BRAHMAN事件の概要と関連人物!その後の活動や現在について

ロックバンドのBRAHMANが起こした裁判をBRAHMAN事件と呼んでいます。このBRAHMAN事件は、BRAHMANの楽曲の著作権に関する裁判だったのです。BRAHMANのメンバーが起こした裁判とは一体どのような事件だったのでしょうか?調べてみました。

BRAHMAN事件の概要

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ロックバンドグループのBRAHMANが作詞作曲していた曲に対しての著作権に関して起こした裁判のことをBRAHMAN事件と呼んでいます。

これは、ミュージシャンが起こした著作権に関する裁判を起こした事件のことなのです。詳しい経緯とともに調べていきましょう。

イレブンサーティエイトに対してCD製造・販売の中止を求めた事件

BRAHMANのメンバーで作詞作曲した楽曲を、音楽会社であるヴァージン・ミュージック・ジャパンに譲渡しました。ヴァージン・ミュージック・ジャパンはイレブンサーティエイトと共同契約をします。

この契約があるにも関わらず、イレブンサーティエイトがBRAHMANに対して歌を演奏して欲しいと頼みます。この時、BRAHMANは著作権にあたると考え、イレブンサーティエイトに対して、

CDの製造と販売の中止を求めたのです。このことをきっかけとして、裁判という大きな事件となってしまったのです。

著作権とは?

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著作権というのは、音楽や芸術、文学などの作者に対しての権利となっています。この作者の想いや考えや気持ちを表現してできた作品を守るためにできた法律ともいえます。

著作権制度というのは、作者の利益を守ることも目的としているのです。そのため、作者は著作権制度により、著作物の利用した人から使用料も取ることができます。

BRAHMAN事件の詳細

BRAHMAN事件の経緯はどのようなものとなっていたのでしょうか?BRAHMAN事件が詳しくわかるように、BRAHMAN事件について詳しくみていきましょう。

BRAHMANの楽曲の著作権をめぐる事件となっているのです。BRAHMAN事件とは著作権を争う裁判のことだったのです。

そして、BRAHMANのメンバーについても一人ひとり紹介していきます。

BRAHMANがインディーレーベルにCD製造・販売中止を求める

BRAHMANのメンバーらは、イレブンサーティエイトに対して、CD製造や販売を中止するように求めたのです。このイレブンサーティエイトという会社はインディーレーベルの会社なのです。

このインディーレーベルというのは、メジャーではない、インディーズの音楽会社をさしています。日本では、このインディーレーベルの会社から音楽を提供するグループも多くいます。

BRAHMANはこのインディーレーベルの、イレブンサーティエイトという会社に対して裁判を起こした事件をBRAHMAN事件と呼んでいます。

BRAHMAN事件の争点について

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BRAHMANは元々、ヴァージン・ミュージック・ジャパンに対して、BRAHMANが作詞作曲した楽曲を譲渡しました。ヴァージン・ミュージック・ジャパンはイレブンサーティエイトとの共同出版を契約します。

そして、イレブンサーティエイトはヴァージン・ミュージック・ジャパンから承諾を得ているとして、BRAHMANに対して曲の演奏を依頼しBRAHMANは演奏を行いました。

そして、イレブンサーティエイトはこの演奏した曲をCDを作製したのです。しかし、BRAHMANはこのイレブンサーティエイトが著作権違反に反すると考えたのです。

著作権違反とは

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著作権違反というのは、著作権侵害といい著作権のある著作物を無断で使用した時に著作権侵害となるのです。しかし、無断で使用できる著作物の場合は無断で使用しても罪にはなりません。

そして、この著作物に対して勝手に内容を変えたり、著作者に無断で名前を付けたりとしたときには、著作者人権侵害となってしまうのです。

このように、著作権を違反した時には裁判を起こすことができ、損害賠償の請求や侵害行為の中止を求めたりできるのです。裁判により相手に懲役や罰金が命じられることもあります。

控訴に対し有限会社イレブンサーティエイトが反論

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イレブンサーティエイトは裁判で反論します。イレブンサーティエイトはヴァージン・ミュージック・ジャパンから授権し、承諾を得たと明かしました。

それを元に、BRAHMANに楽興の演奏を依頼しているのだと主張しました。そのため、楽曲の著作権を有しているヴァージン・ミュージック・ジャパンから権利を得ているので、違反に反していないとしています。

これにより、イレブンサーティエイトは裁判で著作権には違反していないため、無罪であることを強く主張したのです。

BRAHMAN事件の裁判の判決

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この裁判では、BRAHMANらの演奏によってできたCDなので、BRAHMANらがCDの中止を求めることはできると判決されました。そのため、BRAHMAN側の勝訴となったのです。

イレブンサーティエイトがたとえ著作権に関して承諾をヴァージン・ミュージック・ジャパンから受託していたとしても、BRAHMANの中止を求める声を阻止することはできないという判断だったのです。

このため、イレブンサーティエイトは控訴の内容を承認することとなり、この控訴の費用もすべてイレブンサーティエイト側の負担となったのです。BRAHMAN事件が完結したのです。

