マネーの虎で話題になった成功者や社長たちのその後や現在を一挙公開

日本テレビで放送されていた「マネーの虎」。虎と称する社長達に投資を求めてプレゼンする番組で、「マネー」や「ノーマネー」という決まり文句も流行しました。虎たちや出演者はその後どうしているのでしょうか?今もなお成功者なのか、彼らの現在を一挙にまとめました。

目次

マネーの虎とは?一世を風靡した大人気番組!

マネーの虎は、虎と称する投資家たちに志願者が事業のプレゼンをする番組でした。成功すれば「マネー成立」となり出資してもらえますが、失敗すると「ノーマネーでフィニッシュ」となり、退席しなければなりません。

「投資がメイン」という前代未聞の番組でしたが、作り話ではないリアリティさが受けて一世を風靡しました。虎たちの審査はとても厳しく、考えの甘い志願者に対しては厳しく指摘をする所も視聴者に受けていました。

番組内で投資が行われるという当時では衝撃の内容

TBIT / Pixabay

マネーの虎は当時としては衝撃的な番組でした。内容は「一般人志願者の事業計画に対し、虎と称する社長が投資するか決める」というビジネス色の強いもの。しかも虎たちが出資するお金は、全額自腹だったのです。

全額自腹となると自然に審査も厳しくなります。志願者も綿密に事業計画を練らなければ話すら聞いてもらえません。リアルなビジネスの現場がそこにはあり、ひりつくような空気感が画面から伝わってくるようでした。

映像も簡素で、会議室らしい部屋に机と椅子がおいてあるだけ。芸能人の出演者は基本的に司会の吉田栄作1人で、後は一般人。話すことはビジネスやお金のことばかりというテレビの華やかさとはかけ離れた番組でした。

放送終了について

mojzagrebinfo / Pixabay

2001年10月に番組がスタートしたマネーの虎は、土曜の深夜12時50分からの1時間番組でした。瞬く間に(深夜番組では)驚異の視聴率7%を獲得して、人気番組となっていきます。

2002年4月にはいわゆるゴールデン枠に移動し、金曜の午後8時放送になりました。しかしこの枠移動は失敗だったようで、視聴率は伸び悩みます。ゴールデンの内容としては不向きで、敬遠されてしまったのでした。

金曜8時枠で放送している間、人気は低迷の一途を辿ります。一年半後の2003年9月、深夜枠に戻し30分番組になっても以前のような視聴率は取れませんでした。2004年3月にひっそりと放送を終了しています。

マネーの虎の成功者のその後①ハンドメイド家具職人の菊野慶吾

マネーの虎の放送期間は2年半ほどでした。マネー成功した人やノーマネーに終わった人、たくさんの志願者達が登場しました。ここからは見事マネー成功し、夢を叶えた成功者たちをご紹介します。

事業の内容はハンドメイド家具の販売

Pexels / Pixabay

マネーの虎の成功者、一人目はハンドメイド家具職人の菊野慶吾さんです。彼の望みは「ハンドメイドの高級家具を手軽な価格で販売する店を作ること」でした。希望金額は500万円です。

当時20代の菊野慶吾さんは家具ひとすじの職人。プレゼンはたどたどしく上手くありません。しかしその事業計画には「たくさんの人が良い家具を手軽に買えるようにしたい」という想いがしっかり存在していました。

口下手ながらも一所懸命に伝えようとする姿からは、彼の実直な人間性と家具に対する想いが感じられます。厳しい虎たちもすぐに彼を気に入り、虎3人で「自分が金を出す」と取り合いになる異例の事態となったのです。

マネー成立で500万円獲得

rawpixel / Pixabay

3人の虎たちが出資を争うという異例の事態となったのですが、菊野慶吾さん自身で貞廣社長を選びました。無事マネー成立となり500万円を獲得します。選んだ決め手は経営に口出しをしないという点でした。

堀之内社長は、菊野慶吾さんを非常に気に入り話半分のうちに投資を決めていました。しかし経営にも家具にも口を出す、というスタンスだったために選ばれなかったようです。

見事マネー成立した菊野慶吾さんは、ハンドメイドショップKIKUNOをオープン。「初日に家具のみで50万円売り上げる」という虎との約束があったのですが、無事53万円を売り上げることができました。

菊野慶吾の現在や年商は?お店の場所は?

