コンクリート事件の犯人・宮野裕史(横山裕史)の2021年現在!結婚してる?住所は? 社会

コンクリート事件の犯人・宮野裕史(横山裕史)の2021年現在!結婚してる?住所は?

コンクリート事件の犯人だった宮野裕史の現在は出所後に養子縁組をして横山裕史に改姓し、2013年には詐欺事件で再逮捕されたり、結婚が噂されたりと話題です。今回はそんな宮野裕史(横山裕史)の家族関係や現在の住所、[null,2,0]},{“1″:0,”2″:0,”3”:3},{“1″:1,”2″:0,”4″:1}]},”8”:{“1”:[{“1″:2,”2″:0,”5”:[null,2,0]},{“1″:0,”2″:0,”3”:3},{“1″:1,”2″:0,”4″:1}]},”11″:3,”12″:0}”>湊伸治などのその他の犯人の現在もまとめました。

目次

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「コンクリート事件」の主犯、宮野裕史(横山裕史)の現在は?

宮野裕史(横山裕史)とは、戦後最大級の少年犯罪として注目を集めた「コンクリート事件」の主犯格です。この事件は1988年11月から翌年1月の間に行われた鬼畜・残忍極まりない凶悪犯罪です。

被害者を救えたはずの大人達に批判が集まったこの事件ですが、犯人達が未成年だったことから当時はアルファベットを用いて表現されていました。ですが現在は全員の本名が明かされています。

今回はそんなコンクリート事件の概要、そして主犯格で現在では改姓している宮野裕史(横山裕史)の家族や現在の住所や結婚の噂について詳しくご説明していきます。

宮野裕史(横山裕史)の現在は?2009年に出所、3年半後に詐欺で逮捕

宮野裕史には懲役20年の判決が下され千葉刑務所に収監されましたが、2009年には刑期を終えて出所しました。ですがその後更生するどころか、2013年には振り込め詐欺で再逮捕されています。

そして出所後には養子縁組をして名前が変わっているので、新しい名前についてや振り込め詐欺の詳細についてみていきましょう。

宮野裕史(横山裕史)は2009年に出所

Ichigo121212 / Pixabay

2007年に仮出所、そして2009年に刑期満了で完全に出所した宮野裕史は、関西地方に住むという保護司と養子縁組をして「横山裕史」という名前に変わりました。

保護司は、保護司法・更生保護法に基づき、法務大臣から委嘱を受けた非常勤の一般職国家公務員で、犯罪や非行に陥った人の厚生を任務とする。(引用:Wikipedia)

2013年に振り込め詐欺で逮捕

2013年1月10日、無作為に個人宅に電話をして「パチンコ必勝法がある」などと言い現金を騙し取るという詐欺行為をしたとして、詐欺グループの末端要員だった宮野裕史(横山裕史)が逮捕されました。

宮野裕史は被害者が振り込んだ現金を回収する、いわゆる「受け子」という役割で逮捕されたそうです。

当時42歳だった彼は取り調べで詐欺について一切口を割らなかったため、不起訴として釈放されました。ですが彼がコンクリート事件の主犯格だったことはすぐに広まり、ニュースなどで取り上げられました。

さらに宮野裕史(横山裕史)は知人に対して、「東京の詐欺グループのほとんどは知り合いだ」「暴力団に知り合いがいる」と自慢げに語っていたといいます。

宮野裕史(横山裕史)の2021年現在は?

2013年の振り込め詐欺での再逮捕以来、特に目立った情報が出てきていなかった宮野裕史(横山裕史)ですが、2017年には実話誌で有名な「実話ナックルズ」にスクープされています。

彼の弟分的な存在だったという人物が情報を提供したようで、LINEのやり取りなども流出させています。では、そんな宮野裕史の現在について詳しくみていきましょう。

キックボクシングのジムに通い、多くのブランド品を身に付けていた

宮野裕史(横山裕史)はキックボクシングのジムによく通っていて、「実話ナックルズ」という雑誌にスクープされた際にも鍛えられた肉体の写真が掲載されていました。

上記でご説明した詐欺行為とマルチ商法にも手を出していたことによって儲けていた彼は、多くのブランド品や高級腕時計を身に着け、高級外車を乗り回していたといいます。

流出したLINEのやり取りでは、マルチ商法を他の人にもしつこく薦めていたことが分かります。マルチ商法とは、知人を新規会員として誘って、誘われた人が更に新規会員を誘うという連鎖型の販売形態のことです。

