湊伸治の現在の顔画像やムエタイ!両親が共産党!?<コンクリ事件>

女子高生コンクリート事件はあまりの凄惨さに日本中が震撼した衝撃的な事件でした。犯人グループの一人であり殺人犯でもある湊伸治は現在どのような生活をしているのでしょうか。結婚している、親が共産党員だという噂もありますが本当なのでしょうか。真相に迫りました。

あのコンクリート事件の犯人、湊伸治の現在は再犯

当時大々的の報じられ、その残酷さ誰もが驚いたであろう女子高生コンクリート事件は現在に至るまで語り継がれている有名な事件です。

事件の内容にはもちろん、加害者、被害者ともに未成年だった事実が同年代の子を持つ親にショックを与えました。そのコンクリート事件の犯人が現在、再犯を犯したと話題になっているのです。

埼玉県川口市にて殺人未遂で逮捕

2018年8月19日、埼玉県川口市で殺人未遂事件が起きました。容疑者の名前は湊伸治、45歳でした。

被害者は会社員の男性(32)です。男性が川口市内にあるアパートの前の駐車場に車を停車させた際、他の駐車スペースにいた湊伸治が近寄ってきました。

滅茶苦茶な言葉で言いがかりをつけられた男性が「なんだよ」と湊伸治に言うと、湊伸治は殴りかかってきたのです。4、5発殴られて男性の後輩が止めに入りました。

しかしさらに湊伸治はズボンから警棒を取り出し殴打、男性は肩を怪我します。男性は湊伸治の頭を腕で固め、首を締め上げました。そうして湊伸治がもがいているその隙に後輩が警棒を取り上げたのです。

会社員男性と後輩はいざこざは終わったと思いました。二人は車に乗り込んで発車させようとしましたが、湊伸治が運転席に飛び掛かってきました。

湊伸治は刃渡り8センチの折り畳みナイフで男性の首を切りつけてきたのです。

会社員の男性は致命傷を免れましたが出血多量でTシャツが赤く染まりました。その後、湊伸治は自宅いたところを殺人未遂の容疑で逮捕されています。

被害者の男性が事件当時のことを語る

被害者である会社員男性は湊伸治に因縁をつけられたと語っています。

「身長は160センチくらい。ガタイは良かった。面識はありません。何を言っているのかよく分からない、危ない雰囲気があった。シャブでもやっていそうな、オラついた感じ」

(引用:デイリー新潮)

運転席に飛び掛かった湊伸治が手にしていたのはナイフでした。

「一瞬の隙を突かれただけだったので深手を負わずにすみましたが、首の後ろから血がドボドボと溢れ出てきた」

(引用:デイリー新潮)

幸い致命傷には至りませんでしたが、けっして軽傷とは言えない傷を負うことになってしまいました。

首を切り付けられた時点で会社員男性は警察に通報しています。そして犯人の名前を知ったそうです。

「犯人の名前は刑事から教えてもらっていたので、スマホで調べたら『綾瀬コンクリ事件』の犯人だと分かって……。さすがにぞっとしました」

(引用:デイリー新潮)

事件当時の近隣住民の目撃情報

事件当日の2018年8月19日、湊伸治は近隣住民に目撃されていました。

午後5時半頃のことです。JR東川口駅から車で約10分の距離に湊伸治の自宅アパートがありました。

湊伸治はアパートの前で半袖短パンの姿で仁王立ちをしていて、帰宅したであろうアパート向かいの駐車場の車に奇声を発し、さらにガンを飛ばしていたのです。

これは事件当日に限った話ではなく、湊伸治は毎日のように夕方同じ場所に立って駐車場に停車する10台程度の車の運転手に無差別に喧嘩を売っていました。

隣のアパートに住む被害者の会社員男性が帰宅したのはその時です。後輩が運転するワゴン車で帰ってきたところでした。

アパートの奥の道は行き止まりになっていたので、後輩はUターンを試みます。自動車の頭を湊伸治が住むアパート側に振りUターンしようとしたところで、湊伸治が寄ってきて言いがかりをつけました。

