竜崎勝は俳優で高島彩アナの父親!死因は?息子や妻・画像も 俳優

竜崎勝は俳優で高島彩アナの父親!死因は?息子や妻・画像も

竜崎勝をご存知でしょうか。残念なことに既に亡くなられているのですが、元フジテレビアナウンサー、高島彩の父親です。彼は1960年代から映画やテレビドラマで活躍していた俳優でした。死因や、妻、娘、息子、について画像と共にまとめました。

俳優・竜崎勝とはどんな人?高島彩アナの父親

高島彩は人気アナでしたが、家族についてはあまり知られていません。父親は竜崎勝という芸名で活躍していた俳優でした。高島彩アナは二世アナウンサーの一人だったのです。

竜崎勝は、1961年に映画デビュー。主役ではないものの、実力派俳優としてたくさんの映画やドラマで活躍していました。しかし1984年に急逝。

亡くなった年齢は44歳という若さです。死因は肝硬変でした。当時、娘の高島彩アナはわずか5歳。そのため父親の記憶はほとんどないそうです。

竜崎勝のプロフィール、身長や本名は?

  • 名前:竜崎 勝(りゅうざき かつ)
  • 本名:高島 史旭(たかしま ふみあき)
  • 生年月日:1940年3月25日
  • 身長:177㎝
  • 職業:俳優
  • 出身地:東京都世田谷区
  • 最終学歴:法政大学経済学部卒

俳優になるきっかけは、法政大学4年の時に日活ニューフェイス第5期のオーディションを受け合格したこと。映画デビューは、1961年の「暗黒街の静かな男」でした。

高島彩アナは二世アナウンサーの一人だった、父親は竜崎勝(画像あり)

二世アナウンサーと言えば、高橋真麻(父親は俳優の高橋英樹)や、永島優美(父親は元サッカー選手の永島昭浩)、藤井弘輝(父親は歌手の藤井フミヤ)が有名です。

フジテレビには二世アナウンサーが多いようなのですが、高島彩が俳優の娘であることは、全く知られていませんでした。こちらが父親の竜崎勝の画像です。

俳優らしく、濃い目の顔立ちで美形です。しかし高島彩とはあまり似ていないようです。

妻は一般女性の高島洋子さん、息子は高島郷

竜崎勝の妻と息子、高島彩の母親や兄はどんな人物なのでしょうか。家族写真の画像はこちらになります。

妻は高島洋子さんという女性。芸能人ではなく、一般人だということです。そのため情報はほとんどありません。画像を見る限り、顔立ちが娘の高島彩に似ています。

息子は高島郷(たかしまごう)、1974年2月生まれの44歳です。現在は大手眼鏡量販店Zoffで部長を務めています。以前は、俳優として活動していました。当時の画像はこちらになります。

竜崎勝に似たはっきりとした目鼻立ちで、正統派の美形です。ドラマや映画、CMにも出演していましたが、2003年には芸能界を引退しています。

竜崎勝の経歴、俳優座養成所の「花の15期生」の一人

ここからは、竜崎勝の経歴についてご紹介します。大学在学中の1961年から日活のニューフェイス俳優として活動していました。日活の同期には中尾彬、高橋英樹がいます。

1963年に劇団俳優座付属養成所の15期メンバーとなり、文学座に入ります。同期には、地井武男や太地喜和子、夏八木勲に原田芳雄、前田吟、村井国男などの豪華メンバーが揃っていました。

後の大物俳優ばかり集まっていた彼らは、後に「花の15期生」と呼ばれることになります。そんな中、竜崎勝は劇団員にはなれずに退団。活躍の場をテレビにシフトしていきました。

多くのドラマや映画、食いしん坊!万歳のリポーターとしても活躍

メインの活動をテレビに移した竜崎勝。主役ではないものの、数々の人気作品に出演します。NHK大河ドラマでは,竜馬がゆく、花神、徳川家康など8作品に出演。

民放では鬼平犯科帳や子連れ狼などへも出演しています。竜崎勝が得意としていた役柄は、悪役と上品な2枚目役。また時代劇の殺陣でも高い評価を得ていました。

意外な所では、「くいしん坊!万才」の2代目リポーターを1977年4月から78年12月まで務めていました。1974年放送開始から現在まで続く人気長寿番組です。

「くいしん坊!万才」は、フジテレビなどで放送されている料理番組である。5分間というミニ番組ながら長寿番組となっている(引用:Wikipedia)

歴代リポーターは宍戸錠や梅宮辰夫、辰巳琢朗に村野武範、山下真司など豪華なメンバーが担当してきました。竜崎勝も45年続く人気番組の礎を創った一人でした。

1984年12月、44歳で死去、死因は肝硬変

1969年にはテレビ朝日のドラマ「絢爛たる復讐」の主役に抜擢されます。その後も派手さはないものの、俳優として安定した仕事を得ていきます。

私生活でも結婚して妻を得て、息子と娘に恵まれます。そんな幸せな生活を送っていた1984年。竜崎勝は突然この世を去ります。まだ44歳という若さでした。

その日は偶然にも遺作となる「転校少女」の放送日と重なり、番組終了時に追悼のテロップが流されました。1984年12月18日東京の国立病院で死亡、死因は肝硬変でした。

死因の肝硬変とは、肝臓が線維化して固くなってしまう病気です。原因は様々なものがあり、B型C型ウイルスや、アルコールの過剰摂取や薬剤の影響などがあげられています。

肝臓は沈黙の臓器と呼ばれ、異常に気付いた時には病状がかなり進行していることが多いそうです。竜崎勝も若かったため、死に至る病など思いもしなかったでしょう。気づいた時には手遅れだった可能性もあります。

娘・高島彩アナは父親・竜崎勝の記憶がほとんどない?