Sally_Kim / Pixabay

2000年にハンドメイド家具の店を開店した菊野慶吾さん。一年半後に年商一億円以上に成長します。2003年にはネットに出店、有限会社カントリーウッドガーデンを設立し、楽天市場にも出店しています。

2007年にドールハウスやミニチュア家具の販売を開始。2015年には本社とショールームを松山市に移転して、2018年YouTubeチャンネル開始、2019年2月に伊予市に新店舗がオープンしました。

その他にも台湾に代理店を設置するなど、経営は順調そのもの。事業がこれだけの規模になれば、年商も相当の額になるでしょう。現在40代の菊野慶吾さん、マネーの虎では一番の成功者と言えるでしょう。

マネーの虎の成功者のその後②パスタ料理店の立花洋

マネーの虎の成功者、2人目は立花洋さんです。彼の希望は「厳選された材料で最高においしいパスタの店をつくりたい、儲けなくてもいい」というものでした。希望金額は1000万円です。

パスタ料理店の内容とは?

JerzyGorecki / Pixabay

立花洋さんが理想としたのは、本当においしいパスタやピザを適性の値段で提供する店でした。そのためにパスタの材料には冷凍食品やレトルトなどを一切使わず、厳選した素材のみを使用する。

その厳選された素材を手抜きせずに調理して、適性な値段で提供する。一般的な飲食店は安い材料を使用することで、原価率を20%程度に抑えた価格にしています。

立花洋さんは「原価率20%なんてぼったくりだ」と断罪。自分の店はお客様が喜ぶことが一番で利益度外視、厳選素材を使用したパスタをできるだけ安く提供したいと考えていました。

マネー成立で約1,000万円獲得

Maklay62 / Pixabay

理想のパスタ店について熱く語った立花洋さんでしたが、マネーの虎に出演した時は40代で無職でした。そんな彼に虎たちは「利益を追求しない店なんてない」「プランはありきたりで独自性がない」と呆れます。

しかし立花洋さんも負けていません。「儲けは必要ないし、最高のパスタを出してお客様が喜ぶ世界一の店を作りたいだけです」と言い切りました。利益度外視の店なんて無理と、虎たちは冷ややかな目で見ていました。

そんな中、加藤和也社長だけは違いました。立花洋さんの情熱があれば「夢のような世界一の店」を実現できるかもしれないと考え、1000万円の投資を約束しマネー成立となりました。

立花洋の現在や年商は?全国4店舗まで拡大

RyanMcGuire / Pixabay

無事マネー成立した立花洋さんは、2002年「ラ・パットーラ茅ケ崎本店」をオープン。高品質のパスタを手軽な価格で提供し、すぐに人気店に。平塚、鎌倉、大船にも出店し全国4店舗を構えるまでに成長します。

2014年時には従業員数は50人を超え、年商は2億を超えていたそうです。とても順風満帆に見えた立花洋さんでしたが、現在は全ての店舗が閉店しています。2018年6月最後まで残っていた茅ケ崎本店が閉店。

ネットでは驚きと閉店を惜しむ声で溢れました。2018年5月、立花洋さんは自身のブログ「Don’t worry be happy」で「再起したい、経営を勉強して未来のためにやり直す」と書き残しています。

マネーの虎の成功者のその後③PC修理業の黒澤文昭

マネーの虎の成功者3人目は、黒澤文昭さんです。彼の希望は「個人客のパソコンのメンテンスや修理を行う、救急車的な会社を立ち上げたい。先々は自社ビルも建てたい」というものでした。希望金額は670万円です。

パソコンの修理会社の内容とは?

377053 / Pixabay

当時36歳だった黒澤文昭さんは、個人宅にあるパソコンの修理会社を立ち上げたいとマネーの虎に出演しました。ただの修理会社ではなく、電話一本で修理にかけつける救急車のようなサービスを想定していました。

当時すでに「水回りトラブルに電話一本で駆け付ける」という会社が存在しており、それを手本にした事業プラン。ターゲット個人のため、出張費を無料にして顧客を増やすというアイデアも披露しました。

マネー成立で670万円獲得

stevepb / Pixabay

「パソコンの救急車というコンセプトは面白い」と虎たちに高評価を得ましたが、堀之内社長からは猛烈な反発をうけます。「思いつきのプランで事業は無理だ」「自社ビルなんて寝言言うな」と散々な言われようでした。

当時はまだIT社会にはほど遠く、個人宅のパソコンは珍しい時代。パソコン救急車に水回り修理ほどの需要が見込めるのか疑問視されたのです。また投資に経費を乗せてしまうなどプランに隙があったのも確かです。

