見立真一の現在はフィリピン?残虐王子の生い立ちや事件後について! 雑学・ライフスタイル

見立真一の現在はフィリピン?残虐王子の生い立ちや事件後について!

関東連合のリーダーであり、六本木クラブ襲撃事件の首謀者見立真一ですが、事件から6年以上が経つ現在も逮捕されず逃走を続けています。一部ではフィリピンで名前と顔を変え潜伏中や既に死亡などの噂も流れています。今回は見立の伝説や生い立ち、妻などについてもまとめます。

目次

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見立真一とは?

2000年代から2010年代前半にかけて渋谷や六本木などで抗争や犯罪行為を繰り広げ悪名を轟かせた関東連合。そのリーダー達の中でも頂点に立っていたとされるのが、現在でも伝説的に語られる見立真一です。

このまとめ記事では、前半にて見立真一の人物像や経歴、これまでの伝説的な残虐性などについて詳しく紹介し、後半では見立が主犯とされる六本木クラブ襲撃事件に焦点を当てていきます。

とはいえ、まずは見立真一が世間一般にその名前を知られるきっかけとなった六本木クラブ襲撃事件について軽く触れておかなければなりません。順番に見ていきたいと思います。

六本木倶楽部襲撃事件の主犯格

2012年9月2日、突如として目出し帽で顔を隠し、金属バットなどで武装した10人ほどの集団が六本木のクラブを襲撃、30代の一般男性が暴行を受けて死亡するという凄惨な事件が発生し世間を騒がせました。

犯行に及んだとされる関東連合の名が一般にも広く知れ渡るきっかけとなったこの事件は、六本木倶楽部襲撃事件と呼ばれており、見立真一はこの事件の主犯格だとされており、現在も指名手配されています。

関東連合のリーダーとしても知られている

六本木倶楽部襲撃事件の実行犯達は関東連合のメンバーであるとされます。事件当時の関東連合は東京を中心とした関東の暴走族のOB達の緩やかな連合体であり、それぞれのグループにリーダーが存在しました。

見立真一はその中でも中核をなす暴走族グループ「ブラックエンペラー」の元総長であり、事実上関東連合を仕切っている存在でした。その残虐な性格から仲間内でも恐れられ、恐怖支配を行なっていたとされます。

見立真一の現在は?

六本木倶楽部襲撃事件の主犯格とみなされた見立真一を警察は指名手配して行方を追っていますが、現在も逮捕に至っていません、事件のその後、見立真一は一体どのような動きをしていたのでしょうか?

事件から6年未だ捕まっていない

六本木倶楽部襲撃事件には暴行を指示したとされる見立真一以下19名が関与したとして逮捕状が出ており、見立を除く18名は2013年までに逮捕されています。

しかし事件発生から6年以上が経過した現在でも、首謀者とされる見立真一は逃亡を続けており、いまだに逮捕されていません。

事件後フィリピンに逃亡し現在も在国か

見立真一は六本木クラブ襲撃事件の直後からアジアの数カ国を行き来しているのが確認されています。まず、9月9日に中国を経由してフィリピンに入国。その5日後、韓国に出国しています。

その後しばらく消息を絶ち、11月2日にインドネシアからフィリピンに再び入国した事が確認された後、また消息を絶ちます。現在でもフィリピンにいるとされていますが、一部では国内に戻っているとの噂もあります。

フィリピンの逃亡者を匿う裏ルートとは

見立真一が現在でもフィリピンにいる可能性が高いとされる理由については、一度出国しているのに再度入国している点や、以下の逃亡生活をサポートする存在や多額の海外資産を持っている事などが挙げられます。

某情報筋によると、見立は少年時代からの知り合いである関東連合のOB男性とセブ島を訪れていたそうです。この男性は正業で成功している人物で、見立の逃亡をサポートしているのではないかと見られています。

さらに、見立は以前にも何度かフィリピンを訪れており、現地に何らかの裏ルートに人脈を持っている可能性が高いでしょう。見立も前述男性も多大な海外資産を所有しており、逃亡資金には困っていないとされています。

市民権を取得している?

