姉歯秀次の現在は?姉歯事件の概要・その後と建物の現在について 雑学・ライフスタイル

姉歯秀次の現在は?姉歯事件の概要・その後と建物の現在について

2005年に起きた耐震偽装問題が話題となった姉歯事件は、姉歯秀次さんの個人犯罪でした。この事件では建築する際の耐震強度をごまかしていたのです。今回は姉歯秀次さんのその後や物件の現在についてから、妻や息子などの家族までも調査しました。

目次

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姉歯事件の概要

姉歯事件とは2005年に明るみになった構造計算書の偽装問題のことです。この姉歯事件に関与していたとされるのが、姉歯秀次さんです。

マンションやホテルなあどの建築の際の耐震強度をごまかしていた上で販売していたのです。その偽装をしていたとされて、姉歯秀次さんが逮捕されたのです。

今回は、マンションやホテルなどの建築物を偽装していたとされる、姉歯事件に関する内容を詳しくみていきましょう。

2005年に構造計算書を偽装と公表した

2005年に起きた姉歯事件は耐震強度偽装事件とも呼ばれ、連日に渡り世間を賑わせた大きな事件となりました。その事件の中心人物となったのが姉歯秀次さんです。

この姉歯事件は2005年に国土交通省が、当時一級建築士であった姉歯秀次さんが地震などに対する安全性の計算を記した構造計算書を偽造していると好評したことで起きました。

建築会社であるヒューズが国土交通省が規定している耐震強度をごまかした上で、販売していたという詐欺事件だったのです。

週刊誌やワイドショーで大きく取り上げられる

この地震大国である日本において、建築基準法の安全基準を満たしていないとされるマンションやホテルが建設されていたことの事実は世間に広まり、大きな衝撃を与えました。

そして、メディアで連日報道されるようになり、週刊誌やワイドショーでも毎日のように大きく取り上げられることとなりました。

そのマスコミにより姉歯秀次さんは大バッシングを受けたことにも話題を呼び、さらに世間では大騒ぎになったのです。

「個人犯罪」として姉歯さん一人が実刑判決を受けた事件

この姉歯事件は当時は組織的な偽装ではないかと考えられていました。そして、建築士だった姉歯秀次さんを中心とし、その関係者が国会の証人喚問を受けたり、逮捕、起訴されています。

しかし、姉歯事件の公判では「姉歯秀次さんの個人犯罪であった」という形で姉歯秀次さん一人だけが実刑判決を受けることとなったのです。

姉歯秀次さんは懲役5年、罰金180万円の実刑判決を受けました。その他の関係者への裁判もすべて終わっています。しかし、この事件は今でも明らかになっていないとも言われているのです。

建築会社ヒューザーとは?

建築会社のヒューザーとはもともとは、1982年に恒和不動産株式会社として設立されており、その後改名を繰り返して、2001年に株式会社ヒューザーとなっています。

社員数は当時27名おり、姉歯事件の前の年の2004年には売上高127億円もあり、建築会社としては中堅くらいの位置付けをしていました。

この当時の株式会社ヒューザーの社長は小嶋進さんでした。そのことからも、社長である小嶋進さんも疑いをかけられ首謀者ではないかと噂されました。しかし、首謀者は姉歯秀次だったのです。

耐震偽装問題とは?

今回の事件である姉歯事件の耐震偽装問題とはどのようなものなのでしょうか?耐震偽装問題とは、安全な基準を満たしていない建築物のことを指します。

安全な建築物の基準を満たしていないのに、基準を満たしていると偽装し、そのまま販売してしまうことが問題となっているのです。それが姉歯事件なのです。

安全な耐震強度は約震度5以上でも耐えられるように建築することが重要だと言われています。この基準を満たしていないと、地震大国である日本では建築物がすぐに壊れてしまうのです。

