松本知子(松本明香里)・麻原彰晃の妻とその子供の生い立ちと現在 社会

松本知子(松本明香里)・麻原彰晃の妻とその子供の生い立ちと現在

地下鉄サリン事件など、多くの事件を起こしたオウム真理教の教祖・麻原彰晃こと松本智津夫元死刑囚ですが、彼にも可愛いといわれた妻やたくさんの子供がいました。今回はそんな松本元死刑囚の妻・松本知子(松本明香里)やその子供の現在についてまとめていきます。

目次

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松本知子と子供の現在

オウム真理教の教祖だった麻原彰晃こと松本智津夫元死刑囚には、可愛い妻がいました。松本知子といい、彼女もオウム真理教のなかで地位を得ており、薬剤師リンチ殺人事件に関与したとして逮捕され過去があります。

そして、松本智津夫元死刑囚と松本知子との間には子供がいました。2人の間には息子2人と娘4人が生まれています。松本知子とその子供たちは、どんな現在を過ごしているのでしょうか?

彼女の実家や生い立ち、メディアにも露出している娘たちについても迫っていきます。可愛いといわれている素顔についてものぞいてみましょう。

松本知子は現在改名し松本明香里に

松本智津夫元死刑囚の妻である松本知子は、現在改名しています。名前は松本明香里と改名しており、改名したのは薬剤師リンチ殺人事件で逮捕され、出所したすぐのことでした。

2006年、アーレフからの資金援助を受けていたことが発覚

出所し改名までした松本知子(松本明香里)は、教団との関係はなくなるものと思われていました。常識的に言えば関係なくなるのでは?と思うところですが、教団との関わりがなくなることはなかったのです。

出所したのは2002年のことでしたが、2006年になるとオウム真理教が改称したアーレフから資金援助を受けていたことが発覚しました。さらに資金援助は2002年の12月ごろから続いていました。

その資金援助とは、松本知子(松本明香里)の書いた絵画をアーレフに対して貸し出しているという名目で『絵画の使用量』を月に40万円資金提供するといった内容だったそうです。

現在も教団との関係がある?

2018年現在は教団と関係があるかどうかは定かではありません。しかし、2012年ごろに報道された内容によると2010年の時点では教団と深い関わりがあったとされています。

2012年1月24日の報道によると、2009年に刑事事件で服役後に出所した信者の受け入れについて、2010年に死刑が確定した元教団幹部と信者の養子縁組などについて、それぞれ教団の信徒が当人と三女に対して承諾を求める文書を送付し、伺いを立てており、依然として教団への影響力を保っていると報じている。

(引用:Wikipedia)

子供の現在、進学や就職は?

松本智津夫と松本知子(松本明香里)の間には6人の子供がいました。その子供たちもすでにすっかり大人になっていますが、子供の時は犯罪者の子供であるがために学校には通えていなかったそうです。

大学は、麻原彰晃の子供という理由で入学を断られるといったこともあったと言います。そんな6人の息子と娘たちはこちらです。

  • 長女 (アジタナーター・シャクティー・ドゥルガー):1978年生まれ
  • 次女 宇未(アジタナーター・カーリー):1981年生まれ
  • 3女 松本麗華(アジタナーター・ウマーパールヴァティー・アーチャリー):1983年生まれ
  • 4女 聡香(仮名):1989年生まれ
  • 長男 鏡暉リンポチェ猊下:1992年生まれ
  • 次男 璽暉リンポチェ猊下:1994年生まれ

三女・松本麗華へのツイッターのリプライが話題に

松本智津夫元死刑囚が死刑執行されたのは、2018年7月6日でした。松本智津夫元死刑囚と松本知子(松本明香里)の3女である松本麗華さんのツイッターへの大量のリプライが話題となりました。

死刑執行されたことに対して松本麗華さんは何もコメントをしていませんが、最後にしたツイートに対してこのような誹謗中傷が多くリプライされていたのです。そしてそれを非難する声も共にリプライされていました。

