杉沢村の伝説と真相!地図から消された村は嘘か真実か!? おもしろ

杉沢村の伝説と真相!地図から消された村は嘘か真実か!?

青森に存在するとされる、大量殺人事件の結果廃村となった村にまつわる「杉沢村伝説」は映画化などもされている現在でも最も有名な都市伝説です。この記事ではその場所や行き方、真実や嘘の考察、杉沢村からの脱出方法などについてまで詳しくまとめています。

目次

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杉沢村伝説とは

杉沢村伝説は2000年頃のインターネット黎明期、爆発的にネット上で広がった最も有名ともいえる都市伝説です。山村で若者が発狂して村人を全て殺害して自らも命を絶つという凄惨な事件がモチーフとなっています。

その村は行政上は隣村に併合される扱いとなり廃村となったとされますが、現在でも廃墟として存在し、悪霊たちの住処となっており、そこに迷い込んでしまうと生きて出ることはできないとも言われています。

現在でも、その事件の真実や嘘、場所はどこか?などもオカルトファンの間で盛んに議論されています。映画やアプリゲーム「杉沢村からの脱出」など、様々なジャンルでテーマとした作品が扱われています。

「地図から消された街」青森県の山中にある村

杉沢村は青森県の山中にあったとされます。前述の凄惨な大量殺人事件が発生し村人は全滅、廃村となって何らかの理由よって行政上からも存在を抹消され、事件についても隠蔽の上、地図からも消されたとされています。

村の存在が抹消された理由については軍事施設を隠蔽する為の嘘だった説、宗教がらみで表に出せなかった説、酷い差別を隠蔽する為だった説など、様々に語られていますが真実は依然として不明のままです。

奇跡体験!アンビリバボーの特番で有名になった

この杉沢村伝説は2000年前後にインターネット上で話題となって、オカルトファンの間に広がり人気の都市伝説となります。様々な情報が書き込まれネットの発展とともに全国のネットユーザーに拡散されていきます。

それを受けて2000年8月24日に放送された特番「奇跡体験! アンビリバボー 2時間恐怖スペシャル」にて杉沢村伝説が取り上げられた事で一般層にも広がりを見せ最も有名な都市伝説の一つとなります。

現在も伝説は語り継がれている

この様に大きな注目を集めながらも、その正体が不明である事から、現在でも多くの人々の好奇心の対象となり、これまでも多くのオカルトウォッチャーやファン達がその場所を探し求めネット上で話題となってきました。

実際に杉沢村と思しき場所に迷い込んでしまったという話も実しやかにネット上の匿名掲示板には散見され、今なお杉沢村伝説は人々の間で語り継がれています。

また、映画やゲーム、漫画や小説、お化け屋敷など様々なエンターテイメントのモチーフとしても人気で、その恐ろしいながらもロマンあふれる恐怖伝説は、現在でも人々の興味を惹きつけてやみません。

杉沢村の特徴と場所

ここからは、さらに詳しく杉沢村について見ていきましょう。まずはその場所についてや、そこに至るまでの道筋、一体どの様な姿をした村なのかなど、現在までわかっている具体的な情報を解説します。

杉沢村への行き方

まず、杉沢村への生き方はあるのか?という点です。残念ながら、現在のところ青森県のどこかにあるとされる以外には杉沢村への行き方についてはほぼ何もわかっていないというのが実情です。

しかし、ネット上には偶然にもそれらしく場所に迷い込んでしまったとの文章が数多く存在します。そういった書き込みから杉沢村への行き方のヒントとなる道筋の特徴がいくつか明らかにされています。

村へ続く道路に看板がある

まず、杉沢村への道は青森県内の山間の道から分かれる、見つけづらい小道であるとされます。そしてその小道を少し入って行くと、そこには小さな警告の看板が立っているそうなのです。

その看板の詳しい内容は不明ですが、入っても良いが自己責任で行く事という内容を示唆する言葉が書かれているとの噂があります。こちらは北九州の犬鳴村の前にあるとされる警告の看板とも酷似しています。

村の入り口には朽ちた鳥居とドクロ石

看板を越えてさらに進んでいくと、やがて朽ちた赤い鳥居が現れるのだそうです。これが村の入り口であり、付近にはドクロ石と呼ばれるドクロに似た形をした不気味な石が鎮座していると言われます。

無人の廃墟と悲惨な血痕がある

そして、鳥居をくぐり、村へと入って行くとそこには無人の廃屋が立ち並ぶ不気味な集落が現れるのだそうです。廃屋の壁には事件の惨劇の痕跡である血痕が飛び散り、不気味な雰囲気が漂っているのだそうです。

村からは異臭がする

そこに迷い込んだと語る人の話によれば、廃屋の中にはゴミ袋が散乱しており、そこからは酷い異臭が漂ってくるとされています。このゴミ袋の中身は一体何なのでしょうか?