近隣に住む目撃者は「テメーこの野郎ブッ殺すぞ!」という声を聞き家の中から外を覗いたところ、男性が二人取っ組み合いになっていた場面を目にします。

その場を離れようと車を出す直前、開いていた車の窓の隙間から湊伸治が手を入れて刺したように見えた、会社員男性は血まみれだったと語っていました。

その後、通報されパトカーと救急車が到着します。けれど湊伸治は自宅に立てこもり一時間ほど出てこなかったのです。

やがて湊伸治は連行されましたがその時の様子はニヤニヤしていた、不気味だったと近隣住民は話していました。

元々異常であった湊伸治の様子を近隣住民が激白

湊伸治は事件が起きる二ヶ月ほど前、このアパートに引っ越してきました。事件が起きる前から近所では危険人物だと有名でした。

湊伸治が住んでいたのはアパートの二階です。下の階の住民は夜になると湊伸治が意味もなく床を蹴り散らすためドンドンと音が響き困っていました。

また、仕事をしているのかどうかは不明ですが夜になると車でどこかへ出かけることがあったそうです。同居していた女性もいたという話もありました。

昼間は「カーッ!」と大きな咳払いをしていたり、奇声をあげて周囲を睨みつけるなどの異常な行動をしており、坊主姿でさまよっていたと別の近隣住民は話しています。

住民の自宅周辺の私道にさえ入って来たので恐ろしかった、恐怖のあまり目を合わさないようにしたと言っていました。また、事件を起こしそうだった、完全にヤバいヤツで怖かったとも語っています。

湊伸治が住んでいたアパートの住所は?

湊伸治が住んでいたのは「埼玉県川口市東内野」だと報じられています。詳細な住所は不明ですが住んでいた可能性があるアパートの画像がありました。

湊伸治が住んでいたアパートの大家さんは最近変わっていました。そのため以前は6万5千円くらいだった家賃を下げて3万9千円にしていたのです。

これは以前の家賃では入居者が少なく半分ほどしか入居していなかったためと考えられますが、家賃を下げたせいで湊伸治よろしく変な連中が入居するようになったと近隣住民は証言しています。

湊伸治は元々東京都足立区に住んでいたと言われています。しかし女子コンクリート殺人事件の後は千葉県市川市、京都市伏見区、大阪府、会津と各地を転々としていました。

今回の殺人未遂容疑の逮捕で、最近では埼玉県川口市東内野に住んでいたことが明らかとなったのです。

湊伸治が犯した「コンクリート事件」とは

殺人未遂も大きな犯罪ですが、より注目を集めているのは犯人である湊伸治が過去に犯した女子コンクリート事件の殺人犯の一人だったという事実があるためでしょう。

女子高生コンクリート事件とは、1988年11月から1989年1月に起きた極めて凄惨な事件です。

逮捕されたのは4人の少年、宮野裕史、小倉譲、湊恒治、渡邊恭史(事件当時15~18歳)ですが実際に関わった人間はこのほかにもいただろうと言われています。

なお、当初少年法により加害者の実名報道は控えらえていました。しかし週刊文春が「野獣に人権はない」と実名報道に踏み切ったのです。

事件が起きたのは1988年11月25日、埼玉県三郷市内の路上で被害者である女子高生(当時17歳)古田順子さんが不良少年グループの一人に拉致されました。

その後およそ40日間、不良少年グループのうちの一人湊伸治の家にて監禁、暴行及び強姦を受けます。

少女の陰毛を剃り、更にその陰部にマッチの軸木を挿入して火をつけるなどの凌辱に及び、少女が熱がるのを見て仲間らで面白がるなどした

(引用:Wikipedia)

古田順子さんは当初逃走を試みたり、自宅に電話をしようとしていましたがそのたびに暴行されて抵抗することをやめました。

少女の陰部に鉄筋を挿入して何回も出し入れしたり、肛門にガラス瓶を挿入するなどの異物挿入をしたり、少女にシンナーを吸引させてウイスキー、焼酎などの酒を一気飲みするよう強要し、寒気の厳しい夜中、少女を半裸でベランダに出して牛乳や水などを多量に飲ませ、たばこを2本一度にくわえさせて吸わせるなど度重なる暴行、凌辱を繰り返した

(引用:Wikipedia)

その後も激しい暴行と凌辱は繰り返されます。古田順子さんの怪我は化膿し栄養失調状態となり衰弱していきました。

1989年1月4日、古田順子さんは暴行、太ももに火をつけられるなどの行為を2時間受け続け死亡しました。

その後少年たちは犯行が発覚することを恐れて遺体を遺棄しようと動きます。毛布で遺体を包み、旅行かばんに入れました。

ドラム缶を用意して遺体を入れたかばんとコンクリートを流しいれ、煉瓦などを入れて固定させます。そしてドラム缶にごみ袋をかけてガムテープで密閉したのです。

少年たちはドラム缶を東京都江東区若洲にある埋め立て地に捨てました。

なおこの事件には芸能人の飯島愛さんが関与していたのではないかという噂が流れました。

湊伸治はムエタイ選手だった

女子コンクリート事件の犯人グループの一人、湊伸治はキレやすい性格をしていました。高校入学時には校内暴力で退学になった過去があるのです。

また、格闘技が好きで女子高生コンクリート事件で監禁場所となっていた湊伸治の家の部屋にはキックボクシングの器具があったと言われています。

出所後、ムエタイのジムに通いプロになる

湊伸治は出所後しばらくは地元である足立区にいたと考えられています。今から16~17年前ぐらいからムエタイのジムに通うようになりました。

その頃は綾瀬のタイ料理屋で試合していたと言われており、キックボクシングの大会にプロとして出場したこともありました。

ムエタイの戦績は?

