(1956)には後の「特講 」と呼ばれる第一回特別講習研鑽会が行われました。4500人もの参加者が集まり、山岸巳代蔵の難しい演説に様々な反応があったようです。

昭和33年(1958)山岸巳代蔵が「百万羽養鶏」目標を掲げ、山岸式百万羽科学工業養鶏株式会社を立ちあげます。

自発的な会員により三重県伊賀郡春日山にて初めて一体生活が始まりました。この頃になるとヤマギシ会は勢いが増しはじめます。

成盛期

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北海道をはじめ一体生活の場を「実顕地」いわゆる自給自足の村や、真の幸福を追求する「研鑽学校」「特講会場」を作っていきます。昭和36年、創設者山岸巳代蔵が逝去しました。

昭和41年(1966)には、韓国で初の海外特別講習研鑽会を開催、これを皮切りに国内に留まらず海外にも実顕地、研鑽学校や特講会場を作り海外の会員も増えていきました。

また、ヤマギシズムのPRの場として毎年春祭り(呼び名は都度変わる)や、体験学習などを積極的に世間に呼び掛けていきます。

ヤマギシ会の実態が露呈し始める

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昭和60年(1985)に「ヤマギシズム学園」が設立します。その後初等部が設立されて最終的に大学部まで創設されます。「自然が授けた誰のものでもない」子供たちだけを集めた農作業兼学習の場である私塾です。

ここでの出来事、親から引き離され「親子」と思うことすら「欲」とされていること、虐待疑惑が明るみになり、メディアを賑わしました。。

現在の実態

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平成7年(1995)に幸福会ヤマギシ会と名を変え現在に至ります。今でも公式HPで研鑽会への呼びかけを行っています。

今だ問題視されている部分も多く、結婚は会が決める、強制中絶、虐待、研鑽会での思想教育など人権侵害問題が疑問視され、以前よりきつい縛りは無いようです。

山岸会は1959年に不法監禁容疑で捜査を受け幹部が逮捕されていた?

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ヤマギシ会は、会員を増やすため、特講受講者を監禁したり、偽の電話や電報を打ち家族を呼び寄せて強制受講させた疑いで1959年に幹部12名の逮捕者を出します。

この事件は「山岸会事件」と呼ばれています。

ヤマギシズム社会実顕地とは?どうやったらメンバーになれるの?

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ヤマギシ会のメンバーになるには勉強会と合宿を経て、会側に認められてようやく実顕地で生活して行けるようになるようになります。

まずは研鑽会に参加する

研鑽会に参加し、ヤマギシ会についての学習します。参加のきっかけは様々で、子供を自然学習に参加させた親だったり、友人、HPからのイベント参加者から手応えのある者を対象に行なっているようです。

お目にかなったら特別講習研鑽会へ

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会が認めた人材、希望者に「特講」を呼びかけ、特講会場で7泊8日の合宿を行い、ヤマギシズムの体感と学習、会員と農作業しながら寝食を共にします。2019年現在参加費は5万円プラス消費税とHPにあります。

いよいよ最終合宿へ

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特講が終了し、ヤマギシ会への入会の意志を固めたものは、6か月間の本格的な会員になるための「予備寮」に入り共同生活を送ります。ここで幹部に認められたら、会員となれます。

すべての財産を共有物として「委託」し、実顕地で生活する会員は「参画」と呼ばれます。

自給自走、互いに助け合い、下着も共有、現金は不要となります。全ての物が共有物なのです。医療費はヤマギシ会が支払うしくみになっています。

ヤマギシ会の実態は?

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「理想郷」「ユートピア」「コミュ―ン」と言われ、自然と調和し心から生活できたらどんなに素敵でしょう。

しかしながら、創設者の理念をもとに皆平等のはずが役職がいたり、人をコントロールする組織になればそれはまた別の組織になってしまいます。

実際ヤマギシ会にいた脱会者が「実顕地村」での事を暴露しはじめ、社会問題になりました。ここではカルト宗教とも取れる実態を紹介します。

ヤマギシ会の中での生活に関する規則

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実顕地には通貨もなく、支払われる賃金も存在しません。

私有財産はヤマギシ会のもの

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入会時に私有財産の「無条件委任、退会時は返還しない」旨の契約書を交わすことになっており、財産の中には「本財、身体、命」とあるため、賃金は支払らわれないとされています。

労働環境は厳しい反面、衣食住の不安はないとされています。食事は1日2回「愛和館」という食堂で10時半から21時まで開放されていて、好きな時間に食事が取れます。部屋へ持ち込むことも可能です。

豊里実顕地には診療所補があります。医者は全員参画者で、対応できない時は近所の病院を利用します。医療費はヤマギシ会が負担します。

ヤマギシズム参画者の特徴とルール

会員は非常に勤勉であるが、個性がないといわれています。組織参加意思決定、または勝手に参加決定された理由など説明されることが無いといわれています。

あらゆる任務から自動解放される日が1日あるが建前であり、実際は「重任」が存在し、権力が固定される場合があるとされています。

実顕地からほとんど外に出ないので情報が不足していて、希薄な人間関係にもかかわらず、他に関心事がない為共同生活者の事ばかり気にするようになってしまうようです。

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共有財産制と共有は物凄く徹底しているそうで、歯磨き粉、パンツなども自然の恵みによる共有物で、私物という概念がないそうです。

自分で予定を決められない、世話役に諭され、言われた通りにすることが当たり前でした。近年は組織の衰退を受けて、「自分のやりたいことをやる」方針が取られているようです。

懐疑的な部分がある反面、実顕地ルールや世話役の言うことには従順、生活と研鑽の中で身についた感覚で、外の世界は「悪」、実顕地内を「善」と捉えるようになります。

ヤマギシ会員の結婚に関する規則

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会員同士の結婚を決める組織「結婚調整機関」が存在します。離婚は「世話役」が間に入ります。

勤勉な男性は結婚するに値する人物、いい加減な男性や中年女性は一生独身など、調整機関には独自の結婚基準があります。

夫婦間の呼び方が決まっています。夫は妻を下の名前で呼びます。妻は夫の氏に「さん」をつけて呼ぶことになってます。

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夫婦子供全て共同生活なので、「一家」としての血縁や親族意識が薄くなります。

また子供は「誰のものでもない」ので、親と離れて年齢別に共同生活を強制され、ヤマギシズム学園に入学し、毎日農作業をします。

夫婦一組で6畳1室または2室与えられますが、部屋にカギはありません。

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