ケント・デリカットの現在はアメリカ?仕事は?日本での活動や家族愛 タレント

ケント・デリカットの現在はアメリカ?仕事は?日本での活動や家族愛

外国人タレントの先駆け、ケント・デリカットさん。凸メガネを前後させる芸で、日本のバラエティ番組を席巻しました。最近見かけなくなりましたが、実は母国アメリカで活躍しています。現在の仕事、ある宗教との意外な関係など、ケントさんについてまとめました。

目次

[表示]

ケント・デリカットの現在は?ネットワークビジネス?

日本のテレビ番組で見かけなくなったケント・デリカットさん。現在はアメリカに移住し、タレント活動以外のビジネスで大成功しています。

ケント・デリカットはNHKドラマ「さくら」に出演後タレント活動はなし

日本のバラエティ界で大活躍していたケント・デリカットさん。2002年4月~9月には、NHK朝の連続テレビ小説「さくら」に俳優として出演。ケントさんは豆腐料理店の常連客を演じました。

ところが、この出演を最後にケントさんは日本の芸能界から姿を消しています。ケントさんに悪い噂は立っておらず、日本のテレビ視聴者には親しまれ続けていました。

実はケントさんは家族と共にアメリカへ帰国していました。講演会講師派遣サイト「Speakers」によると、子どもの教育環境を考えての移住だったようです。

ケント・デリカットは現在も株式会社三桂に所属している

ケントさんは日本での活動をやめてしまったのか?というと、そうではありません。

関口宏さん代表の芸能事務所「株式会社三桂」に現在も所属し、日本でも仕事を続けています。ただしタレントではなく、講師としての活動に限られているようです。

仕事があるときのみ、ケントさんはアメリカの自宅から来日しています。

ケント・デリカットは現在アメリカで家族と暮らしている

日本のせわしい芸能界から離れたケントさん。現在はのどかなユタ州で家族と共に暮らしています。

そんなケントさん一家の現在の住まいは、なんと「豪邸」です。しかも、東京ドーム52個分の敷地内にその豪邸はあります。「ライオンのごきげんよう」で取材の様子が紹介され、話題となりました。

アメリカで「豪邸」と言えば、成功者の証です。帰国後に大成功を収めたらしいケントさんですが、アメリカでの仕事もやはりタレント活動ではありません。

ケント・デリカットの現在の仕事はネットワークビジネスで統括マネージャー

ケントさんが成功した仕事は、健康食品のブランド「カイアニ」でのネットワークビジネスです。ケントさんは「カイアニ」のアジア地区統括マネージャーとして活躍。カイアニジャパンのセミナーにも参加しています。

「カイアニ」とは縁のなさそうな日本ですが、ケントさんのマネージメントが功を奏してか、カイアニジャパンの会員は、2018年の時点で2万人になったそうです。

健康食品ブランド「カイアニ」とは?

「カイアニ」とは、健康食品や基礎化粧品を取り扱うブランドです。ワイルドブルーベリー、ノニ、サーモンなどを原料に、自然の恵みを損なわずに商品化しているそうです。

アメリカでは、足りないビタミンやミネラルを栄養補助食品(サプリメント)で摂取をすることを推奨しています。ケントさんはアメリカに帰国した頃にこのビジネスに着手しました。

日本では良くないイメージを持たれがちなネットワークビジネスですが、アメリカでは宣伝コストのかからない流通形態として受け入れられています。

ケント・デリカットは番組制作や貿易関係の仕事もしている?

ケントさんはネットワークビジネス以外にも、番組制作会社「LORIEN ENTERPRISE」、貿易会社「デリカットインターナショナルカンパニー」を設立しています。

「LORIEN ENTERPRISE」が制作したドキュメンタリー番組「日本の心」は、全米でオンエアされ高い評価を受けました。

ここでもケントさんの日本での経験が活かされています。

2002年冬季五輪ではボランティア活動も

地元ソルトレイクシティで開催された冬季五輪に、ケントさんはボランティアとして参加しました。JOC会長、竹田さんのアシスタントを務めたそうです。

選手村を訪れたケントさんに、スピードスケートの大菅選手と今井選手が「本物だ」と歓喜したエピソードも。

ケント・デリカットの日本での活動は?

