瀬戸内シージャック事件の動機は?犯人の川藤展久の生い立ちや性格 社会

瀬戸内シージャック事件の動機は?犯人の川藤展久の生い立ちや性格

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札幌の弁護士が狙撃した警官を告発

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戦後初の犯人射殺による人質解放ということで瀬戸内シージャック事件は事件が終わったあとも議論を呼びました。弁護士まで登場する騒ぎとなったのです。

自由人権協会北海道支部に所属していた弁護士が広島地検へ告発しているのです。

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瀬戸内シージャック事件での射殺は裁判をやらない死刑だと弁護士は主張、広島県警本部長と狙撃手を殺人罪で告発しました。

弁護士による告発について広島県警本部長は刑事訴訟法で認められている権利で、検察庁による捜査を見守るという意思を表明しています。

射殺措置についての意見

犯人射殺と大変印象的な事件だったためか、事件が終わったあと様々な意見がありました。射殺はやりすぎ、いきすぎだという意見ももちろんありました。

世論的にはやむを得ない措置だったという意見が多く、当時人質事件が多発していたため模倣犯の誕生を防ぐため、いわば必要な見せしめだったという意見もありました。

しかしその見せしめを問題視する意見もあったのです。

父親のコメント

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父親は犯人射殺についてこのようにコメントをしています。

Xの父親は警察による息子射殺について「親として、死んでくれてせめてもの償いができた。警察に抗議するつもりはない」と語っていた。

(引用:Wikipedia)

若い警察官に誤解を生まぬよう「極めて特異な事例」とした

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当時の警察庁長官は誤解を生まないように異例だったことを主張しました。

「銃器の使用は最後の最後の手段であるという点はこれまでと全く変わりない。今回の事件により、若い警察官に誤解があっては困るので。(中略)今回の場合は例外中の例外である」

(引用:Wikipedia)

「奇跡体験!アンビリバボー」で語る船長

フジテレビの番組「奇跡体験!アンビリバボー」が瀬戸内シージャック事件を取り上げたことがありました。

当時「ぷりんす号」に乗船していた船長は取材に対して狙撃は致し方のないことだった、やむを得ないことだったことを語っています。

人質をされた乗客に見舞金を支給

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運行会社に落ち度はなかったものの、人質にされた乗客には見舞金が支給されました。乗船券を所持していた大人に3万円、子供に1万円を支給しています。

巻き添えとなった乗客の15人には見舞品を贈っており、被害補償を行いました。

狙撃手のその後

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狙撃手はバッシングを受けて辞めてしまいました。やむを得ない状況だったため警察庁長官はかわいそうだと語っています。

狙撃手はマスコミに嗅ぎつけられてしまい、圧力を受けたといいます。狙撃手を批判する声に耐えられずに辞めてしまったと話しました。

ぷりんす号のその後

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「ぷりんす号」はその後海外へと渡っています。

ぷりんす号は、のちにフィリピンの企業に売却され、観光船として使用されていることがテレビ番組による事件の追跡取材で判明した。

(引用:Wikipedia)

瀬戸内シージャック事件の関連作品

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瀬戸内シージャック事件には関連作品があります。犯人がまだ若かったためか、若者の苦悩を描く作品が多く存在しています。

1975年映画「冒険者たち」

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1975年に公開された「冒険者たち」は瀬戸内シージャック事件をヒントに制作された映画です。若者の苦しみを描いており、父親の説得やデッキでの射殺など事件を連想させるシーンがあります。

1982年映画「凶弾」

1982年公開の「凶弾」も瀬戸内シージャック事件を題材に制作されました。石原良純さんのデビュー作となりましたが客があまり入らなかったため公開二週間で上映打ち切りになり話題となりました。

書籍「凶弾-瀬戸内シージャック事件」

映画「凶弾」の原作となったのが福田洋著の「凶弾-瀬戸内シージャック事件」です。シージャックののちに銃を乱射、射殺されるという流れになっています。

瀬戸内シージャックの真相と動機

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瀬戸内シージャック事件は何故起こったのか、犯人川藤展久の動機や真相については様々な噂が流れました。

計画性はなかったとみられる

展開される報道合戦、のちに弁護士によって告発されるなど大変な騒ぎとなった瀬戸内シージャック事件。動機や真相はなんだったのかと言われていますが明確な動機と思われるものは存在しません。

むしろ計画性のない犯行だったと見られています。事件の経過を確認すれば行き当たりばったりであったことがわかります。

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犯行のきっかけは検問だったと見られています。その際警察を襲ってしまったからです。

これまで幾度も逮捕されてきた川藤展久は警察を襲ったらどうなるのかがわかっていた、だから犯行に及んだのではないかと言われているのです。

よど号ハイジャック事件が影響か

動機は不明のままですが、専門家は事件の前に起きている「よど号ハイジャック事件」に影響されたのではないかと考えました。

川藤展久には「よど号ハイジャック事件」がかっこいいものに見えていたのかもしれないというのです。

本当の動機や犯人にしかわからない

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動機や真相については様々な憶測があります。けれど真相や本当の動機は不明のままです。

