少年A(酒鬼薔薇聖斗)の現在!神戸連続児童殺傷事件のその後! 社会

少年A(酒鬼薔薇聖斗)の現在!神戸連続児童殺傷事件のその後!

目次

[表示]

現在の住所はどこ?

現在、社会復帰し結婚までしていると噂される酒鬼薔薇聖斗ですが、社会は未だその存在を不安視しており、一体現在の住所はどこなのか?という点でも注目されています。

2016年2月週刊文春が現在の酒鬼薔薇聖斗を特集し、顔画像付きで報じました。その時に掲載された写真の情報からネット民たちによる住所の特定作業が開始されました。

結果、文春に掲載された顔写真が撮影された時点での酒鬼薔薇聖斗の住所が「足立区UR花畑団地付近」であると特定されてしまいました。ただし、この報道後すぐに引っ越したとされるので現在の住所は違うようです。

2015年6月、酒鬼薔薇聖斗は『絶歌』を出版

そもそも週刊文春が当時の顔写真付きという酒鬼薔薇聖斗の住所の特定につながるほどの報道をした理由は、その前年の2015年6月に酒鬼薔薇聖斗が「少年A」として手記「絶歌」を出版した事でした。

この手記「絶歌」の出版は被害者家族の気持ちを無視しているとして、多くの人から批判を浴び、社会で大きな物議を醸しました。少年Aの絶歌出版についてもまとめていきます。

出版に至った経緯

2015年6月10日少年Aの手記「絶歌」が太田出版から刊行されました。これは出版社側から持ちかけた話ではなく、少年Aの側から、まず幻冬舎に手記の出版を持ちかけたのだと言われています。

しかし、幻冬舎は出版を断念し、少年側に太田出版を紹介、太田出版は社内で手記の内容を検討した上で出版を決めたそうです。被害者の遺族には一切許可を取らないままでの刊行でした。

酒鬼薔薇聖斗が明かした事件後の生活

Greyerbaby / Pixabay

「絶歌」では酒鬼薔薇聖斗の事件後の生活についても詳細に書かれていました。酒鬼薔薇は少年院を出所後、更生保護施設に入所し、そこで生活しながらオフィスの荷物運びの仕事についています。

これは酒鬼薔薇にとっての人生初の労働であり、肉体的にも精神的にもキツかったと書いています。その後も清掃や廃品回収などの様々な仕事をしますが、身元がバレて身を隠すシーンなども書いています。

2004年5月、酒鬼薔薇は施設を出て篤志家の家へと移ったのち、仕事を辞めて一人暮らしを開始しています。その後は寮付きの建設会社に勤めたり日雇い労働をして暮らしていたそうです。

遺族や著名人からは出版への抗議も

手記「絶歌」では、少年院を出所してからの生活を、自己憐憫に溢れ、必要以上に比喩表現で飾り立てられた文体で書き綴られていました。

その内容を読む限り、酒鬼薔薇聖斗が事件を反省し厚生しているとはとても思えず、多方面から大きな批判が起こっています。被害者土師淳くんの父親は出版中止と本の回収を要請しています。

また、多くの著名人や専門家が絶歌を読む限りこの手記は自己憐憫や弁護が見え隠れし、事件への反省や遺族に対する配慮などが一切見られないとして、多くの抗議の声が上がりました。

1999年に両親も『「少年A」この子を生んで…』を出版

1999年には、酒鬼薔薇聖斗の両親も、事件について書かれた手記『「少年A」この子を生んで…』を出版しています。この本もまた、自己保身や弁護が無意識のうちに見え隠れするとして批判を受けています。

2015年9月、「存在の耐えられない透明さ」を開設

2015年9月、手記「絶歌」の出版に伴って酒鬼薔薇聖斗は自身の公式HP「存在の耐えられない透明さ」を開設しています。このHPは明らかに絶歌のプロモーションを兼ねていました。

このHPは自己顕示欲の塊のような内容で、他者に対する忖度は一切なく、ナメクジなどをモチーフにしたおぞましいコンテンツが作品として掲載されていました。強い批判を受けて2016年10月に閉鎖されています。

ホームページの内容

酒鬼薔薇聖斗はホームページ「存在の耐えられない透明さ」で、自身の裸体の写真と不気味な顔を合成した写真や、ナメクジをモチーフに使ったおぞましい作品などを数多く発信していました。

また、出版した「手記」の宣伝や、今後少年Aに関する全ての情報発信はここでするといった内容も記されており、酒鬼薔薇が自己顕示のためにこのサイトを作った事は明らかでした。

作家の柴田大輔に返信が

「存在の耐えられない透明さ」には連絡先としてメールアドレスが記されていました。元関東連合の幹部で関東連合に関する著作を持つ作家柴田大輔氏がメールでコンタクトを取ったところ、返信を受けたそうです。

