戸川京子の自殺原因は病気だった?姉・戸川純の現在もまとめ

37歳という若さで自ら命を絶ってしまった戸川京子は、幼い頃から子役としてドラマや映画に出演し、また女優業だけでなく、モデルや歌手活動もしていた多彩な女性でした。そんな戸川さんの死因や自殺原因、また、姉の戸川純さんの現在について詳しくまとめました。

戸川京子の死因は自殺、原因は病気なのか?

2002年7月18日に戸川京子は都内の自宅マンションで首吊り自殺しました。年齢は37歳でした。自殺原因は病気を苦にしていたという情報がありますが、どんな病気をかかえていたのでしょうか?

晩年はうつ病を患っていたとも言われていますが、それは本当だったのでしょうか?戸川さんの自殺の原因について調べてみました。

戸川京子のプロフィール

  • 生年月日:1964年8月13日
  • 血液型:A型
  • 身長:156cm
  • 出身地:東京都新宿区
  • 職業:女優、タレント、ミュージシャン

5歳から劇団ひまわりに所属していて、子役として多くのドラマや映画に出演していました。

戸川京子の経歴とは?

戸川京子は5歳から劇団ひまわりに所属し、子役として「おすし屋ケンちゃん」など多くのドラマや映画で明るいキャラクターとして知られるようになります。子役時代は「すし屋のケンちゃん」などに出演していました。

女性ファッション雑誌のCUTiEで先端的着こなしでのモデルもこなしていました。テレビのバラエティー番組では「11PM」のパーソナリティーやNHKの「もっと過激にパラダイス」などに出演していました。

1993年1月には「ZIGGY」というロックバンドのドラマーだった大山正篤と結婚していますが、その後離婚しています。

2002年7月、戸川京子が首吊り自殺で死去

戸川京子が亡くなったのは2002年7月18日ですが、死因は首吊自殺でした。戸川京子はその時37歳でした。

7月18日当日、戸川さんはテレビの旅番組のロケ地である鹿児島に行く予定でしたが、待ち合わせ時間になっても空港に現れなかったため、スタッフが世田谷の戸川さんの自宅に向かいました。

管理人から鍵を開けてもらって部屋に入ってスタッフが見たのは、パジャマ姿で家具にひものようなものを掛けて首を吊っている戸川さんでした。遺書はありませんでしたが、室内の様子から自殺と判断されました。

戸川京子の自殺原因は当初わからなかった?

戸川京子が自殺した7月18日は、鹿児島にロケに行く予定の日でしたから、周囲の人達も深刻な状況ではなかったのではないか?と思うのも当然かもしれません。

ですから、事務所側も戸川京子の自殺原因が分からず、むしろ知っていたら教えてほしいと語ったそうです。

また、当時戸川京子のマンションは3週間ほど前に引っ越したばかりで、新たに購入したベッドが戸川さんの死後に配送されています。

自殺の前日、戸川京子に変わった様子はなかった

戸川京子が自殺した18日の前日である17日は、休日で深夜に事務所のスタッフが戸川さんと電話で話をしています。その時は、特に変わった様子ではなかったそうです。

事件当初、所属事務所には問い合わせの電話が殺到しましたが、幹部が不在でした。そのため留守番の女性スタッフが「詳細が分からない為、対応が決まり次第連絡します」という言葉を繰り返すしかなかったのです。

戸川京子の自殺原因は病気?ぜんそくで苦しんでおり心筋梗塞も発症していた

戸川京子さんが自殺して半年が経った時に、父親が女性誌に取材で答えた話の中で、戸川さんの病気のことも出てきました。戸川さんは幼い頃から「小児喘息」を患っていたそうです。

また30歳を過ぎてから重いぜんそくに罹っていて、1日に4回薬を飲む薬を1回でも飲み忘れると発作が起きるほど重症でした。それに加えて2001年12月に心筋梗塞を発症していたと言います。

遺品の整理中に父親が見つけた手紙には「死ぬのは嫌じゃない。楽になれるイメージがある」といった内容のことを書いていたそうです。ぜんそくだけでも辛いのに更に心筋梗塞は悲観的になっていたのかもしれません。

戸川京子の晩年はうつ病だった

戸川京子の自殺の原因は、持病である喘息や心筋梗塞もあるかもしれませんが、自殺の少し前から、つまり晩年はうつ病を抱えていたと言われています。その時は友人からの電話にも出ないことも多かったと言います。

戸川京子の元旦那は大山正篤、息子がいたというのはデマ?

