白暁燕誘拐殺害事件の真相!その後と現在について【梶原一騎の娘が惨殺】 社会

白暁燕誘拐殺害事件の真相!その後と現在について【梶原一騎の娘が惨殺】

1997年に起こった白暁燕誘拐殺害事件では、梶原一騎と白冰冰(パイピンピン)の娘である白暁燕が誘拐され惨殺されるという最悪の結末を迎えました。ではなぜ彼女が狙われたのでしょうか。今回は事件の概要や真相、遺族の現在についてまとめました。

目次

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白暁燕誘拐殺害事件とは

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白暁燕誘拐殺害事件とは、台湾の女優である白暁燕(パイシャオイェン)という少女が誘拐され、惨殺されるに至った「台湾史上最大の誘拐事件」と呼ばれる事件です。

誘拐された白暁燕を含めて5人が死亡し、10人が負傷をするという惨事となりました。少女が受けた暴行や遺体の状態が凄惨だったことから「検索してはいけない事件」とも言われています。

ではなぜ白暁燕が狙われ、誘拐されるに至ったのでしょうか。囁かれる動機や事件の真相、さらに遺族の現在について詳しくご説明していきます。

白暁燕は白冰冰(パイピンピン)と梶原一騎の娘

白暁燕は1980年6月23日に台湾で生まれました。母親は台湾で歌手として人気だった白冰冰(パイピンピン)、父親は日本の漫画原作者である梶原一騎でした。

梶原一騎とは「あしたのジョー」や「巨人の星」、「タイガーマスク」の原作者として知られており、スポ根もののジャンルを確立した人物であると言われています。

そんな梶原一騎と白冰冰は1979年に結婚しますが、夫の家庭内暴力が原因で白暁燕が生まれる直前に台湾へ帰国しています。白暁燕は、成長とともに母親とテレビ出演することが増えました。

白暁燕誘拐殺害事件の概要

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白暁燕誘拐殺害事件の概要について詳しくご説明していきますが、「検索してはいけない」とも呼ばれた凄惨な事件ですので閲覧にはご注意ください。

発見された彼女の遺体を検死した検視官も、「ここまで惨い遺体は見たことがない」と発言するほどで、犯人たちの猟奇性も大きな話題となりました。

では、白暁燕が誘拐されてから逮捕に至るまでの犯人たちの動きを、時系列に沿ってみていきましょう。

1997年4月14日、白暁燕が通学途中に誘拐される

私立私立醒吾高級中学に通う2年生の白暁燕(当時17歳)は、1997年4月14日、いつものように通学していたところ3人の男たちに誘拐されました。

犯人たちは顔が見られないようにするため、さらに声を出せないようにするためにゴムバンドを彼女の顔や頭部に巻き付けました。かろうじて鼻だけ出ている状態だったといいます。

誘拐の実行犯は高天民、陳進興、林春生の3人でした。白暁燕誘拐殺害事件には他にも多く関わっていた人物がいるとされていますが、それはのちほどご説明します。

犯人グループから強姦、暴行を受け小指を切断される

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誘拐された直後から強姦を受けていたとされていて、さらには身代金を要求する際に必要だとして、小指を切断されるという惨い仕打ちまで受けました。

小指を切断する際、白暁燕はあまりの痛みに泣いて暴れ出しましたが、3人の男たちは彼女を黙らせるために殴る蹴るの暴行を加えました。

遺体発見時、白暁燕の切断された小指の根元には、細い針金のようなものが巻かれていて止血された痕跡も見つかっています。

犯人グループは白暁燕の上半身裸の写真と小指を送り500万ドルの身代金を要求

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そして犯人たちは、彼女の胸が露出している上半身裸の写真3枚と切断した小指を亀山郷という地区の霊園管理室の付近に置き、一緒に身代金を要求するメモ紙も置きました。

