アイヌ出身・末裔の芸能人・有名人の男女別まとめ!特徴や性格は?現在も

アイヌ民族とは、どの様な民族なのでしょうか。アイヌの詳細な情報と、芸能人や有名人にアイヌ出身者がいるのかどうか。アイヌの生活はどうなのか。アイヌの女性は美しい人が多いと言われていることなども、色々な視点から調べてみました。

アイヌ民族とは?実は芸能人にも多い?

狩猟や漁労で、北海道やロシア諸国のと貿易をしていました。住んでいたのは、北海道から日本に近いロシア・カムチャツカ半島南部まで広い範囲に先住していました。

独自の言葉や文化を形成しました。芸能人や有名人に出身者はいます。顔が濃いと思っていてもアイヌの出身ですと、言わなければ分からないほどアイヌ人は日本に溶け込んでいます。

アイヌの起源や祭りについて

アイヌ民族の起源については色んな学説がありました。明治以降、アイヌ人は黄色人種に比べて、彫が深い、体毛が濃い、四肢がしっかりしている等の身体的特徴が白人やヨーロッパ人に近いことが広く言われていました。

黄色人種には2つのタイプがあって、今から数万年前の旧石器時代には黄色人種が北に移り住んで、日本各地に住むようになりました。弥生~古墳時代に北方系の黄色人種が本土に来て、今の日本があると言われています。

歴史の背景に影響を強く受けたのが日本人です。その日本人の影響を受けずにきたのがアイヌ人と琉球人であったといわれています。

アイヌの祭りについて

アイヌ民族は、神(カムイ)の国は山奥にあり、熊の姿をした神が、毛皮や肉などの贈り物をもって人間の世界を訪問し、大いに歓待され、多くの土産物とともに、盛大な見送りを受けたあとふたたび神の国へ帰っていくと考えました。このため、熊を殺すことは残酷なことではなく、熊の姿を借りた神の雲を神の国に帰すことになると考えていました。熊祭りはその見送りの儀式といえます。

(引用:お話歳時記)

アイヌ民族の出身・末裔である芸能人・有名人一覧【男性】

アイヌ民族出身で末裔である芸能人や有名人は沢山いるのでしょうか。自己申告していなかったらわからないと思いますが、自らアイヌ出身と言っている、芸能人や有名人を見ていきたいと思います。

宇梶剛士

宇梶剛士さんは、若い頃に少年刑務所に入ったことがある程の暴れん坊でした。母親がアイヌ出身の解放運動家だったことが考えられます。

美輪明宏さんの目に留まり、芸能人としてデビューし、今ではドラマやCM等で活躍されています。北海道のアイヌ民族博物館で上映される、アイヌ文化紹介の進行役をされています。

居壁太

アイヌ文化振興・研究推進機構文化アドバイザーで、活動しています。各地の公演で、アイヌの人の感謝の気持ちを忘れない、常にありがとうを忘れない、そして相手の気持ちを考える民族だと訴えています。

OKI

バンドを結成しています。そのバンドの中心メンバーで、トンコリとボーカルをしています。アイヌの音楽を制作しているプロデューサーもしています。日本以外の国の音楽フェスで活躍しています。

アイヌ音楽を元に各国のルーツとも言えるジャンルの音楽との融合した、独特の音楽を作りCDを作成にしていて凄まじい音楽と言われています。アイヌ音楽がヘビーな音楽に変身した曲が売りです。

アト゜イ

劇団を立ち上げ、作詞、作曲家です。アイヌ人がメンバーで音楽と舞踊をメインとする活動をしています。ニュースやテレビ番組などで紹介されています。そして日本国内問わず海外でも公演をしています。

萱野茂

アイヌが北海道の先住民だったことを正しく理解して貰うため尽力した方です。二風谷アイヌ資料館を自身の集めたアイヌの郷土品を展示している資料館の館長であり、アイヌ民族初めての国会議員です。

2006年に亡くなりましたが、国会の委員会で、史上初のアイヌ語で質問したことで有名です。亡くなるまで、アイヌ民族のウエペケレ集大成の著者で賞を受賞しています。

萱野志朗

萱野茂の息子で二風アイヌ資料館の館長を現在は務めてます。それまでは萱野茂の公設秘書をしながら、アイヌ民族党を結成しましたが資金難から立候補者を擁立することが出来ずに断念しました。

