世界の凶悪事件と日本の凶悪事件総まとめ!事件概要と犯人たちの現在

今回は「異常」「残忍」「最悪」などと言われた20の事件をまとめてみましたが、そのほとんどの犯人が親の愛情を受けずに育ったという悲しい生い立ちがありました。他にも事件の概要や動機、逮捕に至るまでの経緯、さらに裁判での判決も合わせてご説明します。

目次

日本の凶悪事件まとめ①津山事件

津山事件とは、1938年5月21日に岡山県の集落で起きた大量殺人事件であり、当時21歳だった都井睦雄が逮捕されました。2時間で30人もの村人を殺害したことが話題となりました。

事件概要

犯行当日、武装した都井睦雄は最初に祖母を殺害し、次に村人達を猟銃や斧などで殺害していきました。凄惨な現場でしたが、中には「堪えてやるけん」と言われて助かった村人もいたといいます。

犯人の性格や生い立ち

都井睦雄は1917年に岡山県に生まれましたが、両親を肺結核で亡くしました。彼自身も結核が判明すると、周りの村人は態度を変え、好きだった幼馴染の寺井ゆり子にも嫌われたことが動機だとされています。

犯人の逮捕とその後

大量殺人を犯したあと、集落から3キロ以上離れている荒坂峠にて猟銃を使い自殺しました。当時の住人で今現在も集落に住んでいる人はいなく、2015年には都井睦雄の家が取り壊されています。

日本の凶悪事件まとめ②制服警官女子大生殺人事件

これは1978年1月10日に東京都世田谷区で起きた女子大生殺人事件であり、犯人がパトロール中の警察官だったことと警察の制服姿で女性を襲ったことが大きな話題となりました。

事件概要

第一発見者はパトロール中の松山巡査(20歳)でしたが、無線を使わずに家主に110番をさせるなど不可解な点が多かったため問い詰めると、強姦に失敗したという動機があり殺害したことを自供しました。

犯人の性格や生い立ち

松山巡査は1957年、鹿児島県に長男として生まれました。中学生で窃盗に手を染め、高校生では喫煙や無免許運転を繰り返す不良少年だったといいます。

そんな生い立ちを経て警察官になった彼は、パトロール中に空き巣をして稼いだお金で風俗に頻繫に通っていました。

犯人の逮捕とその後

1982年、東京地裁にて無期懲役判決が下されました。さらに警視総監だった彼の上司も責任を問われて辞職に至っています。

日本の凶悪事件まとめ③女子高生コンクリート詰め殺人事件

これは女子高生が未成年の不良グループに1988年11月から翌年1月にかけて監禁され、暴行・強姦をされた挙句に殺害された凶悪事件です。その残虐性から「戦後最大級の少年犯罪」と言われています。

事件概要

アルバイトの帰宅途中に拉致・監禁された女子高生は、ライターで火を付けられたり、性器に異物を挿入されたり、シンナーを無理矢理吸引させられたりと、凄惨な暴行を受けて衰弱したのちに死亡しました。

少年たちは遺体をコンクリートに詰めて東京湾の埋立地に遺棄しますが、1989年1月に別の事件で取調べを受けていた少年が自白したことにより逮捕されました。

犯人の性格や生い立ち

犯人の不良グループは同じ中学校の先輩・後輩にあたる関係で、ひったくりや強姦などの犯罪を繰り返していたといいます。中には暴力団とも関係を持っている少年もいました。

犯人の逮捕とその後

無期懲役という求刑に対して、重くても懲役20年という判決が下されました。刑期を終えて出所した元少年達は引きこもりや暴力団員になっていて、さらに2018年に殺人未遂で再び逮捕された人までいます。

日本の凶悪事件まとめ④新潟少女監禁事件

2000年1月28日に新潟県柏崎市のある男性宅から、9年前に誘拐されたはずの女性がやせ細った姿で発見されました。一命を取り留めたその少女により犯人の逮捕に至りました。

事件概要

犯人の佐藤宣行は1990年11月13日、三条市の路上で少女を誘拐し監禁しました。殴る、スタンガンを押し付けるなどの暴力に加え、食事をまともに与えなかったため少女の筋肉が委縮していたといいます。