返信されたメールには、事件後の生活の様子と共に「マスコミが嗅ぎ回って落ち着けない」「レールから外れた自分が社会に戻る隙間はない」などの現在の苦しい心境などが記されていたそうです。

2016年1月、週刊文春の記者が直撃

2016年1月週刊文春が酒鬼薔薇聖斗への直撃取材に成功しています。文春の記者は半年以上かけて酒鬼薔薇の居場所を突き止め取材を敢行、誌面に現在の顔写真と共に特集を掲載しました。

記者に「命がけで来てんだよな」

この特集の内容によると、直撃取材時にこの記者は酒鬼薔薇聖斗に走って追いかけ回されたそうです。記者が酒鬼薔薇聖斗に近づき使命を確認すると酒鬼薔薇は当初「何のことかわからない」と否定したそうです。

しかし、なおもしつこく確認を取ろうとすると、突然酒鬼薔薇聖斗の様子が豹変、「名刺も手紙もいらねえよ」「命がけで来てんだよな」と恫喝ともとれる言葉と共に手をポケットに入れ、何かを探る仕草をしたそうです。

記者はここで危険を感じ、走って逃げますが酒鬼薔薇聖斗は約10分間に渡って記者を走って追いかけ回しています。この時の写真が撮影され週刊文春に掲載され大きな話題となりました。

神戸連続児童殺傷事件に関連した映画・ドラマ

神戸連続児童殺傷事件をモチーフにした映画やドラマも数多く製作されています。いくつか紹介していきます。

映画『友罪』

2018年5月に公開された映画「友罪」は大人になってから偶然に知り合い心を通わせた友人が、かつて世間を騒がせた連続児童殺人の加害者「少年A」だったら?をテーマとした作品です。

元犯罪者「青柳」は明らかに酒鬼薔薇聖斗をもモデルにしたキャラクターです。ただ、テーマとしてモデルにしているだけであり、酒鬼薔薇がこの青柳と同じ様な人物ではないと言う事には注意が必要です。

ドラマ『それでも、生きてゆく』

ドラマ「それでも、生きてゆく」は2011年に放送されたドラマです。過去に殺人を犯した少年Aの家族と幼い家族を殺された被害者遺族の双方に焦点を当てた作品となっています。

主人公は15年前に妹を自分の友人に殺害されています。事件をきっかけに家族は崩壊してしまい、現在も幸せとは言えない毎日を送っています。そんな中、加害者の妹が正体を隠して主人公に近づきます。

少年犯罪の加害者、被害者の双方の家族の視点から事件を描いた作品です。神戸児童連続殺傷事件とは事件の質も背景も違いますが、凶悪犯罪が関係者の心にどんな傷を残すかがよく描かれた作品です。

酒鬼薔薇聖斗は何故再び世間を賑わせる行動をとったのか?

Free-Photos / Pixabay

酒鬼薔薇聖斗が突然に出版社に手記を持ち込み「絶歌」を出版、さらにホームページを開設しグロテスクなイラストを作品と称して掲載しました。

酒鬼薔薇は事件後の供述などから知能の高さが伺われ、こうした行動をとれば一体誰だけの批判が自分に集まるかが想像できなかったとはとても考えられません。

にも関わらず、何故この様な行動をとったのでしょうか?純粋に「絶歌」の宣伝を兼ねてのお金のための行動であった面もあるかと思いますが、それ以上に感じたのは、その強烈な自己顕示欲でした。

「絶歌」の文体は必要以上に比喩表現が多用され、文学的表現を使いこなす自分に陶酔する様な幼い印象を受けます。酒鬼薔薇は未だに14歳の頃の思考とほとんど何も変わっていないのではないかとすら感じました。

また、その内容も自分がその時何を思っていたのかの表現に終始し、他人の気持ちを理解する事は一切出来ていない事は明白です。自身のHPにしても自分の作品を公開し、自分の言いたい事だけを書いています。

酒鬼薔薇聖斗の中には現在でも自分以外の他者は一切存在していない様でした、彼の中にあるのは自分をわかって欲しい、理解して欲しいと言う自分勝手な欲望だけなのかも知れません。

酒鬼薔薇聖斗は現在も更生していない

DarkWorkX / Pixabay

「神戸連続児童殺傷事件」を引き起こした少年Aこと酒鬼薔薇聖斗の事件後から現在までを見てきました。14歳の少年が欲望のためだけに幼い子供達を殺傷した前代未聞の事件は人々の脳裏に深く刻まれました。

事件から年月が経ち、少年は更生して社会に復帰したと思いたかった矢先に酒鬼薔薇は自己憐憫と主張に終始した手記「絶歌」を出版、再び世間を騒がせました。

出版から数年、再び酒鬼薔薇は社会に紛れ、何事もなかった様に「絶歌」の印税で生活しているのでしょう。全く更生していない事が明らかになった酒鬼薔薇は一体どこで何を思い日々を送っているのでしょうか?

2/2