有名人の父親を持ち、アイヌ民族の存在を広めるために、アイヌ語の講座をラジオで行ったり、二世議員として立候補しましたが落選した結果、現在の二風アイヌ民族資料館の館長として活動しています。

貝沢耕一

父親は町議会議員で、父親が残した農地で農業を営む。父親の死去の後二風谷ダム建設差し止め訴訟の原告になり、結果裁判には勝訴する。植林活動を手がけるNPO法人チコロナイの設立の中心人物になりました。

現在はチコロナイの理事長をしています。農業の経験を活かし、植林等の自然に対する活動家としての地位を確立されています。色んなイベントを開催し自然と触れ合う体験活動もしています。

結城幸司

解放運動活動家の息子として生ました。東京で、民族運動に参加しました。アイヌアートプロジェクトを設立し版画家としても活動しています。日本各地で公演活動も行っています。

木彫彫刻家でもあり、シンガーです。活動はメインが活動家で、色んな公演やサミットなどにも参加しています。

浦川治造

アイヌの有名な長老で、現在も関東のリーダーとして活動をしています。幾度となく事業を失敗し、その都度立ち直り起業をしています。強靭な精神力と肉体を持っている、アイヌの長老です。

まだまだ精力的に活動し、アイヌ文化の継承と振興に力を入れています。

砂澤ビッキ

22歳の時に木彫を始め、鎌倉へ移住してモダンアート協会に所属しました。北海道と関東を拠点にしていましたが、北海道に戻り北海道と関東を中心に多くの展覧会に出展していました。

亡くなるまで、木彫作品を作り続けていました。北海道を中心に屋外彫刻も多数制作し、大胆で繊細、原始的にして現代風な作品を独自で作り上げました。その作品は国際的にも評価が高く、1989年に亡くなりました。

平井堅や加藤雅也はアイヌ出身なのか?

平井堅は顔が日本人離れしていますが、純粋の日本人です。本人の話によると調べたことがあるらしいのですが、4代前までは日本人だったそうです。中学の卒業アルバムの写真は、完全に日本人です。

加藤雅也も同じく日本人です。よくネットで、ハーフとか何人とか検索されているようです。しかし、純日本人です。詳細は分かりませんか調べたかぎりでは、二人共日本人のようです。

芸能人で背が高く顔が濃いだけで、判断されてしますのはそれだけ有名人だからでしょうか。色んなサイトでは、日本人と書かれているので日本人なのでしょう。

アイヌ民族の出身・末裔である芸能人・有名人一覧【女性】

次に、芸能人、有名人の女性を見ていきましょう。男性は芸術家が多かったように思いますが、女性はどうでしょうか。

酒井美直

彼女は2006年AINU REBELSの結成に力を入れ、代表となりました。音楽活動をしながら、公演活動も行っています。財団法人アイヌ文化振興・研究推進機構アイヌ文化アドバイザーにも選ばれています。

4歳のときより、ダンスを学びました。10歳頃より、アイヌの伝統舞踊を習い、音楽活動に役立てていましたが、2010年6月にAINU REBELSは活動停止となりました。

MAREWREW

国内だけではなく海外でもその活動が注目されています。マレウレウはアイヌ語で蝶を意味です。色んなリズムパターンで構成されています。トランスな感覚が特色の歌やアイヌウポポを再現する貴重なグループです。

アイヌの伝統歌ウポポの再生と伝承をテーマに活動する女性ヴォーカルグループです。2010年、初のミニアルバムMAREWREWを発表後、活動を本格化させています。

深月ユリア

海外や国内の映画に出演している女優、ダンサー、占い師、モデル、脚本家、ライターと多彩な才能を持つ女性です。芸能人としても活動しています。

有名なドラマでは、半沢直樹、ヒーローに出演したことがありますが、現在は殆どテレビでは見ません。海外や占い師の仕事が多いとされていますが、真相は分かりません。

安東ウメ子

北海道帯広市フシココタン出身のアイヌの音楽家です。ムックリと言う口琴の楽器奏者とウポポ歌で有名です。音楽家としてはOKIと共にCDアルバムを出しています。

アイヌ語の講師やアイヌ文化の保存活動を行っていました。ムックリの名手としてアイヌ民族の中では有名人です、主に歌い手として活動をしていました。

松前ピリカ

17歳で芸能の道を目指し、旅芸人の一座に加入しました。ピリカ花子と名乗っていましたが、20歳から松前ピリカと名前を変えました。美声で知られ、松前ピリカ一座を作りました。巡業して、一世を風靡しました。

