埼玉愛犬家連続殺人事件の概要!関根元の生い立ちや事件のその後

「遺体なき殺人」と称された埼玉愛犬家連続殺人事件。主犯関根元は完全犯罪を目論見、ボディを透明にすると宣いました。事件の持つ異常性の高さから多くの注目を集めた本事件は今の尚語り草になっています。今回は事件の詳細や主犯及び共犯者のその後について調べてみました。

関根元が起こした埼玉愛犬家連続殺人事件とは

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埼玉愛犬家連続殺人事件とは1993年に埼玉県で発生した連続殺人事件です。主犯である関根元は業界では有名人でした。

その一方で経営するペットショップ「アフリカケンネル」では顧客を騙して高値で犬を売り付けるなどあくどい商売を繰り返しており、顧客とのトラブルが絶えませんでした。

またバブル崩壊の煽りを受け、経営に行き詰っていた事からトラブルのあった顧客川崎照男さんを殺害。残虐な方法で死体を遺棄しています。またこの他3人の犠牲者が発生しました。

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埼玉愛犬家連続殺人事件の概要

簡易的ではありますが、事件について解説させて頂きました。どのような経緯があり関根は凶行に至り、またいかなる手段を用いて殺害にしたのでしょうか。本項にて解説させて頂きます。

尚解説に先立ちまして、事件の特性上猟奇的な表現が存在する事をお伝えしておきます。

平成6年4月、産廃処理会社経営・川崎昭男さんに犬を1000万円で売る

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第一の犠牲者である川崎照男さん関根とは顔見知りでした。ある日、関根から犬の繁殖ビジネスを持ち掛けられ1000万円でツガイの犬を購入します。

ツガイの内まずはメスの方を連れ帰りますが、犬の相場は数十万程度である事、そもそも犬の年齢的に繁殖が難しい事が判明しました。更にはメス犬が逃げ出してしまいます。

川崎さんはまだ引き取っていないオス犬のキャンセル及び返金を関根に求めましたが、1億4000万の借金もあり金銭的に行き詰っていた事から返金は難しかったようです。

関根元が川崎昭男さんを犬薬殺用の硝酸ストリキニーネを飲ませ殺害

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関根と関根の妻であり共同経営者である風間博子は、返金は不可能と判断し川崎さんの殺害を決めます。1993年4月20日、金を返すと偽り川崎さんを呼び出しました。

大型ワゴン車内で談笑中、関根は栄養剤と偽って硝酸ストリキーネを飲ませます。一旦席を外していたアフリカケンネル役員山崎永幸が現場に戻ると、既に川崎さんは死亡していました。

関根は山崎に対し、死体を見せながら「お前もこうなりたいか?」などと脅迫。川崎さんの死体を運ばせた上で、更に川崎さんの車を都内に運ばせています。

7月、川崎さんの殺害を知った暴力団幹部と運転手を殺害

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関根は暴力団との交際もありました。川崎さん殺害後、川崎さん家族と関根による話し合いの場に暴力団幹部遠藤安亘さんは同席した際、関根が川崎さんを殺害した事を察知します。

以後関根は金銭を要求されるようになり、土地建物の登記済証を要求された事で殺害を決意。標的には幹部と常に行動を共にする運転手和久井奨さんも含まれていました。

7月21日、関根夫妻は山崎の運転する車で遠藤さんの元を訪れ、登記済証を渡して油断させた後、栄養剤と称して硝酸ストリキニーネを2人に飲ませて殺害しています。

8月、犬の販売でトラブルになった主婦・滝口光江さんを殺害

滝口光江さんの次男はアフリカケンネルの従業員でした。そんな滝口さんは関根と深い関係にまでなっており、彼女もまた関根に騙され、高額で犬を売り付けています。

騙された事に気付いた滝口さんに返金要求を受けた関根でしたが、逆に株主になる事を持ちかけました。彼女との関係が煩わしくなった事もあり、金を奪って殺害しようと画策したのです。

8月26日、270万円を受け取った後に殺害。いつものように死体を解体しましたが、山崎によるとこの時関根は屍姦に及んでいます。

平成7年1月5日、関根元と風間博子を逮捕

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川崎さん家族は4月21日に捜索願が提出しており、この時点で既に関根は怪しまれていました。警察の目を潜り抜け、その後も凶行を続けた関根ですが妻と共に遂に逮捕されます。

