柳田哲志アナウンサーの現在は?頚椎骨折・脊髄損傷事故のその後! エンタメ

柳田哲志アナウンサーの現在は?頚椎骨折・脊髄損傷事故のその後!

現在、柳田哲志さんはテレビ宮崎でアナウンサーとしてご活躍されていますが、過去に事故で頸椎骨折という大怪我をしてしまいました。今回はその事故と更新再開したご本人のブログ、結婚やお子さんがいたのかどうかまでをまとめてみました。

目次

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柳田哲志アナウンサーの現在!生放送中の頚椎骨折事故のその後は?

生放送中に頸椎を骨折する大事故に見舞われた柳田哲志さん。現在はアナウンサーとしての活動も再開しています。復帰から現在までをご紹介します!

3年後の2011年8月、「24時間テレビ愛は地球を救う」で事故後テレビ初出演

事故から3年が経った、2011年8月に放送された、24時間テレビにて、事故後テレビ初出演を果たします。非常に短い時間の出演にはなりましたが、本格復帰への大きな一歩であったとのことです。

事故当時の年齢が、40歳であったことも考えると、若い人に比べてさらにリハビリは困難だったとされています。テレビ復帰できたことは本当に奇跡的とも言われています。

2012年、「マッポス」でレギュラー番組に復帰

24時間テレビ出演から、8ヶ月後の2012年4月、「JAGAJAGA天国」の後続番組である、「マッポス」にてレギュラー番組復帰を果たします。

ちなみに、「マッポス」は2014年の3月をもって放送を終了しています。

現在はテレビ宮崎でアナウンサーとして活躍

柳田哲志さんは、現在テレビ宮崎のアナウンサーとして活躍されています。2020年1月現在で、入社28年目を迎える大ベテランアナウンサーです。

放送前のメイク室で後輩たちに読み方などのアドバイスをし、大事故後も元気な姿を見ることができます。

「柳田さん、ちょっと読みを聞いてもらえますか」「その言葉は言い換えた方がいいかもね」

(引用:全国頸髄損傷者連絡会)

復帰時はUMK(テレビ宮崎)の本社前から中継が行われました。

二度と握手はできないとも言われていたのですが、柳田哲志さんは「ご心配をおかけしました」と言い、駆け寄った観衆が柳田哲志さんの手を握ったのです。

 今も固定ベルトなしでは座ることができない。毎日のように両手を見つめ「指、動かないかな」と思う。それでも肩の力で車いすをこぎ、自助具を使ってパソコンを操作する。

「限界なんて、自分がつくるもの。小さなことに悩んでいた昔の自分にも言ってやりたい。『五体満足な人間が何を悩んどるんか』ってね」

(引用:全国頸髄損傷者連絡会)

現在は「みやざきゲンキTV」に出演!

柳田哲志さんの現在ですが、「みやざきゲンキTV」という毎週日曜日の朝9時35分~9時50分のローカル番組に出演しています。

障がい者のためのスポーツ「ボッチャ」の大会にも出場している

テレビ宮崎のアナウンサーとして活躍するのに加えて、宮崎ボッチャクラブチームの一員でもあり、大分で開催された、ボッチャ大会の団体戦で優勝するなど輝かしい成績を残されています。

ボッチャとは、障害を持つ方のために考案されたスポーツで、ヨーロッパが発祥の地です。今ではパラリンピックの公式種目に認定されるほどのスポーツです。

また、宮崎には「宮崎県ボッチャ協会」と呼ばれる団体があり、その副会長を務めていらっしゃるのが、柳田哲志さんです。

第13回大分オープンボッチャ大会では団体戦で優勝していました。

また、2018年にはイオンモール宮崎にて開催されたイベント「スポーツ&ホストタウンフェスタ2018」に出演しボッチャの魅力を話しています。

支援学校と関わりも?人権教室に参加!

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清武せいりゅう支援学校では文化祭の評議員となったり、宮崎地方法務局が主催する人権教室にも参加していました。

講演やパネルディスカッション活動も

柳田哲志さんの現在ですが、講演活動やパネルディスカッションなどもやっているようです!とても考えさせられる内容だったと、評判も上々でした。

柳田哲志アナの現在の動画は?

