金村剛弘の死の真相は?関東連合や木村兄弟との関係、遺体写真とは? エンタメ

金村剛弘の死の真相は?関東連合や木村兄弟との関係、遺体写真とは?

正体不明の集団の襲撃を受け絶命した関東連最強の男・金村剛弘。悲惨な遺体を見て、関東連は復讐を誓ったとされます。金村剛弘の事件は謎が多く、木村兄弟の暗躍など様々な噂が存在します。この事件や交流の合った芸能人関係者・恋人、身長が低かった説などを詳しくまとめます。

目次

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金村剛弘(本名:金剛弘 キム ガンホン)とは?

金村剛弘はその強靭な肉体でタイマン最強とも言われた有名な不良で、関東地方の暴走族の集合体、関東連合の後見役のような立場を務めるなど、東京周辺の不良達に対して大きな影響力を持った存在でした。

金村剛弘の生い立ち

金村剛弘は在日韓国人で、本名を金剛弘(キム ガンホン)と言います。西新宿出身で1975年12月20日生まれで、地元の小学校、中学校へと通った後、東京朝鮮高級学校へと進学しますが中退しています。

父親は韓国からキムチやチャンジャなどの韓国食品の輸入会社「一力物産」を営みかなり儲かっていたようです。金村剛弘も朝鮮高級学校中退後は、父親の仕事を手伝って生活していたようです。

少年時代から喧嘩では負け知らず、地元界隈で有名な不良、伝説的なチーマーとなります。暴走族を経て山口組弘道会とも関係、暴走族の集合体関東連合との関わりも深く、後見的立場にいました。

不良チーム「新宿ジャックス」を結成

そんな、金村剛弘は同級生で親友、現在はファッションモデルやデザイナーとして活躍する岡沢高宏とチーム「新宿ジャックス」を結成しています。当初は単なる不良グループでしたが、次第に巨大化していきます。

後述しますが、有名な不良木村兄弟の弟、木村孔次郎が顔役となってからは、暴走族、イベサーなどのネットワークを駆使して振り込め詐欺や闇金などを手がける犯罪集団へと変化していきます。

この頃にはすでに新宿ジャックスOBとなっていた金村剛弘は木村兄弟とは対立関係となっています。この事が金村剛弘の運命にも関わってくるのですが、それも後で詳しくまとめます。

身長は?鍛え抜かれた身体

金村剛弘はその鍛え抜かれた強靭な肉体でも有名でした。親友岡沢高宏が、トレーニングジムでの金村の鍛え上げられたボーディビルダーのような姿の画像をブログにアップしています。

この鍛え上げられた肉体から身長も180cm以上あるかの様な印象ですが、意外にも身長は極めて低かったと言われています。一説には140cm台との説もある様です。

ただ、これだけ鍛え上げられた肉体であれば身長が低かろうとずば抜けた強さであったのは間違い無いでしょう。

低身長でありながら、常人にはとても不可能なほどに肉体を鍛え上げ、喧嘩でも最強であった事が金村剛弘を伝説化させた一つの要因かも知れません。

性格や人柄について

意外なほどに低身長であったとされる金村剛弘でしたが、情に厚く後輩に慕われるタイプであったとされます。また、交友関係は極めて広く暴力団関係者や芸能人など含め多くの知り合いがいたと言われています。

「グラップラー刃牙」など少年漫画が大好きだったらしく、まさに漫画のキャラさながらの肉体まで鍛え上げ、漫画キャラの様なセリフを口に出す様な熱い性格でもあった様です。

一方で、関東連合関係者、反関東連合グループ関係者とも友好関係を築こうとし、どっちつかずの態度をとっており、その日和見な性格が後の事件に繋がったとの指摘もあります。

金村剛弘は集団リンチ殺害事件により死去!その後は?

