日生学園の現在!事件や芸能人のエピソードまとめ|日本一スパルタ学園 社会

日生学園の現在!事件や芸能人のエピソードまとめ|日本一スパルタ学園

日生学園とは三重県にある全寮制の高校です。浜田が卒業していることで知られています。刑務所のようなスパルタ指導により脱走者が多発しました。また不審死や自殺者が多数現れる事件も起こりました。ここでは日生学園の現在や偏差値、卒業生、女子生徒、事件についてまとめます。

目次

[表示]

日生学園とは?日本一のスパルタ校だった

日生学園とは1965年12月に設立された三重県津市にある学校法人です。

中学校1校と高等学校3校、そして幼稚園1園(休園中)を運営しており、浜田雅功さんが日生学園第二高校出身、今田耕司さんが日生学園第一高校出身として知られています。

かつては上の動画のように男子生徒は丸坊主を強要され、全寮制で外の世界と遮断された生活を生徒に贈らせていたことから、まるで刑務所のようだと浜田雅功さんらがTVで語っていました。

日本一のスパルタ校と呼ばれるほど厳しい校則が設けられていたことから、ストレスの溜まった生徒や教師による校内暴力が横行し、自殺者が出たことでも注目を集めました。

また学校生活に耐えきれなくなって寮から脱走する生徒も相次いだといい、1985年に当時務めていた教員が週刊誌にリークしたことで、日生学園の教育方針のおかしさが広く知られることとなりました。

日生学園の現在!名称変更で進学校へ!

日生学園は学校名を変えて現在でも存在します。そんな日生学園の現在の様子や偏差値などについてまとめていきます。

日生学園の現在は青山高等学校に名称変更!

日本一のスパルタ校、不祥事の多い学校として知られた日生学園ですが、1986年に創設者の青田強氏が亡くなって以降は息子の青田進氏が学園長を務めています。

2015年4月以降は各校の名称も以下のように変わりました。

  • 日生学園附属中学校は桜丘中学校に名称変更
  • 日生学園第一高等学校は桜丘高等学校に名称変更
  • 日生学園第二高等学校は青山高等学校に名称変更
  • 日生学園第三高等学校は自由ヶ丘高等学校に名称変更

進学校への転換

日生学園は2000年を機に進学校化すべく、大学受験の指導に特化し始めました。当時のノウハウを生かしリーダーシップの育成に取り組んでいるそうです。

主に基礎学習や全寮制度を利用し、進学率アップに日々取り組んでいます。現在では刑務所と恐れられていた頃の面影はありません。

イギリスのパブリックスクールである「イートン校」をモデルにしているといい、国立大学や早稲田大学、明治大学等の有名私立大学へ進学する生徒もいるようです。

現在の日生学園(青山高等学校)の偏差値

ninocare / Pixabay

旧第二高等学校・現在の青山高校の偏差値は38~42の間を行き来しています。それほど高い偏差値であるとは言えません。

昔の日生学園は家庭では手のつけられない不良や不登校の生徒を積極的に受け入れていましたが、現在はいじめや引きこもりの生徒を積極的に受け入れる方針だといいます。

いじめや引きこもりの生徒は不登校であることが多く、学校で十分に勉強できていない生徒も多いです。偏差値としては低めであることは仕方がないかもしれません。

日生学園(現在の青山高等学校)には変わらない方針もある

暴力や暴言などはなくなりましたが、現在の日生学園にも変わらない方針が存在します。まず、服装や髪型、時間厳守等の校則は非常に厳格だといいます。しかし、男子生徒の坊主頭強要は廃止されています。

月曜日から土曜日までのマラソンが日課となっており、2学期にはマラソン大会が開催されています。しかし毎日のマラソンは強制参加ではないため、体調不良時などは参加しない生徒もいる様子です。