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そんな柳田哲志さんの現在の様子は実際にどんな感じなのでしょうか?2019年8月に配信された動画がこちらです!

笑顔でトークされていますね!もちろん現在でも体の不自由で大変な思いをされていることとは思いますが、明るく仕事をされていることがわかります。

柳田哲志アナの現在の復帰はすごい!

現在ではテレビ復帰をすることができ、車椅子にはなってしまったものの驚異的な回復を見せた柳田哲志さん。

世間からは、あれほどの事故があったのにこれほどまでに復活できるのはすごい!きっとすごく苦労したんだろうというような意見が多いようです。

柳田哲志さんの事故は、忘れもできない衝撃的なものでした。現在これほどまでに元気な姿を見せてくれて嬉しい!という声がたくさんあります。

事故後に更新が止まっていたブログを再開

事故後、1年間に更新が止まっていたブログも、2012年10月19日から本格的に更新を再開しています。

内容は、事故後の経過であるとか、障害者スポーツ推進に関しての活動を報告したりとご自身の活動内容を月に一度程度のペースでブログを更新されています。

なかでも、ブログでは、国家資格である「ITパスポート」の取得も報告しており、リハビリに加えて国家資格の勉強までしていたことがわかりました。本当に強い精神力をお持ちの方だとわかります。

柳田哲志アナの最新のブログ投稿は?

ブログには、残念ながら2020年現在の活動については掲載されていませんが、2019年は積極的に出かけていたことがわかります。

2019年4月には五ヶ瀬町浄專寺を訪れ、美しく咲くしだれ桜を撮影。ブログに画像を投稿していました。

6月3日は「宮崎ブーゲンビリア空港」にステンドグラスを観に行ったと記してあり、「みやざき犬」の「むぅちゃん」と写真を撮っていました。

また、2019年6月にはワールドカップの公式マスコット「レンジー」に会ったと報告しています。

柳田哲志アナは現在、パチンコ三昧?

柳田哲志さんについて、調べていくと、関連ワードとして、「パチンコ」がよく出てきます。なぜ関連ワードとして出てくるのか、どういうことなのか調査してみました。

簡潔に述べると、ネット上の噂で、柳田哲志さんが宮崎県内のパチンコ店でよく目撃されているということのようです。あくまで噂でしかなく、決定的な情報を見つけることはできませんでした。

どこまで本当の情報なのかわかりませんし、柳田哲志さんがパチンコ三昧であると断定するまでには至りませんでした。

柳田哲志アナの事故の概要!衝撃的な放送事故!?

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柳田哲志さんの現在についてご紹介しましたが、事故当時の状況について振り返ってみたいと思います。どのような状況で事故にあったのか、事故についてまとめていきます。

2008年6月14日、「JAGAJAGA天国」での頭から水田に飛び込み頚椎骨折

事故があったのは2008年6月14日、「JAGAJAGA天国」という番組内で起きました。当番組では、水田の上に土俵を作り行う、尻相撲のイベントを取材していました。

取材担当だった柳田哲志さんも土俵に上がることになり、盛大に泥にまみれたほうが勝ちというルールにしたがって、頭から水田に突っ込んだのです。

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これにより、頭を強打し、頸椎骨折という重傷を負ってしまいました。その後町の病院からヘリに乗り熊本の病院に移ります。

当時柳田哲志さんは意識はあり、痛みはなかったといいます。骨が砕けてしまっていたのですが、取り除く器具を福岡から取り寄せて手術が行われました。

柳田哲志さんの妻と、長男(小学校6年生)、長女(小学校5年生)が駆けつけており、医師に言われ最期の言葉を残しています。

オコシテ、オコシテとは?怖すぎる一部始終

Youtubeで、「オコシテオコシテ」と検索すると実際の事故の一部始終が動画で見ることができました。頭から思いっきり水田に突っ込んでいます。

バラエティなので、突っ込んだ後にまったく動けない柳田哲志さんに異常があることも、周りの人は気づいていないようです。

この番組は、生放送だったこともあり、放送事故として話題にもなってしまっています。

事故後は10ヶ月入院し車椅子で一時帰宅

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柳田哲志さんは事故で約10ヶ月の間入院生活を送っていました。そして2009年4月9日、車椅子で一時帰宅しています。テレビ宮崎の本社にも訪れていました。