犯人は撃たれたのち病院に運ばれて死亡しているため真相も動機も二度と聞けません。

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しかしのちに川藤展久が警察に向かって叫んでいた内容が読唇術で判明しています。「もう許さないぞ!明日、銃でやってやる!」と発言していたのです。

そのため特に反省している様子はなかったと考えられます。

瀬戸内シージャック事件の影響

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瀬戸内シージャック事件では犯人を射殺したことで批判的な意見もでるようになりました。その後の事件にも影響があったと言われています。

犯人狙撃に対し慎重になる

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瀬戸内シージャック事件では弁護士によって広島県警本部長と狙撃手が殺人罪で告発されました。

この件以降日本警察は人質事件の犯人狙撃に対して慎重となったことをマスコミに取り上げられています。

1972年に起きた連合赤軍によるあさま山荘事件

1972年に発生した連合赤軍による「あさま山荘事件」は人質をとって山荘に立てこもるといった事件でしたが警察は射殺しませんでした。

犯人は生きたまま逮捕されています。瀬戸内シージャック事件時も長官であった当時の警察庁長官が生け捕りを命じたのです。射殺すると尾を引くと考えたと言われています。

1979年に起きた三菱銀行人質事件

1979年に起きた「三菱銀行人質事件」では犯人への一斉射撃で解決しています。これは誰の弾が命中したのかわからなくするためでした。

射殺してしまった場合の苦悩、苦痛を緩和させるための一斉射撃であり、瀬戸内シージャック事件から学んだことでした。

2001年に「警察官等けん銃使用及び取り扱い規範」が改定

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1990年以降、凶悪犯罪が増加し警察官が負傷することも増えました。

殉職事案も増えたため、2001年、「警察官等けん銃使用及び取り扱い規範」が改定されます。

改定によって拳銃使用要件が明確となり、警察官が拳銃を使用する機会は以前と比べて増加しました。

瀬戸内シージャック事件と類似した事件

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瀬戸内シージャック事件とよく似た事件とした「よど号ハイジャック事件」と「長崎バスジャック事件」が挙げられます。

よど号ハイジャック事件

「よど号ハイジャック事件」とは1970年3月31日に発生した共産主義者同盟赤軍派による亡命目的の日本航空便ハイジャック事件です。

日本で初めてのハイジャック事件であり、瀬戸内シージャック事件の犯人、川藤展久が影響を受けただろうと考えられています。

犯人たちの北朝鮮に亡命するという目的は達成されました。

長崎バスジャック事件

「長崎バスジャック事件」は1977年10月15日に長崎で発生したバスジャック事件です。

犯人は2人、いずれも男性でありそのうち1人は射殺されています。人質は全員救出されました。身代金目当ての犯行だったと言われています。

日本で警察官が発砲するにはリスクを伴う

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日本では警察官が発砲していいのは限定された場合のみです。安易に発砲すると訴えられるケースもあります。

平成15年に奈良で警察官が車上荒らしをした疑いのある二人組に対して発砲し、一人が死亡したという事件です。平成24年に殺人と特別公務員暴行陵虐致死の罪で発砲した2名の警察官が裁判員裁判で審理されました。

(引用:ニコニコニュース)

瀬戸内シージャック事件とは異なり、多くの命が危険に晒されているわけではないので少々やりすぎのような印象を受けます。

しかし時と場合によっては警察官自身の命が危ぶまれることもあるでしょう。

それでも裁判にかけられるのです。拳銃を持っているとはいえ実際に使用するのはリスクを伴い、安易に行えるものではありません。

死亡した方の遺族から民事でも国家賠償請求の裁判が提起されました。民事は請求棄却、刑事でも無罪と警察官側の全面勝利となりましたが、最終的な解決までは事件から10年以上の歳月を要したこととなります。

(引用:ニコニコニュース)

瀬戸内シージャック事件の動機とは?犯人について

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瀬戸内シージャック事件は民間人5人が重軽傷負い、警察官が半身不随になるという被害を出した旅客船乗っ取り事件です。

動機や真相ついて様々な噂が流れましたが、動機は明確なものがなく、犯人の川藤展久はハイジャック事件の影響を受けたのではないかと推測されています。

真相についてもまた不明です。しかし計画的な犯行ではなかったと言われており、直前に警察官を襲ってしまったことからもうどうにもならないと凶行に及んだ、というのが真相ではないかと語られています。

犯人は幼児期より問題のある子供で非行の素質があると言われていました。その延長線上で事件が起こってしまったのでしょう。

事件後は狙撃手への批判や弁護士の告発など騒ぎになりました。また、警察が犯人を射撃することに対して慎重になるなどと様々な影響を与えています。歴史に残る大事件でした。

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