竜崎勝が亡くなった1984年、娘の高島彩アナはわずか5歳。母親から聞く情報以外に、父親の記憶はほとんどないそうです。それでも月命日のお墓参りを欠かさないそうです。

竜崎勝が若くして亡くなった高島彩アナの家柄

高島彩アナの家柄やどんな生活をしていたのでしょうか。父親の竜崎勝を早くに亡くしていまい、随分と苦労したかと思われる方もいるでしょう。

母親の高島洋子の職業は主婦だったことから、収入は父親が残した財産のみでした。父親は俳優でしたが、44歳で急逝したとなると心配になります。

しかし想像とは真逆だったようです。高島彩アナは、セレブエリアの世田谷区在住で、良家の子女が通う私立の学校に通っていました。小学校から成蹊学園で、エスカレーター式に大学まで卒業しています。

高島彩アナは世田谷区出身で成蹊出身

高島彩アナの出身地は世田谷区で、成蹊出身です。世田谷区はセレブエリア、成蹊学園は良家の子女が通う私立の学校として有名です。

成蹊小学校、成蹊中学校、成蹊高校と進み、成蹊大学法学部を卒業しています。経歴だけを見れば、セレブ育ちのお嬢様です。父親を早くに亡くしているのですが、お金の面で苦労することはなかったようです。

父親の竜崎勝は高知県出身で、地元が世田谷だったわけではありません。俳優になってから移住したと考えられるため、それなりの収入があったのでしょう。

高島彩アナの兄・高島郷も成蹊出身

成蹊出身なのは、高島彩アナだけではありません。兄の高島郷も成蹊出身で、成蹊中学、成蹊高校、成蹊大学法学部へ進んでいきます。大学は俳優になるため中退しています。

父親の竜崎勝がいない中で、息子と娘を2人とも私立学校に通わせる。高島家にはそれなりの、もしかしたら一般家庭以上の経済力があったと思われます。

裕福な家庭の子息が集まるイメージの成蹊とはどんな学校なの?

成蹊学園は東京都武蔵野市にある、私立の学校です。成蹊小学校、中高一貫の成蹊中学校・高等学校、成蹊大学から構成されています。

成蹊学園の創立には三菱財閥が深く関与しています。歴代の理事長職は三菱グループの関係者が務めるなど、今でも密接な関わりがあるといわれています。

卒業生の進路としては、大手企業が多く8割以上が従業員500人以上の会社に就職しています。中でも大手銀行系への就職率の高さが際立っています。

卒業生には、安倍晋三内閣総理大臣がいます。他にも石田衣良などの直木賞作家や、俳優の中井貴一も成蹊出身です。裕福な家庭の子息が通う学校として認識されています。

竜崎勝は元々高知県出身だった

竜崎勝の自宅があった世田谷区は、東京都内でも上位に位置する高級住宅街の1つです。生活するためには最低でも800万以上の収入が必要だとされています。

さらに裕福な子息でなければ通えない私立の学校に、子供を2人も通わせています。それ相応の財産が必要です。その財力は竜崎家で代々受け継いだものだったのでしょうか。

竜崎勝は元々高知県出身で、東京で俳優となった後に世田谷に居を構えました。そのため、先祖代々お金持ちの家柄というわけではなかったようです。

竜崎勝が生前築いた財産で生活できた?

竜崎勝の妻の職業は、専業主婦でした。つまり収入は竜崎勝が生前築いた財産のみだったと考えるのが普通です。20年近く俳優として活躍していたため、相応の収入と貯蓄があったのでしょう。

私立学校に必要な高い学費については、奨学金を受けた可能性もあります。家庭の経済状況や母子家庭などの条件によっては、高確率で奨学金を得られることもあるようです。

竜崎勝の不思議な縁①高橋英樹

竜崎勝と高橋英樹は日活ニューフェース時代に同期でした。大物俳優となった高橋英樹ですが、竜崎勝を忘れてはいないようで、2017年の公式ブログにこんな記事を書いています。

12月19日に投稿したブログのタイトルは「デビュー前の俺だぜ」。日活の第5期ニューフェースの写真を掲載し、「上段右から二人目にいるのが高島彩アナのお父さんで、竜崎勝」と書かれていました。

偶然にも、2人の娘は同じフジテレビのアナウンサーとなっています。高島彩が入社した3年後、高橋真麻が後輩になりました。

57年前に俳優として同期だった竜崎勝と高橋英樹。数十年後に互いの娘たちが同じ職場で働いているなんて、想像もつかなかったでしょう。

竜崎勝の不思議な縁②ウルトラマンゾフィー

竜崎勝は「ウルトラマンタロウ」に出演したことがあります。役柄はウルトラマンゾフィーが地球で活動する際に、体を借りる「大谷博士」という科学者。

1973年に放送された33話と34話のみの出演でしたが、ゾフィー役候補だった小林旭など人気俳優達を抑えての配役でした。そのためウルトラマンファンの間でも話題になりました。

このゾフィー役には不思議な偶然があるのです。2006年「ウルトラマンメビウス」では田中実がゾフィー役を演じました。その後田中実は2011年4月、44歳で亡くなっています。

ゾフィー役を演じた竜崎勝と田中実は、同じ44歳で亡くなったのです。同じ役を演じた2人が、同じ年齢でこの世を去る。不思議な偶然、巡り合わせがあったのでしょうか。

竜崎勝の才能を受け継ぐ高島彩

高島彩アナはアナウンス力が高い上、存在自体も華がある人気者です。竜崎勝は若くして急逝しましたが、俳優の輝きは娘である高島彩アナに受け継がれています。これからも早逝した父の分まで活躍してくれるでしょう。

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