ウクライナ21の犯人のその後!裁判の判決は?無罪主張?生い立ちも! おもしろ

ウクライナ21の犯人のその後!裁判の判決は?無罪主張?生い立ちも!

世間に衝撃を与えた「ウクライナ21」という残虐な事件をご存知でしょうか。人々を惨殺し、その様子をビデオに収めるというかなりショッキングな事件です。今回はサイコパスな犯人の生い立ちや裁判での判決、海外の反応、犯行の動機についてまとめました。

目次

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ウクライナ21とは

ウクライナ21とは少年3人が無差別に人々を襲い、惨殺する様子をビデオで撮影していたことで世界中に衝撃を与えた事件です。1か月の間に21人を殺害したことや、犯人が19歳であったことが話題となりました。

被害者の人数が21人だったことから「ウクライナ21」、または地域の名前を取って「ドニプロペトロウシクの狂人たち」とも呼ばれています。

今回は、その残虐な事件を引き起こした犯人の生い立ちなどを、海外の反応も交えてご紹介していきます。

ウクライナ21事件の残虐な犯行について

らの犯行はとても残忍なものでした。また、犯行の様子をビデオに収めており、それがネットに流出したことも事件が有名になるきっかけとなりました。

被害者の中には手足を切断されていたり、目玉をくり抜かれていたりした人もいるそうで、更にある妊婦はお腹を裂かれて子宮から胎児が取り出されていたといいます。

上記の文章を読んだだけでもショッキングですが、驚くことにウクライナ21の犯行に特に動機はなく、ただの快楽目的であったといいます。その犯人達の異常性に海外の反応も凄まじかったようです。

ウクライナ21の犯人の生い立ちや犯行のきっかけについて

当時容疑者がまだティーンエイジャー(10代)だったことが世界に衝撃を与えましたが、彼らは皆、生い立ちが悪かった訳でもなく比較的裕福な家庭で育ったことも話題となりました。

こちらでは3人の生い立ちや犯行に至るまでの経緯について、ご説明していきます。

犯人は19歳の3人の少年

犯人は皆19歳であり、同じ学校に通うイゴール・シュプルンヤク、ヴィクトル・サエンコ、アレクサンドル・ハンザの3人でした。

彼らは殺人を犯す前から動物を虐殺していて、動物の死体と一緒に微笑みながら写真を撮るなどの異常な行動もしています。人を殺す前に動物を虐殺していたというのは連続殺人犯にはよくあるようです。

犯人の生い立ち

ではその異常な3人にはどういった生い立ちがあるのか?サエンコとハンザは幼いころから友人であり、シュプルンヤクが引っ越してきたことで3人の付き合いが始まったとされています。

彼らは3人とも比較的裕福な家庭で育ったとされ、シュプルンヤクとサエンコの父親は弁護士、ハンザの父は検察官だったようです。特にシュプルンヤクは両親と仲が良かったといいます。

主犯格はシュプルンヤク

主犯格はシュプルンヤクとされていて、他の2人はもともと成績の良い生徒でした。ですが彼と友人になってからサエンコとハンザの成績は落ち始め、たびたび問題を起こすようになってしまったようです。

彼は引っ込み思案な性格で内向的な面があったようですが、他の生徒に喧嘩を仕掛けるという凶暴な一面もありました。

動物虐待で恐怖症を克服?!

問題児として扱われる一方で、ハンザは血液恐怖症であり、シュプルンヤクとサエンコは常にいじめっこの存在に怯えているという「弱点」がありました。

そこでシュプルンヤクは、動物を虐待することでその弱点を克服しよう、と提案します。実際に彼らは中学生の頃、家の近くの雑木林で犬や猫を虐殺して、更には記念写真まで撮っています。

17歳でシュプルンヤクとサエンコが逮捕

17歳の頃シュプルンヤクは、地元の少年に暴力行為をしてバイクを盗み、それをサエンコに売りつけました。2人はすぐに逮捕されましたが、未成年だったため刑務所には入らずに終わりました。

ウクライナ21の裁判の経緯と判決・明らかになった犯行の動機

2007年に3人の裁判が開かれましたが、この裁判は、最初あっさりと罪を認めていたシュプルンヤクがあとになって突然自白を取り下げるなど大きく揺れ動き、約2年の長期戦になりました。

