吉田純子の生い立ち・夫や子どもは?共犯の現在も|久留米看護師保険金殺人事件

久留米看護師連続保険金殺人事を憶えているでしょうか。世間を震撼させた看護師4人による殺人事件で、なかでも主犯の吉田純子の悪質性は際立っていました。彼女の生い立ちと最後の言葉、韓国国籍の噂や残された子供たちの現在をまとめました。

吉田純子らが起こした久留米看護師連続保険金殺人事件とは?

Bru-nO / Pixabay

久留米看護師保険金殺人事件は20世紀末、福岡県久留米市で起きました。吉田純子ら女性看護師4人が共謀し、男性2人を殺害して得た保険金数千万や、詐欺などで総額2億円もの金を手に入れたのです。

保険金目当てに殺害された男性2人は看護師らの夫でした。看護師らしく医療知識を悪用した殺害方法で、病死として処理されていました。自首によって発覚しなければ、この事件が明るみに出ることはなかったでしょう。

もう一つ特徴的なのは加害者である看護師4人の異様な関係でした。主犯の吉田純子は「吉田様」と呼ばれ女王様扱いで、他3人は奴隷のようでした。吉田純子はその3人からも相談料などの金銭を搾取していました。

2002年に発覚した連続保険金殺害事件

久留米看護師保険金殺人事件で犯行に加わったのは吉田純子、堤美由紀、池上和子、石井仁美の4名でした。2002年そのうちの一人、石井仁美が警察に自首したことから事件が発覚します。

吉田純子らは共謀して1998年に池上和子の夫、1999年に石井仁美の夫を殺害し多額の保険金を手にしました。吉田純子はそれだけでは飽き足らず、次のターゲットに石井仁美の実母を選び殺害を計画指示します。

石井仁美らは計画を実行しましたが、実母の殺害に失敗。吉田純子激怒し「制裁金を払え」と言い出しました。この件で追い詰められた石井仁美が、叔父に相談し警察へ自首したことで事件が明らかになったのです。

吉田純子が主犯で看護師が保険金殺人を企てる

DarkoStojanovic / Pixabay

久留米看護師保険金殺人事件の主犯である吉田純子は、福岡県のマンション最上階で娘3人と暮らしていました。元々金銭欲の強い彼女でしたが、贅沢な生活や借金返済のために多額の金銭を必要としていました。

吉田純子は知人だった看護師仲間3人に言葉巧みに近づき、自分の言いなりになるよう洗脳していきました。最終的に3人は住居や給料の管理を任せるなど、吉田純子に全てを支配されていきました。

そうしてある日、「夫を殺さないとトラブルで大変なことになるよ」吉田純子は看護師仲間に囁きました。もちろん真っ赤な嘘ですが洗脳状態にあった看護師は疑心暗鬼に陥り、夫を殺害してしまいます。

命を救うはずの看護師達が殺人を計画実行したのです。看護師仲間に殺人を実行させて保険金は吉田純子が独り占めでした。この事件の根源は吉田純子の金への強い執着であり、彼女が主犯で間違いありません。

吉田純子の生い立ち

久留米看護師保険金殺人事件の主犯、吉田純子の生い立ちはどのようなものだったのでしょう。彼女の性格はきついところがある反面、人懐っこく面倒見が良いという側面もあり二面性を感じさせたといいます。

嘘も上手く同僚からの借金を繰り返したり、同僚の点滴ミスを脅迫材料にして金をまきあげたり。とにかく金への執着が強く、自己中心的なのに他人を洗脳する術に長けていた彼女。その人生に迫っていきます。

生まれ

Kimpton_house / Pixabay

吉田純子は1959年7月10日、福岡県柳川市で生まれました。当時は山門郡三橋町という地名で、日本書紀に記されているほど古く歴史のある町として知られている地域です。

両親と弟について

geralt / Pixabay

久留米看護師保険金殺人事件の主犯、吉田純子の生い立ちに暗い影を落とすのが幼少期の貧困です。彼女は両親と弟の4人家族でした。父親は自衛隊員でしたが吉田純子が幼いころに除隊し、自動車修理工場をはじめます。

