尼崎事件を起こした角田美代子の生い立ちとその後!黒幕が明らかに?社会

尼崎事件を起こした角田美代子の生い立ちとその後!黒幕が明らかに?

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2003年10月頃、谷本さん宅から一家が姿を消し、谷本さん父は角田美代子から逃れる

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同年8月から9月頃角田美代子らが押しかけ、占拠して居座っていた谷本家から谷本父が妻(この時点で角田美代子に無理やり離婚させられている)を逃し、自らも逃走、その後は親戚宅を点々と逃げ回ります。

しかし、この谷本父の行動によって結果的に残された娘二人は角田美代子らに尼崎へ連れ去られてしまいます。結果、同年10月には谷本家から一家の姿が消えています。

2003年、皆吉さん長男が脱走し連れ戻される

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2003年、皆吉家の長男が最初の脱走を図ります。しかし潜伏先を発見されすぐに連れ戻され、激しい暴行を受けています。

この男性は現在も生存しており後に「角田被告宅を何度も逃げ出したが、その都度連れ戻された。角田被告が恐ろしい」と証言しています。

2004年頃、谷本さん一家の父が告発する機会を狙って尼崎市内に潜伏

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2004年に入ると、逃走していた谷本家の父が、娘達の救出機会を狙い偽名を名乗って尼崎市内に潜伏しながら、角田美代子の周辺を探っています。

この時に谷本父は、あえて危険を冒して角田美代子らの近くに身を置き、角田美代子らが事件を起こすのを待って、その時に警察を介入させ、それに乗じての事件を告発する機会を狙っていたそうです。

2005年7月1日、橋本久芳さんが沖縄で転落死

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2005年7月1日には、橋本久芳さんが沖縄万座毛から転落死しています。これは角田美代子の「死んで保険金で私らを助けてくれ」との要求で、自殺を強要されての飛び降りが真相との証言があります。

当時は事故として処理され、真相は角田美代子逮捕後に明らかになりました。この時角田美代子らは沖縄観光を楽しみ、前日には全員で食事会を開き、久芳さんが飛び降りた万座毛では家族での集合写真を撮っています。

2005年、橋本次郎さんも軟禁状態に

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橋本久芳さんの弟、橋本二郎さんは2004年時には東京に住んでいましたが、兄の葬儀に尼崎に帰ったところを角田美代子らに脅迫され以後、軟禁状態になります。

2006年10月、橋本久芳さんの母親が失踪宣告により戸籍上の死亡

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2006年の10月には、橋本久芳、二郎の母に失踪宣告が出され、戸籍上の死亡扱いとなっています。しかし、真相は1987年に既に殺害されており海に遺棄されたとの証言があります。

その後、証言された場所が捜索されましたが遺体は発見されず、現在まで行方不明となっています。

2007年、皆吉さん長男が脱走

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2007年、皆吉家長男が再度の脱走をします。2007年から2012年の8月頃まで、偽名を使って潜伏生活を送っていたとされます。

2007年秋、皆吉家の次男と橋本次郎さんが一緒に脱走

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2007年秋頃、橋本二郎さんは一度、皆吉家の次男と共に、東京都足立区の皆吉家次男友人宅へと逃げ込んでいます。

2008年、谷本さん一家の長女・茉莉子さんと夫仲島さんが逃亡し連れ戻される

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角田美代子の指示で2007年頃、谷本家の長女茉莉子さんと無理やり結婚させられていた仲島康司と茉莉子さんの二人が夫婦で示し合わせて東京や仲島の実家である沖縄へ逃走します。

しかし、逃走から1ヶ月ほどで角田美代子らに発見され無理やり連れ戻されています。

2008-2009年、谷本さん一家の長女・茉莉子さんが死亡

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この逃走の懲罰として物置に監禁され虐待を受けるなどした谷本茉莉子さんは、その最中2008年から2009年の間に虐待が原因で死亡したとされます。遺体は皆吉ノリ自宅の床下に遺棄されています。