しかし黒澤文昭さんは諦めずにプレゼンを続行し、小林社長と岩井社長からそれぞれ335万円ずつ出資してもらい670万円を獲得します。これに自己資金330万円を足して1000万の開業資金を用意したのです。

黒澤文昭の現在や年商は?フランチャイズ展開も

MichaelGaida / Pixabay

2002年8月、黒澤文昭さんは「株式会社バスターズ」を設立し、代表取締役社長に就任しました。初日は注文はゼロでしたが徐々に仕事は増え、一年後には3店舗に増やし、フランチャイズ化にも成功していきます。

創立からたった一年で、月300万円を売り上げる年商3500万の会社に急成長しています。本人の営業努力はもちろんのこと、IT社会化という時流に乗ったことも成功の鍵となったようです。

17年目の現在、年商2億円を超える会社になりました。フランチャイズは8店舗まで拡大し、自社ビルも開業6年目に埼玉県に建設。黒澤文昭さんは夢を叶え、マネーの虎でもトップクラスの成功者といえるでしょう。

マネーの虎の成功者のその後④ケバブ料理店のトルコ人

マネーの虎の成功者、4人目はトルコ人の2人組です。彼らの希望は「トルコの人気料理であるケバブを広めるため、日本でも気軽に食べれるようなお店をつくりたい」というもの。希望金額は1800万円です。

ケバブ料理店開業

angelorosa / Pixabay

ケバブ料理店を開きたいと番組に応募したのはトルコ人男性2人でした。1人は経営者となるメスット・シェネルさん(24)、もう一人は後輩の男性22歳。メスットさんは当時日本の大学院生でした。

親日家だったシェネルさんは来日してショックを受けます。「トルコ人は日本が大好きでよく知っているのに、日本人はトルコのことを知らない」という悲しい現実。両国の架け橋になる活動をしたいと考え始めます。

そうしてたどり着いたのが「ケバブ料理店を開店する」ということだったのです。トルコで人気の料理を食べてもらうことで、少しでもトルコの事を知ってもらおうと考えたのです。

マネー成立で1,800万円獲得

rawpixel / Pixabay

マネーの虎に登場した外国人は彼らだけではありません。これまでは意思の疎通の難しさからか成功率は低めでした。しかしこの2人は少し違ったのです。

「ケバブを自分たちが流行らせて全国にフランチャイズを展開する」「絶対に成功させる」そうプレゼンした彼らは日本語が流暢で、落ち着いて話をして虎たちの指摘を聞く余裕も持っていました。

プロの料理人よる試食のケバブも高評価。彼らの人間性と情熱に打たれ、虎が投資を決意します。堀之内社長が300万円、貞廣社長が500万、小林社長が1000万、トータル1800万円で無事マネー成立しました。

トルコ人の現在や年商は?急性心不全で死去

Capri23auto / Pixabay

番組の2年後シェネルさんは小さな屋台でケバブを売っており、1800万円もかけた雰囲気ではありません。実は先に運営会社を立ち上げており、全国展開に向けて下準備をしていたのです。

その間シェネルさんは、トルコの大手企業から一億円もの融資を取り付けていました。その後渋谷などに立派な店舗を出店し、徐々にケバブ人気も上がっていきました。

そんな矢先の2010年6月、シェネルさんはジョギング中に心不全を起こし亡くなりました。まだ31歳でした。シェネルさん亡き現在、事業を継続する人物がおらずケバブ店は全店閉店してしまっています。

マネーの虎の成功者のその後⑤千代敬司

マネーの虎の成功者、5人目は千代敬司さんです。彼の望みは「ペットの健康に効果がある不思議な水、マイナスイオン水を販売する会社を立ち上げたい」というもの。希望金額は370万円でした。

ペット用のマイナスイオン水

ExplorerBob / Pixabay

千代敬司さんはペットが大好きで、ペットが幸せに暮らすための手助けをしたいと考えていました。そこで目を付けたのがペット用のマイナスイオン水でした。

それはペットの口臭や便臭などを抑え、皮膚の状態もとても良くなり毛艶も出る効果がある不思議な水。千代敬司さんはマネーの虎に出演する前から、自己資金300万円をかけて開発していたのです。

商品はできても会社を設立する資金が足りず、番組に応募したのです。マイナスイオン水には絶対の自信があり、大手のコンビニからも「当店で販売してみないか」と誘われたほど良いものだと言います。

