レイ・セフォー(南海の黒豹)の現在は?対戦や戦績もまとめ

レイ・セフォーはブーメランフックを武器として「南海の黒豹」の異名をとったK-1選手です。アンディ・フグやアーネスト・ホーストなどと共にK-1の黎明期を支えてきました。今回はそんなレイ・セフォーの現在やこれまでの戦歴などについて紹介したいと思います!

レイ・セフォーの現在は?

K-1が設立された初期から参戦しており、K-1の黎明期を支えたスター選手であるレイ・セフォー。しかし、その全盛期を知っている方は30代以上ではないでしょうか?

レイ・セフォーは既に格闘技を引退しています。ここではレイ・セフォーの現在についてまとめていきます。

2013年8月に引退試合を行い引退したレイ・セフォー

1996年にK-1デビューを果たし、以降2013年まで実に17年もの選手生活を送ります。ただし、1989年にはプロボクサーとして既にリングに上がっており、格闘技人生は24年にわたります。

そんな鉄人レイ・セフォーも寄る年波には勝てないもの。ついに2013年8月に引退試合を行い、その選手生活にピリオドを打ちます。

引退試合はWSOF 4にて行われ、デイブ・ハッカバと総合ルールで対戦しました。なお引退試合はTKO負けを喫しています。

レイ・セフォーは引退後何をしているの?

ijmaki / Pixabay

レイ・セフォーの引退後ですが、これといった情報が出回っていません。現在レイ・セフォーがどのような生活を送っているのは誰も知らないのが現状のようです。

引退後唯一の情報として2014年に猪木ボンバイエで小川・鈴川ペアとジェノム・レ・バンナ、レイ・セフォー戦が行われていますが、これ以降レイ・セフォーの名前を聞くことはありません。

レイ・セフォーはどんな選手だった?

ijmaki / Pixabay

20代以下の方々、当時K-1に興味がなかった方はレイ・セフォーがどんな選手であったかご存じないかもしれません。ここではレイ・セフォーが一体どんな選手だったかご紹介したいと思います。

レイ・セフォーは華麗な技で相手を本領するというより自慢のフックで相手をなぎ倒すタイプの選手であり、豪快な試合が好きな人には非常に人気が高い選手でした。

南海の黒豹とよばれ、かっこいいと人気だったレイ・セフォー

WenPhotos / Pixabay

レイ・セフォーのとおり名は「南海の黒豹」。甘い顔立ちというよりは頼りになるタイプの顔ですが、所謂ガテン系が好きな人たちからかっこいいと評判でした。K-1選手の中でも人気が高い選手です。

サモア系として知られていたレイ・セフォーの生い立ちは?

Holgi / Pixabay

レイ・セフォーは1971年2月15日にサモア系移民家族の元に生まれました。幼少期をニュージーランドで過ごしたレイ・セフォーは幼いころからテコンドーを習っていました。

その後伝説のボクサーであるシュガー・レイ・レナードに憧れボクシングを始めます。18歳の頃には既にプロボクサーとしてリングに上がっていました。

ノーガードや技のブーメランフックが印象的だったレイ・セフォー

レイ・セフォーと言えば彼の代名詞ともいえるブーメランフックです。その協力無比なフックは何人もの屈強なファイターをマットに沈めてきました。

世界一のディフェンスを持つと言われていた武蔵でさえ「マジで海外のファイターは怖い。レイ・セフォーのパンチとか首から上が吹っ飛んだと思ったもん」とテレビでコメントしていました。

また、ノーガードで殴り合うような派手な試合が得意だったレイ・セフォー。マーク・ハントとのノーガードでの殴り合いは今なおファンの間で語り継がれている名試合となりました。

ボクシングからK-1、プロボクシングで活躍したレイ・セフォー

harutmovsisyan / Pixabay

前述のとおり18歳にはボクシングのリングに上がっていたレイ・セフォーは1996年にK-1デビューを果たして以降、K-1の看板選手として人気を博します。

その一方、2001年からはK-1と並行してプロボクシングの舞台にも出場するようになります。しかし、同年の9月2日にK-1の傷が癒えないまま試合に臨み、1RでTKO負けを喫しています。

K-1で人気を博していたこともあり、これ以降はK-1に専念するようになりました。

レイ・セフォーの入場曲は?

Free-Photos / Pixabay

レイ・セフォーの入場局は何曲かあります。2000年ごろは「WHO LET THE DOGS OUT」という曲を使用していました。南国なラップという感じでまさにイメージ通りのノリノリな曲です。

2001年には「AFTER PARTY」という曲を使用していますが、バラードチックな曲なのでこれから戦うぞ!という感じではないですね。だからなのか分かりませんが、この曲は1回しか使われていません。

その後は「KAOS」というアルバムの曲を使用しています。アゲアゲ・ノリノリな曲調はこれもレイ・セフォーにぴったりなのではないでしょうか?

レイ・セフォーは強い?戦績は?

SFReader / Pixabay

レイ・セフォーは非常に高い攻撃力を誇る選手であり、当時のK-1でもトップクラスでした。その実力は折り紙付きです。

しかし、アンディ・フグやアーネスト・ホースト、ピーター・アーツといったトップオブトップと比較すると若干見劣りする印象を持たれることが多いです。それはなぜでしょうか?

恐らくレイ・セフォーはK-1での優勝経験がないためだと考えられます。しかし、キックボクシングでは通算56勝22敗と確かな成績を残しており、ここからも実力のほどがうかがえます。

レイ・セフォーの有名な対戦は?