2009年夏、たこ焼き店経営の男性に事業を持ちかける

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角田美代子は2009年夏、たこ焼き店を経営していた40歳の男性に目をつけ、度々取り巻き連中と来店、男性を通信販売の事業に誘い、自宅マンションに招いています。

しかし、この時角田美代子は、事業の話をする事なく男性を帰宅させています。これが何故かは不明ですが、この男性は運よく命拾いした事になるかも知れません。

2009年秋、橋本次郎さんが行方不明に

2009年秋には、逃走し東京都に潜伏していた橋本二郎さんの職場に角田美代子らが押しかけ、橋本二郎さんの行方を探しているとして騒ぎを起こします。

その後の詳細については明らかになっていませんが、発見され尼崎に連れ戻され、再び支配下に置かれたとみられています。

2010年4月、川村博之を退社させ退職金を奪い取る

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阪神電鉄に勤めていた川村博之は2009年に角田美代子のクレーム対応を担当した事で関わりを持つ事になり、家族に角田美代子の介入を許す事になります。

2010年4月、角田美代子は言葉たくみに川村博之を退職して川村の長年の夢だったという珈琲店を開く事を勧め、その開業資金に充てようと思っていた退職金と借入金合計約1000万を奪い取っています。

2010年10月、角田美代子が川村博之と大江裕実の家族を軟禁

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同年10月には、角田美代子は川村博之とその妻(後に離婚に追い込まれる)大江裕実の家族を自分のマンションに呼び寄せ軟禁状態に置き、連日家族会議を行わせています。

2011年1月2月、川村博之の兄が角田美代子から離れる

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2011年1月2日には、川村博之の家族への虐待が激しくなりますが、この頃に川村博之の兄は角田美代子から離れる事に成功しています。会社に相談し、会社の保護があったとの事でした。

2011年、大江和子さんが東京の親戚宅へ移る

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川村博之の妻大江裕実の母、大江和子さんが、2011年、一緒に暮らしていけないとして角田美代子の支配を拒絶、東京の親類宅に身を寄せます。

2011年6月、大江和子さんが連れ戻され監禁、暴行

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しかし、同年6月にはすぐに角田美代子らに連れ戻され、監禁と激しい暴行を受けはじめます。

2011年、皆吉さん一家の次男が東京で病死

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2011年、橋本二郎さんと共に東京へと逃走した皆吉家の次男が、東京で病死します。親族によると、最期まで角田美代子に連れ戻される事に怯えていたのだそうです。

2011年夏、橋本次郎さんが殺害される

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同年の夏には、橋本二郎さんが、その時期角田美代子らと同居していた12歳の女子の胸を触ったとしてトラブルになり、それを聞いた角田美代子が激怒、物置に監禁し激しい暴行を加え死亡させます。

2011年夏、和歌山県に逃亡していた角田瑠衣の実母が角田美代子に暴行され入院、死亡

2011年夏には、角田瑠衣(谷本家次女、角田美代子に気に入られ養子縁組)の逃走していた実母が角田美代子らに発見され、激しい暴行を受けて脳挫傷で入院、そのまま意識が戻らず肺炎で死亡します。

2011年9月11日ごろ、大江和子さんが死亡

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川村博之の妻大江裕実の母、大江和子さんが2011年9月11日頃、角田美代子からの命令による身内からの暴行や虐待が原因で死亡します。遺体はドラム缶に詰められ尼崎市内の貸倉庫に遺棄されます。

2011年11月3日、大江さん一家の長女、香愛が脱走し交番に駆け込み事件発覚

母大江和子の殺害後、角田美代子らから集中的に暴行を受けるようになった大江和子の長女大江香愛が、2011年11月3日に脱走し、大阪市北区の交番に駆け込みます。

「妹夫婦がトラブルになって、母親が死んだ」と訴え、尼崎市を管轄する兵庫県警へ連絡が行きます。これにようやく異常を察知した兵庫県警により、角田美代子らは逮捕され事件が発覚しました。

