とおりゃんせの歌詞「怖い」の意味は?2番が存在?怖い都市伝説も 雑学・ライフスタイル

とおりゃんせの歌詞「怖い」の意味は?2番が存在?怖い都市伝説も

「とおりゃんせ」は誰もが知るわらべうたの1つです。歩行者信号のメロディーを思い浮かべる方も多いでしょう。短くてシンプルな曲ですが、歌詞には深い意味が隠されていると言われています。とおりゃんせの歌詞の意味、噂される2番の存在や怖い都市伝説についてまとめました。

目次

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とおりゃんせの歌詞の意味は?行きはよいよい、帰りは怖いとは?

誰もが一度は耳にしたことがあるわらべうた、「とおりゃんせ」。子供の遊びうたながら、暗くて怖い独特の雰囲気が漂うイメージがあります。歌詞を確認してみましょう。

通りゃんせ 通りゃんせ
ここはどこの 細道じゃ
天神さまの 細道じゃ
ちっと通して 下しゃんせ
御用のないもの 通しゃせぬ
この子の七つの お祝いに
お札を納めに まいります
行きはよいよい 帰りはこわい
こわいながらも
通りゃんせ 通りゃんせ(引用:Wikipedia)

一般的には、親子が七五三のお参りに、天神様を祀る神社へ行く歌だと考えられています。印象的なのは後半の「行きはよいよい帰りはこわい」という歌詞です。

単純に考えれば、行く時は楽だけども帰り道は怖い事があって危険だという意味でしょう。しかしこの歌詞の裏には、より深い意味が込められていると言われています。

作曲は本居長世もしくは野口雨情、作詞家は不明です。日本中に知られた有名な曲ですが謎も多く、発祥の地や歌詞の背景についても様々な説があります。ここから詳しくご紹介していきます。

江戸時代から伝わると言われるとおりゃんせ、あそびうたとして定着

「とおりゃんせ」は江戸時代に成立し、日本全国に広まっていきました。子供たちが複数人で遊ぶためのあそびうたです。遊び方は、まず2人が対面で両手を繋ぎ、高く掲げて門の形を作ります。

その門の下を「とおりゃんせ」を歌いながら、他の子供たちが順番にくぐっていきます。「とおりゃんせ」の歌が終わると同時に門を下ろし、その瞬間に真下を通過していた子供を捕まえます。

捕まった子供は門役と交代します。とおりゃんせの門番は、鬼ごっこでいうところの鬼の役。鬼に捕まらないように、自分が通過する時に歌が終わりませんようにと、ドキドキしながら門の下をくぐり抜ける遊びです。

舞台は菅原神社?三芳野神社という説も

とおりゃんせの舞台はどこなのでしょうか。諸説あるのですが、有力視されているのは、神奈川県小田原市にある菅原神社と埼玉県川越市にある三芳野神社です。

歌詞を見ると「天神様の細道じゃ」とあります。天神様とは、天満大自在天神として祀られている菅原道真を指しています。ということは、舞台は菅原道真を祀った神社のいずれかだということになります。

菅原神社はその名の通り菅原道真を奉っています。三芳野神社は菅原道真信仰を示す名前ではありませんが、祀られているのは菅原道真です。両社ともに「とおりゃんせ」発祥の地であるとされ、石碑も設置されています。

現在のところどちらが本物の発祥地かはわかっていませんが、両社とも歌詞に合致する条件が揃っています。どんな場所で「とおりゃんせ」が生まれたのか、歌詞と照らし合わせながら見て行きましょう。

発祥の地①菅原神社

まずは、神奈川県小田原市にある菅原神社。「とおりゃんせ」の歌詞と合致する条件を詳しく見ていきましょう。国府津にある菅原神社は994年に建立されました。

「天神様の細道」はこの菅原神社に続く箱根の街道を示しているといいます。「とおりゃんせ」の舞台となったのは、菅原神社から歩いて4~5時間かかる箱根の関所。

「御用のないものとおしゃせぬ」という通すかどうかの問答は、この関所でのやりとりです。関所には見張りの門番がおり、許可を得なければ通れません。江戸時代の人の行き来は、幕府により厳しく管理されていました。

関所から菅原神社へ行くには片道4時間、往復8時間かかります。関所を通れるのは朝6時から夕方4時までの10時間だけです。お参りや休憩をすれば時間はギリギリしかありません。