以上の行動や証言から見立真一はフィリピンに何らかの人脈を持つ可能性が極めて高いとされます。このような裏ルートを利用すれば、フィリピンでは手数料さえ払えば比較的簡単に市民権の獲得が可能なのだそうです。

さらに、現地の人間を買収してその親族に仕立てあげ、日本人であってもフィリピン人の名前に改名して全くの別人として生活する事も可能なのだと言われています。

もしも見立真一がこのような手口を使って現地でフィリピン人として偽った出生証明証を発行し、全くの別人として生活しているのであれば、捜査は非常に困難になり逮捕は難しいとされています。

現在国際指名手配となっている見立真一

現在警察は見立真一を国際指名手配していますが、もしも最初の出入国の段階で国際指名手配に踏み切っていれば、その場で逮捕されていた可能性が高く、対応が後手に回った事は警察の重大なミスだと指摘されています。

死亡説もある

また、一部では見立真一はすでに死亡しているという死亡説も存在します。死亡説の根拠となっているのは、事件後数年にわたってその消息が一切掴めない事があるのかと思われます。

しかし、ここまで述べてきたように見立真一はフィリピンで全くの別人として生活している可能性が高く、現地に影響力を持つ支援組織の存在や潤沢な逃走資金も確保しているとされ、死亡説は考えにくいです。

見立真一の生い立ちと経歴

ここからは、見立真一の生い立ちやこれまでの経歴についてもわかっている限りまとめていきたいと思います。真性のサディストとされ残虐王子の異名まで持つ見立ですが、一体どのような生い立ちを持つのでしょうか?

また、現在は国際指名手配を受け逃亡を続けている見立に妻や子供などの家族はいるのでしょうか?現在の両親についてや、兄弟の存在なども気になるところです。まとめていきます。

静岡県で生まれている

見立真一の生い立ちについては1979年3月16日、静岡県で生まれたとされます。その後いつの頃か東京へと転校したとされますが、その当時は現在の姿からは想像もつかないほど真面目な生徒であったとされます。

明るい性格で、成績も中の上となかなかに良好であり、まさかその後に伝説的な不良になるとは考えられない人物像と生い立ちであった事が明らかになっています。

いつの頃から不良の道へ入ったかは不明ですが、ある時期に精神を病み猫を交通量の多い道路に放り投げたり、ナイフで切り刻んで殺すなどの残虐な異常行動を起こすようになったとされます。

裕福な家庭環境ではなかったよう

それならば、何か不幸な生い立ちを持っていた事で精神が病んでしまったのでしょうか?見立の家庭環境は三度の食事に困るほどではないとはいえ、あまり裕福ではなかった事がわかっています。

家族について

そんな見立真一の家族については、見立の少年時代父親はタクシー運転手であった事、2歳か3歳上の姉が1人いて一般の人で、普通にいい人である事などが現在までにわかっています。

また、父親に関しては現在はどこかの法人役員として良い生活をして良い家に住んでいると言われています。これは見立が援助したのではないかとの噂がある様です。

関東連合のリーダー

見立真一の生い立ちをさらに追っていきます。見立真一は関東連合の中心暴走族チーム「ブラックエンペラー」の総長という経歴を持っています。これは事実上の関東連合の頂点に立つリーダー格であるという事です。

関東連合は、東京・世田谷区や杉並区などを中心に勢力を伸ばした暴走族の集合体であり、暴力団をも恐れないその徹底した凶暴性はトップであった見立真一が作り出したとされています。

成人してOBとなった後も、見立の同世代の元メンバーたちは強い上下関係を維持しており、振り込め詐欺やヤミ金融などの犯罪ビジネスをはじめ、数々の暴行事件なども起こし世間を騒がせました。

残虐王子の異名を持つ

見立真一は特別に体格が良いわけではなく、元々はメガネをかけた優等生タイプのルックスを持つ少年でした。そんな見立が関東連合のトップともいえる地位にまで上り詰めた理由はなんだったのでしょうか?