尼崎事件の相関図

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尼崎事件の時系列をまとめましたが、整理してもみても事件の全容があまりにも複雑である事がわかります。事件を理解するために相関図が多数作成されています。

そんな中でもサザエさん一家で尼崎事件の人物相関図を例えた「尼崎事件サザエさん相関図」がわかりやすいと話題になっています。ここからは、このサザエさん相関図を見ながら主要な人物について説明します。

サザエさん一家で例えた相関図が話題に

上の画像がわかりやすいと話題になったサザエさんで尼崎事件を例えた相関図です。

角田美代子の内縁の夫・鄭頼太郎

鄭頼太郎は角田美代子の内縁の夫で、二人は20代の頃からの知り合いでした。サザエさん相関図ではマスオさんの立場になります。頼太郎が23歳の時に美代子にプロポーズしたとされます。

二人の関係は夫婦関係というよりは、頼太郎が美代子を恐れる、従属関係の様なものであったとの証言もあります。

角田美代子の義理の妹・角田三枝子

角田美代子ファミリーのナンバー2と言われるのが、義理の妹である角田三枝子です。サザエさんの相関図ではワカメちゃんの位置になります。金庫番などを任され美代子が最も信頼を置く人間だったと言われます。

二人が幼少の頃、三枝子の母親が美代子の母の家に間借りした事で知り合い、二人は主従関係の様になり40年間、三枝子は美代子に付き従います。20代の頃、売春で得た金もほとんど美代子の為に使われたそうです。

28歳の頃に、三枝子は一度風俗の客と結婚し、角田美代子と距離を置こうとしています。美代子はこれに激怒し離れる事は許されませんでした。

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20代の頃から美代子は自分はブサイクで成績が悪いので自分の子は欲しくないといい、代わりに三枝子の子を欲しがっていたそうです。美代子の指示で三枝子は角田家に集金に来ていた男の子を身ごもります。

三枝子は美代子になりすまし、病院で子供を出産。生まれた子供は優太郎と名付けられ、戸籍上美代子の子供として育てられます。三枝子は子を人質に取られた様に感じ、より美代子に逆らえなくなったと言います。

角田美代子の戸籍上の次男・角田優太郎

角田美代子の次男、角田優太郎は1986年に角田三枝子が生んだ子供です。サザエさんの相関図ではタラオです。相関図の表記は長男となっていますが実際は次男です。

唯一角田美代子に物を言える人間がこの優太郎であったとされます。角田美代子の寵愛を受け、将来は義理の長男健太郎とペアで芸能界デビューさせると息巻いていたと言われます。

角田美代子の義理の長男・角田健太郎

1982年生まれ、元々は猪俣家の次男で、角田美代子の介入を受けた際に取り込まれた人物です。角田美代子に気に入られ養子縁組をし、義理の親子となっています。サザエさんの相関図には表記がありません。

角田美代子の後継者とも言われた角田瑠衣

角田美代子の後継者とも目されたいたのが角田瑠衣です。元々谷本家の次女で、高松市の名門高校へ通う優等生でした。しかし角田美代子らの介入を受けると次第に美代子に心酔する様になります。

サザエさん相関図ではリカちゃんにあたり、タラオにあたる角田優太郎と結婚、角田美代子の義理の娘となります。角田美代子に従い、実の母や姉に激しい暴行を加え死亡に至らしめています。

被害者の一人・仲島茉莉子

角田美代子の被害者の中でも、最も悲惨な被害者と言えるのがこの仲島茉莉子さんです。谷本家の長女で、高校を中退し、高松市のIT関連企業でデザイナーとして働いていました。

谷本家が角田美代子らの介入を受けた際は、角田美代子に反抗し虐待のターゲットとされます。角田家の同居人仲島康司と無理やり結婚させられ、仲島茉莉子を名乗っています。

何度か逃亡を試みますがその度に捕まり、次第に虐待は過激化し、2008年の上旬に物置に監禁・虐待を受けた事が原因で衰弱死します。遺体は皆吉ノリさん宅、床下に埋められます。

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