さらに街道の行きは下り坂で、帰りは登り坂という立地でした。行きは楽だけども帰り道で大変な思いをするというので、「行きはよいよい帰りはこわい」という表現になっています。

発祥の地②三芳野神社

発祥の地とされるもう一社が、埼玉県川越市の三芳野神社です。天満宮や天神社がついた名前ではありませんが、天神様、菅原道真公を祀っています。

三芳野神社は802年に建立されましたが、当時は現在と異なる場所にあったそうです。現在の場所、郭町に建てられたのは1624年の事です。「とおりゃんせ」の舞台となったのは1457年の川越城。

この川越城を建てた際に、三芳野神社は城内に移築されました。「この子の七つのお祝い」で、お参りに行くのは城の外に住む一般人の親子。神社は城内にあるため、門を開けてもらわなければなりません。

当時、城内に一般人を入れるには厳しいチェックが必要でした。敵のスパイや、城主を狙う暗殺者である可能性もあるからです。「御用のないものとおしゃせぬ」と門番に厳しく誰何されるのが常でした。

「行きはよいよい帰りはこわい」というのは、城に入るときより帰る時のチェックが厳しかった事を表しています。スパイが城内に潜伏することを警戒し、参拝者が城外に出る様子を厳しく監視していました。

とおりゃんせの歌詞の意味は?

とおりゃんせの歌詞の意味を、ストレートに読むとどのようになるでしょうか。現代語で現したものをご紹介します。

甲「こんばんは、どうされましたか?」
乙「お尋ねしますが、この参道の先には、どんな神様がいらっしゃいますか?」
甲「天神様ですよ」
乙「そりゃちょうどいい。ちょっと通して下さい」
甲「用がなければ通せません」
乙「(傍らにいる子供を指して)この子の七つのお祝いに、お守り札を返しにいくのです」
甲「それはおめでとうございます。しかしお参りに行くのはいいですが、帰り道はご用心下さい。それではどうぞ……」(引用:ライブドアニュース)

子供を連れた親が、七五三のお祝いに天神様へお参りへ行く道中。門番に通過する許可を得ようと問答している状況です。7才のお祝いということは、連れている子供は女の子だとわかります。

気にかかるのは、門番の存在です。用事がなければ通せないという厳しい態度、おめでたいと言ったそばから帰りはこわいと忠告してくる様が不安を抱かせます。

とおりゃんせの歌詞の意味①:こわいは疲れたを意味する?

「帰りはこわい」という歌詞のこわいは平仮名ですが、「怖い」と捉える人も多いでしょう。しかし「こわい」という言葉を違う意味で使用している地域があります。

北海道や東北地方です。北海道の方言では「疲れた」を「こわい」と言います。秋田では「こうぇ」、山形では「こわえ」を使用。その地域以外でも茨木で「こわえ」という方言が使われています。

つまりこの地方の解釈で言えば、「行きは楽だけど、帰りは疲れてしまいますよ」ということになります。地域によって「怖い」ではなく「疲れた」と捉えられるのです。

とおりゃんせの歌詞の意味②:関所

なぜ関所の門番に対し、通行許可を得なければならないのでしょう。現在ならば日本国内の行き来は自由で、海外旅行のようにパスポートやビザ、入国審査は必要ありません。

「とおりゃんせ」が成立した江戸時代には、江戸幕府や各藩が関所を設置していました。幕府や藩に不利益をもたらす怪しい人物、敵やスパイを自国に入れないようにする保安的な目的がありました。

女性や子供と言えども、簡単に通ることはできなかったのです。歌詞にあるとおり、具体的な用事を答えらなければならなかったのでしょう。

とおりゃんせの歌詞の意味③:子供が7歳に成長したお礼参り

「この子の七つのお祝いに」は七五三のお祝い。「3歳、5歳、7歳と無事に大きくなりました」と神様に感謝してお参りするのです。2歳刻みでこまめにお祝いしていたのは、当時の子育て状況が大きく関係しています。

江戸時代には、子供が幼くして亡くなることは珍しいことではなかったのです。現代ほど医療が発達していませんし、食料も全員が満足に得られるわけではないため、乳幼児の死亡率が高かったのです。

当時7歳になるまでの子供は、神様のものだと考えられていました。早く亡くなったら神様に返しただけ、そう考えて子を失った辛さをこらえていたのです。

7つになるまでは神様の子。「七つのお祝い」は、これまでの加護を感謝しつつ「この子を人間の子として認めてください」とお願いするのです

七つのお祝いを終えた子は晴れて人間になりますが、神様の特別な加護を失い、自分の力で生きていかなければなりません。「帰りはこわい」には、その後の人生の苦難を考えるとゾッとするという解釈もあります。

