ルロイ修道士とは?「握手」に登場する彼の人物像・指言葉 おもしろ

ルロイ修道士とは?「握手」に登場する彼の人物像・指言葉

ルロイ修道士と聞くと国語、万力、指言葉、オムレツを浮かべる人が多いと思いますが、ルロイ修道士を知らない人には不思議な単語が並んでいるように思うかもしれません。この記事ではそんなルロイ修道士について説明していきたいと思います。

目次

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ルロイ修道士とはどういった人物?

ルロイ修道士のことをよく知らないという人のために、まずはルロイ修道士について見ていきたいと思います。

ルロイ修道士とは「握手」の登場人物

ルロイ修道士は作家・井上ひさしの作品『握手』に登場するカナダ人の修道士です。

戦前の日本にやってきたルロイ修道士は児童養護施設・天使園をつくり、『握手』の主人公であるわたしも天使園で育ちました。

ひさしぶりに再会したわたしに、ルロイ修道士は昔と変わらない指言葉や自身の言葉で、大切なことを伝えます。

国語教科書最強キャラとも呼ばれており多くの人に知られている

このような画像がつくられるほど、ルロイ修道士の最強キャラぶりは認知されています。

しかし、なぜルロイ修道士が『国語教科書最強キャラ』と呼ばれているのか。それはルロイ修道士の力強さをあらわす描写として「万力」という言葉が使われているからです。

彼の握力は「万力」よりも強く、しかも腕を勢いよく上下させるものだから、こっちの肘が机の上に立ててあった聖人伝にぶつかって、腕がしびれた。

(引用:井上ひさし著 『握手』より 『ナイン』収録)

この「万力」という描写は子供達に絶大なインパクトを残し、中には「万力並みの力を持った修道士」としてルロイ修道士のことを記憶している人も少なくありません。

ちなみに「万力」とは、木材などの材料をはさんで固定するための道具のことで「バイス」と呼ばれることもあります。

ルロイ修道士の人物像・モデルは?

ルロイ修道士のモデルになった人物とされているのが、カナダ人のラ・サール会の修道士「ジュール・ベランジェ」という人物です。ジュール・ベランジェは宗教名で、本名は「サルト」といいます。

ジュール・ベランジェは26歳で宣教師になることを決意し、1940年に満州国に赴任します。その1年後、真珠湾攻撃から戦争がはじまり、逮捕されたジュール・ベランジェは強制収容所に入れらてしまいます。

戦争が終わり、一度はカナダに戻りますが、体調が戻ると再び日本に戻り、仙台に児童養護施設をつくりました。これが『握手』にも登場した天使園のモデルです。

ルロイ修道士が登場する「握手」のあらすじ

主人公の「わたし」は遅れてやってきたルロイ修道士と握手を交わしたわたしはかつて天使園に入園した時にルロイ修道士と交わしたあの力強い握手のことを思い出します。

天使園でのなつかしいできごとや再会するまでの間のできごとについてルロイ修道士と話をして、最後に握手をして別れます。

その後、ルロイ修道士が亡くなり、葬式の場でルロイ修道士が病に犯されていたことを聞いたわたしはかつてルロイ修道士がしていた危険信号のくせを無意識にするのでした。

ルロイ修道士の病気とは?

ルロイ修道士が患っていた病気は「ガン」だったのではないかと推測できます。それは以下のような描写があったからです。

わたしたちに会って回っていたころのルロイ修道士は、身体中が悪い腫瘍の巣になっていたそうだ。

(引用:井上ひさし著 『握手』より 『ナイン』収録)

どこの病気かは定かではないですが「身体中が」とあることから全身にガンが転移し、手のほどこしようがない状態に近かったのではないでしょうか。だからこそルロイ修道士は主人公のわたしに会いにきたのでしょう。

ルロイ修道士の名言

ルロイ修道士はいくつもの名言を残しています。そんな名言を紹介していきたいと思います。

困難は分解せよ

ルロイ修道士が無断で天使園を東京に行った主人公のわたしをぶったことについて謝ったあとに、わたしに対して言った言葉の中に出てきます。

「仕事がうまく行かないときは、このことばを思い出してください。『困難は分割せよ』。焦ってはなりません。」

(引用:井上ひさし著 『握手』より 『ナイン』収録)

これだけを見ると、どのような意味かはよくわかりませんが、続くルロイ修道士の言葉の中に、こうあります。

「問題を細かく割って一つ一つ地道に片づけて行くのです。ルロイのこのことばを忘れないでください」

(引用:井上ひさし著 『握手』より 『ナイン』収録)

このルロイ修道士の言葉から「どんなに大きな困難でもひとつずつ乗り越えて行けば必ず乗り越えることができる」ということをルロイ修道士は、主人公のわたしに伝えたかったことではないでしょうか。

天国はないと考えるよりあると考える方が楽しいでしょう?

