【日本最恐の心霊スポット】「慰霊の森」事故と心霊現象の体験談 おもしろ

【日本最恐の心霊スポット】「慰霊の森」事故と心霊現象の体験談

日本に数多く存在する心霊スポットの中で、最も恐ろしく危険だと言われているのが「慰霊の森」です。全日空機雫石衝突事故の犠牲者を弔うための森なのですが、霊の目撃談が絶えることはありません。恐怖の体験談、場所や行き方などをまとめました。

目次

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慰霊の森とは

慰霊の森とは、岩手県岩手郡雫石町の山中にある公園で、全日空機雫石衝突事故で犠牲となった人々の慰霊碑を建てる為に整備された場所です。

その慰霊の森では、数多く心霊現象の目撃談が報告されています。有名な心霊スポットとして知られており、軽々しく足を踏み入れてはならない場所だと言われています。

全日空機雫石衝突事故の現場。

全日空機雫石衝突事故が起きたのは1971年7月。全日空機と自衛隊機が衝突したのです。両機とも墜落し、162名もの犠牲者が出てしまいました。日本の航空機事故史上でも稀にみる大惨事です。

慰霊の森とはこの航空機事故で犠牲になった、162名の霊を慰める為に作られた場所です。あまりにも悲惨な事故だったため、機体や犠牲者が落下した所に、慰霊碑を建て供養することにしたのです。

日本最恐の心霊スポットと言われている

慰霊の森とは鎮魂の場所であるはずなのですが、日本最恐の心霊スポットと呼ばれています。これはこの地を訪れた数多くの人々が心霊体験をしているためです。

事故から50年近く経った今でも、霊の目撃談や恐怖体験が後を絶ちません。「日本、心霊スポット」と検索すると必ずと言っていいほど慰霊の森の名前が出てきます。

樹海やトンネル、廃病院など日本には多数の心霊スポットがあるのですが、その中でも最恐と言われているのが慰霊の森。一体どんな場所なのでしょうか。

数々の心霊話に面白半分に行くのは危険な場所

数多くの霊の目撃談や体験談が有名になっている慰霊の森。このような心霊スポットには若者が肝試しに集まるものですが、雫石の若者達は恐ろしさのあまり近づかないそうです。

慰霊の森とは、慰霊碑の建つ心霊スポットですが社団法人が管理しており、整備された公園です。それにもかかわらず面白半分で行ってはいけない、危険な場所と認識されています。

森に近づくだけで空気が重くなる、森の中を歩いていくと霊の声が聞こえてくる。誰もいないはずなのに、大勢の人が歩く足音が聞こえる。霊に憑りつかれ、帰宅後も酷い目にあったなど心霊話に事欠かないためです。

行ってはいけない心霊スポット慰霊の森の体験談

慰霊の森とは、行ってはいけない心霊スポット。沢山の人影を見る、足音がする、声が聞こえてくるなど多数の体験談があります。ここからは慰霊の森で起きた恐怖の体験談についてご紹介します

慰霊の森の体験談①帰りたい

まずはある夫婦の体験談です。夫婦が車で慰霊の森付近を通っていると、子連れの若い女性が道路に立っていました。止まってくれと手を挙げています。幼子を連れた母親が困っていると思った夫婦は、車を止めました。

女性が「静岡へ行きますか?」と聞くので、行きませんと答えると「静岡の方角を知りたいので、違う方に聞いてみます」と子供の手を引き反対へ歩き出しました。

気の毒な親子が気になり振り返って見ると、もうどこにもその姿はありません。驚いて周囲を確認すると、車の窓に大人と子供の手形が無数についていたそうです。

全日空機雫石衝突事故の後「慰霊の森付近で車やタクシーを停めようとする霊を見た」というドライバーの目撃談が多くありました。

霊に遭遇した車には、血の手形がついていることもあったそうです。突然の事故で命を失った犠牲者達は、自分が死んだことにも気づかず、必死で自宅に帰ろうとしていたようです。

慰霊の森の体験談②「帰れ、来るな」

次に若い女性の体験談です。友人たち数人と肝試しに行くことになり、2台の車に分乗して慰霊の森へと向かいました。道中は好きな音楽と、友人たちとのおしゃべりを楽しみ、いい気分だったそうです。

しかし慰霊の森に近づくにつれ、何とも言えない重苦しい空気に包まれていきます。嫌な感じがするな、と思っていると突然車のエンジンが停止しました。

エンジンを再度かけるも全くかかりません。山中で真っ暗闇の中、パニック状態になっていると、別の車の友人が気づき助けにきました。すると突然カーステレオから「帰れ、来るな」と男の低い声がしたのです。

エンジンが停止しているので、カーステレオの電源も入らない状況で聞こえたのです。後に聞くと、同時に前の車のカーステレオからも同じ声がしたそうです。

恐怖のあまり、引き返すことを決めた女性たち。その途端、車のエンジンがかかり、無事に帰宅することができました。

慰霊の森の体験談③肝試しキャンプ

続いては若者グループの体験談です。ある若者が「心霊スポットらしいから肝試ししよう」と、慰霊の森で友人数人とキャンプをすることにしました。

お昼ごろ、若者グループは森に到着。早速テントを張る作業を始めると、友人ではない見知らぬ人が混ざっています。「あれ一人多い?」全員が気づいたにもかかわらず、誰一人として疑問を口にしませんでした。