戸川京子は、ロックバンドの「ZIGGY」のドラマーとして活躍していた、大山正篤さんと1993年1月に結婚しています。しかしその後、結婚生活は長続きせず、1999年に離婚しています。

大山さんとの間には子供さんはいなかったようです。ですから、戸川京子に息子がいたというのはデマということになるでしょう。また大山正篤さんは、現在もミュージシャンとして別のロックバンドで活躍されています。

大山正篤とはどんな人物なのか

大山正篤さんは1964年5月生まれの54歳です。北海道釧路市の出身で、元ZIGGYのドラマーで現在もドラマー、作詞家、作曲家、音楽プロデューサーとして活躍しています。

大山正篤さんは、Twitterやfacebookで現在の音楽活動などの情報を発信しています。

ロックバンドのZIGGYとは

ZIGGYは1984年に森重樹一さんを中心に結成されたロックバンドです。結成後はメンバーの脱退や加入、復帰などが繰り返され、2008年には無期限の活動休止を発表しています。

その後何度か期間限定でLIVEのみの活動を行っていました。そして最近では2017年に10年ぶりの新曲リリースと全国ツアーを実現させています。

また、結成時からのメンバーは現在森重樹一さんのみで、スネイク・ヒップ・シャイクスという名義で活動をしていた事もあります。

戸川京子と仲良しだった姉・戸川純の当時の状況と現在

戸川京子は姉の戸川純とはズット仲が良かったそうですが、戸川京子が自殺したことを知った戸川純は、どんな気持ちだったのでしょうか?かなりショックだったのではないかと想像します。

姉の戸川純は自殺未遂を繰り返していた

戸川京子の姉である戸川純は、1995年に自宅マンションで首を剃刀で切って自殺を図っています。自殺未遂の原因は当時の所属事務所の金銭問題や、バンドメンバーとのトラブルからストレスが溜まっていたそうです。

その他これまでに睡眠薬を多量に飲んだり、手首を切ったり、団地の5階から飛び降りたりしています。また、車に飛び込んだりといった自殺未遂を繰り返していたようです。

妹の自殺をテレビのリポーターから聞いた戸川純

戸川京子の自殺を知った姉の戸川純は、その時のことを以下のようにコメントしています。

ミュージシャンで実姉の戸川純さんは妹の死をテレビのリポーターから知らされました。しかし、妹の自殺に「私みたいに死にたいと言っているヤツほど長生きするとは思ってたけど、まさか京子が早死にするなんて…」と驚き、「あの子のことだから、どんな状況でも前向きに生きていくと思っていた」とコメントしました。
21日に行われた葬儀には松たか子さんや早見優さんなどの友人も訪れ、遺影を抱えて憔悴しきった戸川純さんの姿が涙を誘ったのです。(引用:GOSSIP HISTORY)

戸川京子の葬儀で憔悴しきった姿が印象的だった戸川純

戸川京子の自殺の知らせを聞いた姉の戸川純は、お葬式のあとのインタビューでは涙も枯れ果てたといった様子だったそうです。

当時のコメントなどから、姉妹が以前からとても仲が良かったことを伺わせるような内容でした。

戸川純の戸川京子の死に対するコメントは

お葬式の時の戸川純さんのインタビューに関しての記事を紹介します。

確か、妹・京子さんの、お葬式の日のインタビューで戸川純さんは、涙も枯れ果てた様子で、あの子はとってもしっかり者だったし、いつもあたしの面倒ばかり見ていたから疲れちゃったのかな、だから戸川京子が自殺と聞いた瞬間、ショックと言うより、姉として、ああやっぱりなと思いました、やっぱり、あたしが一杯迷惑掛けたからかな?これからは、あたしも一人だし、余計にしっかりしなくちゃ行けないですね、と寂しそうに笑いながら答えていました。(引用:YAHOO知恵袋)

戸川純は戸川京子の死後一時芸能活動を休止するも再開

戸川京子の姉の戸川純は、仲の良かった妹の自殺のショックからか、芸能活動を一時的に中止していた時期もありました。しかし芸能活動を再開することにしたようです。

確かに妹の戸川京子が自殺した2002年7月以降は、芸能活動をしていなかったようですが、2007年頃からは、ウェブラジオ番組のパーソナリティーを務めたり、長編小説の執筆も行っています。

現在の活動を掲載している記事がありましたから紹介します。

戸川さんは1998年から「ヤプーズ」として活動をしていて、CDをリリースしたりライブを行ったりしているのだとか。

戸川さんは2016年には歌手活動35周年を迎えたことで「戸川階段」、「戸川純 avecおおくぼけい」、「戸川純 with Vampillia」という3つのプロジェクトを始動させているそうです。

さらに、2017年にはネット配信の「DOMMUNE」に出演し、2018年には上海で行われた「Concrete & Grass Music Festival 2018」にも出演しているのだとか。(引用:i-Article)

戸川純は現在もライブ活動を行っている

戸川純さんは、「ゲルニカ」という音楽ユニットでボーカルとしてアルバムデビューし、1983年に「ヤプーズ」という音楽グループで活躍していましたが、現在はどうしているのでしょうか?

