長岡京殺人事件(ワラビ採り事件)の真相は?真犯人を推理!

長岡京殺人事件をご存知でしょうか?多くの未解決事件が存在する中、犯人の残虐性や事件の凄惨さ、被害者の残したメモなどの要素が絡み合い不気味だと話題に上る事も少なくありません。今回は長岡京殺人事件の真相に迫るべく、情報を整理するとともに推理してみました。

長岡京殺人事件(ワラビ採り事件)とは

長岡京殺人事件とは1979年に京都府長岡京市にて発生し、2名の主婦が何者かによって殺害された事件です。別名京都長岡ワラビ採り殺人事件とも呼ばれます。

現場に残された手がかりや目撃証言に基づき、捜査線上には多くの被疑者が浮かび上がりましたが決定的な証拠には至らず、真相不明のまま1994年に公訴時効を迎えました。

長岡京殺人事件の概要

それでは、なぜ長岡京殺人事件が不気味だと言るのでしょうか?ここでは事件についての説明及び真相を探るにあたり、事件の概要について詳しく解説していきます。

1979年5月23日、被害者の主婦達はパート後ワラビ採りへ

被害者は主婦Aさんは当時43歳、Bさんは32歳でした。2人は長岡京市内のスーパーで働くパート仲間であり、早番の仕事を終えた後に自転車に乗って付近の山の竹林へワラビ採りに向かいました。

主婦2人が件の山へと入山する姿を付近で仕事中だったガードマンや登山道付近で作業していた夫婦が目撃しており、ガードマンは入山時刻は午前11時頃だったと後に証言しています。

尚事件現場となった場所は、通称・野山と呼ばれておりピクニックに家族連れで訪れたり、被害者の主婦2名のように山菜取りに訪れる人が他にも居ましたが、後述する理由により犯罪と無縁という訳ではありません。

子供の保育園にお迎えに来なかったことから捜索開始

Bさんは子供を保育園に預けておりワラビ採りの後迎えに行く予定でした。しかし、Bさんが保育園に姿を見せることはなく、帰宅しないBさんを心配し、Bさん夫はその夜単身野山を捜索しますが発見できませんでした。

翌日には当直明けのAさん夫も探索に参加。同日警察署に捜索願が提出され、即座に30人体制で捜査が開始されます。この日の内には殺害現場付近において、2人の自転車が発見されます。

また前述のガードマンが2人が山に入って行くのを見たと証言。この日の深夜まで捜索は続けられましたが、2人の発見には至りませんでした。

1979年5月25日、主婦達はワラビ採りへ行った竹林の山頂付近で遺体で発見

翌日には警察犬も導入され、地元消防団なども加わり120名による捜索が午前9時から開始されます。

そして、捜索開始から約1時間半後の午後10時半ころ、山頂付近において警察犬が反応。まずは変わり果てた姿でAさんが発見されます。続いてAさん発見現場から約10m進んだ先にてBさんの遺体が発見されました。

2人の死亡推定時刻は正午過ぎから午後2時半までの間とされ、荷物からは空の弁当箱、採ったワラビなどが発見され、財布は手付かずだったとされます。

主婦Aの衣服から発見されたレシートに不可解なメモ

Aさんの衣服のポケットから勤務先のスーパーのレシートが発見されます。そして、その裏面にはひらがな、カタカナ、漢字が入り混じり以下のようなメモが記されていました。

オワレている たすけて下さい この男の人わるい人

(引用 Wikipedia)

このメモは掌に隠すようにして急いで書いたと言われ、どこかに捨てる事で誰かに助けを求めようと機会を窺っていた所を襲われて仕舞い、命を落としたのではないかと当時の新聞には書かれています。

メモは鉛筆で書かれていましたが、Aさん、Bさん両方のポケットや荷物からは鉛筆は発見されませんでした。しかし、現場から17mほど離れ場所において芯の先端が発見されています。

被害者2人の遺体の状況

2人の遺体の状況は何れも凄惨極まる状態でした。まずAさんの場合です。

  • 死因は首を絞められた事による窒息死
  • 全身30箇所以上を殴打されている
  • 肋骨9本が骨折、肝臓が破裂していた
  • 着衣は整えられていたが体内から犯人のものと思われる体液が検出される

以上がAさんの遺体の状態となります。続いてBさんについて記載します。

  • 死因は包丁で刺された事による失血死
  • 全身50箇所以上に渡り殴打されている
  • 遺体には凶器の包丁が刺さったままだった
  • 傷口は深く肋骨を切断し、肺や心臓にまで達している
  • 着衣は乱れていたが、体液は検出されずかわりに体毛が発見される