『子供には罪はないだろ』『犯罪者の娘にはどんな仕打ちしてもいいんか』『とても胸糞がわるい!』と言った誹謗・中傷を非難する声も目立っています。

このように様々な意見がリプライとし出てきており、リプライをしている人物同士での言い争いになるケースも見られているようです。

麻原彰晃の妻・松本知子とは

ここでは麻原彰晃こと松本智津夫元死刑囚の妻である松本知子(松本明香里)について、生い立ちや経歴を詳しくご紹介したいと思います。一体どんな人生を歩み麻原彰晃と関わり妻になったのでしょうか?

松本知子の経歴・プロフィール

松本 知子(まつもと ともこ)は1958年8月17日生まれの現在60歳です。オウム真理教元最高幹部であり、出版事業を行っていた株式会社オウムの社長を勤めていました。

麻原彰晃こと松本智津夫の妻でありホーリーネームは『マハーマーヤ』、のちに『ヤソーダラー』へ変更しています。旧姓は”石井”で麻原彰晃の愛人である石井久子と血縁関係はありません。

松本知子の生い立ちと実家

松本知子(松本明香里)の実家は、千葉県の木更津市にあったそうです。両親共が教師をしており、松本知子本人も真面目な性格だったと言われています。

小学校では学級委員を勤め、中学校では生徒会副会長を務めるなど、真面目で頭が良いタイプだったようです。高校は実家近くの千葉県立木更津高校を卒業していますが、大学受験には失敗しています。

麻原彰晃と出会う

松本知子(松本明香里)は、受験失敗したことが今後の人生に大きな影響を与えることになったのです。受験を失敗し浪人生となった松本知子は、予備校『代々木ゼミナール代々木本校』へ通い出します。

その予備校で麻原彰晃こと松本智津夫元死刑囚と出会いました。当時松本智津夫元死刑囚は、東大受験を失敗した浪人生で22歳でした。ちなみに2人が結婚したのは出会った翌年だったそうです。

麻原彰晃のプロフィールや生い立ち

  • 麻原 彰晃(あさはら しょうこう)
  • 本名:松本 智津夫(まつもと ちづお)
  • 1955年(昭和30年)3月2日 生まれ〜 2018年(平成30年)7月6日没
  • 熊本県出身
  • 宗教家、テロリスト
  • 宗教団体オウム真理教の元代表・教祖

麻原彰晃こと松本智津夫元死刑囚は、数々の犯罪、テロ行為を起こしたオウム真理教の教祖であり、2018年7月6日に死刑執行されています。

実家は熊本県熊本県八代市で、畳職人の家に生まれました。実家では9人兄弟の第7子として生まれ、先天性緑内障の影響で左目が生まれながらに視えていなかったそうで、右目は1.0視力でした。

兄弟にも視覚障害があり、12歳上の兄は全盲だったそうです。学生時代は盲学校に通っており、性格的には横暴な一面があったそうです。

当時オウム同様の閉鎖社会であった盲学校では、強い権力欲を見せ、目が見えるために他の子供たちを子分扱いにし、暴力で支配、全盲の子供を外へ連れ出すと食事をおごらせたり窃盗を命じたり、全盲の生徒相手に落とし穴を仕掛けたり、自分の欲しいものを買わせたりし、「外へ連れて行ってやったのだから日当をよこせ」などと言ってお金を巻き上げていたという。

(引用:Wikipedia)

麻原彰晃との結婚、宗教家へ

結婚し、松本知子(松本明香里)は実家と同じ県内である千葉県船橋市に住んでいました。3女を設けるまではとても貧しい生活をしており、布団一式を家族全員で使うなどの貧しさだったそうです。