しかしその工場の運営はなかなか上手くいかず、母親は内職や家政婦をして家計を支えていました。実質収入は母親頼みで、一家はとても貧しい生活を送っていたそうです。

また母親は吉田純子の4つ下にできた弟を溺愛しました。彼は幼いころから賢く、運動神経抜群だったのです。対して姉の吉田純子に対しては厳しく辛く当たり、時には暴力を振るっていたそうです。

貧乏生活のコンプレックスから虚言癖へ

AlbanyColley / Pixabay

吉田純子は自身の貧しい生い立ちや生活をコンプレックスに感じていたのか、子供のころから虚言癖が見られたと言います。虚言癖とは必要ない場面で嘘をつく、嘘をつくことが癖になっている状態のことをいいます。

虚言癖は自分を実際よりよく見せたいという願望からはじまります。他人に馬鹿にされたくない、劣等感が強く自信がない自分を隠したいが構ってほしいという気持ちが裏に隠れています。

吉田純子も貧しい生い立ちや生活を隠したい、他人に馬鹿にされたくないという気持ちで嘘をつき始めたのでしょう。しかし虚言癖の怖い所は、嘘を重ねる内に「嘘は悪い事」だと思えなくなっていくことです。

Pexels / Pixabay

吉田純子の虚言癖もだんだん酷くなり、「金持ちと交際している」などという嘘は日常茶飯事。時には友人同士を仲違いさせるために「お互いが相手の悪口を言っている」という嘘の噂話を流すこともありました。

その頃になると、もはや虚言癖とは呼べない悪質な嘘をつくようになっていました。自分のコンプレックスを隠すためではなく、他人を意のままに操るために嘘を利用していたのです。

嘘によって他人を操れることに気づいた吉田純子は、その能力を伸ばしていったと思われます。貧しい生い立ちを隠すための虚言癖が、久留米看護師連保険金殺人事件の始まりだったのかもしれません。

虚言により高校を停学処分&転校

alvpics / Pixabay

久留米看護師連続殺人事件の主犯である吉田純子は、1975年に私立佐賀女子高校衛生看護科に入学します。貧困のため奨学金を利用したのですが、書類一式を15歳の吉田純子がひとりで用意したそうです。

この高校で吉田純子は詐欺まがいの事件を起こしました。高校2年生の彼女は「友人の妊娠中絶の費用を集めたい」と嘘をつき、クラスメイトからカンパを募って金を集めることに成功します。

味を占めた吉田純子は翌年も同じ手口で金を集めようとしますが、不審に思った友人たちに嘘がばれてしまいました。学校に通報され「2ヶ月の停学処分」を受けてしまい、学校にいづらくなったのか転校しています。

1979年聖マリア看護専門学校へ入学し共犯者と出会う

StockSnap / Pixabay

1979年、吉田純子は聖マリア看護専門学校に入学します。この学校で久留米看護師連続殺人事件の共犯者となる、堤美由紀、池上和子、石井仁美の3人と出会いました。

1981年吉田浩次と結婚し3人の子供を授かる

Pexels / Pixabay

1981年、吉田純子は22歳で結婚しました。相手は吉田浩次さん29歳で、久留米市内に住む自衛官でした。結婚後は夫の実家に同居して、子供を3人生んでいます。

この時不自然な養子縁組が行われていました。吉田純子は夫婦で夫方の祖母の養子になり、その祖母から土地をもらい受けます。その後、その土地を担保にした借金3000万を使い贅沢三昧していたそうです。

この養子縁組について、「吉田純子は、初めから祖母の資産ねらいで同居・養子縁組をしたのではないか」と噂されています。ここでもお金への強い執着があらわれているようです。

韓国国籍の噂について

8minwoo / Pixabay

久留米看護師殺人事件の主犯である吉田純子について、「韓国籍ではないか?」という噂があります。根拠は、彼女の顔立ちです。エラがはっていて四角い顔に細い目、それらが韓国人に見えると言うのです。

しかしこの顔立ち以外には、吉田純子が韓国籍だという証拠は何もありません。両親が在日韓国人だったとか、通名があるとか日本に帰化したということもありません。彼女が韓国籍だというのはただの噂のようです。