その理由は、見立の持つ真性のサディスティックな性格にあるとされます。自分の敵となる人間には徹底的な残虐性を発揮して普通の人間にはできない拷問を平然と行ったと言われています。

その徹底した残虐性は敵だけではなく味方への支配にも利用され、恐怖を利用した圧倒的なカリスマ性を発揮しました。見立はその冷酷で残虐な性格から残虐王子の異名を持ち敵味方双方から恐れられる存在でした。

界隈では伝説の不良と知られていた

普通の人間には到底真似できないその残虐性は、次第に関東一円の不良達の間で伝説となっていきます。見立のその徹底した暴力と支配は現在でも当時の周囲の不良達の心に刻み込まれている様です。

六本木倶楽部襲撃事件をきっかけにして見立真一とその勢力は崩壊へ向かい、その恐怖から解き放たれた当時の不良達はかつての伝説的なエピソードを少しずつ語り始めています。それについても後述します。

逃亡前は国内に妻はいた?

見立真一の生い立ちを追ってきましたが、大人になった見立真一に妻や子供などはいたのでしょうか?現在見立は国外に逃亡中であるとされ、もし逃亡前に国内に妻や子供がいたとすれば一緒の生活は困難でしょう。

今の所わかっている情報では妻や子供などは確認できませんでしたが、彼女はいたとの証言があります。巨大な不良集団の頂点であり、事業なども起こして資産も持っていたとされるので、女性にはモテたそうです。

見立真一のこれまでの冷酷無比なエピソードやその冷酷無比な感情を無くしたかのような性格から考えると見立が特定の妻や子供を欲したとは想像しにくいかと思われます。

したがって見立は国内に妻や子供などの家族は持っていない可能性が高いと思われます。ただ現在は噂のようにフィリピンで別人として逃亡生活をしているのであれば、現地で仮の妻がいる可能性は考えられるでしょう。

それでも、あくまでも捜査の目を撹乱するための仮の妻である可能性が高く、特定の誰かの愛情を求める様な情緒的な一面は冷酷無比な見立のキャラクターからはイメージしづらいのではないでしょうか?

周囲が語る見立真一について

見立真一のその冷酷無比なキャラクターは少年時代から見立真一を知る多くの人物の証言から徐々に浮き彫りになってきています。見立の人物像をよりわかりやすくするためその一部を紹介していきます。

与国秀行(谷山秀行)が語る見立真一

1990年代の東京で、最強の不良とも言われた伝説的存在、与国秀行氏は見立真一の中学時代の先輩でした。当時の見立について与国氏が自身のブログにて語っています。

見立とは中学の時、オイラが三年で、ヤツが一年で、東田中の放送委員で一緒だったよ。
勉強できるメガネかけた真面目なヤツだった。
少しずつ不良になっていくがね。

(引用:与国秀行オフィシャルブログ)

生い立ちのところでも書きましたが、見立真一は中学時代はメガネをかけた真面目な生徒であった様です。与国氏によると、見立は中学時代に少しずつ不良となっていった様です。

あいつらがやり過ぎた理由、俺にはよく分かる
多分、肉体的にそんなにデカくなく、強くないから、徹底的にやらないと、怖かったんだと思うな。仕返しが。
不良の世界なんざ、そんな世界だよ。

(引用:与国秀行オフィシャルブログ)

さらに、見立のその残虐性を発揮する心理として、肉体的にそんなにでかくなかった見立真一らは、相手の報復を恐れた結果、徹底的な恐怖心を相手に植え付けようとした結果だろうと分析しています。