姉歯秀次とその家族について

姉歯事件の首謀者である姉歯秀次さんは一体どんな人だったのでしょうか?天才建築士と言われていた姉歯秀次さんの生い立ちや経歴まで調べてみました。

さらには姉歯秀次さんは創価学会の会員だったそうなんです。姉歯秀次さんの家族である妻や息子のことについても合わせて調べていきましょう。

生い立ちと経歴

姉歯秀次さんは宮城県大郷町の出身です。1980年に宮城県立古川工業高校を卒業後に、大阪に本社を構える中堅のゼネコンに就職しました。その後、東京支社の施工部門に配属されます。

その時、主に建築現場の管理を担当していましたが、設計の仕事に就きたいと思い退社します。1988年に千葉県市川市に事務所を開設し、4度の挑戦で一級建築士に合格をします。

しかし、2005年には姉歯事件の首謀者で、耐震強度を偽装したため、一級建築士の免許は取り消されます。そして、2006年には建築士法違反ほう助容疑で逮捕されます。

姉歯秀次は創価学会員?

姉歯秀次さんも家族も創価学会の会員だったと言われています。姉歯秀次さんの妻は長年鬱病を患っており、入退院を繰り返していたそうです。近所の方によると、姉歯秀次さんの妻は変わっていたそうです。

近所の方の目撃情報によると、豹柄のミニスカートという年齢に合わない恰好で出かけており、おまんじゅうを買うとその場で袋を開けて食べてしまっていたそうです。

そして、姉歯秀次さんと妻には息子もいました。この息子は今どきな感じの恰好をして、バイクを乗り回したり、夜中に仲間と集まっていたそうです。

姉歯秀次さんは妻の病気や息子の夜遊びに悩まされていたそうです。そんな一家崩壊の危機に直面し、すがっていたのが創価学会だったそうです。姉歯秀次さんの妻も創価学会にはまっていたそうです。

姉歯秀次さんの自宅の周りには公明党のポスターが何枚も貼られており、ポストの横には聖教新聞のボックスが置かれ、「ご自由にお持ち下さい」と書かれていたそうです。

事件により一級建築士の免許取り消し

一級建築士であった姉歯秀次さんは2005年の姉歯事件をきっかけに、一級建築士の資格をはく奪されることとなりました。そのため、今では元一級建築士と呼ばれているのです。

マスコミ報道と食い違う現実

この姉歯事件の時にマスコミ報道は連日のように、姉歯秀次さんに関する報道がありました。そこには、「自宅は超豪邸」や「隠し財産が何億円もある」、「愛人にマンションを買い与えた」等ありました。

しかし、姉歯秀次さんの自宅は超豪邸ではなく、質素な作りで隠し財産は持っておらず、自宅購入の際に多額の負債を負っており、保釈金を支払う蓄えさえ残っていなかったそうです。

愛人にマンションを買い与えたという記録もその後の調べで一切なかったことがわかっているのです。このようにマスコミの過剰な報道と食い違う部分がでてきているのです。

嫁の自殺

そして、そのマスコミの報道は姉歯秀次さんの妻にまで及びました。妻は長年鬱病を患っていました。そこにマスコミが「妻はブランド品を買いあさり、ホストクラブ遊びをしている」といった内容の記事がでています。

そして、姉歯秀次さんの妻はマスコミの報道やバッシングに耐え切れなかったのか、2006年3月29日にマンションから飛び降り自殺をしているのです。

実際の自殺の原因はわかっていませんが、この一連のマスコミの報道が一因となり、姉歯秀次さんの妻を追い込んだのではないかと言われているのです。

成人した息子は怒りをあらわに

そして、この姉歯秀次さんの妻の自殺により、姉歯秀次さんの息子たちが怒りをあらわにします。当時、姉歯秀次さんには成人した息子が2人いました。ともにフリーターでした。

姉歯秀次さんの妻の葬儀では息子である長男が喪主を務めました。息子たちはマスコミの前で「あんたらのせいで、母はメディアに殺された。マスコミには迷惑しています。」と怒りをあらわにしました。

衝撃的なのは頭もだった?カツラ?