BRAHMANとは

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BRAHMANは1995年に結成されたロックバンドです。BRAHMANはボーカルTOSHI-LOWさんとギターKOHKIさん、ベースMAKOTOさん、ドラムRONZIさんの4人で結成されています。

元々は、別々のロックバンドを結成していましたが、相次いで解散したことから、TOSHI-LOWさんとDAISUKEさん、RONZIさん、NABEさんにてBRAHMANを結成しました。

その後、NABEさんが脱退しMAKOTOさんが加入しました。1996年にミニアルバムにでデビューし、DAISUKEさんが脱退しKOHKIさんが加入し現在のメンバーとなりました。

ボーカルのTOSHI-LOW

TOSHI-LOWさんは1974年11月9日生まれのボーカルを担当しています。TOSHI-LOWさんの本名は宮田俊郎さんといい、茨城県水戸市の出身です。

2003年4月には女優のりょうさんと結婚を発表しています。2005年7月に長男が誕生し、2012年4月には次男が誕生しています。りょうさんや息子さんとも度々共演して話題になっています。

TOSHI-LOWさんは以前、アパレルブランドをも提携したことでも有名です。現在では終了していますが、当時人気となっていました。そして、実の弟の宮田亮さんはアパレルの運営をしています。

ギターのKOHKI

KOHKIさんは1975年7月13日生まれのギター担当です。1997年に前メンバーのDAISUKEさんが脱退したことをきっかけにBRAHMANに加入しています。

本名は堀幸起さんといい、和歌山県新宮市の出身です。関西弁を話し天然である行動も度々見せています。ギターの腕前は相当なもので、他にもDJを何年も続けているなど多趣味な性格です。

髪の毛が長いことがトレードマークとなっており、ライブではその長い髪の毛を振り回している姿が印象的です。既婚者で奥さんと一緒のところも目撃されています。

ベースのMAKOTO

MAKOTOさんは1974年4月10日生まれのベースを担当しています。本名は小澤誠さんといい、長野県松本市出身です。ドラムのRONJIさんとは高校の同級生です。

RONJIさんに誘われてBRAHMANに加入しました。最初はTOSHI-LOWさんとはあまり仲が良くなかったそうですが、現在ではTOSHI-LOWさんと仲は良く一緒に暴れています。

高校卒業後にバンドをやるために、東京に上京してきました。そして、4年間近くにわたりドラムのRONJIさんと同居していたそうです。

ドラムのRONZI

RONJIさんは1974年7月4日生まれのドラム担当です。本名は小林論司さんで、長野県松本市の出身です。ドラムと同じくらいラーメンが大好きであることを公言しています。

BRAHMANのバンドを結成するときに、TOSHI-LOWさんと意気投合したことで、BRAHMANが結成されたと言われています。メンバーなどから、ロンちゃんとの愛称で呼ばれています。

ドラムだけではなく、ギターも弾けることから、年に数回ギターを持ってソロ活動も行っているそうです。この時、女装したりと話題には欠けません。

旧メンバー

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BRAHMANにいたメンバーは2人います。まずは、NABEさんです。結成当初に在籍していたベース担当で、BRAHMANのバンド名の名付け親です。脱退したあと2012年に自殺で亡くなっています。

そして、DAISUKEさんはBRAHMANの前にはTOSHI-LOWさんとバンドを結成していました。その後、前のバンドが解散となった時に、TOSHI-LOWさんと一緒にBRAHMANを結成しました。

1996年にDAISUKEさんはBRAHMANを脱退します。現在ではDAISUKEさんはパン屋さんとして活動をしているそうです。

BRAHMAN事件のその後

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BRAHMAN事件のその後、BRAHMANはどのような活動となっていたのでしょうか?このBRAHMAN事件をきっかけにBRAHMANに対しての世間の目が変わったと言われています。

事件を機に知名度が上がる

このBRAHMAN事件をきっかけに、一気にBRAHMANの知名度があがることとなりました。BRAHMANが起こした、著作権の事件をきっかけに著作権に対する認知もあがったのです。

このため、BRAHMAN事件は大きな話題を呼ぶこととなりました。BRAHMANが大きく取り上げられたことによって、BRAHMANの音楽にも注目が集まりました。

そして、2008年にはオリコン初登場1位となり快挙まで達成したのです。BRAHMANが注目されていたことがわかる結果となりました。

著作権違反について世に知れ渡る影響

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このBRAHMAN事件により、大きく取り上げられたBRAHMANでしたが、同時に著作権違反に対しての世間の影響も大きく出ました。これまで、著作権の事をあまり知らなかった人も多くいました。

そのため、著作権に関して着目する人が多くいたのです。著作権のことをこのBRAHMAN事件をきっかけに世間が注目することとなったのです。

自身の曲を守るために裁判を起こしたBRAHMANに対して、共感する声も多数あがりました。そして、BRAHMANは一気に人気者バンドとして駆け上がることとなったのです。

BRAHMANのその後と現在

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BRAHMAN事件から、BRAHMANの活動と現在に至るまでの行動を調べてみました。そこにはBRAHMANの精力的な活動を目の当たりにすることができました。