故郷の慈善活動をしたことも知られています。彼女や村民の寄付により、飛行機などが寄贈され、戦後は義経公園内の桜などを植樹したことが有名です。平取町内の義経公園内に顕彰碑があります。

宇梶静江

日本の詩人であり、古布絵作家そして絵本作家です。アイヌの解放運動家でもあります。著名なアイヌ文化の継承者でもあり、芸能人で俳優の宇梶剛士の母親です。

千葉県君津市でカムイミンタラ(神々の遊ぶ庭)の中心人物で運営を行っています。

多原香里

アイヌの歴史学者で政治活動家です。論文を沢山書いておりその内容は先住民族の権利宣言案等を書いています。海外の生活を10年以上経験ししています。

ヨーロッパの公平な主義を大事にしたいと思いが強く、国政にアイヌの若者で女性という立場が不利な当事者とにして北海道の地域主義を確立したいと思い出馬表明する。結果は敗戦しました。

アイヌには美人が多い?容貌の特徴が驚き?

美人とは下記の引用の様に定義されています。美人の定義で欠かせないものがあります。目、鼻、口、等の一つ一つがはっきりとしている特徴は美人が多いと言われています。

それらの特徴を多く持っているのが、アイヌの女性ではないでしょうか。

女性の何をもって美とするかは、主観的なものであり、個人の嗜好によって美人の基準は異なる。ある共同体において一般的とされる美人像がその共同体内の全ての個人に共通して美人と見なされるとは限らず、価値観の多様化が進んだ社会であれば美の基準においても個人差が大きくなる。

(引用:wikipedia)

はっきりとした顔立ちをしている

アイヌ民族は、確かに、目や鼻などの顔のパーツがはっきりとしています。これは美人の特徴に当てはまります。

彫りが深いという事は、はっきりとした顔と言うのではないでしょうか 。メイクでも変わりますがやはり素の顔がはっきりしていないと美人の特徴から外れます。

耳が大きく唇が厚い

アイヌの人々は耳たぶが発達している、唇が厚い等の身体的特徴が日本人との違いがハッキリしています。そして、現在はこの様な事はありませんが、結婚をすると唇に髭の様な刺青をします。

大ぶりの造形

身体的特徴は先程の耳と唇だけではありません。顔全体の作りが大ぶりで、体毛も多くがっちりとした体型です。このことから、アイヌ民族は日本人と比べて全てが大ぶりなのです。

性格はおおらかな人が多いと言われている

元々はアイヌ民族は縄文人に近いと言われています。縄文人は狩猟や漁労で暮らしていた民族なので、その日の収穫が無くても次の日に沢山狩猟出来ると考えていたようです。

このことから判断すると、おおらかな人種だと思われることからアイヌ民族は性格がおおらかであると推測されます。

縄文顔と弥生顔の違い

縄文顔と弥生顔の違いは、一番に上げられるのが顔の輪郭が弥生顔は丸く縄文顔は四角いところです。その次に言えることは、縄文顔は彫が深いが弥生顔は全体的に細く正反対の顔立ちです。

縄文顔、弥生顔それぞれ特徴があります、その特徴がアイヌの人、大和の人と分けられることのできる確認方法です。弥生顔でも彫の深い人はいます、それは遠い昔に縄文の血が関係している可能性が高いと思われます。

現在のアイヌについて

現在はアイヌ政策があり文化や文化を向上させたりする事を政府が推奨していることもあり、活動がしやすくなっています。

この政府の政策の中には、差別をなくそうという物も含まれていることから、活動や文化継承等がしやすくなっているのが現在のアイヌ民族の現状です。

観光地としてアイヌコタンがある

アイヌコタンは色んな店が立ち並ぶ観光地です。民芸品が中心で伝統工芸品を取り扱っている店が沢山あります。ほぼアイヌの人達で経営しているようです。とてもフレンドリーで全て手作りです。

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