調べたところ現在も音楽活動をしているようです。昔からの戸川純さんのファンも多く、2016年に歌手生活35周年を迎え、「わたしが鳴こうホトトギス」を発表しています。

戸川純の最新の活動など、その関連記事がありましたので紹介します。

更に現在では戸川純本人ではないものの、戸川純事務所という本人公認のアカウントでTwitterとフェイスブックにて戸川純の最新情報が随時発信されています。この他にも2016年には戸川純の音楽活動35周年を記念して、デビュー作となったゲルニカの1stアルバムをはじめ、1stソロアルバムの『玉姫様』、入手困難となっていたライブアルバムの『裏玉姫』などがリマスターされ再リリースされています。(引用:Luupy)

戸川純は結婚したという噂も?

戸川純さんは既に結婚しているのではないかという噂もあるようです。相手は「ゲルニカ」時代から一緒に音楽ユニットを組んでいた、上野耕路さんではないかと言われています。

しかし、実際には噂だけで上野さんとの結婚はなかったようです。戸川さんは「ゲルニカ」の活動休止後、ソロ活動をしたり上野さんが、音楽活動を休止しなければならなくなりました。

2人はそれぞれ別々の活動をするようになったようです。ですから、戸川京子は1度は結婚歴がありましたが、戸川純は結婚経験は1度もないと言うことです。

戸川純は現在、車椅子生活になっている

戸川純さんがなぜ車椅子生活を送っていると言われるようになったのか?1990年10月に「笑っていいとも」の「テレフォンショッキング」に出演したときに、椎間板ヘルニアで手術したことを話していました。

その後、2006年に戸川さんが交通事故の遭ってしまい、足を複雑骨折してしまいます。戸川さんは、椎間板ヘルニアや交通事故の後遺症で、普段の生活でも足をかばうようになって腰を痛めてしまったようです。

戸川純さんは、ライブでも車椅子に座った状態で歌っているそうですが、それでもパワフルなライブ活動をしているということです。たまにですが、車椅子から立ち上がって歌うこともあるそうです。

戸川京子の活動

戸川京子は5歳の頃から劇団ひまわりに所属していましたから、幼い頃から表舞台に立っていたことになります。戸川さんは女優業だけでなく、モデルや歌手活動も同時にこなしている多彩な人でした。

「CUTiE」でモデルとして活動

戸川京子は、5歳から子役として芸能活動を開始していますが、女性ファッション雑誌「CUTiE」では、当時としても先端的な着こなしでモデルとしても活動をしていました。

ですから女優だけでなく、モデルとしても活躍していたことになりますし、同時に音楽活動もしていましたから多才なタレントでした。

「11PM」や「もっと過激にパラダイス」などバラエティでも活躍

戸川京子は1984年から1989年まで、「11PM」のパーソナリティーを務めていたこともあります。またNHKの「もっと過激にパラダイス」にも出演していたこともありました。

歌手としても活躍

戸川京子は歌手としても活躍していて、シングルでは「悲しみはリアル過ぎて」や「19+5」、「LISA」、「男性の好きなスポーツ」などがあります。

初めてのシングルである「悲しみはリアル過ぎて」は1984年9月に発売されています。またアルバムでは「B.G」、「涙」、「Ocan」の3枚があります。

初のCDである「B.G」は1986年9月に発売されていますが、2006年に姉の戸川純の関連発売として再発売されました。1993年1月にロックバンド「ZIGGY」のドラマーの大山正篤さんと結婚しました。

戸川京子が最後に出演したドラマ「どっちがどっち!」

戸川京子が最後に出演したとテレビドラマ「どっちがどっち!」は、皮肉にも戸川さんが亡くなった3ヵ月後に放送開始されています。

「どっちがどっち!」は、NHK名古屋放送局で制作され、2002年10月5日カラ12月28日まで全12回が放送されました。

戸川さんは、齋藤花役で、自宅で齋藤バレエ教室を営んでいるという設定で出演しています。

鳥居みゆきも戸川純の影響を受けていた

あの鳥居みゆきのつかみどころのない芸風も、実は戸川純に影響されていたことが分かっています。自殺未遂を繰り返したという点でも共通しています。

鳥居さんも、周囲となじめなかった時期があるそうで、そんな中教師から借りた戸川純のCDを聞いて、人生が変わるような衝撃を受けたそうです。

中学時代の戸川純との出会い

芸人であり女優でもある鳥居みゆきが、戸川純の存在を知ったのが中学3年の頃で、当時の教師から知らされています。

その教師から「鳥居みゆきっぽいから聴いてみたら」ということで、CDを貸してもらったそうです。当時何をやっても人並みにできなかったそうで、周囲とズレを感じて生きる事がとても辛く感じていた時期でした。

しかし、そのCDを初めて聞いた鳥居みゆきは、戸川純の声に引き込まれてしまって涙が止まらなくなったほどだと言います。

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