そして犯人たちは母親の白冰冰に「娘を誘拐した。嘘だと思うなら指定の場所に行ってみろ」と連絡します。白冰冰はすぐにこれらの写真を見つけ、警察に通報しました。

身代金はアメリカの通貨で500万ドル、当時の日本円にすると約5億円ほどだったといいます。母親の白冰冰は犯人たちの受け渡しの要求を呑んで、身代金を全額きっちり準備しました。

白冰冰は身代金を準備するもマスコミの殺到で受け渡しに失敗

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警察は特別案件としてチームを結成し、受け渡しの際に逮捕する作戦を立てます。ですが事件を嗅ぎ付けたマスコミは、人気歌手白冰冰の娘の誘拐事件に報道合戦となりました。

白冰冰は4月18日から行われた2日間に渡る交渉の末、取引場所を決めて受け渡しを行おうとしましたが、犯人たちは現れませんでした。この時は警察が白暁燕の生存を確認しています。

そして23日、前回とは違う場所での受け渡しを要求されましたが、犯人たちは現れませんでした。マスコミが受け渡し場所に集まってしまうなどの不手際があったからだとされています。

激昂した犯人グループが白暁燕を惨殺し遺体を台北近郊のドブ川へ遺棄

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身代金を受け取れず、大々的に報道までされていると知った犯人たちは激しく怒り、白暁燕にさらに惨い強姦や暴行を行い、彼女をまるで人形のように弄んで惨殺しました。

そして後ろ手に縛ったままの遺体を、台北県泰山郷という地区にあるドブ川に遺棄しました。日本では重しが付けられていたとの情報もありますが、真偽は不明です。

4月25日、警察が犯人グループの4人を逮捕するも他の3人は逃走

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身代金の受け渡しに失敗するものの警察は犯人たちのアジトを見つけ出し、4月25日に突入して一斉逮捕を試みました。

暴行などに関わっていたとされる4人が逮捕されましたが、誘拐の実行犯だとされる主犯格3人を取り逃がしてしまいました。逮捕されたうち1人は主犯格である陳進興の妻でした。

白暁燕の生存を信じている白冰冰は26日と27日にかけてテレビに出演し、犯人の自首と娘の返還を訴えました。さらに主犯格の身内も同様にテレビに出演したといいます。

4月28日、白暁燕の遺体が発見される

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テレビ出演による訴えが行われた次の日、台北県泰山郷にて白暁燕の遺体が発見されました。発見者は最初、豚の死骸かと勘違いするほどに無残な姿となっていました。

全裸の遺体は人間の原型を留めていなく、殴打されたことによる出血多量、内臓破裂、さらに腹腔は500ccもの内出血があり大きく膨張していました。

死後8日から10日は経過していて、首にはナイロンコードにより絞められた痕跡がありましたが、絶命したあとに絞められたとされています。死因については後半でもご説明しています。

逃走した3人は指名手配される

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白暁燕の遺体発見により、警察は取り逃がした高天民、陳進興、林春生の3人を国内全域で指名手配し、国中をあげての大規模な捜査を行いました。

時の台湾の総統李登輝は、「犯人らを発見次第問答無用で射殺せよ」との命令を発した。(引用:Wikipedia)

マスコミの問題行動

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大規模な指名手配が行われるなか、台湾のメディアは発見された遺体の写真を無修正で報道し、日本の週刊誌にも転載されるという事態になりました。

さらに著名人の娘が殺害されたということでマスコミは報道合戦となり、白冰冰の自宅の玄関前を車で塞いだり、玄関を破壊したりといった行動までみられました。

マスコミの一連の行動や、取引を失敗させる原因を作り出したことに対して、世間の人々からは非難の声が相次ぎました。

3人は6月6日と8月8日に2人を誘拐、身代金を受け取る

高天民、陳進興、林春生の3人は、身内や協力者が何人か逮捕されたことを知り、警察に対して「身内を釈放すれば自首してやる」と電報を送りますが、警察は拒否しました。

要求を拒否された3人は、モンゴルや中国に高飛びするために誘拐を繰り返しました。6月6日には台北県議員である蔡明堂を誘拐し、約500万ドルを奪って逃走しています。

さらに8月8日には金属会社を経営している人物を誘拐しました。このときは、人質の家族が警察に通報せずに身代金の受け渡しに成功したため、無事に解放しています。

3人が警察と銃撃戦に、1人(林春生)が死亡

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8月19日、台北市内で逃走中の3人を発見した警察は、彼らを逮捕するべく銃を持って包囲しました。ですが犯人たちも短機関銃を持って応戦しました。