同様の考え方には「つばなれ」という考え方も

七五三の祝いのように、子供が幼いうちは神の子だという考え方には「つばなれ」というものもあります。年齢を「ひとつ、ふたつ、みっつ」と数えていくと、9歳の「ここのつ」までは末尾に「つ」がつきます。

つばなれとは子供が10歳になることを表します。10歳は「とお」。10歳で、神様の子から人間の子になるのです。「つ」がうちは神様の子なので、不慮の死を迎えても仕方ないとされていました。

当時子供が普通に成長していくことは、とても難しいことだったのでしょう。子供を失う悲しみは耐え難いもの。「神様の子は、神様に返した」そう考えて辛さをこらえていました。

とおりゃんせの歌詞には怖い意味もある?

とおりゃんせの歌詞には怖い意味がこめられているといいます。神社へお参りに行く目的が七五三ではないという説もあります。神隠しや子殺し説など、詳細をまとめてみました。

とおりゃんせの歌詞には怖い都市伝説も

とおりゃんせの歌詞は問答の1シーンを表現したもの。この歌詞には怖い意味が隠されているという都市伝説があります。神隠しや子殺し、子売りや生贄説など恐ろしいワードが並びます。

「行きはよいよい帰りはこわい」都市伝説では、この歌詞が子供が恐ろしい目にあうという解釈になります。当時は戸籍も曖昧ですし、子供が突然いなくなっても「神隠し」で処理されていたのかもしれません。

とおりゃんせは怖い?①:神隠し説

とおりゃんせは「神隠し」の歌だという説があります。当時から子供が突然いなくなる、いわゆる神隠しは存在しました。事件に巻き込まれたり、山に入って遭難してしまうなど理由は様々だったでしょう。

親は子供の無事な成長を天神様に祈ります。しかし子供が行方不明になってしまった。そんな不条理な出来事を歌ったといいます。七つまでは神様の子、いつ神の所へ連れ帰られるかわからない不安を表しています。

とおりゃんせは怖い?②:子殺し説

とおりゃんせの怖い都市伝説、2つ目は子殺し説です。江戸時代には子供の間引きという行為があったとされています。間引きとは農業用語で不良な苗を取り除く作業のことです。

当時の食糧事情は厳しく、満足に食べられないことも多くありました。食糧が不足している家庭では、我が子を殺して家族の人数を減らして(口減らしともいう)いました。

「とおりゃんせ」の歌は、子殺しの親が良心の呵責に耐え切れずにつくったのです。自分で手を下したことを誤魔化し、七つまでは神の子だから神様の元へ帰ったのだと思い込もうとしていたのです。

また他の一説によると、子供を捕らえて刀の試し切りをしていたともいわれています。大人は抵抗しますが子供なら力も弱いために狙われやすかったのでしょう。

当時の子供の死亡率が高かった背景には、故意の子殺しも含まれていたのでしょうか。身勝手な大人による子殺しが横行していた時代、「とおりゃんせ」がつくられたのです。

とおりゃんせは怖い?③:子売り説

とおりゃんせの怖い都市伝説、3つ目は子売り説です。当時、生活が苦しく飢餓状態にあった家族も多くありました。そんな時代背景の中、横行していたのが「子売り」という行為です。

貧しく食料も不足している親は、子供を「子買い」に売りました。対価として金を得られ、家族の人数も減ることで食料不足が解決します。売られた子は、下人(奴隷)や奉公人、遊女になることを強制されました。

とおりゃんせの歌詞は、神社で待つ「子買い」に子供を売りに行く歌なのです。行きはよいよいとは、「これでお金が得られる、食料に困らなくて済む」と楽しい気持ち。

帰りはこわいとは、「まとまった金を得て帰っていると強盗に狙われる」という恐怖を表しているのです。関所の門番には、7つのお祝いに来たと適当な嘘を述べてやり過ごしているのです。

とおりゃんせは怖い?④:生贄説

とおりゃんせの怖い都市伝説、4つ目は生贄説です。日本にも、古代より神に生贄を捧げるという風習がありました。人身御供ともいいます。天変地異を鎮めたり神の怒りを鎮める為に、人間を生贄として捧げました。

