京都の住んではいけない地域は被差別部落?京都駅より南はヤバイ? エンタメ

京都の住んではいけない地域は被差別部落?京都駅より南はヤバイ?

京都府にある住んではいけない地域と言われてるのが、被差別部落地域というところです。この被差別部落地域は現在でも差別がある地域となっています。京都府では崇仁地区やウトロ地区が有名となっているのです。被差別部落地域について調べてみました。

目次

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京都の住んではいけない地域とは?被差別部落地域一覧

京都府には住んではいけない地域というのが現在でも残っているそうなのです。その住んではいけない地域というのが、被差別部落地域となっています。

京都府にある被差別部落地域には崇仁地区やウトロ地区が有名な地域として名前があがってきます。他にもどのようなところがあるのでしょうか?京都の住んではいけない地域について調べてみました。

京都の被差別部落地域には現在も差別が残っている?

京都市では現在でも被差別部落地域に差別が残っています。そもそも被差別部落地域というのは、身分や社会的地位より差別された人たちが限られた地域に集まりできた集落のことです。

江戸幕府の頃より、エタや非人といった言葉で身分を差別されていました。しかし、1871年に身分制度の撤廃をしましたが、被差別部落者に対する差別は消えなかったのです。

京都駅より南に住んではいけない?

京都市では現在でも被差別部落があります。そのため、京都市で住んではいけない地域と言われているところがあるのです。その地域というのは、京都駅より南の地域にあると言われています。

京都市にある地域の五条より下に住んではいけないと言われているようです。京都市ではどこに住んでいるかによって、差別を受けると言われています。

結婚相手を選ぶ時にも住んでいる地域によって差別がおきているのです。

b地区は京都の被差別部落地域を指す?

b地区というのは被差別部落の隠語として使われているのです。この被差別部落地域を差別するときにb地区という言葉が用いられるのです。

そのため、崇仁地区やウトロ地区を指す時にb地区という言葉を使うのです。このb地区というのは京都府だけの隠語となっているようで、京都の被差別部落のことだけを指しているようです。

京都の住んではいけない地域①:崇仁地区

被差別部落地域として京都市では有名な地区が、崇仁地区です。この崇仁地区は京都駅から南に数分歩くだけで見えてきます。京都駅から近いということもあり崇仁地区は人気の地区かと思いきや違ったのです。

この崇仁地区には「柳原銀行記念館」という青い建物が建っています。この建物は同和地区出身者が設立したと言われている銀行なのです。現在では崇仁地区の観光スポットとして公開されています。

また、この記念館には被差別部落地域として差別を受けていた当時の写真も展示されています。

かつての崇仁地区は危険だった

崇仁地区は16世紀の前半に処刑場が設けられたことをきっかけに、江戸時代の間は皮張場が建てられるなど特殊な職業に就く被差別民が暮らす土地として存在し続けていました。

その後、明治時代に入ると朝鮮半島から移住した人も崇仁地区の住民として加わるようになり、元の住民と在日韓国人たちの間でもトラブルが頻発するようになったのです。

このことから治安は悪くなり、京都駅からほど近い場所にありながらも住民以外を寄せ付けない異質な場所になったとされます。

現在の崇仁地区は開発が進んでいる

近年の崇仁地区は新しくマンションも建つなどして、バラックが建つかつての被差別部落地域のイメージからはだいぶ様変わりしつつあります。

また、2023年には京都市立芸術大学のキャンパスが崇仁地区に移転することが決定しており、現在は空地になった場所で「崇仁新町」という屋台街が営業されています。

崇仁新町はグルメスポット、観光地としても人気となっており、崇仁地区も危険な場所という印象は一掃されて賑わいを見せています。

京都の住んではいけない地域②:ウトロ地区(宇治市伊勢田町)

宇治市にある住んではいけない地域と言われているのがウトロ地区です。このウトロ地区とは近鉄伊勢田駅の近くにある地区で、京都府でも怖い地区としてウトロ地区は有名となっています。

このウトロ地区には在日韓国人や朝鮮人が住んでいる地域でもあります。さらに、生活保護受給者も多く住んでいます。そのため、このウトロ地区に近づかないほうがいいと言われているのです。

ウトロ地区で問題となった不法占拠

ウトロ地区が危険視されているのは、単にコリアンタウンだからというわけではありません。

ウトロ地区は第二次大戦中に朝鮮半島からの徴用者を雇って飛行場が建設されていたのですが、それが原因となって戦後もこの土地に朝鮮半島から移住者が集まってしまったのです。

そして徴用された戦争の被害者たる住民がいることを盾に不法占拠されることになり、その状態が戦後から現在に至るまで続いています。

現在のウトロ地区は整備が続いている

不法占拠が続いているとは言え、バラックが立ち並ぶウトロ地区で火災が起これば、区内の住民はもちろんのこと隣接する町内の住民にも被害が及んでしまいます。

そのため国と京都府、宇治市はウトロ地区のバラックを解体し、市営住宅を建てる整備作業を続けています。

この計画は現在も続いており、住民が入居できるだけの市営住宅が完成するのは2023年の予定となっています。

京都の住んではいけない地域③:京都市伏見区醍醐

京都市伏見区醍醐も京都で住んではいけない地域と言われているのです。この醍醐という地域は交通の便もいいですし、生活するには良さそうな地域です。

しかし、住んではいけない地域として京都では有名となっています。

それは、この伏見区醍醐は事件が多い場所となっているからのようです。警察が出動する機会が多く、さらには、暴力関係の方も多く住んでいる地域となっているようです。

伏見区醍醐が危険視されるのは京都の土地柄も原因?