低身長ながら鍛え上げられた肉体で喧嘩無敗と言われ、関東連合の後見を務めるなど影響力を持っていた金村剛弘でしたが、その最期は凄惨なものでした。

2008年3月、金村は金属バットで武装した4、5人の男達から暴行を受けて殺害されてしまいます。頭部を執拗に殴られその遺体は悲惨なものだったと言われます。

関東連合に復讐を誓わせたと言われるほどの凄惨な遺体になるほどの壮絶な事件の経緯と、その後の展開について順番にまとめていきます。

事件の数日前、木村兄弟に詰められる

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事件に関係しているかはよくわかりませんが、時系列的に一番初めにあったのは、木村兄弟とのいざこざです。事件のどのくらい前のことかはわかっていません。

金村剛弘は地元のコンビニ前で、ジャックスの後輩の木村兄弟ら数名に待ち伏せされ詰められたことがあったと言われています。

「関東連の奴らとつるんでるってことは、自分らが関東連ともめたら先輩も自分たちと揉めるんですか?」というやりとりがあり、金村は「俺はそんなことない」と言ったそうです。

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この騒ぎを知った関東連合は、力があるにも関わらずその場で木村兄弟をやらなかった金村に怒り「ビビりやがって」という反応で、しばらく関東連合で干されていたと言われています。

事件の前々日料理屋でトラブル

事の発端となったのは2008年3月14日、金村剛裕リンチ事件の前々日に、港区広尾のちゃんこ鍋屋で発生したちょっとしたトラブルであったとされています。

その日金村剛弘は関東連合のメンバーと同店で食事をしていました。そこに偶然居合わせたのが、反関東連合のチーム打越スペクターに所属する西村聡造という男を含む暴力団組員達のグループでした。

些細な事で言い合いになった互いのグループは店外にていがみ合いとなります。この時金村剛裕が西村聡造を一撃で殴り倒し、暴力団組員達のグループを圧倒、その場から退散させています。

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この金村の一撃は、先日の木村兄弟の件で失っていた信用を取り戻したとも言われています。この騒動では、相手の暴力団員の中に木村兄弟の参謀格・武田修がいたという説もあります。

相手の暴力団員は秋吉連合会の一蓮会の組員とも言われていて、金村が関係が深かった山口組の弘道会とは関係が良くなかったそうです。

石元太一が吉野家で木村孔次郎に遭遇

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その後、関東連合に所属していた暴走族のリーダー・石元太一が吉野家で木村孔次朗に遭遇します。ここで石元太一は木村孔次郎に金村に電話するよう頼んだとされています。

この時、瓜田純士の著書「遺書」によると、木村孔次朗は石元の携帯を奪い、金村に「孔次朗ぉ。やるからね、関東連」と言ったと言われています。

一方で石元太一の著書「反証」によると、木村孔次朗に金村と連絡がつかないので電話をかけて代わってほしいと頼まれたとのことでした。この時石元の携帯は木村孔次朗に盗まれたそうです。

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石元太一がのちに金村に何を話したのか確認したところ、「電波が悪いんで切れそうです!」と言われ、電話は切られたためわからなかったそうです。

西新宿五丁目で命乞いを繰り返すも撲殺

その翌日の3月15日、金村剛弘は関東連合のトップであった見立真一の誕生パーティに参加しています。西麻布のカラオケ店のVIPルームにて、前日のちゃんこ鍋店での武勇伝で盛り上がったそうです。

日付が変わって翌16日の午前4時頃に誕生パーティは解散、その帰り実家近く西新宿の路上に車を停めて降車した所を金村剛弘は目出し帽をかぶって金属バットで武装した男4、5名程の集団の襲撃を受けます。

金村は土下座をしてまで「ごめんなさい」「勘弁してください」など命乞いを繰り返しますが、男達は意識を失うまで執拗に頭部を殴打しています。その5日後金村は脳挫傷により病院で息を引き取っています。

悲惨な遺体の状態に葬儀で復讐を誓う関東連合

金属バットでの執拗な暴行を受けた金村剛弘の遺体はとても痛ましいものであったとされています。人体で最も硬いと言われる頭蓋骨は陥没、頭部は血が溜まりブヨブヨだったそうです。

この悲惨な遺体を見た関東連合の面々は、これを行った勢力への復讐を誓ったとされます。

金村の遺体を前に関東連合のリーダー見立真一は「必ず復讐するから」と呟いたそうです。この言葉は金村をこんな悲惨な遺体にした奴らを叩き潰せという暗黙の指令となりました。

また、葬儀の場で金村の遺体を前にして見立は涙すら見せていたと言われています。どっちつかずな態度を取っていたなどと言われますが、この事からは見立は金村を大切な人間と思っていた事が伺えます。