尚凶器である包丁からは犯人の指紋は検出されず、包丁は岐阜県関市で製造された7万本の内の1本だと言われていますが販売ルートは判明していません。

ただし、体毛と体液から犯人の血液型がO型である事が判明しています。

被害者2人は逃走防止にアキレス腱を切られていた

長岡京殺人事件における被害者2人の遺体については上述の通りです。しかし、それだけに留まりません。

2人はアキレス腱を切断されていたと言う説も存在します。これは犯人が2人の逃走を防ぐ為に切断したと言われています。

これにより、犯人は単独犯であるとの見方もあります。

事件発生場所の概要

事件発生の5月23日は平日でしたが、被害者である主婦2人以外にも山菜を採る為に入山した人は他にも居り、登山道の入口付近で作業していた夫婦がいたのも前述の通りです。

しかしながら、木や竹が存在している関係上昼間でも薄暗い所は多く、タケノコ泥棒が頻発していた場所でもあります。付近の山林内の道路を暴走族グループが走り回ってもいました。

現場では以前にもレイプ事件が発生していた

また長岡京殺人事件発生前には、現場においてレイプ事件も発生していました。

ピクニックに利用されたり、山菜取りに訪れたりと周辺住人たちにとってなじみの深い場所であると同時に完全に安全と言う場所ではなかったようです。

長岡京殺人事件(ワラビ採り事件)の犯人を推理

長岡京殺人事件の捜査線上には何人かの被疑者が浮かび上がり、また動機についても売春説や怨恨説などが囁かれています。本項では、それらを紹介すると共に犯人について推理していきたいと思います。

容疑者①不良2人組

遺体の状況から犯人は格闘技の心得があると推測されていました。そして、この2人組は当日の14時頃逃げるように下山して来た所を目撃されており、内1人は空手の心得があり仲間内でも暴れん坊として有名でした。

事件後2人組はそれまでうろついていた事件現場付近をうろつくのをやめ、急に仕事に精を出して真面目さを装うなど不審な点が指摘されています。

尚実際にこの2人組は警察による取り調べを受けましたが、犯人てある確たる証拠を得る事は出来ませんでした。

容疑者②25歳~30歳位の男性2人組

主婦2人が入山した直後同じく入山した2人組の男性が目撃されています。2人は手荷物を持っておらず、服装はジーンズのようなズボンに白いシャツであり、年齢は25~30歳程度だったと目撃者が証言しています。

目撃者曰く、2人は到底ハイカーのようには見えなかったそうです。

またこの2人組の詳細も身元も不明で有り、事件発生後においても捜査協力の申し出はありませんでした。

容疑者③40代の男性

事件発生の約1週間前、被害者と同じく山菜採りに来ていた主婦へ声を掛けた中年男性もまた被疑者の1人です。軽装で年齢は40~45歳程度とされ、似顔絵も作成。事件発生から3ヶ月後に一般にも公開されています。

尚男性は主婦に対し「採れますか?」と声を掛けたとされます。実は事件発生以前に、事件現場付近で同様の声掛け事案が発生していました。

事が起きたのは事件発生の約1年前。家族で山菜採りに来ていた主婦の前に、刃渡り30cm程度の包丁を持った男が立っていました。驚いた主婦は家族のもとへと走って逃げて事なきを得ています。

この男も主婦に対して「山菜が採れるか?」との声掛けを行っており、服装は上下ねずみ色の作業着で身長は170cm程度。そして、年齢は上記の目撃証言と同じく40~45歳程度でした。

加えて、このねずみ色の作業着の男は似顔絵の男に似ていたとも言われいます。

容疑者④主婦Aの夫

被害者であるAさんの夫もまた事件後の振る舞いが引き金となり怪しいと目される事となりました。A夫は事件後に降りた保険金で新車を購入、また程無くして新たに恋人を作ったとも言われています。

大してBさんの夫は保険金を捜査の足しにして欲しいと、京都府警に対し寄付を申し出ています。同じ被害者遺族でありながら、正反対友言える行動故に警察はA夫に対して疑惑の目を向けました。

しかし、確たる証拠はなくあくまで疑惑程度であったようです。

その他の情報①タケノコ泥棒

事件現場において、タケノコ泥棒が頻発していたのは既に解説した通りです。そして、その手口は地面を掘るのではなく、地面から露出した部分を刃物で切り取って持ち去ると言うものでした。

泥棒被害は事件発生の数年前から頻発していましたが、事件後はぱったりと被害が無くなっており、長岡京殺人事件との関連性を疑われています。

その他の情報②革靴のような足跡

捜査において、重要な手掛かりとなりえるものの一つに足跡があります。当然ながら長岡京殺人事件においても、足跡の調査は行われました。

その結果、現場付近に残された足跡の中から登山靴やレザーシューズの靴裏とは違い溝も模様も無い足跡が2つだけ発見されました。この足跡は革靴の可能性が高いとされています。

