花咲まゆという昭和のロリータアイドルとは?現在はなにしているの?

花咲まゆという人物をご存知でしょうか。花咲まゆは写真家の清岡純子が発掘し、写真集も手がけた少女モデルであり昭和時代のロリータアイドルです。現在では発禁処分となっている当時大ヒットした写真集や花咲まゆの現在について詳しく見ていきましょう。

写真家・清岡純子が発掘した花咲まゆとは

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花咲まゆは写真家の清岡純子が発掘し、撮影も手がけたことで有名です。その昭和のロリータアイドルだった花咲まゆとはどのような人物なのでしょうか。

花咲まゆの大ヒットした写真集や写真集が大ヒットし人気となった理由、そして写真家の清岡純子についても詳細を見ていきましょう。

花咲まゆは昭和のロリータアイドル

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花咲まゆは1981年7月に大塚カラー出版から刊行された作品集「白薔薇園2」に沢井由美という名義で少女モデルとして初登場しデビューました。

この「白薔薇園」は当時、清岡純子が手がけていたシリーズ作品集です。清岡純子による写真作品集の少女モデルの中でも花咲まゆは代表格である存在となっていきました。

清岡純子の作品集の中でも数多くの少女モデルが登場した「プチトマト」シリーズの少女モデルを含めても、花咲まゆは圧倒的な美少女であったと言います。

デビュー作「潮風の少女」は清岡純子の「聖少女」シリーズで最も売れた作品

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花咲まゆは沢井由美という名義で作品集「白薔薇園2」に初登場した翌年である1982年2月には、花咲まゆという名義で清岡純子が手がける「聖少女」シリーズの第5作目として「潮風の少女」に出演しました。

花咲まゆの京都フジアート出版から刊行された写真集である「潮風の少女」は清岡純子が手がけた写真作品集シリーズの中でも大ヒットとなり、花咲まゆを発掘したことの功績は大きいとされました。

さらにその後の1983年9月に刊行された「私は「まゆ」13歳」というペーパーバックの廉価版写真集についても大ヒットとなりました。

清岡純子の一番思い出深いモデル

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花咲まゆを発掘し撮影を手がけた写真家の清岡純子本人は花咲まゆについて「一番思い出深いモデルである」と言い、清岡純子の自宅兼事務所には花咲まゆの写真パネルが飾られてあったといいます。

その飾られた写真パネルに関して清岡純子は「ずっと少女を撮り続けているけど、これ以上の傑作はいまだに撮れない」と花咲まゆがいかに思い出深いモデルであったかを語っていたようです。

少女ヌード作品で有名な写真家・清岡純子とは

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清岡純子は1921年6月22日に京都府京都市に子爵である清岡長言の3女として生まれました。この清岡家は菅原道真の子孫であり、京都の名門華族でした。

新日本新聞社、キネマ画報社、新歌舞伎座などで写真家としての活動を経て、その後1965年に上京しフリーでの活動をはじめました。写真家として「ビーナス’74展」や「世界写真展」で写真賞を受賞しています。

清岡純子は数々の少女ヌード写真作品の撮影を手がけ、刊行したことにより少女ヌード作品の有名な写真家として知られていました。

さらに清岡純子は日本でのレズビアン活動の先駆者でもあり、「女と女レズビアンの世界」や「レズビアンラブ入門心に愛を唇に乳房を」を出版しています。

清岡純子は作家としても1973年に刊行された「日蓮女優」で作家クラブ賞を受賞しています。そして1991年に亡くなられました。

清岡純子の死去後にはその功績がまとめられた作品遺作集が多数の出版社から刊行されることとなりました。

清岡純子は花咲まゆ以外にも浅沼由香里や岡本理絵など18歳以下のモデルを撮影

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清岡純子は花咲まゆの他にも当時14歳だった浅沼由香里や当時15歳だった岡本理絵などの18歳以下のモデルを発掘し、撮影を手がけたことでも知られています。

花咲まゆは体型と表情から人気に

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花咲まゆの人気の秘密は体型と表情にあったと言います。花咲まゆは「あどけない表情とグラマラスな体型の双方を兼ね備えていた」ということから写真集が大ヒットするほどの人気を集めました。

第1次ロリータブームが起きた1980年代において、人気の高かったロリータアイドルは織絵可南子、諏訪野しおり、山添みづきなどのようなスレンダーな体型の少女モデルがほとんどであり、多数を占めていました。

しかし、花咲まゆは反対に数少ない肉付きがよくグラマラスな少数派のロリータアイドルであったため、注目を集め人気ロリータアイドルとなりました。

花咲まゆの可愛い画像

この画像は実際の花咲まゆの写真集の表紙になったものを含めた可愛らしい写真です。

大人っぽい表情やあどけない表情はとても可愛らしいです。顔立ちもはっきりしており、パッチリとした二重でショートカットがとても似合っています。

13歳とは思えないほど綺麗な顔立ちをしていながらもどこか子供っぽいところが可愛らしいく思える秘密のようです。

花咲まゆの現在は?

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登場した写真集は大ヒットとなり、昭和の人気ロリータアイドルだった花咲まゆは現在どこで何をしているのでしょうか。気になる現在について調べてみました。

現在の年齢はアラフィフ?

