ほならね理論とは?正しい?おかしい?論破できるかの考察まとめ

ほならね理論という言葉を聞いたことはありますか?この理論は、インターネット上で出てきた言葉でいわば造語でもあるのですが、この理論がちょっと注目されていますが、今回はこの理論が正しいのか、おかしいのか、論破できるのかなどを見ていくことにしましょう。

Syamuが言ったほならね理論とは?

RobinHiggins / Pixabay

ほならね理論というのは、Syamu game氏が言った理論であり、根本的な部分は「文句言うなら自分で作ってみろ」というものです。

もともといろいろな作品を発表する側に人間はこのようなことを口にすることは決して珍しくはなかったのですが、YouTuberを当時していたSyamu氏が動画内で発言しました。

制作している作品に対して、否定的な意見を言う人は少なからずいるのですが、制作している側からしてみれば、「つまらない」というのであれば自分で作ってみろという話であるということです。

「のびハザ怖くない」の最終パートで「サムネがつまらない」とのコメントに反論

Ashish_Choudhary / Pixabay

この理論が生まれた原因ともいえる発言の概要は、『のびハザ怖くない』の最終パートで、「サムネがつまらない」というコメントがあった。「ほならね、自分で作ってみろという話」ということから始まりました。

とにかく、いろんな角度から訴えていますが、結局は否定的意見を言うなら自分で作ってみろという点では共通しています。このSyamu氏は偉人並みに明言を生んでいるのですが、もっとも有名なものです。

このSyamu氏のファンやアンチ(総じて俺オナ民)によって、これらの内容を「ほならね理論」という言葉が作られて、YouTuberを引退した後も本人が「ほならね理論って万能だよな」とも語っています。

ほならね理論の書き起こしは?「いやー、ほならね…」

ネット上には、このSyamu氏の発言を書き起こしたものが非常に多く存在していて、拡散されています。その一部をここではご紹介していきましょう。

「のびハザ怖くないの最終パートでね、ちょっとコメントがあったんですけども、サムネがつまらないというコメントがありました。『いやー、ほならね、自分が作ってみろって話でしょ?』私はそう言いたいけどね。」

やっぱ凝ったサムネがいいかなあと思ってまあサムネ作り始めたわけですけども、『そんなサムネつまんないとか言われたら、じゃあお前が作れって話でしょ』だと思いますけどね。」

ほならね理論を考察①:ほならね理論は論破できない?正しい?

rawpixel / Pixabay

ここまでは、ほならね理論が世に出てきた原因などを見ていきましたが、ここからはそのほならね理論は論破できるものなのか?正しいものなのか?ということについて見ていくことにしていきましょう。

ほならね理論は正論?①:受けては批判ばかり、取り合う必要はない

johnhain / Pixabay

このほならね理論は正しいか否かという点においては、賛否両論があり、血で血を洗う論争が続いています。

否定的な意見は、「表現者として期待されているレベルに達していい無いことを端に発する自然な感想の『つまらない』に対しての解答としてはあまりではないか。」などがあります。

一方で肯定的な意見は、「個人の感想をいちいちまじめに取り合う必要はなく、批判が自由なら、それを受け取るのかも自由である。」などということで、議論は平行線をたどっています。

ほならね理論は正論?②:使い方によっては最強

aitoff / Pixabay

このほならね理論というのは、ある意味明言化されているのですが、どんなシチュエーションで生まれたのかということを見ていくと、実は否定的もしくは、批判的意見に対しての逆ギレから生まれました。

逆ギレしてしまえば、相手に与える印象としては、非常に悪いもののいなってしまいますが、このようにほならね理論にしてしまえば、逆ギレには聞こえません。

むしろ、最強の反論として成立してしまうこともあるということです。

「君の名は。」新海監督のほならね理論は納得

RobinHiggins / Pixabay

新海監督は、映画「君の名は。」がありがちでキャッチーナモチーフを組み合わせ他だけなので売れるのは当然という批評に対してこのように反論しています。

「その通りなのかもしれないと思うのと同時に、そんなに容易なことならば、皆さんやってみればいいじゃないかなと思う」と反論しました。

興行映画というのは、多くの人に見られ、売り上げをあげることが目的である訳ですから、それが簡単な方法とわかるのであれば、みんなやればいいのではないかということです。

