伊藤リオンに死亡説?現在は?沖縄在住の噂やヤクザとの抗争もまとめ 芸能人

伊藤リオンに死亡説?現在は?沖縄在住の噂やヤクザとの抗争もまとめ

市川海老蔵暴行事件で全国的に有名になった元関東連合メンバー伊藤リオン。一時は死亡説も流れましたが、2018年に沖縄のヤクザと那覇の繁華街にて乱闘騒ぎを起こしていたのが明らかになりました。今回は沖縄に在住しているとの噂も流れる伊藤リオンの様子を中心にまとめます。

伊藤リオンが沖縄で死亡?現在は?

伊藤リオンは元関東連合のメンバーで、元々東京では有名な不良でしたが、2011年に起こした歌舞伎俳優市川海老蔵暴行事件で、凶暴そうな写真や映像と共に連日ニュース報道され一躍その名が全国に知れ渡りました。

そんな伊藤リオンでしたが、市川海老蔵事件での逮捕、服役に加えて関東連合が事実上壊滅状態になった事もあり、しばらくの間噂に上ることも無くなり、一時は死亡したとの噂も流れていました。

伊藤リオンの現在は死亡説が浮上?

市川海老蔵暴行事件の後、実刑判決が下され服役していた伊藤リオンでしたが、出所後に6代目山口組大同会系傘下の仙台市に本拠地を置くヤクザ組織に所属しています。

しかし、その後突如として波紋となっています。その波紋理由が明らかでなかったために、伊藤リオンが何か問題を起こしたのでは?との噂となり、一時は、命を狙われ現在は既に死亡しているとの情報まで流れました。

伊藤リオンは現在も生きている?

しかし、2018年になって伊藤リオンが現在も死亡していない事が発覚します。発覚するきっかけとなったのは伊藤リオンが沖縄で乱闘騒ぎを起こしている様子をおさめた動画がネットで流れたことでした。

伊藤リオンの現在は沖縄でヤクザと抗争

伊藤リオンが乱闘騒ぎを起こしている動画は、沖縄の繁華街那覇市松山で地元の暴力団組織旭琉會系のヤクザと争っているという内容でした。

この動画がネット上に流れた事で、伊藤リオンは現在も死亡しておらず沖縄におり、沖縄のヤクザ組織と抗争状態にあるという情報が流れます。

この揉め事の理由については不明でしたが、沖縄での伊藤リオンの振る舞いが、地元のヤクザたちにとって面白くなかった為ではないかなどと言われています。

伊藤リオンは現在、沖縄在住?

沖縄にいる伊藤リオンが確認された事で、リオンは現在沖縄に在住しているとの噂が出ました。しかし調べてみるとリオンは沖縄に在住はしておらず、度々訪れているだけという事でした。

東京を拠点に活動していた伊藤リオンが沖縄に来るようになった理由については、現在、東京では元関東連合関係者たちに対する警察からの監視が厳しくなっており、目立った動きができない為だと言われています。

その為、元関東連合関係者達は、札幌の歓楽街ススキノや沖縄の那覇市などを訪れて派手に遊んでいるとの話でした。そして、その事が沖縄の地元ヤクザ達の怒りに触れているとの話もあるようでした。

伊藤リオンは2014年に山口組を破門になっていた

伊藤リオンは2011年の市川海老蔵暴行事件の後、実刑判決を受けて服役していました。その出所後に仙台市に拠点を置く6代目山口組大同会系傘下のヤクザ組織の構成員となっていた様です。

しかし、わずか2年足らずの2014年に突如として関係団体に伊藤リオンの破門状が回され、リオンが破門となっていた事が発覚しています。

伊藤リオンが山口組に加入していたのは保身のため?

実はこの破門状が回されるまでは伊藤リオンがヤクザ組織の構成員となっていることはほとんど知られていませんでした。この破門状が出たことでリオンがヤクザになっている事が発覚したのです。

元々、関東連合はヤクザに介入される事を嫌い、決して屈さずに独自の経済基盤を作る事で独立状態を保ってきました。こういった経緯もあったため、伊藤リオンがヤクザ構成員となっていた事は驚かれました。

伊藤リオンが出所した頃、関東連合は事実上の壊滅状態に追い込まれており、元関東連合関係者達は警察や敵対勢力から強い圧力を受けていました。リオンは保身のためにヤクザ組織に入らざるを得なかったと噂されます。

伊藤リオンはヤクザの素質がなかった?