RonPorter / Pixabay

続いて、返事や歌を歌うときは大きな声でなければならないという決まりがあります。

そして、男女交際の禁止も健在です。現在、生徒の男女交際が見つかると、停学処分となってしまうようです。しかし隠れて交際している人はいるようです。

Foundry / Pixabay

その他、上級生や先生には必ず敬語を使うこと、来客にはしっかりと挨拶をすることといった決まりがあるようです。車で通りすがった来客者には立ち止まってしっかりお辞儀をするそうです。

現在でも残っている決まりはあるものの、いずれも以前のように厳しいものではないようです。不登校だった生徒が社会に出るサポートのために必要な決まりであるとも言えそうです。

青山高校の現在は外部との交流が盛ん

青山高校の現在は、外部の学校等との交流が盛んに行われているようです。特別支援学校や部活動での大学との交流等が行われています。

かつては外界と遮断されていて世間で何が流行っているのかすら日生学園の生徒は知らなかった、という話があるほどでしたから、随分オープンになったと言えるでしょう。

青山高校の現在は設備も充実

また、青山高校は学校の施設の改修等も行っており、生徒にとって充実した学校生活を送れる環境が整っているようです。

現在の青山高校についてですが、進学したい!試験を合格できて嬉しい!という生徒はたくさんいる様子で、中学から不登校がちだったけれど思い切って青山高校に進学してよかったとの声も見られます。

以前のあまりにも厳しかった学校という印象はなく、一般的な高校になっていると言えるでしょう。

現在の日生学園(青山高等学校)の口コミ

現在の日生学園の口コミを見てみるとそこまでひどい学校だという口コミは見られませんでした。むしろ緩いという声もあるほどです。

隠れて男女交際している生徒や、授業中に密かにゲームをしたり、音楽を聴いたりしている生徒もいるようです。

しかしいじめが多かったりといったトラブルは現在も健在です。ただ普通の高校にもあり得る話ですので取り上げて騒ぐほどのものでもないでしょう。

2020年8月にはまたしても青山高校の教師が不祥事!?

現在の青山高校は日生第2高校時代と比べて評判が改善され、在校生の満足度も高まっています。しかしそんな中、2020年8月27日に青山高校の教諭が青少年健全育成条例違反で逮捕されるという事件が発生。

逮捕された教諭はSNSで知り合った山形県の女子高校生に淫らな行為をしたと報じらており、問題があったのは学校ではなく教師個人と言えます。

それでも勤務していた教師が逮捕となると学校のイメージダウンにも繋がりますし、在校生も不安な気持ちになるでしょう。非常に残念なことです。

日生学園の昔がやばい!どんな学校だった?

mozlase__ / Pixabay

日生学園が厳しかったということについては、卒業生であるダウンタウンの浜田雅功さんらの口からたびたび語られています。

かつての刑務所のようなスパルタ教育で知られていた日生学園とは、どのような学校なのでしょうか?詳しくまとめてみました。

男女共学の全寮制・日生学園の厳しすぎる指導

日生学園は全寮制の学校であり、生徒は全員入学とともに寮生活を送ることになります。これは現在も同じで、青山高校や桜丘高等学校も全寮制です。

しかしかつての日生学園は生徒が学校の内情を外部に話せない環境を作り上げ、閉ざされた学校と寮という世界で生徒たちに厳しい体罰を強いていました。

この当時のことはOBである浜田雅功さんや今田耕司さんがTVで話したことでも有名になりましたが、昔の日生学園内では以下のようなことがまかり通っていたといいます。

  • トイレ掃除は素手で行う。もちろん便器の中にも手を突っ込んで洗う
  • 水曜日と日曜日以外は朝4時に起床
  • 雨の日でも傘の使用は禁止
  • 40度の高熱が出ても病院へ行くことは禁止
  • 両親との面会は月1回、実家への帰省は年2回
  • 寮へお菓子や雑誌などを持ち込んではいけない
  • 返事をする時は喉が枯れるほどの大声で
  • 男女交際は厳禁。もしバレたら退学もあり