犯人の起訴内容と罪状

裁判でそれぞれが起訴された内容は以下の通りです。

  • シュプルンヤクは第一級殺人、武装強盗、動物虐待
  • サエンコは殺人、武装強盗、動物虐待
  • ハンザは殺人未遂、武装強盗

シュプルンヤクとサエンコの弁護は「別に犯人がいる」と無実を主張

シュプルンヤクとサエンコの弁護士は「警察の違法捜査があり、実際は彼らは殺人を行っていない」などと言い、真犯人が別にいるという主張を貫きました。

殺害時の映像に関して問われると、写っている人物は別人だと苦し紛れに否定をしていたようです。

サエンコの弁護士は父親?シュプルンヤクを悪役に引き立てる

サエンコは、裁判の担当が新米弁護士だと分かると自分の父親に弁護をしてくれるように頼みました。そしてなんと父親はこの弁護を引き受けています。

弁護士である父親はサエンコの殺害の関与が確実なものだと分かると、真犯人説を諦めて、シュプルンヤクに恐怖によって支配(洗脳)されていたからだと主張しました。

ハンザの弁護は「素直に反省の態度を見せ、情状酌量」

ハンザの弁護士は、彼が血液恐怖症で直接人を殺したことはないということを重点として、裁判では素直に罪を認めて情状酌量の余地があることを主張しました。

犯人の判決は?死刑にならなかった3人

2009年2月11日に最終的な判決が下りました。シュプルンヤクとサエンコは終身刑、ハンザは殺人には直接関与していなかったため、殺人未遂や強盗の罪で懲役9年が言い渡されました。

約2年という長きにわたる裁判は、ようやく終わりを迎えました。

犯人の動機は?どうしてサイコキラーになってしまったのか

金銭目的ではなく、更に性的暴行の形跡も見られないということで、快楽目的での殺人とされています。彼らは心を歪め、異常性を持ったサイコパスだったといいます。

彼らの生い立ちは特に悪い環境ではないということが分かりますが、その甘やかされた何不自由ない生活が彼らの心を歪めていった原因だとする見方もありますが、真相は闇の中です。

ドニプロペトロウシク市民の反応は?「それでも死刑にすべき」

当時の世論調査ではドニプロペトロウシク市民の50.3%が量刑が公正である、48.6%は量刑がより重いはずであっただろうと回答した。(引用:Wikipedia)

ウクライナでは2000年に死刑制度が廃止されていましたが、それでも死刑にすべきだと訴える人が約半分もいました。それほどの残虐非道な行為であったということです。

ウクライナ21事件の海外の反応は?

では、この凄惨な事件に対して、各国の人々の見方や海外の反応はどういったものだったのでしょうか?こちらでは事件に対する海外の反応についてご説明します。

本当に検索してはいけない言葉は英語。よりショッキングな映像

本当に検索してはいけない言葉は「ウクライナ21」ではなく、英語表記の「Dnepropetrovsk maniacs」と「3guys 1hummer」だと言われています。

それぞれ「ドニプロペトロウシクの狂人達」「3人の少年と1つのハンマー」という意味で、日本語で「ウクライナ21」と検索するよりも、更にショッキングな画像などが見れてしまうそうです。

海外の反応は

この異様な事件に海外の反応も大きく、文章や動画を見てしまった世界中の人々から「腹が立つ」「恥を知れ!」「ウクライナのイメージが悪くなってしまった」というコメントが投稿されています。

ウクライナ21事件詳細

事件の全ての殺人は、2007年6月から7月の間に行われました。無差別での殺人ですが、被害者の多くは子供や女性、ホームレスなどの身体的弱者・社会的弱者が多かったようです。

鈍器や鉄パイプでの撲殺が多く、まだ生きている状態で拷問のようなことをされた被害者もいます。こちらでは、その事件の詳細について順番にご説明していきます。

最初の犯行2007年6月26日・被害者1人

最初の被害者は、キャティア・イリチェンコという30代の女性でした。彼女は友達とお茶をしたあと1人で帰宅中に突然襲われ、頭をハンマーで執拗に殴られ殺害されました。

翌日26日の午前5時頃、娘が帰ってこないことを不審に思い、あたりを捜索していた母親が変わり果てた姿で殺害されたイリチェンコを発見しました。

1度目の犯行後すぐに2度目の事件・被害者1人

その事件のすぐあと、2人目の被害者であるロマン・タタレヴィチという男性が、イリチェンコが殺害された住宅街のすぐ近くで惨殺死体となって発見されました。

彼はベンチで寝ていたところを襲われたようで、その顔面は原型をとどめないほどグチャグチャに損壊していたといいます。

2007年7月1日・被害者2人

その約1週間後、ユージン・グリシェンコとニコラス・サーチェクの2人の遺体が路上で発見されました。

このとき被害者の携帯電話は盗まれていたのに、身につけていた高価なイヤリングは盗まれていないことから、金銭目的の犯行ではないとの見方がされていました。

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