1995年1月5日時点での罪状は死体損壊・遺棄容疑でしたが、警察の執念の捜査もあり1月27日は殺人容疑で再逮捕。2月18日には暴力団幹部と運転手に対する殺人罪などで再逮捕しました。

また主婦滝口さん殺人についても、3月15日づけで再逮捕となっています。

殺害に用いられた「硝酸ストリキニーネ」とその入手先

殺害に使用された硝酸ストリキニーネは、知人の獣医師を「犬の安楽死の為」と騙して入手しています。入手量は5gであり、これは50人を殺害できる量です。

硝酸ストリキニーネは青酸カリのように即効性は無く、服用後症状が出る迄の時間は15~30分程度かかると言われます。またそれまでの間に、服用者は胃痛を訴える可能性も指摘されました。

激しい強直性痙攣、後弓反張(体が弓形に反る)、痙笑(顔筋の痙攣により笑ったような顔になる)が起こるが、これは破傷風の症状に類似している。また、刺激により痙攣が誘発されるのが特徴。意識障害はなく、筋肉の激しい痛みと強い不安・恐怖を伴う。最悪の場合、呼吸麻痺と乳酸アシドーシスで死に至る

(引用 Wikipedia)

「ボディを透明にする」という遺体の処理方法

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透明にする、と関根の称した遺体の処理方法ですが、山崎の家の風呂場で行われていました。被害者の遺体は骨・皮・肉・内臓に分けられます。この際、肉は数cm四方にしています。

関根は死体を埋めると骨が残るので焼いてしまうのが良いと考え、死体そのまま焼くと匂いが出るので解体して骨だけ焼こうと考えていました。

骨は被害者の衣類と共に焼却されますが、その際は1本ずつ丁寧に焼くと言う念の入れようでした。関根はこの行為を面白い、楽しいと感じていたとされます。

関根勤のプロフィール・関連人物のプロフィール

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狂気の沙汰としか例えようのない一連の犯行。一体関根元はどのような経歴を持っているのでしょうか。関根本人の生い立ちや、関根以外の登場人物についても解説していきます。

アフリカケンネルの代表取締役・関根元

関根は1942年埼玉県秩父市で生まれました。小さな頃から嘘つきで「ホラ元」と呼ばれており、中学2年の時には注目をひこうと2階から飛び降りた事もあったといいます。

70年頃にはライオンを飼い始め、当時の妻とTVに出た事もありました。75年頃に秩父でペットショップ及び動物リース業を営みましたが、当時から悪質な商売を繰返し、近隣住民から嫌われています。

女性に対してだらしない面がある一方、動物の扱いやブリーダーとしての腕は天才的でした。また口も美味かったとされます。そして、1982年にはアフリカケンネルを開業しました。

世の中のためにならない奴を殺す

すぐに足がつくため、保険金目的では殺さない

欲張りな奴を殺す

血は流さないことが重要

死体(ボディ)を透明にすることが一番大事

(引用 Wikipedia)

関根は上記のような殺人哲学を標榜しており、この他にも人を殺す事に関して様々な発言を残しています。

また関根は常に虚勢を張っていたが、根は臆病者で共犯の山崎曰く逮捕されない自信を持ったいたが、同時に常に怯えていたとの事です。

ヤクザの金に手をつけ小指がない

アフリカケンネル開店以前、付き合いのあった暴力団とのトラブルで一時的に静岡県へと身を眩ませおり、かねてから暴力団との付き合っていました。

そんな関根は、暴力団の金に手を付けた事から左手の小指を詰めており、左手には小指がありません。

しかし、周囲にはアフリカでライオンに噛まれたと嘘の理由を吹聴していました。

関根元の元妻・風間博子

1952年2月、風間博子は熊谷市で生まれました。お嬢様育ちで関根と知り合うまでは真っ当な暮らしをしていたとされます。

アフリカケンネルの登記上の代表取締役は風間でしたが、経営は関根が担当。風間は経理を担当しており、優れた金銭管理能力をいかんなく発揮していました。

またボディを透明にするとの遺体解体現場にも同席しており、その手付きは手慣れたものだったと後に山崎が証言しています。

関根元と風間博子の結婚

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2人が出会ったのは1983年の事。アフリカケンネルに風間が訪れ、関根と意気投合し結婚しました。これは関根は7度目、風間にとっての2度目の結婚でした。