数十年放置されているにも関わらず異臭が漂うというのは不可解です。まさか中に当時の村人の遺体が未だ入っているという事はないでしょうが、杉沢村は時空を超えるとの話もあり、そんなイメージも浮かんできます。

青白い顔の霊

さらに、そこに迷い込んだとする人の話では、集落からは謎の視線を多く感じるといった話や後ろに視線を感じて振り向いたら青白い顔の男が立っていて、話しかけると奇声を発して襲いかかってきたとの噂もあります。

この男は一体何者なのでしょうか?噂にある様に杉沢村で惨殺された村人たちの怨霊なのでしょうか?周囲から得体の知れない多くの視線を感じるというのもかなりの恐怖を感じます。

杉沢村の脱出方法はあるのか?

行き方についてははっきりとしない杉沢村ですが、もし偶然にも迷い込んでしまった場合の明確な脱出方法などは存在するのでしょうか?

生きて出られないと言われている

まず、杉沢村に迷い込むと生きて出る事はできないと言われていますが、生きて出てきた人がいないのならば、何故杉沢村の具体性のある情報が存在するのか?という点で矛盾が生じます。

実際、ネット上には杉沢村と思しき場所へ迷い込んで帰ってきたという情報も散見されるため、何らかの理由で迷い込んだものの、生還できた人も存在するのかも知れません。

杉沢村からの脱出方法

それでは、そういった人達はどの様に杉沢村からの脱出をする事が出来たのでしょうか?散見される情報を見てみると、どの話も杉沢村に入り込んでしまってからかなり早い段階で異変を察知して逃げ出しています。

例えば、山奥で廃屋群を発見したある人物は、周囲からたくさんの視線を感じた事に恐怖を覚えて即座に廃屋群を離れています。また、他のある人物は入ってすぐに得体の知れない男性に襲われて逃げています。

こういった例から考えると、杉沢村からの脱出ができたという人物は、杉沢村に本当の意味で入り込む前に逃げ出したために杉沢村からの脱出ができたのではないか?との仮説が立てられそうです。

幻の村だから正確な脱出方法は不明?

杉沢村は時空の狭間に存在しており、何らかの条件が整うと姿を現すとの説が存在します。惨殺された村人達の怨念そのものが時空を彷徨っており、その思念とシンクロしたものだけが迷い込むともされています。

杉沢村が実体のない幻である事が、杉沢村への行き方も杉沢村からの脱出方法も存在しない理由なのかも知れません。要はたまたま行けてしまって、たまたま杉沢村からの脱出が出来たとしか言えないのかも知れません。

杉沢村は嘘?謎や不可解な点について

杉沢村はさも真実の様に語られてきた都市伝説ですが、それにはいくつかの矛盾や不可解な点が多くあり、そもそもが嘘の話であるという説ももちろん存在します。ここでは嘘であるとされる理由を列挙します。

廃村の理由は?

まずは、杉沢村が廃村になり、それが隠蔽された理由についてです。廃村になった理由については村人が全員死んでしまったからで間違いなさそうですが、そもそもそれを隠蔽する理由が不可解です。

もし伝説の通りに殺人事件があったとしてもそれを理由に隠蔽する必要が果たしてあるでしょうか?自治体レベルで周囲への印象を気にした為という考え方もありますが、果たしてそんな事が可能でしょうか?

初期とは言え昭和はすでに近代であり、戦前なら徴兵制が敷かれていた事もあって戸籍なども厳重に管理されていました。戦後の混乱期なら可能性はありそうですが、それにしても村一つ消せるものでしょうか?

村を見た人は誰もいない

また、シンプルな疑問点として、実際に杉沢村を見たと証明できる人は誰も存在しないという事です。例え何らかの廃屋に迷い込んでしまったとしてもそれを杉沢村であると証明する方法がないのです。

この点は全ての異世界系の都市伝説に当てはまりますが、誰もその体験がその場所であると証明できない以上、嘘であると言われても仕方がありません。

しかし、同時に誰もそれが嘘であると証明できない点も都市伝説が語り継がれて行く理由ともなっています。杉沢村に関してもそれが嘘である事もまた、誰にも証明できないのです。

抽象的な表現が多く村の名前も存在しない

また、これも都市伝説にありがちな事ですがあまりにも抽象的で曖昧な表現が多い話であるという事です。青森県の杉沢村という具体的な情報がある事にはありますが、そもそも青森県に杉沢村は存在しません。

青森県に「杉沢」という地区は存在しますが、これは青森県三戸郡南部町あたりの広域を示す地域の名称であり、ある特定の村落を示した名前ではないのです。

以上が、杉沢村が嘘と言われる理由となります。しかし、都市伝説というのはそもそも不可解な点と真実味のある点が混在しているものです。そして、その元となる話などは存在している可能性が高いのです。

杉沢村の事件の真相と言われている事件

杉沢村伝説にもその元になった事件ではないか?とされる事件がいくつも存在しています。いずれも昭和の時代に発生した血なまぐさい事件です。順番に紹介していきたいと思います。

津山事件

1938年(昭和13年)岡山県苫田郡の山間にある、貝尾・坂元の両集落で発生した大量殺人事件です。津山30人殺しとして知られ、昭和の時代で最も有名な大量殺人事件でしょう。