2003年中国で事件が起きる

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2003年にBRAHMANは再び事件が起こってしまったのです。しかし、BRAHMANが起こした事件ではありません。BRAHMANが中国でイベントを行った時に、暴動が起きたのです。

この当時、中国で日本人団体旅行客による集団売春事件が起きていたのです。そのため、日本に対してのイメージからかBRAHMANのステージでは観客からブーイングが起きたのです。

そして、BRAHMANが歌うステージでは怒号が飛び、さらには石やビール瓶や卵まで投げ込まれるという事態に勃発したのです。

2016年再び中国のイベントに出演

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2003年に起きた中国での事件の後、13年後に再びBRAHMANは中国でのイベントに招待されたのです。BRAHMANは2003年に中国でのライブの時に暴動が起きました。

しかし、それでもBRAHMANは歌い続けたのです。この勇姿に心うたれたロックバンドTHIN MANのリーダーDAI QINさんから手紙をもらったのです。

そこには、BRAHMANの音楽性や精神性に対して、BRAHMANはヒーローとなったと書かれていました。そして、イベントに招待されたのです。

ライブ活動で人々を魅了

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このように、BRAHMANは事件があったにも関わらず、BRAHMANの音楽性に共感し人々を魅了し続けているのです。BRAHMANのライブなどには現在でも多くの人が駆けつけています。

現在でも精力的にライブ活動を行っており、BRAHMANを応援するファンは多くいます。BRAHMANの音楽やライブには今もなお、たくさんの人を熱狂させているのです。

政治的な発言も行っている

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BRAHMANのTOSHI-LOWさんは東日本大震災の後には、政治的な発言もしていたのです。TOSHI-LOWさんは東日本大震災の後、すぐに支援活動に行動を移していたのです。

震災5日後にはチャリティーTシャツを販売し、その後被災地に支援物資を運搬もしているのです。当時、震災で自粛モードが漂っていましたが、ライブを決行し、観客にも支援活動を呼び掛けます。

BRAHMANのメンバーは津波にのまれた街なみを目に焼き付け、これからも支援活動を続けると決意したそうです。その後も、支援活動を続けています。

2017年にシングル2枚発売など活動も順調

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BRAHMANは2017年には2枚ものシングルCDを発売しているのです。2017年4月に発売した「不倶戴天-フグタイテン-」はオリコン初登場11位となっています。

そして、2017年10月に発売されたのが「今夜/ナミノウタゲ」でオリコン初登場8位という記録をしています。BRAHMANは現在でも順調に活動を行っているのです。

東日本大震災ではワンコインライブを行う

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BRAHMANは東日本大震災の後、支援活動を積極的に行ってきました。その活動の一環として、被災地の各地を回り、ワンコインライブを行っていたのです。

その後も被災地に出向き、復興支援活動を続けているそうです。TOSHI-LOWさんは東日本大震災が起こる前に、音楽活動を辞めようとも考えていたそうです。

しかし、東日本大震災がおこったあとには、自分に何ができるのだろうと考えたことで、音楽活動を続けることを決意したのだそうです。音楽を通じて支援をし続けると語りました。

地元を愛し根強いファンを大切にしている

BRAHMANのメンバーは地元を愛しているため、地元でのライブ活動にも精力的に活動を行っています。TOSHI-LOWさんは地元の茨城県のライブハウスでの活動も度々行っているのです。

そのため、地元には根強いファンがたくさんいるのです。この地元のファンをとても大事にしているのです。BRAHMANのメンバーは地元があってこそ、続けてこられると語っています。

BRAHMANの映画「ブラフマン」の世界観

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BRAHMANは2015年に公開されたドキュメンタリー映画「ブラフマン」に出演しました。BRAHMANは結成20周年という記念を迎え、ドキュメンタリー映画を作製されたのです。

この映画では、BRAHMANの現在を追っかけ、これまでのBRAHMANの軌跡やメンバーの音楽に対する気持ちなどを描いています。そして、メンバーや関係者からのインタビューも収録されています。

映画を通してのBRAHMAN

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この映画の中では、BRAHMANのメンバーの絆やプライベートな様子まで公開されています。BRAHMANの元メンバーだったDAISUKEさんも登場しています。

そして、2012年に亡くなった元メンバーのNABEさんの死についてもふれらているのです。この生と死を目の当たりにしたBRAHMANのメンバーの心境も描かれています。

この様々な試練を乗り越えてきたBRAHMANのドキュメンタリーを見ることで、BRAHMANの世界観をより一層知ることができることでしょう。

BRAHMAN事件があったからこそ今のBRAHMANがある

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BRAHMAN事件を振り返って調べてきました。BRAHMANは自分たちの楽曲を守るために、裁判を起こし勝訴することができました。著作権に関しての世間の目も返ることもできたのです。

この事件があったからこそ、現在のBRAHMANの活動にも生きているのでしょう。BRAHMAN事件を乗り越えたからこその、メンバーの絆もより深まったと言えるのではないでしょうか。

BRAHMAN事件の後、現在までも精力的に活動を行っているBRAHMANがより一層の活躍できることを願っています。

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