風間の実家が裕福だった為それに目を付けての結婚と言われていますが、風間の金銭管理能力などには一目を置いていたとも言われています。また結婚後、風間は関根の先妻らに対抗する形で背中に龍の刺青を入れました。

また関根が風間や風間の連れ子に暴力を振るったり、御互いに愛人が居たとされます。尚苗字が違うのは、1993年に税金対策の為に偽装離婚している為です。

共犯者・山崎永幸

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共犯者であると共に後に事件解決に大きく関わってくる山崎永幸は、経営哲学を学ぼうとアフリカケンネルを訪れ関根と知り合い、誘われて役員となりましたが、実態は関根の運転手や手伝いに過ぎませんでした。

事件当時、1人暮らしだった事や周囲に民家が無かった事から山崎の自宅が遺体の解体場所となっています。また脅迫されていた事もあり、遺体の解体などに協力しています。

尚山崎姓は逮捕時に結婚していた妻のもので、関根や風間には旧姓である島と呼ばれていました。

第一の事件の被害者・川崎昭男さん

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川崎さんが犬の購入の為アフリカケンネルを訪れた事で交流はスタートしました。事件前、川崎さんの兄の経営する会社が経営難であった為何か新しい商売を探していました。

そこで関根に犬の繁殖ビジネスを持ち掛けられ、同意して犬を購入しますが騙された事に気付いて返金を要求。これを受けて、川崎さん殺害を決意した関根は嘘をついて川崎さんを呼び出しました。

殺害後、山崎に命じて車を東京に運ばせ川崎さんが自らの意思で失踪したように偽装。山崎はKと合流して東京に向かいましたが、その時Kは何もかも知ってるような口ぶりでした。

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偽装工作後、関根の元に山崎が帰った時には川崎さんの遺体は解体されていました。

殺害翌日の21日、山崎は関根の指示で川崎さんの骨や所持品を焼却。肉片などは皮に、焼いた骨の粉や所持品を国有林に投棄しています。

稲川会系高田組の遠藤安亘さんと運転手の和久井奨さん

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遠藤さんはアフリカケンネルと顧客がトラブルになった際の仲裁役を務めていました。川崎さん殺害後、残された家族と関根との話し合いの席に同席しそこで関根の犯行に気付きました。

遠藤さんは関根に対し、口止め料を要求。次第に要求は大きくなり、その結果遠藤さんを関根と風間は殺害する事に決めます。同時に和久井さんも口封じの為に殺す事にしました。

和久井さんは、遠藤さんと行動を共にしていましたが組員ではありませんでした。

一緒に殺された運転手の和久井奨は私の組の組員ではなく、行儀見習いのように遠藤に預けられていた青年です。今では考えられないでしょうが、昔はちょっと素行の悪い子どもを街の親分に預けることはよくありました。

(引用 ビジネスジャーナル)

硝酸ストリキニーネを飲ませられた2人。まずは遠藤さんが倒れました。和久井さんの方は暫く症状が現れず、関根達は時間稼ぎを行います。

救急車を呼ぶと言って和久井さんを表通りに走らせ、またも嘘をついて山崎の運転する車に和久井さんを乗せました。そして、人気のない道を走行中、突如として和久井さんは苦しみ始めました。

その苦しみ振りは、車のフロントガラズに亀裂が入る程でした。

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和久井さんが絶命した後遠藤さんの遺体を車に乗せ、関根、風間、山崎の3人は山崎邸へと向かいました。

川崎さんの時と同じく、風呂場に運び込まれた遺体は関根と風間の手により無残に解体されます。この時も関根は山崎に死体を見せ付けて脅迫しました。

また風間は鼻歌を歌いながら解体を行い、翌日早朝関根と山崎の手により骨は焼却された後に肉片なども遺棄されました。

第三の事件の被害者・滝口良枝さん

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次男がアフリカケンネルの従業員であり、犬に手を噛まれて負傷した事で同店を訪れた事が関根と知り合うきっかけでした。肉体関係を持つと同時に犬数頭を900万で売り付けられています。

