シリアルキラー・テッドバンディはサイコパス?事件の全貌もまとめ 社会

シリアルキラー・テッドバンディはサイコパス?事件の全貌もまとめ

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1978年2月、シアトルに戻り殺人で逮捕

フロリダでもなんと6人の女性たちを殺害したテッドでしたが、ここでは過去の殺害方法とは大きく異なり、遺体に噛みつくなど大きな証拠をあえて残しています。

テッドは、この時のことを「殺害をやめられない自分を誰かに逮捕してほしかった」と答えていました。その後、フロリダでは誰もバンディだと気づかないので、

自らわざわざ原点であるシアトルに戻って殺人を繰り返していったのです。そして最後の殺人の被害者は12歳の少女でした。その後テッドは逮捕されます。

テッドバンディの裁判と判決、その後

その当時、テッドの有名度は全米が大注目するほどまでになっていました。そしてなんとテッドは国選弁護人を断り、自らを弁護することにしたのです。

バンディの裁判はテレビ中継された。まるで我々がオウム真理教に見入ったように、合衆国市民全員がバンディの裁判に注目した。

彼はマスコミをフルに利用した。数々のインタビューに応え、自叙伝を出版し、シアトル時代の同僚、キャロル・ブーンとの結婚というゴシップまで提供した。

(引用:殺人博物館)

1979年6月、第2審で自分で自分を弁護

テッドの裁判は、250人もの記者が押しかけました。また、皮肉なことに初めて全米で生中継が行われたのも、このテッドバンディの裁判が初めてでした。

テッドには5人もの国選弁護人がついていましたが、テッドは自己弁論のほとんどを自分でこなしたと言われています。テッドは人を信用していなかったので、

自分で自分を弁護することが一番安心できたのです。また自分が何かを仕切るというのが、テッドにとってとても重要なことだったとも言われています。

犠牲者の遺体に残された歯型が一致

しかし、そんな自己弁護の甲斐もむなしく、検証によって犠牲者の体の一部に残されたテッドの歯型が一致したことが致命的な証拠となってしまいます。

さらに、テッドが抗弁の際に見せた気取った態度は、陪審員の神経を逆なでしてしまいました。法廷では感情を赴くままに露わにしていたそうで、叫んだり、

暴れだしたそうです。そしてしまいには、テッドは陪審員たちに向かって「あんたたちは、俺を殺したいんだろう!!」と怒鳴る場面まで記録されています。

テッドバンディは公判中に結婚

テッドは自分が有名だったことを利用して、なんと有罪判決が下ったのちに獄中結婚までしてマスコミを騒がせたこともありました。相手はシアトルにいた時に、

同僚であった女性でした。女性がテッドに好意を抱いていたのかは不明ですが、女性はテッドのそばにいる為にシアトルから、フロリダに引っ越しています。

バンディは死刑に

テッドは自身を自身で弁護した甲斐もむなしく、1979年の7月23日、人々の期待通りにテッドバンディは死刑を宣告されました。しかし、これは1度目で、

実際に死刑になるまでテッドは3回死刑宣告を受けています。ここまでの3回にも及ぶ、最終判決をテッドが受けるまでに約9年間もの時間を要したそうです。

また、死刑判決文が読み上げられると、テッドは立ち上がって「陪審に、お前らは間違っていると言ってやれ!」と叫んだことも記録に残されています。

裁判官は判決の際、テッドバンディの才能を惜しむコメントをした

テッドが死刑判決を下された際、当時裁判官であったカワ―ト判事が残した判決文が有名になっています。裁判官は優秀なテッドの才能を惜しみました。

「からだには気をつけなさい。このような人間性の浪費を見たのはこの法廷にとっても悲劇でした。君は頭のいい青年です。立派な法律家になったかも知れない。君がこの法廷に弁護士として立っていればどんなによかったかと思う。私は君に敵意はまったく持っていない。これは信じて欲しい。しかし、君は道を間違えた。からだには気をつけなさい」