現在であれば考えられないことですが、当時は親が更生させられない不良の社会復帰を手伝うという目的も日生学園にはあったため、通常の学校とは異なる、厳しい教育方針が取られていました。

また一応、日生学園は男女共学校でしたが、男女比は8対2と圧倒的に男子生徒のほうが多かったそうです。

スパルタ教育が盛んだった頃の日生学園の学長・青田強氏の教育方針

日生学園のスパルタ教育の背後には学長・青田強氏の存在があります。この青田強氏の教育方針こそが、生徒たちにとって刑務所のような生活を強いた原因だと言われています。

青田強氏の教育方針は「一流の人間を育てる」というものでした。これが当時保護者から絶大なる支持を得ていたそうです。

中学で問題行動が目立った子供を持つ親からすると、手のつけようのない我が子を導いてくれる頼みの綱のように感じられたのでしょう・

青田強氏は学校のことを学園道場と呼び、生徒たちに「心行」という雑巾がけなどの独自に考えた修行を行わせていました。

この「心行」が大変厳しく、足を肩幅の倍ほど広げ膝をつかないように水拭きをします。しかも掃除の時間だけではなく、朝や授業後、マラソン後などたびたび心行は行われていました。

机以外の場所で学ぶというのが青田強氏のモットーだったと伝わっていますが、このような「心行」の時間があったために日生学園は新興宗教団体なの?という誤解も招いてしまったようです。

自分の名前が書ければOK?日生学園の偏差値

日生学園は当時も現在も素行不良の生徒や不登校だった生徒を積極的に受け入れる学校だったので偏差値は高くありません。当時の偏差値は39、また現在も偏差値はあまり変わっていません。

日生学園のOBの人のブログでは、「入学試験では一桁の割り算など、小学校中学年の子供でもできるような問題が出た」「しかしそんな問題も解けずに、周囲に答えを聞いている人までいた」とあります。

しかもそのような人たちでさえ合格していたことから、答案に名前さえ書けていれば合格できる学校、実際は偏差値なんてあって無いような学校だったとも言われています。

外の情報を知る機会が無い

日生学園では雑誌などの持ち込みが全面的に禁止されていたため、生徒たちは外で何が起こっているか知る機会がありませんでした。寮内にはTVやラジオもなかったのです。

そんななかで唯一外の情報を知る機会となっていたのが、学校全体で頭を坊主にするときでした。髪を刈るとき足元には新聞紙が敷かれ、その新聞で外の情報を得ていたというのです。

平日の一日のスケジュール

stevepb / Pixabay

日生学園では平日以下のようなスケジュールで行動していたそうです。

朝4時起床→着替えや洗顔、その後道場で一時間ほど心行→帰寮前後に点呼、集団登校、食堂へ→国旗・校旗掲揚→朝食、校化斉唱→授業(午前4時間、午後1時間)、その間に昼食

放課後→集団下校→点呼、心行→約6kmの集団マラソン→帰寮、点呼、自習、入浴→食堂前で国旗・校旗降納、夕食→自習→消灯

日曜のスケジュール

何も行事がない日曜日のスケジュールは以下のようになります。

朝7時起床→点呼、着替え、洗顔→心行→朝食→校歌斉唱→帰寮→自習→昼食→自習→夕食→自習→消灯

寮生活

寮生活は学校でのスパルタ指導同様にかなり厳しく過酷なものでした。

基本的に自由時間はなく、新聞・雑誌・ラジオなどの娯楽は禁止されていました。食事中や休み時間を含め私語は一切禁止。

部屋に帰っても1年生から3年生まで同じ部屋なので下級生は先輩のパシリや世話係にされていたようです。

脱走者が出るとアラームがなる刑務所のような仕組み

日生学園ではスパルタ指導や寮生活の過酷さから脱走者が多数出たと言います。しかし脱走者が出るとアラームが鳴り学校全体に伝わる刑務所のようなシステムがあったため、脱走は困難だったとされます。