しかし、わずか2年たらずで伊藤リオンは組織を破門となってしまいました。その理由ははっきりとは明かされていませんが、一部噂では「行動が子供染みていて言い訳や泣き言が多いため」などと言われます。

つまり、これまで半グレ集団として自由気ままにやってきた伊藤リオンには、規律を大切にするヤクザ組織の水は合わず、ヤクザとしての素質がなかったという事かもしれません。

伊藤リオンが過去に起こした事件

伊藤リオンは10代の少年時代から現在まで、様々な暴力事件を起こしてその悪名を轟かせてきました。ここからは、リオンがこれまでに起こした凶悪事件についてまとめていきます。

事件①:2000年5月、東洋ボール殺人事件に加担

伊藤リオンは2000年5月に起きた有名な凶悪事件、東洋ボール殺人事件にも関与していました。この事件はボーリング場トーヨーボール の駐車場でダンスの練習をしていた少年が、集団に暴行され死亡した事件です。

少年を暴行した集団は関東連合に所属する暴走族グループで、当時抗争中であった敵対暴走族のメンバーと勘違いし、無関係であった被害者の少年に激しい暴行を加えました。

その後被害少年を拉致し、さらなる暴行を加え、動かなくなった少年を慈恵医科大学の看護婦寮前に放置して逃走。少年は病院に搬送され治療を受けましたが事件翌日の夜に脳挫傷などにより死亡してしまいます。

伊藤リオンは筋の通ったワル?被害者父親がコメント

この東洋ボール殺人事件に加担していたとされる伊藤リオンはこの時10代の少年でした。その後逮捕されますが、この事件についてリオンは非常に悔やんでいたそうで、深い反省の言葉を残したと言われます。

事件の後、リオンの供述を伝え聞いたという被害者の父親は、リオンの事を「そんなに芯から悪い人間ではない、ワルはワルでも、筋の通ったワル」という言葉を残しています。

『申し訳ないことをした』『(亡くなったAさんが)毎晩夢に出てくる』っていって、とても反省してるといっているって聞いたよ。

彼はそんなに芯から悪い人間じゃないと思いますよ。ワルはワルなんだけども、筋は通っている。警察や検事の供述書類を見ても、きっちりと事件のことを振り返って正直に話している。他の暴行犯の証言と比べてもあの男だけは正直だった。素直な感想もいっていたしね。

(引用:女性セブン)

事件②:2010年11月、市川海老蔵暴行事件

伊藤リオンの名前を一躍有名にした「市川海老蔵暴行事件」は2010年の11月に起こりました。西麻布のバーで飲食中であった市川海老蔵氏は、伊藤リオンらのグループとトラブルになります。

市川海老蔵氏はリオンから激しい暴行を受け、顔面全体に骨折などのひどい怪我を負います。その後、市川海老蔵氏側は警察に被害届を提出、リオンは逮捕される事となりました。

伊藤リオンは1年4ヶ月の実刑判決

市川海老蔵暴行事件の裁判により、伊藤リオンは懲役1年4ヶ月の実刑判決を受けます。しかしこの裁判ではお互いの証言が食い違います。市川氏側は一方的に暴行を受けたと証言します。

しかし、リオン側は市川海老蔵氏が酒に酔い、この時、同席していたリオンの先輩石元太一(元関東連合所属暴走族リーダー)に絡んで先に暴行を働いた為、反撃しただけだと主張します。

主張が食い違う中でリオンは実刑判決を受けてしまうわけですが、この事件によって市川海老蔵氏のイメージにも大きく傷がついてしまいました。

市川海老蔵の酒癖が悪かったのも一因?

この事件に関しては、様々な憶測を呼びましたが、その後事件現場のバーの店主が市川海老蔵氏の態度も相当に悪かったとの証言などをした為、市川海老蔵氏の酒癖の悪さが事件の引き金になったとの見方も出てきます。

事実、法廷においても「被害者の行動が犯行を誘引したことも否定できない」と海老蔵氏にも落ち度があった事を認めています。とはいえ、窒息死や失明の危険性もあったとされ、やり過ぎである事には違いがありません。

伊藤リオンの妻は「理由なく怒らない」「優しい人」と証言

この法廷では、伊藤リオンの妻も証人として証言を行っています。妻は「理由がないことでは怒らないタイプです。手を出さないといけない状況が起こったのだと思っています」と言っています。

また、弁護人から「妻の立場から見た被告の性格は?」と質問され「人見知りしますが、仲良くなったら優しく、面倒見がいいです」と答えています。リオンの意外な一面が垣間見える瞬間でした。

伊藤リオンの生い立ちや経歴は?

