石狩沼田幌新事件の概要と現場について!人食い羆事件は海外の事例もある! 社会

石狩沼田幌新事件の概要と現場について!人食い羆事件は海外の事例もある!

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重傷を負った林謙三郎のその後

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重傷と負いつつかろうじて命は助かった林謙三郎でしたが、その後は一度たりとも山に入らなかったといいます。

事件の舞台となった幌新太刀別川上流部の現在

事件の舞台となった幌新太刀別川上流部はその後、炭鉱が開発されました。それに伴い山の中に2千人以上の人間が住む小都市が誕生します。

恵比島駅を基点に留萠本線の支線、留萠鉄道が開通し栄えました。けれど昭和40年代、炭鉱の閉山とともにゴーストタウンとなってしまいます。

のちの現在、幌新ダムの貯水池の底にこの地区は沈んでいます。

事件当時のヒグマの逸話

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ヒグマとの接触事故が続出していた地域だったため、数々の逸話が残っています。

石狩沼田幌新事件とは別のヒグマによる事件も起きており、小学生が亡くなり女性が重傷を負いました。

ヒグマとの接触事故

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開拓民とヒグマの接触率は高く、事故が幾度も発生していました。小屋にクマが侵入して収穫したばかりのトウモロコシを食べた、などという逸話が残っています。

「開拓小屋にクマが侵入し、収穫したてのトウキビ(トウモロコシ)を食われた」「収穫間近のトウキビを一晩で一反(10アール)分食われた」

(引用:Wikipedia)

家畜殺傷や農作業中の女性も襲われた

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石狩沼田幌新事件ではないヒグマとの事故、事件も起こっています。家畜殺傷事件も相次いでいましたが、1913年(大正2年)に奔々地区で通学中の小学生がヒグマに襲われました。

体重は200㎏の巨大なヒグマで、内臓をすべて食べつくされてしまったのです。

また、同じ時期に安達地区にて農作業中の若い女性がヒグマに襲われています。女性はこの事件で瀕死の重傷を負いました。

石狩沼田幌新事件と類似した熊事件

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人食い熊の事件は実はそれほど珍しいものではありません。三毛別羆事件や石狩沼田幌新事件は有名ですがこれらの事件以外でも人食い熊事件は発生しています。

三毛別羆事件

獣害事件では最も有名だと言っても過言ではない「三毛別羆事件」です。日本史上で最も被害を出した事件と言われています。

三毛別羆事件(さんけべつひぐまじけん)とは、1915年(大正4年)12月9日から12月14日にかけて、北海道苫前郡苫前村三毛別(現:苫前町三渓)六線沢で発生した、クマの獣害としては日本史上最悪の被害を出した事件。

(引用:Wikipedia)

加害クマは「穴持たず」ではないかと言われています。「穴持たず」とは冬眠し損ねたクマのことで、この加害クマが巨体すぎたため入れる穴がなかったのだろうと推測されたのです。

冬眠し損ねたクマは凶暴だといいます。三毛別羆事件ではエゾヒグマという種のヒグマが民家を数度襲い、7人の開拓民は死亡、3人が重傷を負いました。

三毛別羆事件の加害クマも人を食らっています。女性の味を覚えたからか女性を執拗に襲っており執着していました。最後は討伐隊が結成されて射殺されています。

十和利山熊襲撃事件

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日本史上3番目と数えられる被害を出したのが十和利山熊襲撃事件です。こちらも人を食らったクマの事件です。

十和利山熊襲撃事件(とわりやま くましゅうげきじけん)とは、2016年 (平成28年) 5月から6月にかけて、秋田県鹿角市十和田大湯(とわだおおゆ)の十和利山山麓で発生した、日本では戦後最悪の被害を出した獣害事件である。ツキノワグマがタケノコ採りや山菜採りに来ていた人を襲撃し4人が死亡、3人が重傷を負った。日本では記録に残るものでは史上3番目の被害を出した獣害事件と言われているほか、本州においてはやはり記録に残るものでは最悪と言える獣害事件である。

(引用:Wikipedia)

2016年5月20日と最近起こった事件であり、この事件では加害クマが複数いたとされています。そのうち2頭は駆除されていますが3頭は駆除されていません。まだどこかで生きていると言われています。

札幌丘珠事件

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札幌丘珠事件(さっぽろおかだまじけん)とは、1878年(明治11年)1月11日から1月18日にかけて北海道石狩国札幌郡札幌村大字丘珠村(現:札幌市東区丘珠町)で発生した、記録されたものとしては日本史上4番目に大きな被害を出した獣害(じゅうがい)事件。冬眠から理不尽な形で目を覚まされたヒグマが猟師や開拓民の夫婦を襲い、死者3名、重傷者2名を出した

(引用:Wikipedia)

猟師が冬眠中のクマを襲い、逆襲されて殺害されたことから事件は始まります。その後開拓民の一家を襲い、妻は重傷、夫と子供を食らいました。

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加害クマは教授の指導を受ける学生たちによって解剖されましたが、隙を見てクマの肉を食した学生がいました。しかしクマの胃を開け内容物を見て吐き戻しています。

ペトロパブロフスク羆事件

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クマによる事件は海外でも起こっています。2011年、シベリア東部のペトロパブロフスクで事件は起こりました。

父親とキャンプに来ていた娘がクマに襲われたのです。父親はすでに死亡しており、娘は下半身をクマに食べられながら母親に電話をしました。

「ママ! クマが私を食べているの! 助けて!」

携帯電話で母親に電話しながらも下半身はクマに貪られていく。そこで電話はいったん途切れた。

(引用:livedoorニュース)

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クマは子グマを連れて来ます。娘は再度母親に電話をしました。

「ママ。3頭の子グマも……私を食べているわ……」

(引用:livedoorニュース)

三度目の電話では娘は虫の息だったと言われています。

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「マ、マ……もう噛まれていないわ……。すごく愛してる」

(引用:livedoorニュース)

クマに食べられながら電話をしていたということで真実か嘘か怪しいという声もありますが印象深い事件として知られています。

石狩沼田幌新事件とは?

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石狩沼田幌新事件とは、クマの保存食が埋めてあった地に近づいてしまった一団が次々と襲われ、食われるという凄惨な事件です。

一団を敵と認識したヒグマによって5人が死亡、3人が重傷を負いました。そのうち3人がヒグマに食べられています。

応援に駆けつけた狩人すらも食われてしまいましたが、最後は討伐隊によって射殺されました。

似たような事件は他にもあり、近年でも人が襲われる事件は発生しています。タケノコ目当てに出かけてクマと遭遇する事件もありました。

石狩沼田幌新事件や三毛別羆事件など過去に甚大な被害をもたらした獣害事件があることを忘れずに、クマには人の味を覚える、執着心が強い、逃げる者を追うという習性があることをよく理解しなければなりません。

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