1980年代に日本のお茶の間で大人気だったケントさん。その活動、芸風を振り返ります。

凸レンズの丸メガネで目を大きく見せるネタが有名

ケント・デリカットといえば「メガネ」というくらいメガネの印象が強いケントさん。日本メガネのベストドレッサー賞に選ばれたこともあります。

分厚い凸レンズのメガネを前後に動かし、目を極端に大きくして見せる芸が大人気でした。老眼鏡などで真似をする人も多かったそうです。

メガネをはずすと、俳優のカーク・ダグラスやプロゴルファーのジャック・ニクラスに似ていると共演者に言われたこともありました。

「ユタは田舎じゃないよ〜」

ケントさんはいじられキャラとしても人気でした。特に故郷であるユタ州をいじられたときの「ユタは田舎じゃないよ〜」のフレーズが人気で、当時関根勤さんがモノマネをしていたほどです。

他にも、「ユタは土地が安くていいんだよ~」「ユタをバカにするでないよ~」など、ユタネタが定番となりました。

ケント・デリカットはどんな人?

  • 名前 ケント・デリカット
  • 生年月日 1955年3月3日
  • 出身地 カナダアルバータ州
  • 国籍 アメリカ合衆国

日本ではユーモラスな外国人タレントとして知られているケントさん。芸能活動を始めたきっかけは何だったのでしょうか。アメリカ人のケントさんが来日した経緯を振り返ります。

ケント・デリカットの来日のきっかけは宗教?モルモン教の宣教師だった

ケントさんの初来日理由は、実は芸能活動ではありません。ケントさんは熱心なモルモン教徒です。モルモン教布教のために、お兄さんと共に来日しました。

モルモン教は、正式名称「末日聖徒イエス・キリスト教会」。1830年に設立されたプロテスタントの一派です。本部はユタ州ソルトレイクシティにあります。

デリカット兄弟は、宣教師として北海道中を巡りました。北海道にはその頃の友人知人が多く、アメリカ帰国後も北海道で講演を行うなど交流は続いています。

一度帰国し、アメリカで貿易会社をしていたことも

ケントさんは、2年間の北海道での布教活動後に一旦帰国しています。ブリガムヤング大学に入学し、国際ビジネスを専攻しますが中退。

その後、先述した貿易会社「デリカットインターナショナルカンパニー」を設立しました。ケントさんはこの会社の社長に就任。日米間の貿易業務に携わりました。

ケント・デリカットは1984年に「笑っていいとも!」で芸能界デビュー

1983年、ケントさんは再び来日します。その翌年1984年にあの「森田一義アワー笑っていいとも!」の外国人オーディションを受けました。

これが日本の芸能界デビューとなり、同番組のコーナー「なるほど・だ・ニッポン」へ出演。親しみやすいユーモラスなキャラで人気に火がつきました。

同時期に活躍したオスマン・サンコンさん、チャック・ウィルソンさんらと共に、外国人タレントの先駆けとなったのです。

ケント・デリカットが出演したCMや番組

日本のテレビ界を席巻したケントさん。出演作は多数で、人気バラエティ番組に軒並み出演していました。出演作は数え切れないほど。

日産自動車「マキシマ」、森永乳業「ココア」、富士通ゼネラルなどのコマーシャル、「世界まるごとHOWマッチ」、「世界まる見え!テレビ特捜部」、「午後は○○おもいッきりテレビ」などのバラエティ番組に出演。

他にも映画やドラマ、舞台に出演し、役者としての一面も披露。歌や執筆活動もこなしていて、ケントさんの多才ぶりがうかがえます。

下ネタは大嫌いで目を背けていた?

バラエティ番組で大活躍していたケントさんですが、敬虔なモルモン教徒なため、下ネタを非常に嫌いました。

「世界まる見え!テレビ特捜部」でセクシー番組が紹介されると不快感を露わにし、所ジョージさんやビートたけしさんにからかわれていました。

ケント・デリカットの人となり?

さまざまな顔を持つケントさん。次にケントさんの人となりを振り返ります。

テレビではいじられキャラの印象が強かったケントさんですが、大切にしている言葉はとても熱いものです。

ケント・デリカットのモットーは?

ケントさんには有名なモットーがあります。

「All you can do is the best you can do(あなたの出来ること全てがあなたに出来る最高のことである)」

このモットーとケントさんの姿が重なります。ビジネスで成功し続けるケントさんの秘訣は、この言葉にありそうです。

デリカットと間違えられるケント・ギルバートとは?