三股淵では大蛇の怒りを鎮めるために、12年ごとに少女を生贄として捧げていました。生贄となった少女は生きたまま淵に投げ込まれるのです。

橋を作る際には、柱に生贄の人間を縛り付け、生きたまま水中に沈めました。トンネルを掘る時はトンネルの壁に生贄を埋めるのです。とおりゃんせでは、子供を神社の生贄に捧げたのです。

この歌詞は、その道中の関所でのワンシーン。子供が生贄となった帰り道が恐ろしくないはずがありません。生贄となることは名誉とされていましたが、親には到底納得できないでしょう。

子供を生贄に捧げるという、あまりにもつらい現実。その辛さから「7つのお祝いに来て、子供を神様に返したのだ」と思い込もうとした歌だったのです。

とおりゃんせには2番もある?

とおりゃんせには2番があるという噂があります。それがこちらです。

通りゃんせ 通りゃんせ ここは冥府の細道じゃ 鬼神様の細道じゃ
ちっと通して下しゃんせ 贄のないもの通しゃせぬ
この子の七つの弔いに 供養を頼みに参ります
生きはよいよい還りはこわい こわいながらも 通りゃんせ通りゃんせ (引用:ヤフー知恵袋)

2番と噂の歌詞は、1番よりさらに怖い歌詞となっています。天神様の細道が冥府の細道になっていたり、弔いや供養という文字も入っています。

2番の先、3番や4番もあるという噂もありました。現在の所、とおりゃんせの歌には1番しかないというのが正確です。2番以降は後世に創作したものだと考えられています。

とおりゃんせはヘブライ語?

とおりゃんせがヘブライ語ではないかという説があるのをご存知でしょうか。事の発端は、わらべうたでとおりゃんせ同じように有名な「かごめかごめ」がヘブライ語で書かれいるという説があるのです。

2曲とも、不思議な響きを持つという点では共通しています。かごめかごめのヘブライ語ならば、とおりゃんせもヘブライ語である可能性が出てきます。ここからは、かごめかごめはヘブライ語説についてご紹介します。

かごめかごめがヘブライ語という説がある

とおりゃんせと同じように有名なわらべうた、「かごめかごめ。」はかごめかごめの遊びは、中央に目隠しをしてしゃがんだ一人を数人で囲んで行います。歌詞はこちら。

かごめかごめ 籠の中の鳥は いついつ出やる 夜明けの晩に 鶴と亀が滑った 後ろの正面だあれ?(引用:Wikipedia)

かごめかごめの「かごめ」は日本語の「囲む」ではなく、ヘブライ語の「カゴミー」だという説があります。ヘブライ語はイスラエルの言語で、カゴミーは「誰かを囲む」「何か(誰か)を守る」という意味なのです。

遊び方を考えると、誰かを守る囲むという意味で合致しています。さらに「籠目(かごめ)」というマークがあるのですが、六芒星の形をしています。江戸時代には存在しており、籠目紋として家紋にも使われていました。

ヘブライ語を使うイスラエルの国旗にも籠目、六芒星が描かれています。奇妙な一致を、単なる偶然と片付けられるでしょうか。かごめかごめは「カゴミーカゴミー」、ヘブライ語で誰かを囲み、守る遊びだったのです。

かごめかごめは怖い?

かごめかごめにも怖い都市伝説が存在しています。歌詞をみると、とおりゃんせ以上に不気味で縁起でもない言葉がでてきます。例えば「夜明けの晩に」とは夜が明けているのにまだ晩、暗いという意味でしょうか。

長寿につながる動物として縁起が良く、日本のお祝い事には欠かせない鶴と亀。歌詞では「鶴と亀がすべった」、つまり縁起でもない悪いことが起きているのです。

歌詞の終わりでは「うしろの正面だあれ」とあり、中央に座る鬼役が、自分の真後ろにいる人が誰かを当てます。鬼役は目隠ししているのに、わざわざ後ろを当てる必要性が意味不明です。

子供のわらべうたにも関わらず、わざと暗い言葉を選んで作詞したとしか思えないような歌詞です。なぜそんな歌詞になったのか、成り立ちについての都市伝説をご紹介します。

悲しむ遊女を歌った歌説

かごめかごめは遊女の歌だという説があります。一晩中(夜明けの晩)男性客の相手を強制されていた遊女(籠の中の鳥)が、「こんな生活から抜け出せる日はくるのだろうか」と悲嘆に暮れている様子だというのです。

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