久留米看護師連続保険金殺人事件の重要人物

StockSnap / Pixabay

久留米看護師殺人事件では、主導した吉田純子ばかりが注目されています。しかし他3人も看護師でありながら殺人に加担しています。一体どんな女性たちなのでしょう。ここからは事件の重要人物をご紹介します。

堤美由紀

DarkoStojanovic / Pixabay

久留米看護師殺人事件の重要人物、1人目は堤美由紀です。看護学校卒業後は一旦疎遠になっていたのですが、1989年に再会して同じ病院に勤めていました。

当時、独身の堤美由紀は不倫相手と別れられずに悩んでいました。それを聞いた吉田純子が「どんなトラブルでも解決できる先生がいる。先生に頼んであげるから私に任せて」というのです。

その後不倫相手は姿を消したことから、堤美由紀は「先生」のおかげだと思い込んでしまいます。しかし不倫相手が消えたのはただの偶然。吉田純子の言う「先生」は架空の人物で、洗脳の手口の一つだったのです。

Free-Photos / Pixabay

この頃から堤美由紀は「先生」もとい、吉田純子を信用するようになり洗脳されていきました。堤美由紀は吉田純子の自宅で同居をはじめ、給料も管理されるようになります。

堤美由紀が同居して1年たったころ、吉田純子の夫が家を出ていきました。すると吉田純子は堤美由紀に肉体関係を強要するようになり、いわゆる同性愛の関係になっていったのです。

その後、交通事故を偽装して実母から550万円を騙し取るなどしています。もちろん吉田純子の命令で、完全に奴隷のようになっていたのです。

池上和子

jarmoluk / Pixabay

久留米看護師殺人事件の重要人物、2人目は池上和子です。彼女も看護学校卒業後は疎遠になっていましたが、再会し保険金殺人事件に巻き込まれていきます。

保険金殺人事件の最初の被害者は平田栄治さん、池上和子の夫でした。吉田純子が囁く「あなたの夫は、妻子を殺すつもりだ」という言葉を、池上和子は信じてしまいます。

1998年、吉田純子と3人は池上和子の夫の殺害を実行します。酒と睡眠薬でこん睡状態にした夫にカリウムと空気を注射して死亡させました。夫にかけられていた3500万円を得ています。

石井仁美

jarmoluk / Pixabay

久留米看護師殺人事件の重要人物、3人目は石井仁美です。2人目の被害者、久門剛さんは彼女の夫でした。また吉田純子の囁き、「あなたの夫には金銭問題があり、保険金で支払うしかない」という言葉を信じたのです。

1999年吉田純子と3人は、夫を酒と睡眠薬で眠らせて医療用チューブで胃に大量の酒を流し込んで殺害。保険金3300万円と退職金を得ました。その後石井仁美の実母の財産に目をつけるも、失敗に終わっています。

彼女たちは3人とも吉田純子のことを「吉田様」と呼んでいました。吉田純子命令は絶対で、吉田純子の階下の部屋を買わされて住居とし給料も管理され、奴隷のような生活を送っていたのです。

久留米看護師連続保険金殺人事件とその後

Foundry / Pixabay

1991年、堤美由紀との再会から始まったこの事件。看護師3人らの給料を搾取したり「先生」絡みの相談料をだまし取るだけでは飽き足らず、1998年と1999年には2人を殺害する事件を起こします。

吉田純子の他人を洗脳し支配する能力や、自己中心的な考えと金への執着は常軌を逸していました。その強欲さは、逮捕勾留中や裁判でも変わらずに節々で顔をのぞかせていました。

事件の概要

久留米看護師殺人事件の最初の事件が起きたのは、1998年1月23日。当時33歳だった吉田純子、堤美由紀、池上和子、石井仁美の看護師仲間4人で共謀し、池上和子の夫(平田栄治さん)を殺害しました。

睡眠薬と酒で昏睡状態にした後空気を注射して死亡させ、保険金3450万円をだまし取ります。第二の事件は1999年、吉田純子ら4人はまた共謀し石井仁美の夫(久門剛さん)を殺害しました。

kbatx / Pixabay

睡眠薬と酒でこん睡状態にして、胃にチューブで大量の酒を流し込む手口で死亡させ、保険金3300万円をだまし取り退職金を手にしました。第三の事件では、石井仁美の実母の殺害を実行するも失敗しました。