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花咲まゆの生年月日などの詳細については公表されていないので正確なことはわかりませんが、「私は「まゆ」13歳」が1983年に発売されているのでこのことから年齢を推測することができます。

「私は「まゆ」13歳」が発売された1983年9月時点で13歳ということであれば、2019年3月現在は今年49歳になる年であり、3月生まれでなければすでに48歳になっているということになります。

あどけない表情を持つ13歳だった昭和のロリータアイドル花咲まゆも現在では、もうすぐ50歳になるアラフィフになっているようです。

現在何をしているのか情報はない

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現在の花咲まゆについてですが、どこで過ごしているのか、なにをしているのか、結婚しているのか、子供はいるのかなどという個人的な詳しい情報は一切ありませんでした。

昔のこととは言え、これほどの注目と人気を集めていた花咲まゆの情報がネット社会である現在も一切存在しないということは、花咲まゆだということなど気づかれていないということではないでしょうか。

現在は一般女性として普通に穏やかな日常を送っているのかもしれません。

「私は「まゆ」13歳」など、18歳未満の裸像は現在発禁処分に

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ペーパーバックの廉価版写真集「私は「まゆ」13歳」を近年でも探し求めている人もいるようですが、1999年に法律の施行によって発禁処分となっています。

実際に見た人は出来栄えはとてもおとなしいものになっているので「私は「まゆ」13歳」だけでも復刻してほしいという意見ながらも、法律が施行された今では完全な発禁写真集といいます。

清岡純子の「プチトマト」シリーズに関しては、第42号を発売した時点で警告を受けており、第43号は製本はされていたので存在はしていたが発売は見送られ、廃刊となり流通することはありませんでした。

さらに清岡純子の死去後に刊行された功績をまとめた遺作集についても1999年に児童買春、児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律が施行されたことによって発禁処分になりました。

この法律が施行されたことにより、芸術性の有無に関わらず18歳未満の裸像であるという事が問題視され、発禁処分になりました。このことで数社の出版元は清岡純子の功績をまとめた遺作集などを絶版しました。

さらに国立国会図書館蔵書の「清岡純子写真集Best Selection!」についても児童ポルノ認定を受けたため、2005年の春には閲覧不可となりました。

18歳未満アイドルの裸像の雑誌や写真集はどうしたら手に入る?

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18歳未満アイドルの裸像の雑誌や写真集などを取り扱っているような裏サイトも存在するようですが、危険が伴う可能性もあるので、法律が施行される前に購入した人から譲ってもらう方法しかありません。

しかしこの場合、譲った側も譲ってもらう側も現在では処罰の対象となるようですので注意しましょう。ちなみに発売されていた当時に購入した物を所有している場合は処罰の対象にはならないようです。

こういった雑誌や写真集は、法律が施行されている現在では手に入れることは難しく法律に触れてしまうことになる可能性が高いようです。

少女ヌード作品と写真家

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少女ヌード作品において、特に有名な写真家は花咲まゆを発掘した清岡純子でしたがその他の有名な少女ヌード作品について写真家も併せて見ていきます。

有名な作品とその写真家

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写真家の石川洋司は、「少女」「ソフィ」「妖精」などのキーワードを使った写真集で有名です。

1979年11月に出版された「les Petites Fees プチフェ ヨーロッパの小さな妖精たち」が石川洋司の手がけたヌード作品で初出版となりました。

その後も「愛の妖精ソフィ」や「妖精ソフィ」を始め、「まだ、少女」や「少女S」など数多くの作品を手がけ、グラビアアイドルの国分れなの写真集撮影も多く手がけています。

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写真家の野村誠一は1987年にグラビアアイドルの浅野愛子の写真集「夏の妹」を手がけ、写真家の大友正悦は広瀬絵美の写真集「えみちゃんの夏休み」などを手がけました。

その他にも少女ヌード作品の写真家として、大渕静樹や木津智史、近藤昌良など数多くの写真家がいますが作品の多さで言えば、清岡純子は少女ヌード作品における写真家としてはダントツです。

紹介した写真家の少女ヌード作品も現在は児童ポルノとして認定されているため、手に入れることも閲覧することも不可能となっています。

現在も写真家として有名な篠山紀信

写真家の篠山紀信は1940年12月3日生まれの現在78歳です。篠山紀信はヌード作品で有名ですが、他にも歌舞伎などの撮影を手がけたりとそのジャンルにとらわれない写真家です。

1975年に雑誌「GORO」で歌手の山口百恵を特集した「激写」は話題となり、流行語にもなりました。その後は松田聖子などの芸能人や素人をモデルにした「激写」シリーズで知られるようになりました。

1978年には「大激写135人の女ともだち」がベストセラーとなりました。そして1978年から1997年には「週刊朝日」表紙撮影を担当していました。

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篠山紀信の特徴として、ヌードモデルの事務所サイドから使用を止められた写真のネガは自身の自宅で保管し、その女性が芸能界で落ち目になった時、秘蔵ヌードとして持ち出すことがあるようです。

篠山紀信が撮影を手がけた作品は、山口百恵、宮沢りえ、栗山千明などがおり、一番最近では白石麻衣の写真集「清純な大人」の撮影を手がけています。

有名芸能人を多く撮影しており、明日花キララ、中村アン、梅宮アンナ、菊地凛子、杉田かおる、などをヌードモデルとして手がけています。

昭和時代のロリータアイドルブーム

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1970年代に幕開けしたロリータアイドルブームの火付けとなったのは1979年に出版された「LITTLE PRETENDERS 小さなおすまし屋さんたち」という山木隆夫が手がけた写真集のようです。

そのロリータアイドルブームの中でも花咲まゆを発掘した写真家の清岡純子は、野外での撮影を得意として自然主義的といわれる作風であり、最も多作な少女ヌード写真家であったといいます。

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