若者グループは、その人物から言い知れぬ恐怖を感じたそうです。気づかないふりをして、テントを組み立てます。完成したテントに入ると「熱い、痛い」と聞こえてきたそうです。全員慌てて逃げ出しました。

慰霊の森の体験談④友人4人と肝試し

最後は友人4人で肝試しに向かった男性の体験談です。ある日の夜中、肝試しをしようと慰霊の森へ車を走らせていました。後方からタクシーがパッシングしながら追いかけてきたので、なんだろうと車を停めました。

タクシードライバーは「車の上に女の子を乗せるなんて危ないからやめろ」というのです。友人は全員男で、女の子はいないと説明すると、タクシードライバーは車の上に誰もいないのを確認して帰っていきました。

不思議に思いながらも山を上がっていくと、車の窓を叩く音がしはじめます。「ドン、ドン。」驚いた男性が外を確認しようとすると、運転していた友人が「見るな、帰ろう」というので目を閉じて下山しました。

山を下りてコンビニにつくと、運転手の友人が「さっきたくさんの人が車の窓を叩いて乗ろうとしていた」というのです。それを裏付けるかのように、車の窓にはたくさんの手形がついていました。

さらに怖かったのは、最初に会ったタクシードライバーの会社は随分前に潰れていたのです。ではあのドライバーは何だったのか。怖くなった男性は後日、神社でお祓いを受けることにしました。

神社の神主さんから友人達も連れてくるように言われたのですが、あの時一緒だった友人2人は行方不明になり音信不通に。もう1人は自殺してしまったそうです。

霊感がない人でも身の危険を感じる鶴井戸とは

ネットでは慰霊の森近くに、さらに恐ろしい心霊スポットがあると噂になっていました。鶴井戸と呼ばれる井戸で、慰霊の森から車で10分ほど走った場所にあるというのです。

まったく霊感のない人でも、危険な気配を感じ取れるほど危険な場所だと言われていました。しかし実際にはそのような井戸はなく、地元の人も全く知らないそうです。

慰霊の森の体験談などと混同してしまい、噂だけが一人歩きしてしまったようです。

全日空機雫石衝突事故とは

全日空機雫石衝突事故とは、1971年7月30日に起きた航空機同士の衝突事故です。岩手県雫石町の上空で、千歳発羽田行きの全日空旅客機と、訓練中の自衛隊戦闘機が衝突したのです。

航空機同士がぶつかった衝撃はすさまじく、両機とも操縦不能となり墜落しました。自衛隊戦闘機はきりもみ状態になりながら、水田に落下し大破。パイロットはパラシュートで脱出に成功し、軽傷で済みます。

全日空旅客機は機能損傷し音速を超える速さで落下。上空5000メートル付近で空中分解します。機体はバラバラになり、残骸となって雫石町に降り注ぎました。乗員乗客もその残骸と共に地上に叩きつけられたのです。

全日空旅客機の乗員乗客、搭乗していた162名全員が死亡しました。上空5000メートルから地面に叩きつけられた遺体は損傷が激しく、凄惨な有様でした。

町内にバラバラに散らばった体を回収し、繋ぎ合わせる作業をしたとも言われています。事故が起きたのは金曜日の午後2時、良く晴れた日でした。

そのため沢山の人々が墜落する様子を目撃していました。「黒い胡麻粒みたいなものが空から降ってきた」と表現した目撃者もいます。

全日空機雫石衝突事故が慰霊の森に墜落するまでの経緯

航空事故史上に残る全日空機雫石衝突事故は、どのようにして起きたのでしょうか。衝突事故が起きるまでの経緯を見て行きましょう。

出発が遅れた全日空旅客機

1971年7月30日、千歳発羽田行きの全日空旅客機(58便・ボーイング727)は、午後12時45分出発予定でした。しかし折り返しとなる57便が遅れたため、45分遅れの午後1時25分に滑走に入ります。

この日、全日空旅客機に乗っていた乗務員は、機長、副操縦士、航空機関士、客室乗務員4名の7名。乗客は155名で合計162名が搭乗していました。

自衛隊戦闘機は2機で飛行訓練

同日午後1時30分頃、自衛隊戦闘機は飛行訓練のため航空自衛隊松島基地から離陸しました。指導する教官機と訓練機の航空機2機で、それぞれ31歳と22歳の隊員が操縦。訓練場所は盛岡上空を予定していました。

雫石町の上空8500メートルで衝突

午後2時、全日空旅客機は雫石町の上空8500メートルを自動操縦で順調に飛行していました。一方の戦闘機は、同空域の7800メートル付近で左右へ旋回する訓練中。

戦闘機は教官機が旋回の見本を示した後、追従する訓練機が同じ動きをするという練習方法を取っていました。教官機が旋回中に、全日空旅客機が背後に迫っていることに気づきました。

