名古屋妊婦切り裂き殺人事件の概要!犯人は?夫や子供の現在も! 社会

名古屋妊婦切り裂き殺人事件の概要!犯人は?夫や子供の現在も!

1988年に名古屋市で起きた名古屋妊婦切り裂き殺人事件。臨月だった被害者の腹部を切り裂く猟奇的な犯人の手口や、お腹にいた子供は現在どうなっているのか?また、アムウェイが関わっていたり夫が真犯人との噂もあり、事件の真相やその後の被害者家族について迫っていきます。

目次

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名古屋妊婦切り裂き殺人事件の概要

1988年3月18日に名古屋市のアパートで臨月の主婦が殺害され、腹部から胎児が取り出されていたという猟奇殺人事件です。犯人は見つかっておらず、2020年現在でも真相は謎に包まれたままです。

1988年に起きた妊婦切り裂き未解決事件

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1988年3月18日、名古屋市中川区富田町のアパートで、当時27歳の臨月であった主婦が首を絞められて殺害されているのが発見されました。

発見時、被害者の主婦は腕を縛られ腹部を切り裂かれ、胎児が取り出されていました。

猟奇性と殺害動機の不明瞭さから事件発覚後は大きな話題を呼びましたが、未だに犯人は捕まっておらず、名古屋妊婦切り裂き殺人事件は日本の重大未解決事件の1つに数えられています。

猟奇事件として成立されるも時効を迎えている

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この名古屋妊婦切り裂き殺人事件は妊婦が殺害されたというだけではなく、胎児が取り出されたその腹部に、電話の受話器とミッキーマウスのキーホルダーが詰め込まれているという、猟奇的な特徴を持ちます。

しかし、有力な手がかりを得ることなく、真相は謎に包まれたまま2003年3月18日に公訴時効を迎え未解決事件となりました。

事件発生の現場について

事件現場は、被害者の住んでいた名古屋市中川区富田町のアパートの一室です。1985年に完成したアパートであり2階建てで計4室になります。新興住宅街に位置していましたが、夜間は人通りが少ない場所です。

事件当時、1階の2部屋は共に入居していましたが、2階の1部屋に被害者家族が住んでおり、隣の部屋は空き室となっていました。

なお現在もこのアパートは残っているとのことですが、被害者家族の住んでいた部屋は長らく空き部屋になっているとの噂もあります。

被害者となった女性について

名古屋妊婦切り裂き殺人事件の被害者となった当時27歳の女性は、第一子の出産を控えた臨月の妊婦でした。

出産予定日から5日が過ぎても子供が生まれる兆しがなく、事件当時はいつ産気づいても大丈夫なように自宅で待機していたといいます。

名古屋妊婦切り裂き殺人事件の時系列

事件当日の朝、普段通り夫を見送った被害者。臨月の被害者を夫が心配し午後に電話したときは問題なかったものの、退社直前に再度電話した際は電話に出ず。そして、夫は帰宅し被害者の無残な姿を発見しました。

1988年3月18日夫が妻に電話するが出ない

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1988年3月18日、被害者の主婦は普段通り夫の出社を見送ります。主婦は出産予定日より出産が遅れていたため、事件当時は夫が会社から気遣い定期的に妻に連絡をしていました。

事件当日、通常通り出社した夫は、午後1時過ぎにいつものように妻に連絡します。特にいつもと変わらず妻は電話に出て夫と会話をしました。

退社する直前の午後6時50分頃にも夫は再び自宅に電話をかけたといいますが、そのときは誰も電話に出ませんでした。

午後7時40分帰宅するが不審な点と共に発見

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夫は妻が外出していると思い、帰る頃には妻も家に戻っているだろうと考えながら帰宅します。

午後7時40分頃に家に到着。そのときに、普段は施錠しているはずの玄関のドアが開いており、部屋の電気もついていなかったため、不審に思いながらも家に入ります。

そして寝室でスーツから着替えたとき、奥の居間から赤ちゃんの泣き声が聞こえました。不思議に思って居間を覗くと、そこにはお腹を裂かれて息絶えた妻と、泣き続ける赤ん坊の姿があったのです。