(引用:Wikipedia)

1989年1月24日、テッドバンディは電気椅子で死刑執行

実は死刑数日まで、テッドは有罪判決を不服として容疑を否認し続けていました。しかし、死刑直前になってテッドは「すべて話す」と言いだすのでした。

しかし、すべて話すと時間がかかってしまうからと言って、死刑の日にちを延期しようとしたそうですが、それは拒否されてしまいます。そして最後には、

罪を認めました。1989年の1月24日に電気椅子で処刑されました。テッドは死刑を受けた時には42歳になっていました。最後は微笑みを浮かべて死んだそうです。

「殺人鬼は微笑みを浮かべ死んだ」遺体のカラー写真も報道

テッドが死刑を受けた時に、世間は信じませんでした。そんな信じない人達のためになんとテッドが死んだ翌日に、死刑のカラー写真が新聞に掲載されました。

当時カラー写真は異様なことだったのです。それだけテッドの死刑が、国民にとって重要だったことが分かりますね。また死刑の様子を記したタイトルは、

【Killer dies with a smile on his face(殺人鬼は微笑みを浮かべて死んだ)】というタイトルでした。最後も凶悪殺人鬼テッドらしくこの世を去ったのです。

テッドバンディはサイコパスの代表例

テッドバンディのような凶悪殺人犯が誕生してしまった理由は、彼のサイコパスの性格であったことが挙げられるでしょう。過去に大量殺人を行った犯人たちに、

共通している点というのが「人を支配したい。自分の所有物として支配したい」というもので、その性格は常に怖いほど冷静で思いやりがなく、平然として、

日常的に嘘をつき、作り話をする。などがサイコパスの特徴として挙げられます。またサイコパスになってしまう原因は、幼少期のトラウマが原因だといいます。

テッドバンディは反社会性パーソナリティ障害?

またテッドは、反社会性パーソナリティー障害でもあったといわれています。反社会パーソナリティー障害とは、簡単に言うと他の人にほとんど関心を示さない。

というのが特徴です。反社会パーソナリティー障害にはいくつもの特徴がありますが、基本的に社会で生きていく協調性などに欠けています。これは、

サイコパスと同じような症状であり、反社会パーソナリティー障害も幼少期に問題を抱えていた場合が、のちにこのようにして影響してくるそうです。

テッドバンディの名言

過去に殺人事件を犯した犯人の中には、有名な名言を残して亡くなっていた者もたくさんいます。また、テッドバンディもこの1人で有名な名言を残しています。

「俺には死刑こそが最もふさわしい」

テッドは自身が死刑になる直前にこんな言葉を残していました。この言葉は後に有名な名言として記録されます。【俺には死刑こそが最もふさわしい。

俺や俺みたいなやつから社会を守るには、それが当たり前のことだ】この言葉を残してこの世を去ったテッドバンディですが、最もサイコパスのような言葉です。

バンディは死刑になりたくてカイ・オメガ女子寮の殺人を行った?