金村剛弘と木村兄弟の関係

金村剛弘集団リンチ殺人を裏で糸を引いていたのでは?とされているのが東京の伝説的な不良、木村兄弟です。特に弟の木村孔次郎がこのリンチ事件に関わっているとされています。

地元の不良として木村孔次郎にとって金村剛弘は先輩にあたります。しかし、腕力、知略、勇気の全てに優れた木村孔次郎の力は次第に大きくなり、金村剛弘も恐れさせるようになります。

また、木村兄弟はこの時期関東連合との対立を深めていました。こういった背景が、金村剛弘集団リンチ殺人へと発展したのではないか?との見方が一部あるのです。順番に見ていきたいと思います。

木村兄弟とは?

木村兄弟とは、関東連合をも恐れさせ、そのカリスマ性と知略、喧嘩の強さで最終的に、関東連合を事実上の壊滅状態に追い込んだとされる伝説的アウトローです。

撲殺事件に絡んでいた?木村孔次郎とは

金村剛弘が少年時代、新宿ジャックスという不良グループを結成した事は既に述べました。その五代目メンバーとして顔役となったのが伝説的不良木村兄弟の弟・木村孔次郎でした。

身長は180cmを超え、喧嘩はずば抜けて強く、知略、カリスマ性にも優れた天才的な不良でした。孔次郎ら木村兄弟は関東連合に決して従おうとせず、独自に行動していました。

それでは面子が立たない関東連合側は木村兄弟を執拗に攻撃しますが、木村兄弟が反撃、その流れの中で関東連合の後見であった金村が襲撃され、その筋を描いたのが木村孔次郎であるとの説があるのです。

現在は万引きで捕まっている木村泰一郎

木村兄弟の兄、木村泰一郎も東京ではカリスマ的な不良で喧嘩の強さとその豪胆な性格で反関東連合の不良達をまとめ、長年にわたって関東連合との抗争を繰り広げています。

そんなカリスマ的不良木村泰一郎でしたが、現在万引きで捕まったとの情報が、関東連合に所属するチームの1つのリーダー石元太一氏のブログで書かれました。

真相は不明ですが、これはどうやら、本当は他の件でマークしていた警察が別件にて逮捕に踏み切ったというのが信憑性が高いようです。この時泰一郎はかなり憔悴していたとの噂ですが、何があったのでしょうか?

4年後の六本木襲撃事件は関東連合の復讐か?

金村剛弘の悲惨な遺体を見た関東連合幹部達が復讐を誓ったのは既に述べました。襲撃リンチ事件の4年後、2012年に起きた六本木襲撃事件はこの報復のためだったのではないか?との説があります。

そして、さらにはこの事件の裏には関東連合をはめるための木村孔次郎の策略があったのでは?との説すら存在するのです。この件についても順番にまとめていきます。

六本木襲撃事件について

六本木襲撃事件とは、2012年9月2日六本木のクラブ「フラワー」で発生した集団暴行殺人事件です。被害者は藤本亮介という一般の30代の男性で金属バットで殴られ死亡しています。

この件は人違いで間違って殺害されたとされ、衝撃と共にメディアで報じられています。この事件に関与したとして関東連合の関係者が複数に逮捕され、リーダー見立真一は行方をくらまし、現在も指名手配されています。

藤本亮介とは

被害にあった藤本亮介は、飲食店を経営する一般の男性であるとされます。結婚間近であったとされ理不尽に間違って殺された被害者であると言われています。しかしその裏には色々な背景がある様なのです。

木村孔次郎の身代わりだったのか?

実はこの藤村亮介は木村孔次郎の知人であるとされています。そして、木村孔次郎は自分と容姿が似ていた藤村亮介に自分と同じ様な坊主頭にしろと指示し、自分の服を着させて事件現場のクラブへと行かせているのです。

これは、関東連合へ嘘の情報を流し、自分の影武者を仕立て上げて襲撃させ、さらにその件を警察にリークする事で関東連合を壊滅させようという木村孔次郎の策略であったとの噂が飛んでいるのです。

その後関東連合は崩壊へ

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結果的に、六本木襲撃事件ののち、関東連合は事実上の崩壊状態となっています。リーダー見立真一は現在も行方不明であり、海外に逃亡中であるとされ指名手配されています。

石元太一を含む主要なメンバー複数人も逮捕されており、関東連合のネットワークは崩壊状態にあるとされています。もしこれが木村孔次郎の描いた絵だとすれば、全くもって恐ろしい人物であると言えます。

金村剛弘の死の真相?真犯人は西村と斉藤?