犯人の性格や生い立ち

佐藤宣行は高校卒業後に就職するものの、職場の人間関係に問題があり退職して引きこもり生活を送っていたといいます。さらに母親にたびたび暴力を振るっていました。

犯人の逮捕とその後

家庭内暴力を保健所に訴えた母親により、市の職員などが自宅を訪れたことで少女が発見され保護されました。犯人には懲役14年の判決が下されましたが、2019年現在はすでに出所しています。

日本の凶悪事件まとめ⑤市川一家四人殺人事件

1992年3月5日の夜、千葉県市川市にて一家4人が殺害される凶悪事件が起きました。唯一助かった15歳の少女の証言により、関光彦という19歳の少年が逮捕されました。

事件概要

暴力団との金銭トラブルで大金を必要としていた当時19歳の関光彦は、1か月前に強姦した15歳の少女のマンションに侵入し、祖母・両親・妹の4人を次々と刃物で殺害して15歳の少女を複数回に渡り強姦しました。

犯人の性格や生い立ち

1973年市川市で生まれましたが、父親の暴力から逃げるため母親と弟とともに夜逃げしました。高校を中退した彼は強姦や窃盗を繰り返していて、この生い立ちこそが凶悪事件を生み出したと言われています。

犯人の逮捕とその後

逮捕された関光彦は、1994年に死刑判決が下されました。日本における少年犯罪では初めてとなる死刑判決だったため大きな話題となりました。2017年に刑が執行されています。

日本の凶悪事件まとめ⑥神戸連続児童殺傷事件

1997年に兵庫県神戸市で起こった連続殺傷事件で、犯人が14歳だったことや遺体の首を切断するという残忍さから凶悪事件としてよく名前が上がります。犯行声明文の名前から「酒鬼薔薇事件」とも呼ばれています。

事件概要

神戸市では小学生が金づちや刃物で襲われる事件が相次いでいて、短期間のあいだに2人の死者と3人の重軽傷者が出ていました。

5月27日には中学校の正門に男児の生首が置かれているのを通行人が発見し通報しました。警察が普段から動物を殺害していたというAに任意同行を求めると、彼は素直に犯行を自供しました。

犯人の性格や生い立ち

犯人Aは1983年に生まれましたが、父親は家庭よりも仕事を優先して、さらに母親はAに見向きもせず弟たちへ愛情を注ぎました。唯一愛情をくれた祖母が亡くなった途端に動物を殺害するようになったといいます。

犯人の逮捕とその後

犯人は中等少年院送致となりましたが、2005年には本退院しています。当時未成年だったため本名の報道などはされませんでしたが、現在は名前を変えてひっそりと暮らしているといいます。

日本の凶悪事件まとめ⑦栃木リンチ殺人事件

これは1999年12月4日、栃木県にて複数の少年に拉致・監禁されたSが暴行の末に殺害されるという凄惨な事件です。Sの両親は9回も捜査依頼をしていますが全て拒否され、事件後栃木県警に非難が相次ぎました。

事件概要

お金に困っていた当時19歳のAはB・Cとともに、同じ職場のSをホテルに監禁して暴力を振るうようになりました。

シャワーの最高温度の熱湯を浴びせたり、殺虫スプレーに火を引火させたりしてSに重度の火傷を負わせ、警察にバレることを恐れて絞殺しました。

犯人の性格や生い立ち

栃木県警の警部補を父に持つ主犯格のAは、通信制高校を退学したのち暴走族に入り傷害事件や恐喝などを繰り返していました。父親は事件後、賠償金の減額を求めて被害者の自宅に何度も足を運んだといいます。

犯人の逮捕とその後

Sの遺体を山に埋めるのを手伝ったDという少年が、自責の念に堪えられなくなり自供したことで事件が発覚し、裁判ではAとBは無期懲役、Cは懲役5年から10年、Dは少年院送致という判決が下されました。

日本の凶悪事件まとめ⑧北九州監禁殺人事件

2002年、福岡県北九州市のマンションの一室にて起きた事件であり、マインドコントロールで被害者同士を虐待し合わせていたという異常性が大きな話題となりました。

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