  • 名前 ケント ・ギルバート
  • 生年月日 1952年5月25日
  • 出身地 アメリカ合衆国アイダホ州
  • 国籍 アメリカ合衆国

ケント・デリカットさんと同じ時期にもう一人の「ケント」として活躍していたのがケント・ギルバートさんです。

クイズ番組「世界まるごとHOWマッチ」に外国人解答者として出演し、甘いマスクで人気となりました。正解より安い金額を回答していたため、司会の大橋巨泉さんには「ネギルバート」と呼ばれていました。

「違うよ!それケント違い!」

ギルバートさんは、デリカットさんとキャラクターは違いましたが、同じ名前、同じ国籍、同じ時期から日本で芸能活動を開始。当時混乱する人が多かったのもうなずけます。

そのような状況で、「ケント・ギルバートさんです」と紹介されると、デリカットさんは「違うよ!それケント違い!(「見当違い」にかけている)」とネタに変換して笑いを取っていました。

ちなみに、ケント・ギルバートさんもモルモン教徒です。デリカットさんと同様に、初来日理由は布教活動でした。

タコス店を経営していたのはギルバートの方

アメリカのタコスチェーン店「タコタイム」を経営していたのはデリカットさんではなく、ギルバートさんの方です。しかし、このタコス店は経営が振るわず閉店しました。

その後も、ギルバートさんが経営するIT関連会社の社長が、資金約1億2000万円を着服したとして逮捕されています。経営に関しては、デリカットさんと同じとはならなかったようです。

現在のギルバートさんは「まだGHQの洗脳に縛られている日本人 」「米国人弁護士だから見抜けた日本国憲法の正体」など、思想に踏み込んだ著書で再ブレイクしています。

ケント・デリカットの妻が出産時に叫んだ「最後の子!」

小堺一機さん司会のトークバラエティ「ライオンのごきげんよう」にゲスト出演したケントさん。奥さんが4番目の子どもを出産する時に「最後の子〜!」と叫んだエピソードを披露しました。

ところが、ケントさんには妻バーバラさんとの間に3人の娘さんと2人の息子さんがいます。「最後の子」ロバートさんの後に、なんとジェフリーさんという息子さんが生まれていました。

「最後の子」騒動の後にまたお子さんができたケントさん。賑やかで仲の良い家族の様子がうかがえます。

ケント・デリカットは大の日本贔屓

ケントさんの過去を辿ると、二つのキーワードが浮かび上がりました。「日本」と「家族」です。

日本の芸能界を去って久しいケントさんですが、日本贔屓は変わっていません。日本との縁を仕事に活かし続けています。活動拠点は変わっても、日本との繋がりはむしろ強くなっているようです。

自宅には畳部屋を作りコタツも完備

ケントさんはユタ州の自宅をリフォームした際、日本式の玄関、日本の畳を取り寄せた和室を作りました。もちろん和室は土足厳禁。こたつも置かれているとか。

ケントさんの母親が畳を気に入り、近所の友人や知人を招いて、皆素足でくつろいでいるそうです。

形を変えて日本に携わる

設立した貿易会社では日本との貿易業務を行い、ソルトレイクシティの冬季五輪ではボランティアとして日本選手団に関わり、日本をテーマにしたドキュメンタリー番組も制作したケントさん。

2016年9月に「カイアニ」最高セールス責任者として来日した際は、このような言葉を残しています。

米国から来日したケント・デリカット最高セールス責任者は、「日本という素晴らしいマーケットは世界でも有名。カイアニジャパンの成功を心から期待している」と会員を激励した。

(引用:日流ウェブ)

日本への愛情だけでなく、ビジネスパートナーとしての日本も評価しているのでしょう。

日本での講演活動は続けている

ケントさんは講演のためにときおり来日しています。フォーラムやセミナー、トークショーの仕事を現在も募集中です。

主な講演テーマは「ケントから見た日本」「大好きな家族と生きる~日本の子育て、外国の子育て」「ケント・デリカットの英会話入門」などになります。

日本文化に通じているケントさんのならではのテーマです。ケントさんの人柄も相まって、講演はとても共感を得ているそうです。

NEXT:ケント・デリカットは家族愛の人
1/2