この言葉はわたしとルロイ修道士の別れ際に交わした会話の中に出てくる言葉です。ルロイ修道士のこの言葉の前に、わたしとルロイ修道士はこんな会話を交わしています。

「ルロイ先生、死ぬのは怖くありませんか。わたしは怖くて仕方がありません」

かつてわたしたちが悪戯を見つかったときにしたように、ルロイ修道士はすこし赤くなって頭を掻いた。

「天国へ行くのですからそう怖くはありませんよ」

「天国か。ほんとうに天国がありますか」

(引用:井上ひさし著 『握手』より 『ナイン』収録)

この時、ルロイ修道士は自分が死ぬことを悟っていたようですが、ルロイ修道士が死をまったく恐れていなかったわけではなく、天国があることを信じているというルロイ修道士の言葉には、次の言葉が続いています。

「そのためにこの何十年間、神さまを信じてきたのです」

(引用:井上ひさし著 『握手』より 『ナイン』収録)

ルロイ修道士は「自分の考え方や、なにを信じるかを自分自身で決めることによって、物事はどのようにもとらえることができること」を伝えたかったのではないでしょうか。

これからを生きる主人公のわたしに希望のある言葉をいくつも残していったルロイ修道士は、天使園で育った主人公のわたしにとって、まさに父のような存在であり、それと同時に人生の師であると言えるでしょう。

ルロイ修道士の指言葉

『握手』の中にはルロイ修道士が使う指言葉がいくつも登場しています。

昔の日本ではこのような指言葉はとても珍しいもので、天使園にいた子供達は指文字をマネして遊んでいました。

ルロイ修道士の指文字には、一体どのような意味がこめられていたのでしょうか。ルロイ修道士が使っていた指言葉を紹介していきたいと思います。

右の人差し指をぴんと立てる

ルロイ修道士は、「こら」とか、「よく聞きなさい」とか云うかわりに、右の人さし指をぴんと立てるのが癖だった。

(引用:井上ひさし著 『握手』より 『ナイン』収録)

このことからもわかるように、ルロイ修道士が「右の人差し指をぴんと立てる」のは「自分に注目するように」「話をよく聞くように」という意味を持っていました。

現在でもドラマの中で主人公が謎解きをする際に人差し指を立てて話をする場面などを多く見かけるようになり、この指言葉の意味が広がってきています。

右の親指をぴんと立てる

「わかりました」

わたしは右の拇指をぴんと立てた。

(引用:井上ひさし著 『握手』より 『ナイン』収録)

この指言葉の意味は知っている人も多いと思いますが「OK」「最高」などなにかを褒める時や「わかった」ということをあらわす時に使います。また「相手の幸運を祈る意味(グッドラック)」で使う時もあります。

両手の人差し指をせわしく交差させる

ルロイ修道士の、両手の人さし指をせわしく交差させ、打ち付けている姿が脳裏に浮かぶ。これは危険信号だった。この指の動きでルロイ修道士は、「お前は悪い子だ」と怒鳴っているのだ。

(引用:井上ひさし著 『握手』より 『ナイン』収録)

この描写から、両手の人差し指をせわしく交差させる指言葉が「怒り」や「失望」を意味するものであることがわかります。

またこのあと、どうやって東京に行くお金を用意したのかと聞かれた主人公のわたしは下着を闇市に売ったり、鶏舎のニワトリをやきとり屋に売ったことを正直に話します。

それを聞いたルロイ修道士は次のような態度を見せます。

 ルロイ修道士はあらためて人さし指を交差させ、せわしく打ちつける。ただしあのころとちがって、顔は笑っていた。

(引用:井上ひさし著 『握手』より 『ナイン』収録)

怒りや失望を意味する指言葉を使いながらも笑うルロイ修道士は自分がいけないことをしたときちんと理解したうえで、正直に話してくれたことを嬉しく思うとともに、成長を感じていたのではないでしょうか。

右の人差し指に中指を絡めて掲げる

 ルロイ修道士は壁の時計を見上げて、

「汽車が待っています」

と云い、右の人さし指に中指をからめて掲げた。これは「幸運を祈る」、「しっかりおやり」という意味の、ルロイ修道士の指言葉だった。

(引用:井上ひさし著 『握手』より 『ナイン』収録)

描写の中にもあるように「右の人差し指に中指を絡めて掲げる」指言葉は「幸運を祈る」「しっかりおやり」という意味です。

しかしこの指言葉は実際にやってみるとわかるのですが、上のふたつに比べると、少し難しい指言葉でもあります。

ルロイ修道士が指言葉を使っていた理由?