得たお金のほとんどは吉田純子が独り占めしています。一連の殺人事件は2001年8月、実母殺害の失敗によって疲弊していた石井仁美の自首によって世間に知られることになりました。

逮捕後の吉田純子の悪行

Pavlofox / Pixabay

吉田純子は逮捕後も驚きの悪行を働いていました。収監されていた吉田純子は配膳係の受刑者に言葉巧みに近づき、石井仁美と堤美由紀へ手紙を渡すことに成功します。

手紙の内容は、2人に対する虚偽の証言の指示でした。もちろん吉田純子の罪を軽くするように仕向けるためです。しかし堤美由紀が手紙を拒否して弁護士に知らせたことから悪事は発覚しました。

吉田純子が配膳係を騙して手なづけていることも衝撃ですが、逮捕されてもなお3人との主従関係が続いていると思っていたのでしょうか。

裁判と判決

12019 / Pixabay

2010年3月、吉田純子の判決が最高裁で言い渡されました。久留米看護師殺人事件を計画主導して利益を独り占めした首謀者と認定され、死刑が確定しました。

堤美由紀は無期懲役刑、自首した石井仁美は懲役17年が確定しました。池上和子は2004年9月に子宮ガンで死亡した為、公訴棄却となっています。

2016年3月25日吉田純子の死刑が執行された

2016年3月25日、吉田純子の死刑が執行されました。福岡拘置所に収監されており再審請求をしていました。彼女の口から反省や謝罪の言葉が出ることは、最後までありませんでした。

吉田純子の最後の言葉とは?

ToniaD / Pixabay

吉田純子に最後の言葉はありませんでした。しかし弁護士宛てに書いた手紙には「事件は持ちつ持たれつの共謀だった」「被害者の方が天国で安らげますようにお詫びします」と記されてました。

その後取材者に対し「日々懺悔している」という発言もありました。しかしその裏で「保釈金が欲しいから事件の手記を出版してもうけたい」「今よりいい弁護士を紹介してほしい」という手紙も書いています。

吉田純子が手にした金額と使い道は?

Maklay62 / Pixabay

久留米看護師殺人事件で得られたお金は、主犯の吉田純子が独占していました。保険金や退職金、詐欺で得た大金は総額いくらで、一体何に使っていたのでしょうか。

逮捕までに手にした金額は総額2億円

JCamargo / Pixabay

吉田純子が手に入れたお金で判明しているものは、平田栄治さんの保険金3450万円、会社から支払われた313万円と遺族年金15万円(月額)。平田さんの両親の遺産1000万円。

久門剛さんの保険金3200万円に退職金。他にも同僚看護師の医療ミスを脅迫し金銭を脅し取ったり、トラブルの解決金を要求したりしており、吉田純子が手にした総額は2億円にもなるそうです。

手にしたお金の使い道

Engin_Akyurt / Pixabay

吉田純子は手に入れた大金を何に使っていたのでしょうか。彼女はとにかく贅沢好きで、エステに通い、ブランド品や高級家具を買いあさり、海外旅行にもお金をつぎ込んでいました。

吉田純子の家族の現在や関連人物の現在

kalhh / Pixabay

堤美由紀は独身でしたが、事件当時30代だった看護師らには子供もいました。事件から20年、久留米看護師殺人事件の関連人物は現在どうしているのでしょうか。

夫の吉田浩次

Free-Photos / Pixabay

久留米看護師殺人事件の主犯である吉田純子の夫、吉田浩次さん。事件が起きる数年前に別居しているためか、消息はまったくわかりません。自衛隊員ならばすでに退職しているかもしれません。

子どもたち(娘たち)の現在

moshehar / Pixabay

吉田純子には娘が3人いました。1983年生まれの「紀子さん」1987年生まれの「えりさん」1989年生まれの「さやかさん」。現在30代だということしかわかりません。

吉田純子は子供を着飾ることは好きだったももの、親子仲は良くなかったそうです。しかし娘を殺害する計画すらたてていた母親のために、長女は保釈を求める活動をしていました。

NEXT 共犯者の現在は?