実は、テッドが2回目の脱獄からフロリダに逃走した際に、テッドは明らかに今までとは違う手口で殺人を犯しています。これはいつも計画的だったテッドが、

現場をあえて荒らした状態で残したり、被害者の女性の臀部に噛みついたりして、のちに歯型で検証されてしまうことも視野に入れた殺人手口でした。

過去の殺人は必ず証拠は残さなかったテッドですが、この時は自身でも止められない殺人を、捕まることであえて人に止めてもらいたかったとも言われています。

テッドバンディが元になった映画

またテッドバンディはアメリカでも最強の連続殺人犯として、死刑から29年経った今でも名前を知らない人がいません。過去には彼の映画も公開されています。

テッド・バンディ

2002年には、伝説の殺人鬼となったテッドバンディの半生が描かれた映画も公開されています。アメリカの最高殺人者と言われていたテッドの二面性の顔や、

また日常的には一般人として普通に生活していた様子などが細かく描写されています。最後のシーンでは、生々しい死刑のシーンも収められています。

テッドバンディがモテる理由「プリズン・グルーピー」

アメリカでは、犯罪者に恋心抱く女性たちがいます。その女性たちは「プリズン・グルーピー」と呼ばれていて、テッドにもたくさんのファンがいました。

殺人鬼に恋心を抱く心理

世の中には、犯罪者を好きになってしまう女性たちが存在し、また連続殺人鬼であることでより魅力が増してしまうのです。カリスマ性があるなどと言われ、

時には、その犯罪者が収監されている刑務所の近くに引っ越して、熱心に面会を繰り返すプリズングルーピーの女性たちも存在するのです。なんと時には、

刑務所内の女性刑務官からも恋心を抱かれる凶悪殺人者がいるそうです。シリアルキラーを多く抱えるアメリカでは、犯罪者はとてもモテると言われています。

他のモテる殺人犯とテッドバンディの違う点

現在のシリアルキラーという言葉は、実はテッドバンディから誕生した言葉でした。また、アメリカのポルノ規制に関する法案である「バンディ法案」とは、

テッドバンディの名前からつけられているそうです。そんな後世にも使用される言葉を作り出した伝説的なテッドは、他の犯罪者とは比べ物にならないほど、

沢山の手紙や女性ファンがいたのです。彼の特徴は、知的で美形、話し方にもカリスマ性があり、明らかに他の囚人とは違った魅力を兼ね備えていたのです。

テッド・バンディは溺れた3歳の子供を助けたことがある

実はテッドバンディには、史上最強の連続殺人犯人としての顔とは裏腹に、公園の池で溺れそうになっていた3歳の子供を助けた記録も残されているのです。

3歳の子供を助け、警察から表彰を受ける

中学生時代のテッドは意外にもいじめられっ子でした。父親がいないことで、からかわれたりしていたのです。そんなテッドは勉強に励み、優等生になりました。

そんなテッドは勉強で優等生になる以外にも教会活動や、ボーイスカウトの活動にも励んでいました。また過去に自殺防止ホットラインのスタッフとして、

働いていたこともあるのです。電話相談で人の命を救うだけではなく、公園で溺れかけていた3歳の子供を助けて、警察から表彰された過去も持っています。

スリを捕まえ、自殺のホットラインボランティアにつとめる

連続殺人犯になったテッドは過去に、自殺防止ホットラインのスタッフとしても働いていた過去は意外ですね。数年後に何件も殺人を平気で犯していた人間が、

過去には電話で自殺をしようとしていた人間を助けていた側だったのです。そんなテッドは子供を助けただけではなく、スリも捕まえていた過去もあります。

社会の目を欺く天才だった

とにかくテッドバンディは社会の目を欺く天才でした。二面性も持ったテッドは、片方で異様な性癖を持ち、いつも死体画像などに興味を抱いていたのです。

また片方では、社会に貢献する好青年だとして名前が知られていました。テッドは、その優秀さから二面性を使い分けて人を欺き生活していたのです。

アメリカの名の知れた多くのシリアルキラーたちは、実は同じように二面性を持っていたと言われていて、この凶悪犯テッドバンディもその1人でした。

史上最強のシリアルキラー・テッドバンディまとめ

1970年代から殺人を始めたテッドバンディ。立件された殺人だけでも36件に上りますが、実際に彼の性格からすると小さいころから殺人を犯していたとみられ、

その数は100人以上を殺害していたのはないかとも言われています。今回はそんなテッドバンディの半生や殺害方法、死刑の様子まで詳しく紹介しました。

2019年にはNetflixが放送権を勝ち取り、ザックエフロン主演でテッドバンディの新しい映画も公開される予定です。今回の関連する記事はこちら。

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