伏見区醍醐が危険だと噂されている理由には、京都府民特有の排他的な県民性も関係しているとの指摘もあります。

伏見区醍醐は過去に急激に団地が新設されたことから若い住民や他県からの転入者が増え、それを疎ましく思った地元住民の間で「最近治安が悪くなった」と囁かれるようになったとの説もあるのです。

不動産関係者の中からは「実際に伏見区醍醐には暴力団の事務所はない」「伏見区醍醐の治安は悪くない」という話も出ています。

被差別部落地域の問題は難しい問題

被差別部落地域には様々な問題があります。被差別部落地域の出身者ということだけで、差別をうけてしまうほか、結婚でも苦労すると言われています。

さらに、小学校の教育にも問題がおきているようなのです。

京都の同和・部落出身の人は結婚で苦労する?

被差別部落地域のことを同和地区とも呼びます。この被差別部落地域や同和地区に住んでいる人に対する差別は現在でもあります。

若い人にはあまり馴染みがないかもしれませんが、親世代・祖父母世代は差別が残っています。

そして、この同和地区出身者と結婚したいと思った時に、親や親族から反対を受ける人も多くいるのです。ただ同和地区に住んでいるといっただけで、反対を受けてしまうのです。

同和地区の児童の学力低下も懸念されている

日本教育学会の2008年時の調査結果によると、同和地区の小学校、中学校に通う生徒の学力は、全国の平均から見て著しく低いことが報告されています。

そのために中学卒業後は就職をする生徒が7割近いとされますが、これは本人の希望ではなく、家系が苦しく、進学を選べないという背景があるといいます。

学びたくても勉強を教えてくれる人や場所が整備されていない、お金がないという不平等さが、現在も同和地区で暮らす子供を苦しめているのです。

京都自体が住みにくい土地という声も?

京都府は観光地もたくさんあり、観光スポットとしてはとても魅力的な街として有名な土地となっています。しかし、京都府に移り住んだ人からは、京都は住みにくい町だと言われているのです。

京都ではよそ者に対して厳しいということもあります。そして、京都の人は育ちや経歴にて判別しているところがあると言われています。そのため、被差別部落という差別もおきてしまうのでしょう。

そのため、京都に移り住んできた住民には住みにくい土地だと思ってしまうようです。特に東京のような都市部から移住してきた人は、住みにくさを感じることが多いといいます。

大阪でも被差別部落地域は住んではいけない地域?

京都府だけではなく、大阪府でも被差別部落地域の住んではいけないとされる地域があります。大阪府で住んではいけない地域と言われているのが、西成区のあいりん地区と呼ばれている地区です。

このあいりん地区ではホームレスが多い地区とされており、暴力団関係者も多くおり覚せい剤の売買も頻繁にこの地区で行われているそうなのです。女性が夜に一人で歩くのは最も危険とされています。

さらに、大阪府の浪速区も治安が悪い地区とされています。この地区では犯罪や事件が多発している地域と呼ばれ、住んではいけない地域と言われています。

同和教育があるから差別はなくならない?

東日本の方や、違う地方の方は同和教育ということを知らない人も多くいるかもしれませんが、京都府や大阪府を中心とした関西では特に同和教育が盛んに行われているようです。

しかし、学校で子供が同和について教育を受ける事で、逆に差別する気持ちが生まれてしまうのではないかと言う声もあります。

同和地区という存在があるだけで、それが差別となっているのです。子供の差別する心を知らずに生み出しているのは、大人だったのです。

教育を見直すべきと言う声も?

これでは、いつまでたっても同和地区への差別はなくなりません。同和問題を解決するには、根本的な教育を見直すべきなのではないでしょうか。

子供のころに受けた教育は残っていくものです。同和地区のことを知ると大人になってからも、同和地区というだけで関わらないようにしなければと思ってしまいます。

誰もが平等に暮らす平穏な社会をつくるためには、まず子供たちへの教育を改善するべきなのです。大人たちによって、子供にまで差別の気持ちが表れてしまうのはよくないことなのではないでしょうか。

京都の被差別部落に対する差別はなくならない?

京都府での被差別部落地域について調べてきました。現在でも同和地区に対する差別は残っているようで、崇仁地区やウトロ地区に住んでいる住民に対しての強い差別の風潮は消えません。

学校で同和教育が行われることで、子供にも差別する気持ちが生まれてしまうと言う考え方もあります。被差別部落に対する差別をなくすには、まず大人が認識を改める必要があるのかもしれません。

個人個人が考え方を変えることで、誰もが安心して安全に住める街づくりを目指していきたいですね。