正体がバレて、姿を消した

「実話ナックルズ」に情報を提供したという宮野裕史の弟分的だった人物は、コンクリート事件の主犯格Aであることを問い詰めると、彼は急に青ざめたと証言しました。

そこから自分の身の回りでコンクリート事件の主犯格だったという話が広まり、さらに雑誌の取材などが来るようになったため宮野裕史(横山裕史)は突如姿を消したといいます。

現在は行方がわからない

2017年には「実話ナックルズ」に取り上げられて近況について掲載されていましたが、2019年現在はどこでどのように暮らしているのか、不明となっています。

ですが上記の情報提供者によると彼が名乗った名前のイニシャルは「K」だと証言していて、横山裕史から更に改姓している可能性があるとされています。

宮野裕史(横山裕史)の現在の顔画像は?

宮野裕史(横山裕史)の現在の顔画像はあるのでしょうか?話題になっているのは、こちらのツイッター投稿の写真です。

この画像については別の人物だということで、デマだと言われています。2013年に詐欺で逮捕された際には髪が薄く、体は細いと言われていました。

その他、こちらのような画像も現在の宮野裕史(横山裕史)として話題になっていますが、顔が隠れていて確認はできません。

宮野裕史(横山裕史)は耳の形に特徴がある?

そういうわけで、現在の宮野裕史(横山裕史)の顔画像について有力な情報はないようですが、宮野裕史(横山裕史)は耳の形に特徴があると言われています。

正面から見ると、耳がひし形に見えるそうです。

宮野裕史(横山裕史)の現在の住所は?

宮野裕史(横山裕史)は出所後は栃木県小山市に住んでいたり、埼玉県川口市に移り住んでいたり、詐欺行為で再逮捕された時は東京都多摩市に住んでいたりと、住所を転々としていることが判明しています。

出所後、川口市の宮内解体工業所で働いていた

出所したあと2か月半の保護観察を終えた宮野裕史(横山裕史)は、住所を栃木県小山市に移して派遣社員として働いていました。その後は埼玉県の新座市、川口市と住所を転々としています。

川口市では宮内解体工業所という有限会社で働いていたといいます。ちなみにこの工業所は今現在でも経営していて、口コミには「コンクリート事件の主犯格が働いていた会社」と投稿されています。

現在は未だ川口市にいる可能性も

詐欺容疑で再逮捕された時は東京都多摩市に住んでいましたが、その後は解体業をやっていた川口市にまた移り住んだのではないかと言われています。

ですが現在の彼の住所について確かな情報がなく不明となっています。ネット上では「法で裁けないならネットで裁こう」と、彼らの個人情報の流出を望む声が多くあります。

宮野裕史(横山裕史)は母親の寝具店で働いていた?

tvjoern / Pixabay

その他、宮野裕史(横山裕史)は実の母親が茨城県取手市で寝具店をやっていてそこで働いていたというネットの情報もありました。

しかしながら現在はもうここにはいないと言われているようです。

宮野裕史(横山裕史)の家族構成は?

そんな宮野裕史(横山裕史)の家族についてですが、証券会社勤務の父親(当時47歳)、ピアノ講師の母親(当時47歳)、妹(当時11歳)の4人家族で生活していました。

事件後、両親ともに仕事を辞めています。そして自宅を売却してまでお金を集め、コンクリート事件の被害者遺族に対して慰謝料5,000万円を支払いました。

その後の家族の行方や現在の住所は不明で、母親は宗教にのめり込んでしまったという情報や、父親は愛人の元で暮らしているなど、様々な噂が流れていますが、どれも真偽不明となっています。

宮野裕史(横山裕史)は結婚して娘がいるのか?

コンクリート事件の共犯者で監禁場所を提供した湊伸治は、出所後に結婚していて娘がいるとされていますが、宮野裕史(横山裕史)には結婚のしたという事実は今のところありません。

ですので湊伸治の結婚の情報と入り乱れて広まってしまっただけであり、宮野裕史(横山裕史)は現在の時点では結婚していないということになります。

コンクリート事件の共犯者・湊伸治の現在は?殺人未遂を犯していた!