とても貧しい中でも麻原彰晃は『松本鍼灸院』を開院しています。しかし、鍼灸師として”完全に患者を治すことができない”と考え占いの四柱推命や、気学を学び始めました。

しかしそれで運命を知ることができても、運命を変えることができないと悟ったのだと言います。そこから台湾鍼灸、漢方、断易などを経て仙道にたどり着きます。そこから宗教の道へと入っていったそうです。

オウム真理教内での立場

1987年ごろ、オウム真理教が発足しました(前身はオウム神仙会)。布教活動が始まる中、夫で教祖である麻原彰晃を献身的に支え、自身も1987年9月に入信しています。

最終的に最高幹部である正大師という地位を得ており、オウム真理教の中で多大な影響を与える人物となっていきました。

1989年10月には正悟師、1991年6月には石井久子、三女松本麗華(アーチャリー)に続き3人目の正大師となり、教団内でも重きをなしていった。

(引用:Wikipedia)

1995年、薬剤師リンチ殺人事件への関与で逮捕

松本知子(松本明香里)は、1995年にお子いた薬剤師リンチ殺害事件に関与したとして、警察に逮捕されています。松本知子が逮捕されたことで、子供たちはバラバラに生活することになったそうです

1995年5月16日に夫である麻原彰晃が逮捕された後は教団代表代行として教団の存続に務める。しかし同年6月に薬剤師リンチ殺人事件に関与したとして逮捕された。

(引用:Wikipedia)

薬剤師リンチ殺害事件とは?

オウム真理教の信者が、オウム真理教付属病院の薬剤師を殺したというものでした。しかしただ殺したというわけではなく、複雑な事情が絡んで起きた事件でもありました。

病院には信者の母親が入院しており、母を病院から連れ戻すために薬剤師と共謀したところを失敗、麻原彰晃が『薬剤師を殺せば許してやる』と信者に指示し、その指示に逆らえず信者が薬剤師を殺したというものでした。

「今から処刑を行う」として駆けつけた麻原は「これからポアを行うがどうだ」と尋ね、村井秀夫は「ポアしかないですね」、新実智光は「帰すと被害者の会やマスコミに話したりするのでポアしかない」、井上嘉浩は「泣いて馬謖を斬る。しかしポアするより生物兵器の実験台にした方がいい」などと発言した。後に、ここで麻原の正妻である松本知子が発言をしたかが裁判で争われた。

(引用:Wikipedia)

このように松本知子が関与されていたと疑われていました。松本知子本人は関与を否定していましたが裁判でその主張は認められず、彼女も実刑判決を受けたのです。

オウム真理教が起こした事件

オウム真理教は様々な事件を起こしてきました。それは、流れ的に殺人を起こしてしまったといったものや、テロ行為といわれるもの、計画的な殺人など様々なものがあったのです。

  • 男性信者殺害事件(殺人罪)
  • 坂本堤弁護士一家殺害事件(殺人罪)
  • サリンプラント建設事件(殺人予備罪)
  • 薬剤師リンチ殺人事件(殺人罪・死体損壊罪)
  • 滝本太郎弁護士サリン襲撃事件(殺人未遂罪)
  • 自動小銃密造事件(武器等製造法違反)
  • 松本サリン事件(殺人罪・殺人未遂罪)
  • 男性現役信者リンチ殺人事件(殺人罪・死体損壊罪)
  • 駐車場経営者VX襲撃事件(殺人未遂罪)
  • 会社員VX殺害事件(殺人罪)
  • 被害者の会会長VX襲撃事件(殺人未遂罪)
  • 公証人役場事務長逮捕監禁致死事件(逮捕監禁致死罪)
  • 地下鉄サリン事件(殺人罪・殺人未遂罪)

起訴として判決が降った事件だけでもこれだけの数の事件を起こしているのです。松本知子が関わったとされているのは薬剤師リンチ殺人事件のみですが、オウム真理教の罪は数知れないほどあるということがわかります。