最初こそ犬を自慢げに散歩に連れて歩いたものの、騙されていた事に気付き返金を要求しました。しかし、口の上手い関根に丸め込まれ、投資話を持ち掛けられました。

滝口さんが関根に支払った270万は老後の資金も含まれていました。殺害後、山崎を呼び出しいつものように解体し死体を遺棄しています。

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尚呼び出された山崎は滝口さんとの面識はありませんでした。関根は山口に対し、遠藤さん宅の向かいに住み、遠藤さんの死体を運び出しているのを見て強請ってきたと嘘の説明をしています。

また滝口さん殺害について、風間が関与していた疑いは強いものの認定には至らず、関口さんの死体遺棄・損壊においても風間は不起訴となっています。

関根元の人物像は?事件に至るまでの経緯

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残虐な殺人鬼でありながら、その筋では有名人だった関根元。川崎さん殺害の発端はあくどい商売と彼自身の金銭的な問題ですが、そこに至るまでの何があったのでしょうか。本項で解説してい参ります。

有名なハスキーブリーダーだった関根元を稲川淳二がTV取材していた

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容貌はヤクザのようでしたが、口が上手く、その話術に引き込まれる人も少なくありませんでした。またあくどい商売をしていましたが、犬に関する扱いは凄腕でした。

シベリアン・ハスキーブームの仕掛け役、アラスカン・マラミュートの第一人者とまで言われた、業界の有名人。

(引用 Wikipedia)

怪談話で有名な稲川淳二さんも突撃取材で関根夫婦にインタビューをしています。既にこの時には人を殺めていましたが、稲川さんは知る由もありません。

寧ろ関根に対して好印象を抱いたほどでした。しかし、後にこの時の関根の話は虚言だった事が判明しています。

アフリカケンネルは詐欺的な商売による客とのトラブルが絶えなかった

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秩父時代から、販売した犬を盗んだり、殺したりして新たに犬を売り付けるなどしていた関根ですが、アフリカケンネル時代もその悪辣な商売は健在でした。

川崎さんに持ち掛けた犬の繁殖ビジネス。関根は他の客にも生まれた子犬を高額で買い取るとツガイで犬を販売していました。

しかし、いざ子犬の買い取りになると「尻尾の形が悪い」などと難癖をつけて安く買い叩きました。この他川崎さんや滝口さんの例のように法外な値段で犬を売り付けています。

バブル崩壊後の売り上げの減少と豪華な新犬舎兼自宅の建設による経営難

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業界の有名人だった関根ですが、バブル崩壊の煽りを受けてアフリカケンネルの売り上げは減少。更に関根は新犬舎兼自宅の建設で借金を抱えていました。

負債額は1億4000万とも言われ、経済的に困窮していました。そんな状況の中、川崎さんとのトラブルが発生。返済が出来る筈も無く、殺害に繋がっていきました。

埼玉愛犬家連続殺人事件が発覚するまでの経緯

執拗なまでの死体処理により「遺体なき殺人」と呼ばれた埼玉愛犬家連続殺人事件。本事件はいかにして解決となったのか、その経緯について解説していきます。

1993年4月21日、川崎さん失踪で捜索願

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4月21日に川崎さん家族から捜索願が出され、同月30日に偽装工作によって運ばれた川崎さんの車が発見されます。当初は家出人とみられましたが、警察は事件性を察知、捜査を開始します。

捜査の過程で関根との間にトラブルがあった事が判明。更に関根の周囲では過去にも連続して失踪者が出ていた事が分かりました。警察は関根に対して、監視や尾行を行い始めます。

それらを掻い潜って犯行を重ねた関根ですが、遠藤さん達が関根に会った直後姿を消していた事から本格的な捜査が開始。監視を強化した他関根の知人に注意を呼び掛けています。

1994年1月26日、大阪愛犬家連続殺人事件の被疑者逮捕

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筋弛緩剤を使い、5人の命を奪った大阪愛犬家連続殺人事件。その犯人が逮捕されると、関根の起こした事件の噂が広がり始めます。逮捕翌月にはマスコミが関根の店に押し掛けました。

失踪事件は全国に知れ渡り、ワイドショーなどで連日事件が取り上げられました。この時、関根は身の潔白を訴えています。

NEXT 1994年9月22日、別件で関根の知人を逮捕