大分県別府市にある施設で訓練開始

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寝たきり生活とならずに済んだ柳田哲志さんは、事故の後遺症で腕や下半身に麻痺が残っていました。

そのため大分県別府市にある施設で訓練しているのだと、2009年6月、事故で更新がストップしていたブログに投稿しています。

柳田哲志さんは、レバーを倒し肩を鍛える訓練、筋肉の緊張をほぐし肩の可動域を伸ばすためのリハビリなどを行っていたと言われていました。

一時は全身麻痺に、リハビリに励み車椅子に乗れるほどに回復

医師からも、「99%寝たきりでしょう、車椅子に乗ることができるようになれば万々歳」と宣告され、一時的には全身麻痺の状態になりました。

しかし、柳田哲志さんは諦めることなく、リハビリを続けて現在では車椅子での生活ができるようになるまで回復しています。

リハビリを始めた頃は、神経を損傷して血圧調整がうまくできないことから、上半身を起こされただけで気を失ってしまうレベルでした。30cm動かせるようになるまで、1年かかったそうです。

事故後の柳田哲志アナの心境は?

事故後、柳田哲志さんと長い期間コンビを組んでいたという後輩アナウンサーが柳田哲志さんのお見舞いに行ったという情報がネット上に書き込まれていました。

その時、柳田哲志さんは「この怪我を負ったのが俺でよかった」と話していたといいます。

「後輩など他の人間が怪我をしていたら、一生後悔したと思う」と語っており、しかし同時にこのように思えるまで枯れる程涙を流したのだと告白。

その時周囲にいた人皆泣いてしまったのだと明らかにしました。

また、柳田哲志さんは「家族のためにも絶対に復帰する」と宣言して「立って歩いていることは奇跡」「辛いことがあっても負けないで自分を信じて人生を頑張るんだよ」と応援してくれたと語っています。

ネット上では回復できないと予想されていた

事故当時、ネット上では頸椎損傷は絶対に回復しないのだと言われていました。

一生そのままになると予想されていましたが現在では回復しており、当時の心ない書き込みを批判する声、柳田哲志さんを応援する声が続々と挙がったのです。

柳田哲志アナの車椅子生活の原因は小西麻衣子アナウンサー?

柳田哲志さんの事故の原因について、ネット上では多くの意見が飛び交いました。

事故の原因は小西麻衣子アナだと噂に?

柳田哲志さんの事故について調べを進めると、尻相撲で頭を強打したことに加えて、原因は小西麻衣子アナウンサーだとする噂も見受けられました。

小西麻衣子アナウンサーは2007年テレビ宮崎に入社。「HOT WAVE」、「UMKスーパーサタデーJAGA2天国」に出演していたアナウンサーです。

実は、事故現場で柳田哲志さんに尻相撲をすることを薦めたのは、小西麻衣子アナウンサーでした。

さらに突っ込んだ後に体を揺すって症状を悪化させてしまったと言われていました。しかしこれは、あくまで噂です。

たとえ揺すっていしまったのが事実だったとしても、悪気があってやっとも思えませんので明らかに言いがかりというのが現状の見解です。

ちなみに小西麻衣子アナウンサーはその後の2015年3月に寿退社しています。

共演者については様々な意見がある

事故当時、柳田哲志さんと共演していた竹田孝宏さんについても様々な意見がありました。

事故後に柳田哲志さんに泥を浴びせたと言われているのですが、そもそも事故が起こった時それがふざけているわけではなく本当に事故が起きたのだと気が付くのに時間がかかったのです。

qimono / Pixabay

その状況で柳田哲志さんをいじっていたことを指摘し「残酷だ」と言っていましたが、しかし、あの状況でまさか大怪我を負っているとは思わないだろうとも言われています。

結果的に怪我の最中にいじってしまったことになったが、本人達が悪意を持ってやっていることではなかったとも見られており、色々な意見が飛び交いました。

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