階下の住民に電話を借りて通報

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夫はすぐに119番通報をしようと普段電話機が置いてある場所に向かうも、電話機が見当たらず。慌てて1階の住民に電話を借ります。

そして、午後7時43分に名古屋市消防局消防指令センターへ通報しました。

そのときに電話を貸した住民はその後の取材に対して「電話が引きちぎられて赤ん坊が出ているから電話を貸して欲しい、と血相を変えて頼み込んできたから、赤ちゃんが生まれたのかと思った」と証言しています。

被害者のお腹の中に受話器とミッキーマウスのキーホルダー

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子供が生まれているという通報を受けた救急隊員が駆け付けると、被害者である妻は青いマタニティウェアを着た姿で首を電気こたつのコードで絞められ、腹部を切り裂かれて絶命していました。

腹部はみぞおちから縦に約38cm切られており、子宮内にいた赤ちゃんは取り出され、赤ちゃんの代わりのように被害者の腹部には電話の受話器とミッキーマウスのキーホルダーが入れられていたといいます。

電話の受話器はコードから鋭利な刃物で切断されていました。ミッキーマウスのキーホルダーは夫が自家用車の鍵につけていたもので、事件当日、夫は車を使用しておらず、鍵は自宅内にありました。

当時の現場の様子は悲惨なものだった

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当時の事件現場は悲惨な状態でした。現場一室が血の海になっており、そのときの様子を夫は「妻は普通の人には想像できないような恐ろしい状態で息絶えていた」と表現しています。

また、事件時に現場に急行した愛知県警察機動捜査隊の警察官は「あんな現場は今まで見たことがない」と言い合っていたとのことです。

発見時の赤ちゃんの様子は?

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発見時に泣いていたという赤ん坊ですが、命に危険がなかったわけではありません。無理やり母親のお腹から取り出されたために左足の膝裏、左の太腿の裏などの3箇所に切り傷を負っており、貧血状態にありました。

事件当時は3月で夜間は室温も下がっていたことから体温も著しく低下しており、低体温症も起こしていたといいます。

被害者の夫とその父親が献血をしたことで何とか赤ん坊は一命をとりとめ、1988年4月2日にやっと退院ができました。

事件後に愛知県警は一部事実を伏せて発表

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あまりにも猟奇的な事件であったため、愛知県警は「名古屋市内で妊婦が殺害された」「お腹の中にいた赤ちゃんは助かった」「金品目的の強盗犯ではないと思われる」といった情報を発表しました。

被害者の裂かれたお腹の中に受話器とミッキーマウスのキーホルダーが入れられていた、という名古屋妊婦切り裂き事件の最も不気味な点は伏せて情報を公開したのです。

この点についてはある新聞記者が「お腹の中に入れられていたものについては、発表できないだろう」と刑事が話していたのを聞きつけ、警察や救急隊員に取材を行った結果、明らかになったとされています。

赤ちゃんのその後について

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発見された赤ちゃんは衰弱していましたが、懸命の措置のかいがあって、一命をとりとめました。その後は順調に育っていったとのことです。

赤ちゃんは母親殺害後に犯人によって取り出されていた

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発見時、赤ちゃんは母親の体内から取り出されてから既に2時間ほど経過していました。搬送時には体温が30度程度までに下がっていたうえ、重度の貧血の状態でした。

また司法解剖の結果、被害者の産道は閉じていたことが明らかになっており、我が子を産んでから亡くなったのではなく、殺害された後に犯人が赤ちゃんが外に出したことが判明しています。

赤ちゃんが取り出されたのは故意なのか偶然だったのかは不明ですが、発見時に臍の緒は切られており、これは犯人が行ったものと考えられています。

奇跡的に助かりミルクを飲み始め退院

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しかし、幸運にも発見が早かったこと、そして父方の祖父の輸血や病院の医師の的確な処置、懸命な手術の結果、奇跡的に一命をとりとめました。

全治10日のけがを負っていたものの、その後事件発生の翌日3月19日にはミルクを飲み始め、4月2日に無事退院しています。

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