上九一色村の現在は?オウム真理教のサティアンの跡地のその後!

1995年のオウム真理教のサリン事件から既に24年が経ちました。当時のサティアンがあったオウム真理教の拠点ともいわれる上九一色村は現在どうなっているのか、その跡地に「富士ガリバー王国」が建設されましたが、その施設も閉鎖されたようです。

オウム真理教のサティアンがあった上九一色村の現在は?

オウム真理教のサティアンがあった上九一色村という場所は、現在は更地になったままで、以前第2サティアンがあった付近には慰霊碑が建っているそうです。

オウム真理教の拠点があった上九一色村、地図は?場所はどこ?

あのオウム真理教の拠点のあった上九一色村はどこだったのかといえば、山梨県の西八代郡にあった村です。しかし2006年2月に山梨県南都留郡富士河口湖町に吸収合併されています。

2006年3月1日には、村の南北が分割され、それぞれ甲府市と富士河口湖に合併するという、全国的にも珍しい市町村合併を行っています。つまり2018年現在では、上九一色村という名前は存在していません。

1995年の地下鉄サリン事件で、「上九一色村」や「サティアン」という言葉は小学生でも知っているほど有名となりました。当時はオウム真理教の拠点が「上九一色村」にあり「サティアン」はその中の施設名でした。

上九一色村のその後①:富士ガリバー王国

1997年に上九一色村は、イメージを回復させるために、サティアン跡地から数キロ離れたところにテーマパーク「富士ガリバー王国」を作りました。

「富士ガリバー王国」は、ガリバーが横たわっている欧風のテーマパークです。隣接地にはゴルフ場やホテルも建設されています。 当初はあの上九一色村にテーマパークが出来たと言われニュースになりました。

しかし、「富士ガリバー王国」の運営会社のメインバンクである、新潟中央銀行が経営破綻した煽りを受けて、来場者数も伸び悩みました。その理由はかつてのイメージや長引いた不況のせいだと言われています。

 上九一色村のその後②:ザ・ドッグラン

「富士ガリバー王国」が2001年10月28日に閉鎖しましたが、その後は跡地が心霊スポットとして有名になったりしています。

そして2002年に、タカギリゾートがこの土地を買収し、愛犬家たちがのびのびと犬と遊ぶための「ザ・ドッグラン」が2004年8月にオープンしました。

その「ザ・ドッグラン」も2005年に、営業を休止し、その後2006年には不動産大手であるアーバンコーポレーションが買収しています。そして2007年に当時あった構造物の全てを解体し、更地にしました。

現在は更地に、北部・南部に分かれて合併し上九一色村は消失

アーバンコーポレーションが、2008年8月13日に経営破綻したことで、その後の買い手がなく、そのまま更地になっています。

また、2006年3月1日には、村の南北が分割され、それぞれ甲府市と富士河口湖に合併しています。上九一色村という地名はその時から消失したことになります。

 サティアンの跡地には「富士ケ嶺公園」

サティアンがあった跡地には、現在「富士ヶ嶺公園」という名前の自然公園が出来て、人々が散策できるように整備されています。

 旧上九一色村の富士ケ嶺公園には慰霊碑が立っている

旧上九一色村のサティアン跡地である富士ヶ嶺公園の一角には、当時信者によるリンチ殺人現場となった犠牲者のための慰霊碑が建立されています。その場所は当時の第2サティアン跡だということです。

上九一色村の跡地にできた富士ガリバー王国は心霊スポットになっていた?