実はオイラなんざぁ男として、ちょいと許せんよ。
そうでしょ?
過ぎたことじゃねぇんだよ。
きっと今も心に傷つくってるよ。
仲間同士で69させるなんざぁ、忘れらんねぇよ。
互いに何度もフラッシュバックしてるはずだ。
そん時の風景とか、似た感じとか見ると、きっとその日をリアルに想い出しちまうはずだ。

(引用:与国秀行オフィシャルブログ)

さらに、与国氏は当時の見立の残虐行為を許せない行為としつつ、被害を受けた人間達は、現在でもその過去の記憶に苦しんでいるだろうとも指摘しています。

工藤明男(柴田大輔)が語る見立真一

関東連合の元幹部である、工藤明男氏は、自著のノンフィクション書籍「いびつな絆 関東連合の真実」関東連合の真実についてを赤裸々に記しています。

その中で、工藤氏は見立の事を「極めて知能指数が高く、人心掌握や扇動に抜きん出た才能を発揮していた」と評しています。さらに以下の様な見立に関する様々なエピソードも公開します。

あまりにも自分勝手な理由にムッとした私は、見立君と同じS53年世代の永福町ブラックエンペラーのメンバーに対して「あいつ(見立)が顔写真撮られたりして下手打ってるのに話し合いにも参加しないなんて、どういうことだ?勝負してやるから呼んでこい」と脅しをかけた。

(引用:工藤明男著書「破壊の連鎖~いびつな絆の生まれた時代」より)

同著作では、見立の残虐な行いや卑怯な振る舞いも数多く暴露されています。これらの内容が真実かは不明ですが、見立は工藤氏に激怒し自分の影響力のある不良に工藤やその家族を抹殺しろと指令したという噂です。

ナンパした女や拉致った女、凌辱した上に複数輪姦し、その写真とって脅す
見立が5000万かつ上げた相手は、そいつの目の前で複数人で彼女をレイプして凌辱
見立の婦女暴行(強姦罪)での少年院送致は、メンバー内でも箝口令がしかれていた

(引用:工藤明男著書「破壊の連鎖~いびつな絆の生まれた時代」より)

工藤氏によれば、見立真一は残虐で卑怯な傍若無人な支配者であり、六本木襲撃事件をきっかけにして自分にも圧力をかけてきたために暴露本の出版に踏み切ったという事でした。

もちろん一方からの証言だけではそれが真実だとは断言できませんが、少なくともかなり多数の人間から見立が恨みを買っていた事は想像に難しくはないでしょう。

見立真一の伝説について

続いては、現在でも語られている見立真一の不良伝説、残虐エピソードについても、順番にまとめていきたいと思います。多少尾ひれがついた伝説もあるとはいえ、その残虐性はまさに伝説だと言えます。

永福町ブラックエンペラーを復活させる

見立真一が関東連合で権力を持ち、伝説的存在として語られる最も大きな理由は、一時存在しなくなっていた関東連合の中核暴走族グループ「永福町ブラックエンペラー」を復活させた事にあります。

見立がブラックエンペラーを復活させたのはチーマー全盛期の90年代であったそうです。見立は元のメンバーの先輩達が軒並み逮捕され崩壊していたブラックエンペラーを自分が主導して再結成させます。

爬虫類のような乾いた目つきになる交際相手

こちらは女絡みの伝説です。見立真一と付き合った交際相手の女性はしばらくすると見立と同様に爬虫類の様な情のない冷たい目になると前述の工藤明男氏が著作の中で明らかにしています。

これは、見立と交際した女性達が洗脳されるか影響を受けるかして、徐々に感情を失う様に人格を大きく変化させていった事を想像させます。見立が絶大なカリスマ性を持っていた証拠だと言えそうです。

これまで見立君が付き合ってきた女性を見て、いつも感じてきたことがある。付き合い出して1年ほど経つと、見立君と同じ爬虫類のような情のない乾いた目つきになるのだ。

(引用:工藤明男著書「破壊の連鎖~いびつな絆の生まれた時代」より)

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