起訴されたものだけでもこれだけの事件がありますが、途中で取り下げられた罪もあります。それがこちらです。

  • チオペンタール密造事件(薬事法違反)
  • LSD密造事件(麻薬及び向精神薬取締法違反)
  • 覚醒剤密造事件(覚せい剤取締法違反)
  • メスカリン密造事件(麻薬及び向精神薬取締法違反)

松本知子の裁判、精神病だったかが争点に

実刑判決を受けた薬剤師リンチ殺害事件でしたが、その判決の際重要視されたのは、松本知子が麻原彰晃に対して『口を出せる存在であったかどうか』という点だったそうです。

というのも、その当時麻原彰晃は愛人である石田久子と浮気を繰り返しており、妻である松本知子に対しては酷い仕打ちをしていたというのです。

麻原は愛人で教団幹部の石井久子と浮気し、松本知子を監禁したり、松本知子の両親のために作っていた部屋を石井の部屋にしてしまうなど、ひどい扱いを受けていて夫を止めることはできなかったとした。

(引用:Wikipedia)

このような仕打ちを受けており、彼女は薬剤師を殺害するという話をした会議の場で、発言権などなかったとも言われているのです。

教団内に麻原彰晃の愛人は100人以上もいたといわれており、正妻である松本知子はその事実をもちろん知っていました。毎日違う人物が麻原のもとに呼ばれる中、松本知子はその部屋の前をうろうろしていたそうです。

事件当時、松本知子は精神病として独房修行で隔離されていた

さらにこのような事実もあったのでは?と言われています。事件当時松本知子は精神病を患っており、独房修行をさせるために隔離されていたというのです。

事件当初の松本は出産40日前の身重であったが、オウム内で精神病、精神異常と言われ事件の2カ月前から独房修行で隔離され、事件当日の数時間だけ引きだされ事件後はそのまま独房に戻されたとしている。

(引用:Wikipedia)

オウム真理教の元幹部らの「麻原は恐妻家だった」との発言で判決が出される

このように精神病を判断されて独房に入っていたということや、麻原彰晃に対しての発言権がなかったということが、裁判にて主張されていましたが、オウム真理教の幹部からの発言により実刑判決を下されました。

その発言というのが、”麻原は恐妻家だった”というものです。こちらは検察側により主張されたもので、オウム真理教の元幹部らによって発言されました。

この発言で、薬剤師殺害のための会議に彼女も参加しており、それに参謀したと判断されたのです。その結果、最終的に懲役6年という判決を受けたのです。

1998年5月14日の第一審では懲役7年の判決を受け、1999年9月9日の控訴審・2001年6月26日の上告審では、遺族への謝罪と賠償を理由に懲役6年に減刑された。

(引用:Wikipedia)

判決は懲役6年、2002年10月出所

判決結果は懲役6年ということになり、松本知子は2002年10月15日に出所しました。そしてその後すぐ、12月にはアーレフからの資金援助で暮らし始めるのです。

松本知子の性格、1982年頃から精神異常に

薬剤師リンチ殺害事件によって精神病の問題が浮き上がった松本知子でしたが、彼女は性格的にも精神が不安定な部分があったようです。

それは1982年ごろからでした。夫である麻原彰晃が薬事法違反で逮捕さると同時に宗教にのめり込んでいた頃、麻原は家に帰らないようになっていました。

さらに宗教団体となってから、信者には美人と言える可愛い信者も多くいました。そんな信者たちと浮気を繰り返す麻原彰晃へ対してどのような気持ちを持っていたのでしょうか?気になるところです。

精神異常による家出

そのことが原因で、精神的に不安定な状態になっていたそうです。表面は愛想の良い女性として演じていましたが、家庭内では際なことで怒ってしまいヒステリックな部分があったのです。

3女の松本麗華さんによると「もう勝手にして!こんな家出て行く!」と行った声を聞いており、家出をしているところを見ていたそうです。

しかし家出に娘たちがついて来ようとしたことはなく、それを見た3女の松本麗華さんは気の毒になり、数回その家出についって行ったのだそうです。

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