無口で地味だったと言われていますが週に3、4日はジムに通い練習に励んでいたそうです。選手としては悪くなかったようですが詳しい戦績は不明です。

2年後にムエタイを引退、理由は「コンクリート事件」

湊伸治はそこそこ実力があったと言われていましたが、戦績を上げられないまま引退してしまいました。

湊伸治が女子高生コンクリート事件の犯人だった事実が大会を見に来る客や他のジムの人間にバレてしまったようで「あいつを所属させていいのか」というクレームが来るようになったのです。

観客にも「コンクリ」と呼ばれ応援する人間は少なく、湊伸治が入場するとブーイングが起きたと言われています。

湊伸治は結婚していて、娘もいた

湊伸治は現在結婚しているという噂がネット上で囁かれていました。女子高生コンクリート事件のような残忍な行為に及んだ人間が結婚して家族がいるなんて、と非難されています。

現在でも殺人犯の不良グループを許すな、幸せになれると思うな等言われています。しかし結婚したという噂は真実である可能性が高いと見られています。

ルーマニア人と結婚し、娘が1人

湊伸治は2006年の秋にルーマニア人かリュヒテンシュタイン人と結婚したと見られています。京都から出て大阪で暮らし、娘が一人いたという噂がありました。

すでに離婚

再犯し逮捕された時はアパートで一人暮らしをしていたと報じられています。このことから一度結婚はしたもののすでに離婚していると考えられます。湊伸治の娘は妻が養育していると見られています。

湊伸治の家族は、両親が共産党員で兄が1人

湊伸治の家族ですが、両親が共産党員だったことが有名です。そして湊伸治本人はもちろんのこと、両親の思想も危ういと言われてきました。

家族構成

父親の名前は湊靖人です。コンクリート事件は48歳でした。東京湾近くの隅田川沿い近辺、町工場がある一角の診療所で事務長を務めていました。

入院設備等はないものの7つもの診療科目がある大きな診療所だったと言われています。しかし育児には積極的に関わっておらず、仕事と酒を飲む毎日でした。

母親の名前は湊ます子です。コンクリート事件当時は47歳でした。父親と同じ診療所で働いていましたが、事件後は23年間勤務をし続けた診療所を辞めることとなっています。

湊伸治には兄もいました。名前は湊恒治、コンクリート事件当時は17歳です。事件の犯人の一人とは中学時代の同級生でした。

彼はコンクリート事件の一部始終をほとんど目撃しており、被害者の女子高生古田順子さんに食事を運んだこともあったのですが事件が発覚するまで口を閉ざしていました。

両親は共産党員だった

両親は共産党員の幹部でした。コンクリート事件では共産党と揉めるのを避けたかった警察が湊伸治の家になかなか踏み込めなかったと言われています。

事件が明るみになり警察が逮捕状を持って家宅捜索をしようとした際も弁護士を用意し立ち会いの元捜索が行われています。

事件後、両親は共産党から除名

事件後共産党は両親二人を除名、共産党とは一切関係がないことを発表しました。

しかし日本共産党機関紙しんぶん「赤旗」には「監禁と認識していなかった」「被害者は帰る気がなかった」など、湊伸治の母親の自己弁護のような記事を掲載していました。

これは共産党員だった二人への援護記事だったのではないかと言われています。

また、母親は古田順子さんのせいで息子の人生が台無しだと被害者の墓を破壊しようとしたという噂があります。

これらのことから殺人を犯した湊伸治だけでなく、その家族もおかしかったと現在でも指摘され続けているのです。

「コンクリート事件」の犯行現場ともなった自宅の場所

コンクリート事件の犯行現場となった湊伸治の自宅の場所はJR常磐線綾瀬駅が最寄りでした。駅から北に15分程度歩いた住宅街にある3DKの建て売り住宅です。

玄関と二階のベランダは南欧風でおよそ100㎡の敷地に建っていました。両隣の家との隙間がなく、人がどうにか入れるほど敷地いっぱいに建てられていたと言われています。

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