過去の事件や海老蔵事件の法廷にて、意外な一面が明らかになった伊藤リオンでしたが、これまでの生い立ちや経歴についてはどうなっているのでしょうか?少年時代から順番にまとめていきます。

近所では心優しい子と知られていた伊藤リオン

伊藤リオンは、1983年頃に東京都杉並区で生まれたと言われています。父親は中米パナマ人で母親が日本人というハーフでしたが、ほどなくして両親は離婚しており母子家庭の中で育っています。

少年時代のリオンは非常に優しい性格の子供であったとされ、当時を知る近所の人たちにはリオンの事を悪くいう人はほとんど居ないようです。

海老蔵暴行事件の取材で週刊誌の記者が取材に地元を訪れた際には、当時のリオンの心優しいエピソードがいくつも得られたそうです。また、最近のリオンも悪い人間ではないとの証言も複数出ていました。

伊藤リオンはサッカーが上手でベルディのジュニアチームに在籍

また、伊藤リオンは少年時代、ヴェルディ川崎(現在の東京ヴェルディ)の下部チーム、ヴェルディ・ジュニアに所属しており、その抜群の運動能力で将来を嘱望された選手であったようです。

当時、同じチームに所属していた友人は、この頃の伊藤リオンを評して「運動神経が良すぎて練習しないでもサッカーが上手かった」とコメントしています。

しかし、中学に入る頃からだんだんと素行が悪くなり、不良の道へと入っていったリオン。このままサッカーを一生懸命やっていたらまた違った人生だったのかもと思うと、少し残念な気持ちになります。

関東連合への加入

そんな伊藤リオンが関東連合に所属する暴走族グループに入るきっかけとなったのが、海老蔵事件にも登場した石元太一という人物です。

中学の先輩であった石元太一は、不良の世界に興味を持ち始めた伊藤リオンを自分が所属している暴走族に入るように誘ったと言われています。

そのころ『暴走族に興味があるのか?』と声をかけてきたのが、今回最初に海老蔵さんに髪の毛を掴まれたと言われているT先輩なんです。それでT先輩の所属していた世田谷を本拠地とする有名チームに入るようになったんです」

(引用:週刊文春)

その後の伊藤リオンは、その身体能力を活かして暴れまわり、タイマンでは最強と言われて関東でも有名な不良となっていきます。度々暴行傷害事件を起こし、海老蔵暴行の時点で、前科1犯前歴9回だったと言われます。

関東連合が壊滅的になった後は関東広域アウトロー連合に加入

東洋ボール事件をきっかけに、関東連合はリーダー格の不良達の多く逮捕されてしまい、事実上壊滅状態になったとされます(その後2010年代に悪名を轟かすのは関東連合OBの集団)

この関東連合の事実上の崩壊のその後、伊藤リオンは2001~2008年までの間「関東広域アウトロー連合」という集団に所属しています。彼らは六本木や麻布などの繁華街を拠点に活動しました。

クラブ経営やアパレル関連、芸能などにも通じており、関東界隈ではかなりの勢力を誇ったアウトローの集団であったようです。一説には現在でも存続しているとされています。

伊藤リオンはヤクザを破門後経済的に成功していた?

伊藤リオンがヤクザ組織を破門になっていた事はすでに述べましたが、その後伊藤リオンはビジネスで成功を収めていたとの情報があります。

作家沖田臥竜氏の後輩が、伊藤リオン氏の後輩であるそうでその知り合いがリオン氏の破門後東京を訪れたところ、リオン氏は空港にヘリコプターで迎えに来たのだそうです。

どうやら市川海老蔵事件で先輩である石元太一のために体を張った伊藤リオンには出所後に美味しいシノギが用意されていたのだと言います。それで成功したリオンはかなりの財を築いたのだと言われています。

伊藤リオン逮捕は誰かの身代わりだった?

市川海老蔵暴行事件で逮捕された伊藤リオンでしたが、これは誰かの身代わりで逮捕されたのではないか?と見る向きもあるようです。元々市川海老蔵氏と伊藤リオン、石元太一は面識があったとの噂です。

市川海老蔵氏が酔って石元太一に暴行を働いたというのが真実であったとしても、その報復として伊藤リオンが顔の骨が折れるまで徹底的に市川海老蔵氏を暴行したとされる事に違和感を感じてしまいます。

そのため、何か別の裏事情があり、実はそれに市川海老蔵氏も関わっており、それが表に出てくると困る人が大勢いるため、あえてこの様な大きな事件にしたのだと疑う味方も一部から出ている様なのです。

リオンは何か大きな一連の筋書きの中で役割として暴行に及んだのかも知れません、出所後にビジネスも用意され、ヤクザ組織に所属するという待遇も用意されていたのは、もしかしたらそんな理由なのかもしれません。

伊藤リオンの今後は?

今回は伊藤リオンの現在と、そこに至るまでの経緯をまとめてきました。少年時代に不良の道に入り、それから数々の暴行事件に関わってきたリオンでしたが、現在もそんな生活が変わらず続いている様でした。

一時はヤクザ組織にも所属し、表に出て騒ぎを起こす事もなかったリオンでしたが、組織を破門にされ沖縄のヤクザと派手な乱闘を起こした事で、今後また何らかの動きがあるかも知れません。注目していきましょう。

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