姉歯事件でさらに衝撃的なことがありました。それは姉歯秀次さんの頭だったのです。姉歯秀次さんは天才だと言われることとなりますが、その頭ではなくかつらのことでした。

それは姉歯秀次さんが逮捕された時の映像にありました。姉歯秀次さんは逮捕の時にかつらをつけていない映像が映し出されたのです。姉歯秀次さんはかつらだったのです。

かつらを取った姉歯秀次さんは別人のように見えて、世間では驚きの声があがりました。かつらを取った姉歯秀次さんはスキンヘッドをしていました。

かつらは拘置所には持ち込めないそうなんです。そのため、姉歯秀次さんは逮捕の時にはかつらを装着することができなかったようなのです。かつらだったことに衝撃を与えた逮捕映像でした。

姉歯事件のその後と姉歯秀次の現在について

2005年に起きた姉歯事件でしたが、事件が終わったあとも様々なことで世間を賑わせました。姉歯事件は終わったかと思いきや、まだ終わっていなかったのです。

姉歯事件のその後に起きた2011年の東日本大震災の時の、姉歯秀次さんが設計した物件の様子についてみていきましょう。そして、姉歯秀次さんは現在どうしているのでしょうか?

すでに刑期は終わっているはずです。姉歯秀次さんのその後と現在の様子についてまで、詳しくみていきましょう。

2011年の東日本大震災

2011年3月11日に東日本大震災が起こりました。この大地震で多くの建築物が倒壊しました。姉歯秀次さんの設計した建物はどうだったのでしょうか?

姉歯事件の当時の報道では、「震度5か6で崩壊する」と言われていました。しかし、この東日本大震災で姉歯秀次さんの設計した物件はヒビ一つ入らなかったと言われているのです。

事件当時に姉歯秀次さんは「耐震強度はかなりの強度を持っており、震度7や8にも耐えられる」と言っていました。その証言は正しかったのです。そして現在でも建物は残されているのです。

姉歯秀次のその後・現在

姉歯秀次さんは2006年の時点で懲役5年と言い渡されております。そのため、現在はすでに刑期は終えて出所しているはずです。姉歯秀次さんのその後と現在は何をしているのでしょうか?

姉歯事件はすでに解決しています。その後、危ない建築は立て直されるなどの対策がされています。そして、姉歯秀次さんは現在、刑期を終えています。

しかし、姉歯秀次さんも息子たちも現在はどこで何をしているかは不明となっています。これだけの報道がされているので、名前を変えているのではとも言われています。

以前住んでいた千葉県にある自宅は売却されており、すでに他の人のものになっているようです。そのため、姉歯秀次さんも息子たちの居場所も現在はわかりません。

姉歯秀次は天才?

姉歯秀次さんの設計した物件が東日本大震災でも崩壊しなかったことを受けて、世間では姉歯秀次さんは天才だと言われているのです。どこが天才と言われている要因なのでしょうか?

それは姉歯秀次さんが偽装していたにも関わらず、大地震でも物件が壊れなかったというところです。ネットでは、手抜きの天才だと言われまたもや話題を呼びました。

姉歯秀次さんは手抜きの天才だと言われましたが、中には危ないとされている物件もあります。それは立て直されましたが、天才すぎるというのも大げさなのかもしれません。

その天才とされている姉歯秀次さんも、当時は耐震に対してかなりの強度を持っていると証言していたのです。この発言が時を越えて、本物だったと確証されたことは、やはり天才だったのかもしれません。

黒幕と言われるヒューザー元社長小嶋進のその後

今回の事件の黒幕と言われているのが、ヒューザーの元社長である小嶋進さんです。小嶋進さんは過激な物言いがあったことから、話題の人となっていました。

そして、姉歯秀次さんの証言で「(ヒューザーから)圧力を受けていた」と国会で虚偽答弁をしたことからも、小嶋進さんが黒幕なのではないか?との噂がでていました。

小嶋進さんはこの事件のあと、ヒューザーの社長の座を辞任しており、現在は弟さんの営む不動産管理会社でマンションの掃除などのお仕事をされているようです。

真相は謎のまま 姉歯事件には黒幕がいる?