1997年に開園したガリバー王国は、4年後の2001年には閉鎖してしまいます。

その場所は、オウム真理教の拠点であったサティアンから3kmほど離れた場所であり、自殺の名所である富士の樹海のすぐ近くに位置していました。

そんな理由からか、そもそもあまり人が近寄らない場所でした。ガリバー王国には、鏡の迷路部屋「ミラーハウス」があって「本当に合った怖い呪いのビデオ15の話」のロケ地として映像に起用されることもありました。

オウム真理教時代の上九一色村の様子

当時のオウム真理教は、宗教施設や工業地帯の建設計画を上九一色村に設定し、宗教都市、工業都市にする構想を練り、現地に入りました。

オウム真理教の元幹部であった早川紀代秀氏の指示により、宿泊施設と工場(サティアン)は建設されていきました。サティアン内では、パソコンの組み立てや薬品などが大量に生産され、その多くが非公開でした。

1995年の地下鉄サリン事件のあと、上九一色村にあった10のサティアンは、全て解体されてなくなりました。

 「出没!アド街ック天国」で取り上げられた上九一色村

「出没!アド街ック天国」では上九一色村が取り上げられ、オウム真理教はイメージ向上のためにサティアンを期間限定で、一部を除いて一般公開さました。

サティアン付近のスポットが取り上げられ、コレクションコーナーではオウムシスターズや多くの女子信者が登場しました。

そして、「薬丸印の新名物」では麻原の顔や「修行するぞ」などの文字がプリントされたトレーナーなどが認定されましたが、後にこの放送分については永久欠番扱いとなりました。

オウム真理教の拠点捜査にはカナリアが導入された

カナリアというとりは、空気の変化にとても敏感で、有毒ガスが発生するとすぐに死んでしまいます。昔、炭鉱で働く人がガスを察知するために連れて歩いていたそうです。

そして、オウム真理教をめぐる事件の捜査でも、捜査隊の先頭を切っていたのがカナリアだったそうです。

「サリン製造工場」第7サティアンの捜査にもカナリアが参加し、このときカナリアを持っていた機動隊員が、一番先頭で入っていきましたが、もし何か異常があればカナリアがすぐに反応してくれると語りました。

上九一色村に関する不謹慎なゲームとは?

不謹慎ゲームとは、大きな犯罪や事故を題材として作られたゲームで、そうした事件を中傷したり悪ふざけして作った内容のゲームのことですが、上九一色村に関する不謹慎をネタにしたゲームが存在しています。

作者が不明の場合が多く、分かっているのは、その当時にネット上で名乗ったハンドルネームのみです。

ゲーム①:上九一色村物語

この「上九一色村物語」はゲームだけで、オウム真理教の軌跡が辿れるような信者が制作したゲームです。

このゲームはかなり評価されていて、PC-98ながらも本物の動画を大量に使用していて、当時では音質もよくBGMを挿入しるなどの技術もあってかなりの出来栄えだったそうです。

 ゲーム②:倉庫番 in 上九一色村

上九一色村に関する不謹慎ゲームと呼ばれる中に「倉庫番in上九一色村」というものがあります。これは倉庫番と呼ばれるパズルゲームをベースにしています。

このゲームはアングラ界ではかなり有名になっていましたが、それはただ面白いからではなく、ゲームに負けるとハードディスクの中身が消去してしまうからでした。

ゲームに負けたらすぐにリセットしないとハードディスクがダメになるそうです。

熊本の波野村にもオウム真理教のサティアンは存在していた

オウム真理教のサティアンは、上九一色村だけでなく熊本の波野村にも存在していました。波野村の読み方は「なみのそん」で、「なみのむら」ではありません。住所は熊本県阿蘇山東部に位置します。

2005年には阿蘇町や一宮町と共に合併し、阿蘇市となっています。現在は畑などが広がる場所で、もともと波野村は観光地ではなく、静かな村だったそうですが、事件のあと、さらに静かな場所になったようです。

現在ではどうなっているのかといえば、わずかな轍のある山道を行き、途中からは歩いてしか行けないような場所で、そこには「オウム真理教」と書かれた木製の白い碑が横たわっていて不気味だそうです。

サリン事件の悪いイメージはその後も続いていた

事件当時「上九一色村」や「サティアン」という言葉を良く耳にしました。そんな上九一色村も、名前すら存在せず、事件後の様々な施設も開設しては閉鎖するという繰り返しでした。

もともと富士の樹海にも近く、人が入り込みにくい場所で、当時覚えたその村の名前だけが事件と共に記憶に残ることとなりましたが、その上九一色村の地名さえ今はありません。