教官機は訓練機に異常事態を知らせ回避を指示しますが、時既に遅し。全日空旅客機と訓練機は午後2時2分39秒に衝突しました。訓練機は回避を試みたものの、指示から衝突まで2秒間しかありませんでした。

全日空旅客機が機体上部にある水平尾翼を、訓練機の右主翼にぶつけるように衝突しました。全日空旅客機は水平安定板と昇降舵を損傷したため、地上へ向かってまっさかさまに墜落していきました。

その落下速度が音速を超えたため「ソニックブーム」という衝撃波音発生。20㎞離れた盛岡市まで響き渡ったそうです。訓練機もコントロール不能となり水田へ墜落しました。

全日空機雫石衝突事故の衝撃映像

全日空機雫石衝突事故の衝撃映像が残されています。ここからは一部ですがご紹介していきます。事故現場の画像の為、閲覧にはご注意ください。

機体がバラバラになっている様子がおわかり頂けるでしょうか。「全日空」という機体に書かれた文字が確認できます。

「胡麻粒のようなものが降っていた」当時の目撃談

全日空機雫石衝突事故は日中、晴れて見通しのいい天気だったため多数の目撃者がいました。雫石町にいたある人物の目撃談をご紹介します。

当日午後2時すぎ、家にいたところ、突然の爆音に驚かされました。何事かと思っていると、ニュース速報で航空機の衝突事故が起きたと知ります。

現場はここからそう遠くない距離。慌てて外へ飛び出し、空を見上げると「胡麻粒のようなものが降っていた」のです。その黒い粒は人間、落下中の犠牲者たちでした。

雫石町内に降ってきたのは主に細かい残骸でした。重さのある人間や、形が残っている部品などは「慰霊の森」がある山付近に墜落しました。

地上へ叩きつけられた犠牲者は、地面から数メートルめりこんで埋まっていたり、体がバラバラになっていたそうです。

犠牲者

全日空機雫石衝突事故での犠牲者は、全日空機の乗員7名と乗客155名合わせて162名でした。

機長は自衛隊出身の41歳、副操縦士は27歳、航空機関士は30歳のアメリカ人、20代の客室乗務員4名です。

乗客は団体旅行客122名とその添乗員3名、一般客30名。団体は吉原遺族会のメンバーで、戦没者遺族の為に活動していました。静岡から北海道へ旅行中に犠牲となってしまいました。

事故の原因

全日空機雫石衝突事故後、戦闘機の教官と訓練生は航空法違反と業務上過失致死で逮捕、起訴されました。その裁判の中で事故の原因が判明します。

事故の原因は、自衛隊幹部によるずさんな訓練管理でした。教官と訓練生が所属する松島派遣隊では、飛行訓練空域を5ヵ所設定し、訓練する際には内1カ所を使用する決まりでした。

しかし事故当日、ミスで2つの訓練が同時に入っていたため、臨時で事故現場の盛岡の空域を設定したのです。訓練は数人の上官を経て下される命令です。教官と訓練生は疑わず従う他ないのです。

緊急に用意された訓練空域だったため、民間航空機の航路上に誤って侵入、衝突事故を起こしてしまったのでした。

全日空機雫石衝突事故のその後

全日空機雫石衝突事故の後、犠牲者や機体が墜落した現場に「慰霊の森」が作られました。犠牲になった人々の魂を鎮めるために慰霊碑も建てられています。

不謹慎ではあるが普通の土地でない

慰霊の森は、事故現場の跡地に作られました。現在は綺麗に整備されていますが、事故直後は機体と犠牲者の遺体が散乱する、この世のものとは思えないほど凄惨な場所だったそうです。

たくさんの人が異常な死をとげた場所であり、不謹慎ではありますが普通の土地ではないでしょう。そのため霊の目撃談や体験談が絶えないのかもしれません。

老若男女問わず知られている心霊スポットに

慰霊の森とは、事故から50年近くたった現在でも、霊の目撃談が絶えない場所。長い年月を経て、老若男女問わず知られている心霊スポットとなっています。

2003年まで33回慰霊祭が行われた

全日空雫石衝突事故後、33回忌である2003年まで慰霊の森で慰霊祭が行われました。それ以降は遺族が創設した「一般財団慰霊の森」と全日空が慰霊の森を管理、整備しています。

慰霊の森への行き方

慰霊の森への行き方をご紹介します。岩手県岩手郡雫石町にある御所湖の前の道路を走っていくと、「慰霊の森入り口」の案内板があります。そこから山道に入りましょう。

山道の道路は狭いのですが、しばらく行くと登山口があります。そこから慰霊の森まで、15分ほど歩くと行くことができます。階段が整備されていますが、杖なども用意されており、行き方は難しくありません。

夕方以降行くのは危険

慰霊の森は整備された公園ですが、夕方以降に行くのは危険だとされています。様々な霊の体験談や目撃談があるので、軽い気持ちで夜に訪れるのはおすすめできません。

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