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一方、金村剛弘を襲ったのは、西村聡造と斉藤邦美ではないかという情報もあるようです。西村聡造は、事件の二日前にちゃんこ鍋屋で金村の一撃を食らった人物です。

斉藤邦美は振り込み詐欺グループの仲間割れで埼玉県の墓地に男性の遺体を遺棄したとして逮捕された人物です。西村は斉藤の先輩で、斉藤は打越スペクターの出身です。

金村を殺す指示をしたのが西村であり、その実行犯部隊の中心となったのが斉藤ではないかと言われているのです。

西村聡造とは?

西村聡造は斉藤邦美の先輩だったと言われていますが、木村兄弟や秋良連合会一蓮会の武田修とも仲が良かったと言われています。

西村聡造は2016年2月に乱闘事件を起こし逮捕されており、また同年6月に八王子市のラーメン屋からみかじめ料を脅し取っていた容疑で逮捕されています。

しかし警察は西新宿事件については吐かせることができなかったそうです。

斉藤邦美とは?

斉藤邦美は、2011年6月に八王子市内のファミレスの駐車場で山口組系組員を金属バットなどで集団暴行する事件を起こしています。

2015年1月には、埼玉県の墓地に男性の遺体を遺棄した容疑で逮捕されています。

金村剛弘の死は商売上のトラブルが原因だった?

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一方で、金村剛弘は普通の人はできないようなビジネスをやっていたという説もあり、警視庁はある程度容疑者を絞り込んでいるという説もあったようです。

噂によると、商売上のトラブルが原因で襲われたのではないか?と見られていたとも言われています。

事件後の芸能人関係者の動きは?

金村剛弘には有名芸能人にも親密な関わりを持つ人間が複数いました。金村のリンチ事件を受けて、彼に関係のあった芸能人の間でも動きが出ています。

まず金村剛弘を地元の先輩として慕っていたという俳優の高岡蒼甫は危険を感じたのか事件後、しばらく行方をくらませています。そして、当時高岡蒼甫の妻だった女優宮崎あおいにはボディガードがつけられていたそうです。

さらに、金村剛弘の親友とされる岡沢高宏も、当時の妻女優の広末涼子と事件直前に離婚をしています。これは、岡沢高宏にも攻撃が及ぶことを恐れて距離を置きたかったのが理由だと噂されています。

有名アウトローたちの言葉

事件を受けて注目を集め、メディアやネットで様々に噂される金村剛弘の人物像について、実際に間近で見てきたアウトロー達がそれぞれに言葉を残しています。

まずは、金村と敵対したという木村兄弟とも親密な関係にあるとされるアウトローのカリスマ瓜田純士は自身のブログにて、金村剛弘について以下のコメントを残しています。

使い道ない筋肉と、
直ぐに詫びる癖で名を馳せた先輩。
貴方の義兄弟の武田の兄を半殺しにした日に、
『もうやめようよ』
チキンが身体だけデカくなるなよ。
ご冥福を祈ります

みんなよ
金村君の死を、理由や、引き合いに
出し過ぎじゃないか?
繊細な弱気な屈強な身体の先輩の死を
面白がってねぇか?
見つめ直せ。
弱いから身体を鍛え上げる
恐いから人間を操る

こいつが見本になってくれたじゃねぇか。

(引用:瓜田純士オフィシャルブログ)

さらに、関東連合に所属していた暴走族グループのリーダー石元太一も自身のブログにて金村剛弘についての質問を受けて回答しています。

金村剛弘さんは本当に強かった?

金村君は体つきが異常でしたからね。格闘技にも精通してましたし、あれで弱いはないですよね(笑)

(引用:石元太一オフィシャルブログ)

反関東連合の立場に近い瓜田純士のコメントには少し批判するニュアンスがあり、関東連合の一員としてこの後金村を襲ったと見られる連中への報復へ動いた石元太一のコメントには金村を讃えるニュアンスがあります。

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