Free-Photos / Pixabay

これまで数々の名勝負を繰り広げてきたレイ・セフォーですが、その中でも有名な試合8戦を紹介したいと思います。

対戦①:レイ・セフォー vs マーク・ハント

マーク・ハントはレイ・セフォーと同じくパワーとタフを売りにした選手です。両者ノーガードでの殴り合いはファンを完全に虜にしました。ベストバウトの一つに挙げられる名勝負です。

「お前のパンチなんて聞かないんだよ」と言わんばかりに殴られても笑顔で殴り返す両選手。選手にとっては非常に危険な試合ではあるものの、見ている方としては非常に気持ちのいい試合ですね。

レイ・セフォーはこの試合に勝利しています。しかし試合後に右目の視力低下を訴え、ドクターチェックの結果眼下底骨折の疑いがあるということで決勝を辞退しています。壮絶な試合でした。

対戦②:レイ・セフォー vs ジェロム・レ・バンナ

レイ・セフォーのベストバウトと名高い一戦です。この試合によりファンの脳裏にレイ・セフォーの名が強烈に刻まれました。

当時レイ・セフォーはK-12戦目のルーキーであり、ジェノム・レ・バンナの方が圧倒的に実績は上でした。試合もバンナベースで進んでいき、レイ・セフォーはダウンを奪われてしまいます。

しかし圧巻なのはその後。ダウン直後に自慢のブーメランフック一閃で逆にジェノム・レ・バンナをマットに沈めてしまいます。バンナの倒れ方は明らかに危ないですね。威力がはっきりと分かります。

対戦③:レイ・セフォー vs ミルコ・クロコップ

K-1でも非常に有名なミルコ・クロコップ。しかし意外にもレイ・セフォーとミルコ・クロコップはK-1での試合経験がありません。

実は2001年にカードが組まれていたのですが、ミルコ・クロコップが欠場したために代理出場としてマーク・ハントと対戦しています。そう先ほど紹介した対戦②がまさにそれです。

しかし、ミルコ・クロコップの引退試合でついに夢のカードが組まれることとなります。結果は判定3-0でミルコの勝利でしたが、全盛期通しであればまた違っていた結末を迎えていたと思われます。

対戦④:レイ・セフォー vs ルスラン・カラエフ

レイ・セフォーはルスラン・カラエフと2度対戦しています。上の動画は2戦目です。1戦目では開始37秒という圧倒的短時間で2度のダウンを奪いレイ・セフォーがTKO勝ちを収めています。

2戦目では前回の轍を踏むまいとして果敢に攻めるカラエフでしたが、カラエフの膝が打ち終えると同時にカウンターでブーメランフックがさく裂。一撃で試合を終わらせてしまいます。

レイ・セフォー渾身の右フックをもろに喰らってしまったカラエフはゴングが鳴った後も起きることができません。あまりに呼び掛けに答えないため殴った本人が心配する始末。とんでもない破壊力です。

対戦⑤:レイ・セフォー vs マービン・イーストマン

この試合は試合どうこうよりも試合後の乱闘が有名です。セコンドまで巻き込んだ大乱闘を起こしてしまいます。

対戦⑥:レイ・セフォー vs シリル・アビディ

シリル・アビディ戦です。同年にレイ・セフォーはアビディにTKO負けを喫しており、雪辱の一戦となりました。打たれても前に出る猛牛のような攻めで見事勝利を収めています。

対戦⑦:レイ・セフォー vs ボブ・サップ

ボブ・サップ戦です。ボブ・サップはアーネスト・ホーストにTKO勝ちし一躍有名となりましたが、所詮はラガーマン。レイ・セフォーの相手ではありませんでした。

対戦⑧:レイ・セフォー vs バダ・ハリ

K-1回の悪童と名高いバダ・ハリとの一戦です。リング外では悪童ですが試合は正統派そのもの、確かな実力を兼ね備えたバダ・ハリに勝利することはできませんでした。

レイ・セフォーのその他の話題は?

Free-Photos / Pixabay

レイ・セフォーに関する話題はリングの外でもいくつか存在します。

FPSゲーマーのタイプの一つ、レイ・セフォーとは?

41330 / Pixabay

FPSゲーマーのタイプにレイ・セフォーというものが存在します。負けそうになると敢えてふざける、余裕ぶるタイプをそう呼ぶようです。なんとも失礼な話ですね。

K-1ギャラ未払い問題でレイ・セフォーが谷川貞治に言及

RobinHiggins / Pixabay

実はK-1末期では経営がうまくいっておらず、選手に対してギャラが未払いとなる問題が発生していました。これに対しレイ・セフォーは谷川に言及しています。

谷川からも「あいつにはちゃんとギャラを払っている。もらってないとか言われたくない」と言った発言があり、レイ・セフォーはこれに対して激怒しています。

レイ・セフォーのTシャツもある?

Johanna84 / Pixabay

K-1の人気選手であるレイ・セフォー選手。当然彼のTシャツも作成されています。またK-1会場ではレイ・セフォーのレゴ型人形もあり、売れ筋だったそうです。

レイ・セフォーは武蔵に対して激怒したことがある?

レイ・セフォーはかつて日本人選手である武蔵に対して激怒したことがあります。それは2004年のK-1グランプリ準々決勝、終始手数で圧倒していたレイ・セフォーが判定負けを喫しています。

これに対してはアーネスト・ホーストも判定に納得していなかったようですが、レイ・セフォーがとにかくブチ切れ。インタビュアーに対して「どっちが勝ってたと思うか言ってみろ!」と詰め寄りました。

レイ・セフォーに関するまとめ

sasint / Pixabay

みなさまいかがでしたでしょうか?K-1の中でも非常に人気が高かったレイ・セフォー。屈指の名勝負を数多く生み出しています。

今後彼の試合を生で見ることは適わないと思いますが、ファンの心の中には永遠に彼の融資が刻まれていることでしょう。

素手喧嘩じゃ負けてはいない?最強の喧嘩師花形敬に関する記事はこちら