駆け付けた警察800人と3人との銃撃戦に発展し、この大規模な銃撃戦は「五常街槍戰」と呼ばれました。その中で警察2人が犯人の銃弾を受け、うち1人が負傷、もう1人は殉職しています。

そして犯人の1人である林春生も全身に6発の銃弾を受け、助からないと悟ったのか短機関銃で自殺をしました。この銃撃戦も多くのマスコミによって中継されました。

陳進興はどこにいたのか?

この「五常街槍戰」と呼ばれた銃撃戦では、上記でご説明したように高天民、陳進興、林春生の3人全員がいたという情報と、陳進興以外の2人だったという情報があります。

後述の説では、逃げた高天民があとから陳進興と合流したとされています。日本の情報サイトなどでもこの部分の説明は分かれていて、どちらが真実なのかは分かっていません。

10月23日、2人は整形外科で整形後、医師と看護師を殺害

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銃撃戦を経て再び逃走した高天民と陳進興は、10月23日に台北市にある整形外科にて医師と看護師に、無理矢理自分たちの顔の整形をさせました。

整形が終わると、口封じのために医師夫婦と看護師の3人に手錠をかけて頭部を銃で撃ち殺害しました。この時、看護師は陳進興によって強姦されています。

11月17日、1人(高天民)が警察と銃撃戦の後自殺

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そして11月17日に台北の石碑路で包囲された高天民は、再び警察との銃撃戦になりました。最初の銃撃戦で仲間を殺された警察は怒り、彼に対して激しく銃弾を浴びせました。

追い詰められた高天民は、持っていた拳銃で自分を撃ち抜いて自殺しました。この銃撃戦もマスコミによって報道され、テレビのニュース番組で放送されています。

11月18日、最後の1人(陳進興)が立てこもり事件を起こし投降、逮捕

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2度目の銃撃戦の翌日の夜7時頃、残された陳進興は南アフリカ大使館の駐在武官の官邸に5人の人質をとって立てこもり事件を起こしました。

突入して犠牲者を出してしまっては国際問題につながるとして、警察は電話による交渉を試みました。

そして翌日の11月19日早朝、長きに渡った交渉の末、「謝長廷という政治家の弁護を受ける」という条件を呑んで投降し現行犯逮捕されました。人質は全員無事でした。

白暁燕誘拐殺害事件の犯人グループ

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白暁燕誘拐殺害事件の主犯格は高天民、陳進興、林春生の3人でしたが、事件に関わったとされる人物は少なくとも18人は存在していたことが判明しています。

国内中に指名手配をして大規模に捜査をしたのに、数か月の間捕まえることが出来なかったのも彼らを匿っていた身内や協力者がいたからだと言われています。

主犯①高天民

2度目の銃撃戦で自殺をした高天民は、3人の主犯格の中でもリーダー的存在でした。そして彼は台湾マフィアのメンバー、もしくは関係者だったといいます。

白暁燕を誘拐した際には車を運転する役割を担い、さらに整形させた医師と看護師を射殺したのも彼だったとされています。

主犯②陳進興

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最後まで生き残って立てこもり事件の末に逮捕された陳進興は、逃走している最中も幾度となく強姦事件を繰り返していて、その被害は50件以上にも上ると言われています。

白暁燕を誘拐した際には林春生と共に無理矢理車に乗せる役割でした。犯人たちの中で唯一逮捕された彼の裁判の判決については、このあと詳しくご説明します。

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