ちなみに浜田雅功さんと今田耕司さんは脱走に成功した経験があるようです。

横行する密輸と賄賂

Daria-Yakovleva / Pixabay

外部から菓子や雑誌の持ち込みを禁止されていたため、日生学園の生徒は帰省するたびにネクタイやかばんに細工をして、エロ本や煙草などの密輸を行っていました。

しかし教師側も生徒の考えそうなことは予想しているため、密輸がバレて厳罰を与えられる者も少なくなかったそうです。

今田耕司さんはイチゴ飴を枕の中に隠して寮の中に持ち込み、何かあった時に上級生に袖の下として渡していたといいます。このような賄賂が重要であったことも、まるで刑務所のようだと言えるでしょう。

厳しすぎるスクールカースト!日生学園の生徒の関係も荒れていた

libellule789 / Pixabay

日生学園では卒業までかなり厳しい生活を強いられていたことがお分かりいただけたと思います。では人間関係はどのようなものだったのでしょう。まとめてみました。

先輩と後輩の関係

akshayapatra / Pixabay

日生学園の寮の中では暴力による完璧な縦社会が形成されていました。下級生は上級生に絶対服従なのです。

食事の時も先輩が口を付けるまで後輩は待っています。また布団や洗濯物も下級生がたたみ、1年生は湯船につかることも許されなかったと言います。

また先輩から後輩に対する暴力、暴言、いじめが日常的に行われており、教師だけではなく生徒間の暴力も報道され社会問題となりました。

igorovsyannykov / Pixabay

日生学園の寮において3年生は神にも等しい絶対的な存在で、2年生は一般人、1年生は奴隷という扱いがされていたそうです。

これは個人の性格や勉強、スポーツの成績などは関係のない完全な年功序列であり、少しでも良い生活を送るためには上級生に可愛がられる必要があったといいます。

日生学園では権力の強さがジャージの幅の太さで象徴されていたのことで、寮の中で最も権力があった生徒が卒業する時には、下級生に極太のジャージが譲られたとの話もあります。

学園内の恋愛、女子に色気を感じない

日生学園では男子、女子共に交際は禁止されていました。かなり厳しい校則が敷かれていましたので、かなり厳格に禁止されていました。

授業後の休みや食堂でしか女子を見る機会はなく、髪形や服装も一緒だったことから色気は感じなかったそうです。また日生学園に入学してくる女子は不良が多く、健全な女子はほとんどいなかったといいます。

そのせいか日生学園の寮内では同性愛が横行しており、偶然男子生徒同士の性交を目撃した今田耕司さんは、自分も狙われたらどうしようと恐怖に震えたそうです。

いじめが娯楽の一つに

Alexas_Fotos / Pixabay

日生学園ではテレビや新聞、雑誌など一切の娯楽が禁止されていました。そのため生徒の間ではいじめが娯楽の一つになっており、それが日生学園事件と呼ばれる事件にも発展しました。

卒業生の中には中学時代不登校で、立ち直るために日生学園に入学したが3年間いじめられ続け精神がズタズタになったという人もいました。さらに卒業後、鬱病や不安神経症、不眠症を患った人もいました。

何かしらか権力者に粗相があれば恐怖の「しばき」
一度嫌われた者の悲惨さは筆舌に尽くします

この「しばき」は消灯後に主に行われます
コースは大体5コースあり

軽い程度の戒め→30分しばき(あいさつをしなかった等)

順を追って1時間しばき・3時間しばき・5時間しばき・朝までしばき

(引用:NAVERまとめ)

上のような暴力が当然のように行われており、6時間も暴行を受けた生徒の中には骨にひびが入る、全治1ヶ月の怪我を負うという者もいたといいます。

このようないじめが原因で自殺者・脱走者も多く、教師により内部告発されると一躍報道され、社会問題として取り上げられました。現在でもいじめは少なからずあるようで、改善に取り組んでいるようです。

NEXT:日生学園事件について
1/2