その他の情報③売春説

その他にも被害者である主婦は売春をしていたと言う説もあります。売春説については、警察の方からの情報とも言われていますが、事件との関連性は無いともされ、あくまで噂の域を出ていません。

被害者主婦への怨恨説も浮上

被害者への過剰なまでの殴打の形跡、レイプ被害。またBさんについては、膣に異物を挿入された痕跡があるともされており、被害者2人への怨恨説も浮上しています。

勤務先での2人の評判は悪い物ではありませんが、同時にこの2人がいじめを行っていたと噂されてもいます。

この事から、怨みを晴らすべくいじめ被害者が自らの手で、もしくは第3者に依頼して2人を殺害したのではないかとも言われています。

長岡京殺人事件の真相?真犯人は人攫いの一族?

事件発生から約40年経過した頃、長岡京市在住の男性からとある証言が得られました。実は事件のあった界隈では、かつてより女性が姿を消すと言われており、その数は100に上るのではと男性は話しています。

そして、女性を攫っているのが界隈に住んでいると噂される人攫いの一族です。この人攫いの一族については、近隣住民にとって周知の話であったようで、男性も「またか」と思ったと語っています。

この話を受けて、男性を取材した記者は何かしら対策を講じる事が出来たのでは、と記事中で述べていますが男性は以下のように答えました。

「…って思うでしょ? けどね、その一族っていうのは、人里に出てこないっていうのが昔からありましてね。だとすれば、対策もへったくれもないじゃないですか。人数もわからないし、顔も名前もわかりゃしない。我々はただただ怯えるしかないんですよ」

(引用 Rakuten infoseek news)

長岡京殺人事件(ワラビ採り事件)に関連していると言われた事件

事件発生当時からセンセーショナルな事件として扱われていた長岡京殺人事件。実は事件発生前後に発生したとある事件が長岡京殺人事件に関係があるのではと言われていました。

①(後日談)長岡京殺人事件の5年後の殺人事件の被害者は3人目の被害者だった?

事件から5年後、長岡京市内において主婦Cさんが殺害される事件が発生しています。Cさんの遺体には多数の刺し傷がありましたが、死因は首を絞められた事による窒息死であり、遺体の状況から怨恨説が疑われました。

実はこのCさん、長岡京殺人事件の被害者の元同僚で、事件当日2人より先に下山し難を逃れたとされます。しかし、その存在を知る長岡京殺人事件の犯人が口封じの為にCさんを殺害したとまことしやかに囁かれました。

しかしながら、Cさん達が同僚だったと言う事実は無く都市伝説の域を出ていません。しかし、現場に残された犯人の血液型がO型だある点が長岡京殺人事件と共通しています。尚この事件もまた未解決のままです。

②(過去の事件)1978年11月23日に起きた宇治マラソン主婦行方不明事件

事件の前年には長岡京市より約15km離れた京都府宇治市において、マラソン中の主婦を行方不明になる事件が発生しています。

自宅近くの農道から200mに渡り血痕が発見され、複数の足跡や人を引き摺った跡も残されていました。血液の量は1リットル以上にも及ぶとされ、主婦は何者かに連れ去られたと見られています。

こちらの事件も長岡京殺人事件、主婦Cさん殺人事件と同じく未解決です。

長岡京殺人事件(ワラビ採り事件)に対する警察の見解

依然としてその真相は不明のままな長岡京殺人事件ですが、捜査にあたった警察の見解はいかなるものだったのか。本項で触れていきます。

主婦Bが先に殺害され、主婦Aもその後殺害された?

2人が殺害された時刻については大きな開きはないとされています。しかし、その一方で先に殺害されたのはBさんの方だともされています。

Aさんの衣服から見つかったメモに関連付けて警察は犯人がAさんに包丁を突き付けて「逃げたらBさんを殺す」と脅迫。逃走を阻止、ないし目の前で暴行を見せ付けられ身動きが取れなくたったと推測しています。

そして、Bさんが暴行を受けいている間にAさんは必死にメモを書くも、Bさんは死亡。その後にAさんも襲われて殺害されてしまったとの見解を示していました。

犯人は単独犯だった?

2人の人間がほぼ同じ時間帯に殺害さらたと言う事実に基づき、警察は複数犯ないしグループでの反抗の可能性を示していました。

その一方でアキレス腱の件や上記の推測も合わせて、犯人が単独犯であるとの見解も示しています。

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