マネー成立で370万円獲得

TeroVesalainen / Pixabay

健康効果のあるという不思議な水に、虎たちの反応はイマイチでした。「その水本当に効果出るの」「実は宣伝のためにテレビに出たいだけだろう」などと言われてしまいます。

その声を受けた千代敬司さんは、虎たちの前で実演して見せます。連れてきた犬の口に水を吹きかけた所、口臭が消えたのです。その効果に虎たちも驚いていました。

この商品力と、睡眠時間を削って頑張る千代敬司さんの人間性に感心した岩井社長が投資を決めます。見事マネー成立し、望み通り会社設立の資金370万円を獲得しました。

千代敬司の現在や年商は?ネット通販も順調

louda2455 / Pixabay

無事マネー成立した千代敬司さんは、2003年6月「株式会社Chiyo-pet」を設立します。オープン初日にはペット博に出店し、83万円(目標50万円)を売り上げて好スタートを切りました。

その8ヶ月後には月商350万円の会社に成長。その後も順調な経営を続けており、2019年には創業16年目を迎えます。ネット販売が主ですが、全国のセレクトショップでも販売されています。

現在は水だけでなく、ペットフードやケア用品もオリジナルで作って販売しています。その全ては安全な材料を使い国内で生産しています。「ペットの幸せが第一」という初心を忘れない成功者です。

マネーの虎の成功者のその後⑥長谷部文康

マネーの虎の成功者、6人目は長谷部文康さんです。彼の望みは「地元福島で既に営業している人気クレープ店を、東京進出させたい」というものでした。希望金額は800万円です。

フランスロール店(クレープ屋)

RitaE / Pixabay

長谷部文康さんは福島県出身で、実家は和菓子屋でした。家業を手伝ううちに洋菓子の魅力に気づきます。パティシエを目指してフランス菓子の店2店舗で5年間修業した後、「フランスロール」を考案しました。

「フランスロール」は新感覚のクレープで、食感にこだわった生地を何層にも巻き手作りのチョコを使用していました。地元福島では既に人気があり、移動販売車で1日10万を売り上げるほどでした。

「福島でもこれだけ人気なのだから、東京でも絶対に売れる」と自信満々にプレゼンを進めていきます。虎たちも販売実績に興味を示し、実際に試食してみることにしました。

マネー成立で800万円獲得

StockSnap / Pixabay

「フランスロール」を実食した虎たちは、1人を除いて美味しいと絶賛します。南原社長は美味しくないと酷評した後、半分だけ投資すると言い出しました。

味ではなく販売実績から見た商品力を認めたと言うのです。追随するように尾崎社長が「東京の女性も喜ぶ」と300万円を投資。ここで岩井社長が長谷部文康さんに「将来の夢は何か」と尋ねます。

彼は「虎の席に座る(成功者になる)ことが夢」と答えます。若くまっすぐな想いに心打たれた岩井社長は、100万円投資を決めました。無事マネー成立し、800万円の資金を得ることになりました。

長谷部文康の現在や年商は?全国に店舗拡大

peachknee / Pixabay

マネー成立した長谷部文康さんは苦労しながらも、表参道にフランスロール1号店をオープンさせます。お客が列をなした初日の売り上げは19万円(目標15万円)と、予想を遥に上回る金額で大成功でした。

半年後には店名を「ロマンドロール」に変え、フランチャイズを全国10店舗展開。3億円の年商を見込み経営は大成功していました。しかし2008年に大事件が起き、店の経営権が他人の物になります。

脱税やシンナー吸引で長谷部文康さんが逮捕たのです。その後2016年12月、新会社を設立した長谷部文康さんは店を取り戻すことに成功し、現在は順調に経営を続けています。

マネーの虎の成功者のその後⑦DJ-UTO

マネーの虎の成功者、7人目はDJ-UTOさんです。彼の望みは「海外のクラブで人気のあるアーティストの楽曲をリリースするレーベルを立ち上げたい」というもの。希望金額は820万円です。

海外でCDレーベル立ち上げ

Pexels / Pixabay

DJ-UTOさんは1997年から人気DJとして活躍していました。活動中に海外の素晴らしい音楽を知るうち、レーベルを立ち上げたいと考え始めます。

レーベルとはアーティストを所属させて楽曲やCDを作製する会社。レコード会社と似ていますが、少し小規模なものがレーベルになります。

2003年、海外のクラブで活躍しているアーティストたちの楽曲を世に広めたいという思いから、マネーの虎に出演したのです。

NEXT マネー成立で820万円獲得