犯人は当時21歳だった村の若者都井睦雄で、5月21日未明、日本刀や猟銃などで武装しわずか2時間ほどで村民28人を殺害、5人に重軽傷を負わせ、その後さらに2人が死亡し、合計30名を殺害しました。

その後、都井睦雄は村のはずれの山の中で猟銃自殺をしています。事件の内容があまりにも杉沢村伝説で語られる事件と酷似しているため、この事件を元に創作されたのでは?との説は根強く存在します。

一家八人殺し

この事件は、太平洋戦争終戦直後の1946年(昭和21年)1月に和歌山県和歌山市で発生した一家惨殺事件です。当時26歳の犯人は、兄夫婦とその子供6人の合計8人を殺害しています。

犯人は、共に母や兄家族と共に実家で暮らしていましたが、兄嫁が姑いじめをし虐待をする家庭環境に嫌気がさし、軍に志願して大陸へと渡りましたが、その間に母は死亡し兄嫁がいじめ殺したと疑います。

帰国後、実家にて生活し始めますが、兄嫁が心臓発作で死亡した母の死に際の様子を真似し、からかった事に我慢できなくなった犯人は犯行に及びました。犯人には死刑判決が出ますが、その後無期に減刑されています。

息子殴打殺人事件

こちらは大量殺人ではありませんが、昭和30年頃に発生した父親による息子殺し事件です。普段から素行が悪いと言われていた21歳の次男が「北海道に出稼ぎに行くから金出せ」と父親に要求します。

父親はそれを拒否しますが、次男はそれに逆上して父親の首を絞めます。父親は抵抗して近くにあった棒を手にとって次男の頭や首を殴打します。しかし、棒だと思ったものは実際は鉄クワでした。

気が付いた時には次男は血だらけとなっており、出血多量で死亡。弟は素行不良で評判が悪かったために父親には情状が酌量され判決は懲役4年と非常に軽いものとなりました。

弟絞殺事件

昭和29年の10月、ヒロポン中毒にて入院していたある農家の三男が、病院から脱走して実家に戻ります。三男は母親に小遣いを要求しますが、次男が間に入って止め三男を追い払ってしまいます。

三男はこれに腹を立てて、短刀を入手して実家に引き返し、次男をいきなり斬りつけようとしました。次男は腹を斬られる傷を負いますが抵抗して三男を取り押さえて首を絞めて殺害してしまいます。

マキ割り滅多打ち殺人事件

続いての事件で殺害されるのもヒロポン中毒者です。ある農家の長男29歳は、家の金で遊びまわり、ヒロポンを常用する札付きの不良でした。昭和31年、事件の前日家から種もみを盗み売り払って金にしようとします。

しかし、母と弟が発見して長男を追い払います。長男は台所に水を飲みに行くふりをして出刃包丁を取りに行き、弟に襲い掛かります。乱闘となり、弟はそばにあった薪割りで兄の頭を滅多打ちにして殺害します。

以上が杉沢村伝説のモデルとなったのでは?と言及された事件となります。中でも津山30人事件は杉沢村で語られる事件と内容が酷似しており、モチーフとなった可能性はたかそうです。

実在するのか?杉沢村の真実とは

果たして、杉沢村は実在するのでしょうか?そしてその真実とは一体どこにあるのでしょうか?数多く映画や漫画、ゲームなどが存在するある意味メジャーな都市伝説ですが、行き方などの具体情報は存在しないのです。

これだけ有名な都市伝説でありながら、抽象的な情報で構成されており、具体的情報がない事からも様々な陰謀説などが存在しています。紹介していきたいと思います。

杉沢村は嘘?捏造された都市伝説

杉沢村はいつの頃からか、どこからともなく語られ、ネットの普及とともに爆発的に広がった都市伝説です。元になった話なども明らかになっておらず、出所は不明です。

些細な嘘話からネット普及と共に発展したと考えるのが自然ですが、実はもっと大きな組織によって意図的に捏造された都市伝説なのではないか?とする説も存在しています。

某軍事施設の極秘システムを隠蔽する目的説

青森県に所在する自衛隊三沢基地。その付近にはアメリカの要請で作られたある軍事施設が存在するという噂が存在します。それは、アメリカの通信傍受システムエシュロンに関係する施設であるそうです。

そして、エシュロンに関わったその施設の事を隠蔽するために政府はその付近に杉沢村の伝説を流布して、国民の目をそらしたとする説です。あまりに荒唐無稽ですが、ロマンは感じます。

テンプル騎士団が作った集落だった説

さらに、ロマンあふれる説として、杉沢村は日本に来ていたテンプル騎士団が作った村であるとの説も存在します。実はイエスキリストのものだとされる墓が青森に存在します。

どうやらそのテンプル騎士の一団は、キリストに関係する何らかの目的でこの地を訪れていたのとされます。拠点として集落を築き、それが杉沢村の原型となったのではないか?とされているのです。

青森県に現在も存在する戸来村(へらい村)はユダヤ人の別称であるヘブライに由来するのでは?との説も存在し、青森にキリストがらみの一団が訪れていた説の根拠ともなっています。

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