まずひとつめは、ルロイ修道士が日本語が得意ではなかったため、指言葉で天使園にいた子供達に色々なことを伝えていたという理由です。子供達にルロイ修道士の指言葉は不思議なものに映ったことでしょう。

ふたつめは、ルロイ修道士のくせという理由です。この場合はルロイ修道士のモデルとなった修道士のくせということもできますが、モデルとなった修道士に指言葉を使うくせがあったかどうかは確認できませんでした。

ただ井上ひさしさんの中で、修道士が使っていた指言葉の印象がとても強かったため、それをルロイ修道士のくせとして取り入れたということは考えることはできるでしょう。

ルロイ修道士がプレーンオムレツを食べた店は実在する?

主人公のわたしはルロイ修道士とある料理店で再会を果たします。その際にルロイ修道士はプレーンオムレツを注文していますが、その店は実在するのでしょうか。

上野精養軒と言われているがメニューにプレーンオムレツはない様子

ルロイ修道士がプレーンオムレツを食べたとされている店は「上野精養軒」と言われています。

上野精養軒は明治時代からある西洋料理店で、元々は東京・築地に「精養軒」という名前でありましたが、のちの明治9年に上野公園の開設にともない、現在の店がある場所に「上野精養軒」として誕生しました。

残念ながらメニューにプレーンオムレツはないそうですが、機会があれば、ぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか。

ルロイ修道士は本当にプレーンオムレツが好きだったのか?

『握手』の中でルロイ修道士はたしかにプレーンオムレツを注文していますが、ルロイ修道士のプレーンオムレツに対する描写は次のように書かれています。

「おいしいですね、このオムレツは」

(中略)ルロイ修道士はナイフとフォークを動かしているだけで、オムレツをちっとも口へ運んではいないのだ。

(引用:井上ひさし著 『握手』より 『ナイン』収録)

ルロイ修道士にはプレーンオムレツというイメージが強く根付いていますが、実際のところはおいしいと言うだけでプレーンオムレツを口にしていません。

おそらくルロイ修道士は病におかされ、食欲がなかったのではないかと考えることができます。

そんなまともに食事もできない中、ルロイ修道士が無理をしてでも主人公のわたしに会いに行ったのは、死ぬまでに天使園の子供達にひとめでもいいから会っておきたいと思ったからでしょう。

ルロイ修道士を生み出した『握手』の作者・井上ひさしとは

『握手』の作者である井上ひさしは様々な作品・戯曲などを手掛けており、新作書き下ろしの舞台『組曲 虐殺』では石原さとみが主演をつとめました。

複雑な家庭環境

井上ひさしは山形県で私生児として生まれました。

父親は薬剤師、母親は美容師でしたが、井上ひさしが5歳の時に父親が亡くなってしまいます。

その後は母親が必死に働いていましたが、生活は苦しいものでした。

『握手』の主人公・わたしは、井上ひさしがモデル?

井上ひさしはラ・サール会の児童養護施設である『光が丘天使園』にあずけられることになりました。

井上ひさしはのちに洗礼を受けて、マリア・ヨゼフという洗礼名をもらいますが、上京した後に棄教しています。

そうした天使園で過ごした経験が少なからず『握手』という作品を執筆するきっかけになったと言えるでしょう。

実はあの有名な人形劇の作者でもあった

井上ひさしと言えば、小説や戯曲などが有名ですが、NHKの人形劇『ひょっこりひょうたん島』(児童文学者・山本護久と共作)の作者でもあります。

『ひょっこりひょうたん島』は、1964年から5年間放送されていた子供向けの人形劇です。

ひょうたん島に遠足におとずれたサンデー先生と生徒達は火山の噴火でひょうたん島が漂流してしまったせいで帰ることができなくなり、ひょうたん島で暮らすことになります。

ルロイ修道士、オルガ・イツカ説とは?

ルロイ修道士と名前を並べているオルガ・イツカとは一体どのような人物なのでしょうか。またなぜルロイ修道士と名前を並べているのでしょうか。

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