この姉歯事件は前述もした通り、姉歯秀次さんのみに実刑が下されています。今回の建築の偽装に関しては、たくさんの方々や会社が関与されていたとされていましたが、偽造には姉歯秀次さんの個人犯罪とされました。

しかし、姉歯秀次さんだけではなくもっと多くの因果関係があるのではないか?との疑惑がでているのです。ここに出てきていないだけで、他にもたくさんの関係者がいたのではないでしょうか。

ネットでも様々な意見が取り正されていますが、真相は闇の中となっています。もしかしたら、姉歯秀次さん以外にも偽造にかかわっていた人がいるのかもしれません。

姉歯事件に関係した人物について

世間からの注目を浴びて賑わせていた姉歯事件。そこには姉歯事件に関係していたとされる人物は姉歯秀次さんの他にもたくさんいました。その中でも中心とされていた方たちについて調べていきましょう。

ヒューザー元社長 小嶋進

ヒューザーの社長であった小嶋進さんは、1982年に恒和不動産株式会社を創業しており、その後何度か社名を変更して、2001年に株式会社ヒューザーとなりました。

当時、小嶋進さんは姉歯秀次による設計で建設を繰り返したことで、マスコミやメディアから多くのバッシングを受けました。最終的には裁判で被害者という判決になりました。

その後、ヒューザーは2005年には事実上の営業停止状態に追い込まれることになりました。営業再開は見込めず、2006年には破産手続きをして2011年には破産手続きは終了しています。

小嶋進さんは当時のマスコミからのバッシングなあど姉歯事件の関係者などに対して、多数の名誉棄損などの訴えを現在も続けています。

木村建設元社長

木村建設の元社長の木村盛好さんは、2004年6月の決算が実は債務超過だったにも関わらず、黒字に見せかけて決算書類を提出していたという粉飾決算の建設業法違反に問われました。

木村建設は姉歯秀次さんが偽装していたとされる85の物件のうち、25の物件は木村建設が元請けとなっていたのです。

さらには、木村盛好さんは奈良市のホテルが強度不足であることを認識しながらも、建設代金見以払い金の2億5千万円をホテルから騙し取った疑いの「詐欺」容疑で起訴されています。

木村盛好さんは「構造計算書が虚偽だと知らなかった。金を騙し取っていない」と無罪を主張するも、2007年に懲役3年・執行猶予5年の判決がなされました。

判決後に、「詐欺とされて納得がいかない」と語りましたが、高齢であるのと会社もなくなりお金に余裕もないため裁判を続けることはありませんでした。

木村建設元東京支店長

木村建設の元東京支店長のは篠塚明さんは、特定建設業の許可が受けられるように、不正な書類を提出した建設業法違反の罪に問われました。篠塚明さんは「粉飾についてはしりませんでした」と無罪を主張します。

姉歯秀次さんの国会での答弁では「篠塚明元支店長から鉄筋を減らすようにプレッシャーをかけられた」と証言しました。その結果、篠塚明さんも姉歯事件の重要人物として位置づけられ拘留されていました。

しかし、姉歯事件の捜査が進むと姉歯秀次さんの偽証が明らかになります。篠塚明さんに責任転嫁をしようとしたことを姉歯秀次さんが認めました。

姉歯事件の関与は認められなかったものの、木村建設の粉砕には積極的に関わっていたものとみなされ、2006年に懲役1年・執行猶予3年の有罪判決がくだされました。

イーホームズ社長

1999年に建築基準法が改正されたため、確認検査機関のイーホームズを立ち上げました。その社長であったのが藤田東吾さんです。2011年9月には新たに株式会社ほがらか舎を新設し、CEOに着任しています。

そして、姉歯事件の発端となったのがイーホームズなのです。なぜなら、姉歯秀次さんの偽装を発見したのはイーホームズ内での内部監査でのことでした。そして最初に国土交通省に通報したのです。

ある構造設計士から「姉歯秀次さんが要注意」という情報を得て、姉歯秀次さんの案件を中心に内部監査で洗い直したそうです。その結果、複数の物件で姉歯秀次さんの構造計算書の偽造が判明したのです。

姉歯事件の時系列

2005年に起きた姉歯事件の発覚はどうのようなところから起きたのでしょうか?そして、その後の裁判での結果など、姉歯事件の様子を時系列でみていきましょう。

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