1972年12月16日に生まれた湊伸治は事件当時16歳で、兄の湊恒治とともに少女の暴行に加わりました。父親・母親・兄との4人家族で、父親からは相当な家庭内暴力を振るわれていたといいます。

出所後はライト級のムエタイ選手として活動していたようで、試合に出場した際には「コンクリ!コンクリ!」とブーイングが起こっていたといいます。

そして先ほども触れましたが、彼は2006年にルーマニア人女性と結婚して娘を一人授かっています。このあとご説明する事件で逮捕された際には一人暮らしだったようで、すでに別居か離婚をしているとされています。

2018年、殺人未遂で再逮捕

2018年8月19日、トラブルになった相手を警棒で殴ったうえに首を刃物で刺したとして、埼玉県川口市に住んでいた45歳の湊伸治が逮捕されました。

「殴ったり、刺したりしたことは間違いないですが、殺すつもりはなかった」と殺意は否認しているということです。(引用:BrandNewS)

この事件に対して世間からは、「結局更生していない」「少年法で守られた結果だ「社会に出ないよう無期懲役にすべき」と厳しい批判の声が相次ぎました。

コンクリート事件の共犯者・小倉譲(神作譲)の現在は離婚後再逮捕?

コンクリート事件の準主犯格とされている元少年B、小倉譲の現在ですが、5~10年の不定期刑で1999年8月に出所しました。

出所後は保護司の神作久子との養子縁組で「神作譲」となり、服役中に身に着けたコンピューター関連の技術を元に、コンピューター関係の会社に就職したと言われています。

しかし素性がばれたことで仕事を辞職、その後は暴力団関係の事務所に出入りしたりしていたとのこと。

素性を隠して働くことは日本国内では難しいということで、2002年、中国人女性と結婚して中国へ行こうとしていたものの、2004年に離婚したと言われています。

三郷市逮捕監禁致傷事件で再逮捕

2004年6月には、「三郷市逮捕監禁致傷事件」の犯人として再逮捕されて話題になりました。この時の報道では独身ということだったようです。

実名はマスコミによってバラバラ、逮捕時の顔についてもわかるような報道はありませんでした。

懲役5年となり服役後、2009年に出所したと思われますが、その後の現在についてはよくわかっていないようです。

地元ではコンクリの犯人だと武勇伝を語っている?

そんな小倉譲(神作譲)は地元の綾瀬では「オレはコンクリの犯人だぞ」と言っているそうです。

小倉譲(神作譲)以外の全員が特に地元ではコンクリート事件の犯人ということを隠しておらず、飲み屋で武勇伝のように語っているという噂もあります。

コンクリート事件の共犯者・渡邊恭史の現在は?

渡邊恭史の現在についてですが、判決は5年から7年の不定期刑でした。出所後については確からしい情報はありません。

上記3人が再犯で逮捕されているのに対し、渡邊恭史はそのようなことはないようです。

コンクリート事件の犯人たちの現在は反省なし!ネットの意見は?

コンクリート事件の犯人たちの現在についてはたびたび話題になっていますが、4人中3人が再犯しているという結果に、反省していないという意見は多いようです。

コンクリート事件の犯人についてのネットの意見についてご紹介します。

少年法で守られたけど更生するはずがない

犯人たちは殺人事件を起こしながらも当時未成年だったことからそれほど大した罪に問われることはありませんでした。

結果ほとんどが再犯で捕まっており、更生させようとする少年法について疑問に感じる人も多いようです。

特に天罰があったという感じもなく、反省もしておらず、のうのうと今も生きているということに憤りを感じる人は多いです。

宮野裕史(横山裕史)が起こした「コンクリート事件」とは?

11月25日、埼玉県三郷市にて少女が拉致され、東京都足立区にある湊伸治の自宅2階に監禁されました。強姦に加え暴行も受けましたが、あとで帰してやるという宮野裕史の言葉を信じた少女は抵抗を諦めました。

ですが犯人達の行動は激しさを増していき、陰部に鉄筋やガラス瓶を挿入したり、シンナーやタバコを強要したり、揮発性のオイルを使って火を付けたりと、想像することすら恐ろしい暴行を繰り返しました。

翌年1月4日、宮野裕史は麻雀で負けたイライラを発散する為、小倉譲・湊伸治・渡邊恭史とともに弱り切っていた少女を2時間にわたり激しく暴行しました。拉致から40日後のこの日、少女は死亡したとされています。

少女の死と、逮捕

1月4日の夜、少女が息絶えていることに気付いた宮野裕史は、少女の遺体をドラム缶に入れてコンクリートを流し込み、小倉譲・渡邊恭史とともに東京都江東区の埋立地に遺棄しました。

遺棄から約3か月後の1989年3月29日、別件の婦女暴行やひったくりなどの罪で取り調べを受けていた宮野裕史と小倉譲が警察に全てを自供したことで犯人達の逮捕に至りました。

1991年7月12日の判決公判では、主犯格の宮野裕史に懲役20年、小倉譲に懲役5年以上10年以下、湊伸治に懲役5年以上9年以下、渡邊恭史には懲役5年以上7年以下が下されました。

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