ほならね理論を考察②:ほならね理論は詭弁?おかしい?

aoyonrahman / Pixabay

ほならね理論は正しいという部分を見ていきましたが、一方で詭弁というような見方ができることもあるようです。この当たりのところを見ていきましょう。

ほならね理論は詭弁?:クリエーター(プロ)が使うのは間違っている

geralt / Pixabay

クリエーターがほならね理論を使う際に、その相手というのは大方の場合、批判的意見を言ってくるクリエーターではない人です。立場は非対称性があります。土俵で相撲と取る関取と見に来ている観客の関係に近いです。

この関係性において、「批判するならお前が作れ」ということで、「両者の立場の差を覆しようがないこと」と、「立場の差が優位性の有無になっていること」の二つが明確に認識されます。

前者の場合は、自分の作品への批判を逸らすことを意図していますが、後者の場合は作り手側の傲慢さである「素人は黙ってろ」的な態度が見透かされることで強烈な反感を買うことがあります。

橋下徹のほならね理論はずれている?

WikiImages / Pixabay

元政治家の橋下徹氏もほならね理論をよく使うかもしれません。「じゃあ、あなたが政治家になってそのような活動をしてください」です。弁護士ということもあって弁は立つので、正しいことを話しているでしょう。

ただ過去に、知事時代に高校生に対しての私学助成金減額に対して高校生が家計が苦しいなどの理由で直談判されたことがありましたが、その時は、「努力して効率に行きなさい」とはねつけました。

多数決で当選したからと言って、少数意見を無碍にして良いということではありません。藁をも掴む思いで意見をした結果、ぞんざいにあしらわれることで心が砕けてしまったことでしょう。

ほならね理論を考察③:ほならね理論はエスパー魔美で解決?

cdd20 / Pixabay

名漫画家であった手塚治虫氏は、『エスパー魔美』という漫画の中で未来で論争を巻き起こしているほならね理論について触れてしまっています。その内容は実に大人な対応ともいえるでしょう。

主人公の魔美は、画家である父の絵について酷い批評を書いた人に怒りを覚えていました。しかし、父は魔美に「公表された作品については、見る人が自由に批評する権利を持つから妨げることはできない」と説きます。

さらに父は「酷評されることが嫌なら作品を公表しないこと」とも加えるとともに、「批評の権利が見る側にあるのであれば、作者にも怒る権利はあるが、それをあえて公表はしない、怒ってもう終わり」としめています。

ほならね理論は一般人の仕事においてもあり得るのか?

これまでは、作者とお客との関係性で起こることや、政治の世界で起こりそうな「ほならね理論」について触れてきましたが、私たちが普段働いている職場や仕事の中でもこの「ほならね理論」があるのか見ていきます。

批判や批評は仕事においては異なる性質を持つ

作品を見る側である観客という立場であるならば、お金を払ってみているわけですから、払った金額に見合っているのかどうかで批判は出るものです。

しかし、今年ごとに限った話で見てみると、批判する側もされる側も同じ会社で働く社員なわけですから、この場合、批判というのは「代案も出すことなくただ文句を言っているだけ」の状態です。

ほならね理論は論争する原因によって正論にも詭弁にもなり得る

geralt / Pixabay

ほならね理論は、「作品に対しての批判や批評」、「政治家の対しての批判や意見」、「仕事における批判」などいろいろな場面において起こり得るものではないでしょうか?

ただ、「作者とお金を払っている観客」、「選挙で選ばれた政治家と市民」、「会社の同僚同士」という関係性はどれもイコールの関係には程遠いです。

批判というのは、原因の内容によって性質は全く異なるわけであり、そうなれば、ほならね理論が必ずしも成立するというわけではないということです。ですから、正論として論破することもあれば、詭弁にもなり得ます。